禁術
妹のジルがベルクライン公爵の前で毒魔法を使って子犬を殺してみせた――これが何を意味するのかを想像して私は身震いしました。
毒魔法は私にも使えます。
しかし、その効果は一定時間……魔物の手足を痺れて痙攣させる程度で殺傷能力は極めて低いものでした。
確か、妹のジルは毒魔法が得意だったような気がします。
聖女になる為の試験でも魔物たちを私よりも早く痙攣させて、しかも効果の持続時間は長かったですから。
ですが、今……目の前で使った毒魔法は普通じゃありません。
「レイア、毒魔法って一瞬、触れただけで致死量の毒を仕込めるものなのかい?」
「いえ、少なくともあの量の水であれば十秒程度は必要です。それ以前に子犬を殺すほどの殺傷能力は普通ではありません」
そもそも、毒魔法といえども本来は致死性の毒ではありません。
しかしながら、目の前の子犬は痙攣するわけでもなく、死んでしまった。
この事実に私は驚愕しているのです。
魔法を使える者たちの常識では毒魔法は殺傷を目的とするものでなく、あくまでも補助的な役割を果たすものでしたから。
「ふむ。ではやはり、考えられる可能性としては――」
「はい。恐らくは禁術を使用したのかと」
「禁術か……、なるほどね。ベルクライン家は古い魔術の研究にも力を入れていたな。致死性の毒を一瞬で飲食物に仕込むことが出来れば、暗殺者としては今までにない程の厄介極まりない存在になるな」
私たちの出した結論はこうでした。
ベルクライン公爵はジルに禁術である致死性の毒を仕込む事ができる強力な毒魔法を教え――最凶の暗殺者に育成しようとしている。
そして、そのターゲットは間違いなく――。
「まさかジルに命を狙われることになるとは……。私のことをそこまで……」
ショックでした。
しかし、この状況はどう考えても、そうだとしか考えられません。
ベルクライン公爵がジルに近付いた理由……それが禁術とされている強力な毒魔法を授け、意のままに動かす為なのだとしたら、その目的はエリック暗殺の障害となっている私を殺すためとしか考えられないのです。
ジルに疎んじられていることは知っていました。
しかしながら、殺したいと思うほどだったとは――。
「私、知らない間に恨まれていたのですね。殺してやりたいと思われるくらいに……」
「君を恨んで殺すというより、ベルクライン公爵の為に殺すって感じだろうね。随分と惚れ込んでいるみたいだし。だから気にしなくていい」
「それって、気にしなくていい理由になりますか?」
ジルに殺したいくらい恨まれていることにショックを受けていると、エリックはベルクラインの為に妹は動いているのだからと変な慰め方をします。
いえ、どちらにしろ妹が私の命を狙っている事実は変わらないので一緒だと思うのですが……。
「大アリさ。ベルクライン公爵への情愛から殺意を向けられるのなら、君個人の人格は関係ないじゃないか。それなら、諦めがつく」
「それはそうかもしれませんが……。諦めるというのは何とも……」
エリックはベルクライン公爵への気持ちから殺意を向けるなら私個人がどうだろうと関係ないのだから考えるだけ無駄だと仰せになりました。
それは確かな正論かもしれませんが、どうにも納得出来ない部分があります。
なんせ、毒殺しようとしている妹がいるという事実は変わらないのですから――。
「それに言っただろ? 僕は必ず君を守る。初めて知ったよ……、自分に向けられた殺意よりも大切な人に向けられた殺意の方が腹が立つなんて――」
気付けばエリックの方が殺気に満ち溢れていました。
これほど憎悪の感情をお見せになるのは初めてです。
つい最近まで毎日のように暗殺者に狙われていましたのに……。
しかし、守って下さると断言してくださったこと、嬉しく思います。ですから、私は――。
「エリック様、ならばギリギリまでジルとベルクライン公爵を引きつけましょう。私を殺せると確信するくらいまで……」
「えっ……?」
「そして言い逃れが出来なくなるくらいの証拠を掴むのです。私は彼らを泳がせるための餌として動きます」
決めました。
この命をエリックがベルクライン公爵を捕まえる確固たる証拠を掴むために使おうと。
私自身を囮にして、真実を暴くのです。
「いや、それは如何にも危険じゃ――」
「守って下さると仰っていましたから。もちろん、嘘はありませんよね?」
「――うん。もちろんだよ」
私はエリックに確認しました。守ってくれると仰ったことを。
でしたら、私はそれをどこまでも信じたい。
私にとってもエリックの存在はどんどん大きくなってきているのですから――。