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悲劇のヒロイン

 エリック殿下に見つめられながら結界を張り終えた私はいつも以上に疲れを感じながら帰宅しました。

 婚約破棄のことは父には既に伝わっているでしょうか。

 お説教を受けると想像すると頭が痛いです……。


「お帰りなさいませ、お姉様。本日も聖女としてのお務めご苦労さまです」


「……ジル、あなたフィリップ様に私から虐められていると訴えましたか?」


 家に入ると妹のジルが満面の笑みで私を迎えます。

 いつもは私を出迎えるなどしないのですが、機嫌が良く私に近付いて来るのは婚約破棄をしたことが伝わっているからかもしれません。


「わ、わたくしがお姉様の悪口をフィリップ様に吹聴したと仰るのですかぁ? ぐすっ、ひ、酷いですわ。お姉様……、あんまりですぅ」


 妹が涙を流すまで、およそ二秒……。

 このスピードは大したものです。年々、泣くまでの間隔を縮めて面倒さが増しています。


 本当に面倒です。なんせ、この子が泣くと決まって――。


「レイア! あなたはまた妹のジルに暴言を吐きましたね!? どうして、あなたは妹に優しく出来ないのですか!? 可哀想に怯えてしまって……」


 義母のエカチェリーナです……。

 私の実の母は幼いときに死別しました。エカチェリーナは後妻。

 ジルの実の母親で、私を何かと目の敵にしています。

 私が聖女として認められ、ジルが不合格だったときは教会に怒鳴り込みに行きましたっけ。


「お母様、お姉様を許してあげて下さいまし。フィリップ様から婚約を破棄されてストレスが溜まっているのです」


 勝手に泣き出して、許してあげて欲しいとは相変わらずですね。

 フィリップと別れる原因は自分にも関わらず、こういう言い回しをするところも面倒です。

 恐らく、本気で自分は婚約破棄と無関係だと思っているのでしょう。


「あなたみたいな人の心がない冷血な娘はフィリップ様に愛想を尽かされて当然です。あの方も最初からジルを選んでいれば嫌な思いをされずに済んだのに」


「……ジルを選んでいれば? では、フィリップ様はジルに……」


「ええ、もちろんです。フィリップ様は優しいジルをこれから守っていきたいと求婚して下さいましたのよ。性格の悪いあなたとは出来れば関わりたくないとのことでしたが」


 フィリップのあの様子を見て、彼がジルに惚れているのは何となく分かっていました。

 しかしながら、婚約破棄をしてその日のうちに元婚約者の妹に求婚するとは如何にも節操がない話ではありませんか。


「レイア、反省なさい。聖女になる素養があろうと、人間性が最悪だと決して幸せにはなりません。あなたのように人の心が無い娘はロクでもない男としか結婚は出来ませんよ」


 うんざりするほど、言いたい放題ですね。

 しかしながら、ここで反論すると何倍もの言葉で罵られます。

 さらにこのあと父からも小言を頂かなくてはならない。まぁ、この場合だと父の説教など何も感じませんが。



「まったく、お前たちは玄関先で何を言い争っておる……」


「お父様ぁ、ごめんなさい。お姉様と少し……。ぐすん……」

「あなた、レイアがまたジルに酷いことを……。あなたからも言ってあげてくださいな!」


「やれやれ、またか。レイア……」


 この流れに十数年も付き合わされている父は腫れ物を見るような目で私を見ます。

 恐らく父にとっては私はどちらでも良いのでしょう。本当に性悪でも、ジルが大げさに吹聴していても。

 私たちの関係が拗れたのは父の無関心が一番の原因だと言っても過言ではありません。


「ああ、レイアさえ家に居なければ、我が家は平和でしたのに」

「お母様、それだとお姉様がお可哀想ですわ。でもぉ、わたくしが一人娘ならもっと笑って……。いけませんわ。そんなことを望んだりしては」

「ジルは優しい子ですね……」


 思いきり心の声を口に出していましたよね。

 お二人は私など居なければ幸せになれると本当に思っているのでしょう。

 ならば、早々とフィリップのところに嫁がせれば良かったのに……。


「とにかく、レイア。お前はワシの部屋に――」

「だ、旦那様! 旦那様! 大変です!」


 説教をするために私を書斎に呼ぼうとした父の声を遮るように、使用人のボブが大声で父に話しかけます。


 あの慌てよう――何がどう大変なのでしょうか……?

 

「騒々しいな。一体、どうしたというのだ?」


「お、王太子殿下が! エリック王太子殿下が! こちらにいらっしゃいました!!」


「「――っ!?」」


 騒然となる我が家。

 涙目だったジルは急いで髪の毛を整えます。

 先程まで私の聖女としての活動をご覧になっていた殿下が今度は我が家に……?

 理由が全くわかりません……。





「こ、これは、これは。エリック殿下が自ら我が家を訪問されるとは……。先に仰って頂けたら、盛大にもてなしたのですが――」


「いや、突然来た僕が悪いんだ。ウェストリア伯には何も落ち度はない。ここに来たのは他でもない。さっき思いついた頼みごとを聞いて欲しくてな」


 応接間でいつになく緊張している父にエリックは頼みごとがあると口にされました。

 父に頼みごと? どんなことでしょうか……。


「殿下が私に頼みごとを? もちろん、何なりと申し付けて下さい。殿下の頼みでしたら、私も全力を尽くしますゆえ」


 父は頼みごとについてピンと来ていなくても、そう答えます。

 それはそうでしょう。この方は次期国王陛下になる方なのですから。


「殊勝な態度、誠に感謝する。それでは頼みごとを伝えよう。ご息女の聖女レイア・ウェストリアをしばらく僕の護衛として王宮に借り受けたい。気に入ったら、僕の妻にするから」


「「――っ!?」」


 な、な、何を仰っているのですか? 私を護衛に? そして気に入ったら妻にするって――。

 頭が混乱する中、私は恐ろしく冷たい目をしたジルの視線を感じます。

 ワナワナと握りしめた拳を震わせている彼女はこれ以上ないほど悔しそうな表情をしていました――。



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