ベルクライン公爵
「殿下、大衆的な店で食事をなさるのは久しぶりですな」
「ヨハンの道場に通っていた時はよく来たよね」
目の前で普通に食事を開始される王太子殿下。
店員もまさか次期国王であるエリックがお忍びで来ているなど夢にも思わず普通に注文を取っていました。
「こんなところまで出てこられて大丈夫なのですか? 暗殺者が紛れているかもしれませんよ」
「大丈夫、大丈夫。パーティー会場の方がずっと混雑してるさ」
安物のステーキを口に運びながらエリックは何食わぬ顔でそう答えます。
ヨハンとリンシャを引き連れて警戒はしているので、余程のことがない限り安全とは思いますが……。
「それで、ウェストリア伯爵夫人の相談って何なのかな? あれだけ激怒してたんだ。君が承服出来ない内容だったということは分かってる」
「そこまでお見通しとは。ここで話さなくともいずれはバレてしまいますね。エリック様、ここでの会話は他言無用だと約束して頂けますか?」
「もちろん。僕だって野次馬でここに来てるんだ。君の顔を潰すようなことはしないよ」
私は観念しました。
きっとエリックは私が話さずとも大体のことは読んでしまいますし、少し調べられるとバレてしまうと。
それならば、私の悩みを聞いて頂いたほうが建設的だと考えたのです。
「実は妹のジルのことなのですが――」
私は先程、義母のエカチェリーナから聞いた話をします。
ジルが夜に家を抜け出して逢引を繰り返していたことを。
その相手が若き公爵、ジェイド・ベルクラインであるということを。
友人の婚約者の浮気話を聞いて、正義感の強いエリックが黙っているはずがないのですが、何とかこの場は我慢して頂きたいです。
「――うーん。その話、本当に浮気話なのかな?」
「えっ……?」
黙って最後まで話を聞いていたエリックの第一声に私は驚きました。
浮気話ではない? 夜に家を抜け出して殿方と逢引をしているのに、それが浮気ではないとなると何なのでしょう。
「ベルクライン公爵なら何度か会ってるし、話もしてる。あの人はギラギラとした野心家の目をしていた。ジルベルト公爵家と対立するリスクを背負ってまで、君の妹と浮気をするようなタイプじゃないんだよね。むしろ、ジル・ウェストリアを利用して何かを企てるタイプだ」
「じ、ジルを利用して……?」
エリックはベルクライン公爵の人となりをプロファイリングした上で、ジルと何の利害関係もなく付き合うタイプではないと口にします。
彼女と逢引をしているのは、ジルベルト家との対立と天秤にかけても優先したいことがあり、それにジルを利用したいと考えていると推測されたのです。
そんな怖い話がありますか? ベルクライン公爵とはお話したことがあります。
感じの良い方でしたし野心家という風には見えませんでした。冗談がお好きな愉快な方だという印象です。
「……とても信じ難い話です。大体、ジルを利用して何を成そうとしているのでしょう?」
私は絞り出すようにして声を出しました。
エリックの推測が何か途轍もない悪意を孕んでいるように聞こえたからです。
とても、恐ろしい何かが降り注ぐ――そんな予感が。
「流石にそこまでは分からないな。ベルクライン公爵は結構、厄介な人物でね。僕が以前、不正を犯したとして糾弾した役人が二人ほどベルクライン家の派閥だったんだけど――。糾弾した翌日に自殺したんだ。二人同時に……」
「そ、それって……」
「うん、始末されたと僕は睨んだ。まぁ、表向きには責任を取って自害したことになったけど……。死んで詫びたとなれば流石の僕もそれ以上は責められない。殺されたという証拠が無ければ自殺したものとして扱わざるを得ないし、参ったよ」
ベルクライン公爵についてのエピソードを聞いて私は真っ先にエリック殿下が何を言いたいのか読めました。
利用するだけ利用して、価値が無くなると平気で切り捨てることが出来る冷酷さ――それが意味するのは……。
「ジルが何らかのことに利用されているのなら……用済みになれば切り捨てるということですか?」
「その可能性は極めて高い。ジル・ウェストリアの恋愛感情を利用しているのなら、尚更邪魔になるだろうしね――」
エリックはゆっくりと低い声でジルがベルクライン公爵に利用されているならば、彼女の身が危険だということを肯定されました。
エカチェリーナから相談を受けたときよりも更に重い空気が私の背中にのしかかります。
と、とにかくベルクライン公爵の目的を探りませんと。
思った以上に大変な状況になっている可能性に私は頭が痛くなってきました――。




