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激震

 先日のエルシャイド国王陛下との謁見。

 陛下の真意が知れると共に、大貴族に与えられた特権を廃止するという大胆不敵な発言に私はもちろん、エリックも大きな衝撃を受けます。

 

 そして、今日――国王陛下は実際に大貴族の特権廃止を公の場で宣言されました。

 エリックの側でその様子を見ているのですが、役人たちは派閥関係なく騒然としています。

 役人は大きく二つに大別されます。大貴族たちが任命する特別枠と厳しい試験を突破した正規枠。

 優秀な人材は当たり前ですが正規枠の役人の方が多いです。

 しかし、出世コースを歩むのは特別枠の役人ばかり。尤も、ベルクライン派閥の役人たちは出世は絶望的ですが……。


 歪みきった不条理と汚職体質。これらを変えるためにエリックは戦い続けてきたと言っても過言ではありません。

 腐りきった土台はいずれ壊れる。国の未来への憂慮が彼の原動力でした。


 しかし、その状況を静観していたと思われた国王陛下が真正面から破壊した――兼ねてからエリックにだけ警戒していた利権を貪る者たちは横っ面を叩かれ、理不尽を感じつつ真面目にやるべきことを成していた者たちは密かに喜びを感じていることでしょう。


 国家の基盤に影響するほどの激震が陛下の宣言によって走ったのです――。




「よかったと思う反面、悔しいと思う自分を嫌悪しているよ」


「悔しいと思われているのですか?」


「うん。あれは僕が王になった暁にやりたかった。どうやら、僕の心の奥底にも英雄になりたい虚栄心のようなものが眠っていたようだ」


 苦笑いしながらエリックは正直な心情を吐露しました。

 気持ちは分かります。

 命を狙われることもお構いなしにエリックは悲願である特権廃止を目指し、覇道を歩んでいたのですから。

 その目標が自分の手でなく父親によってあっさり成されてしまった――一種の虚無感を感じない方がおかしいです。


「良いではありませんか。私は野心を否定しません。自分の信じる正義の為に邁進する力なのですから。その悔しかった気持ちの分、エリック様は己の義を貫き通していたということです」

 

 エリック様は虚栄心があったと卑下しますが、私はそうは思いませんでした。

 そもそも正義とは自分勝手なものです。その正しさを信じて、それを貫き通すには情熱がなくてはどうにもなりません。

 己の欲を満たすことと、信じた道を駆け抜けることは表裏一体。


 エリックは自分の正義を信じ切って、走り抜いたからこそ、悔しいと感じるのでしょう。

 私はそれを否定する気持ちには到底なれませんでした。


「義を貫いた、か。レイアがそう認めてくれるなら、僕にとっては何よりもの勲章だ」


「まぁ、エリック様ったら」


「レイア、気遣ってくれてありがとう。こうして君と話しているだけで癒やされたよ」


 穏やかな表情に戻ったエリックはゆっくりと私の髪に触れます。

 今日はどうしたのでしょう。これでは、まるでエリックが私を――。

 それならば嬉しい。臆病になった私は勘違いすることすら憚られますが……。


「あ、あの、エリック様……」


「す、すまない。他意はないのだ」


「そ、そうですか」


 私にもう少し勇気があれば、踏み込むことが出来ましたのに。

 満足していることも問題ですね。今のこのぬるま湯のような心地良い関係に……。



 その後、私はいつものように日中は聖女としての務めを果たし、夕方には執務室にてリンシャの淹れてくれた紅茶を頂いていました。


「エルノーガ級の大物が今度は父上を狙うかもしれないからね。やはり、ヨハン――」


「はっ! 某も国王陛下の護衛部隊に身を置き、殿下と密に情報交換していく所存です」


 陛下が特権廃止を宣言して今から一ヶ月間――今度はエリックではなく国王陛下が刺客に狙われることになることは明白でした。


 だからこそ、エリックが最も信頼している最古参の護衛であるヨハンを国王陛下の護衛隊に加えてもらうように打診するとのことです。


 これから、一ヶ月間は私もヨハンの穴埋めが出来るように頑張らなくてはなりませんね……。



「エリック殿下、ジルベルト公爵が面会を所望しておられますが――」


 そんな会話をしていると、なんと大貴族の一人でフィリップの父親であるジルベルト公爵がエリックに面会を要求しているとの連絡が入りました。

 何のために来られたのか、大体察しがつきますね……。


「いいよ。会おう」


 唯一友好関係にある大貴族であるジルベルト公爵を無下に扱うことは出来ませんので、エリックは公爵とお会いになると答えられました。


 さて、どんな会話になるのでしょうか――。



「エリック殿下! 話が違いますよ! 特権廃止は殿下が王になられた後だと仰っていたではありませんか!」


 涙目になりながら、必死の形相でジルベルト公爵は陛下によって特権が廃止されることについて言及します。

 どうやら、ジルベルト公爵はゆくゆくはエリックによって特権が無くなること自体には納得していたみたいですね。


 それにしても、ジルの一件も加わり……元婚約者の父親である公爵と顔を合わせるのは些か気まずいと感じます。


「まさか、父上があのような宣言をするとは思っていなかった。未来とは読めないものだと僕も思ったよ」


「思ったよ、では済みません! 何とか陛下に撤回するように説得してくださいよ!」


 他人事のように呟くエリックにジルベルト公爵は語気を強めます。

 この様子ですと他の大貴族たちは更に怒っていそうです。

 あの温厚なジルベルト公爵がこれほどまでに抗議していますから。


「それは出来ない。知っているだろ? 特権廃止は僕の悲願だ。予定より早まったのも歓迎すべきことさ」  


 先程は悔しいと仰せになられたエリックですが、眉一つ動かさずにこういうことを言ってしまわれます。

 ジルベルト公爵も付き合いが長いのでしたら彼の気持ちが変わらない事は察することが出来たでしょう。


「国が荒れますぞ……!」


「父上も僕も覚悟の上だ」


「……はぁ、変わりませんな。ベルクラインが失脚してから嫌な予感はしていましたが……。それでは、殿下、ご武運を」


 ため息を一つついた後に、ジルベルト公爵はエリックの覚悟を感じ取り諦めた表情をして退室されました。

 そうです。エリックは覚悟など何年も前から出来ています。

 もう、後退するなど考えていないのです。

 私も……どこまでもお供しようと決めています――。


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