義母からの呼び出し
「母親に会いに行くのかい? 嫌いな人にわざわざ会いに行かなくてもいいんじゃないかな」
「そうかもしれませんが、相談したいことがあると言われて行かない訳にはいきません。聖女が母親の願いを無下にするなんて、如何にも薄情ではありませんか」
エリックが暗殺者に狙われることが無くなって二週間程の日にちが経った頃、私宛に手紙が届きました。
差出人は義母のエカチェリーナ。相談したいことがあるから、二人だけで会えないかという内容です。
エカチェリーナのことは確かに苦手ですし、会いたいかと問われれば会いたくはないのですが、聖女として無視するわけにもいかないと思い、休みの日である今日の昼頃に会う約束をしました。
「相談したいこと? 君の母上は君にそのようなことを言うようなタイプではないと思ったけど」
「仰るとおりです。だからこそ、心配というか気になりました。嫌っている私などに相談などという弱みを絶対に見せないタイプかと思いましたので」
普段から警戒心の強いエリックは少しの観察でその人の人間性を把握する能力に長けています。
エカチェリーナのプライドの高さや私への敵愾心もきっちりと把握されていますので、相談があるという言葉に私と同様に違和感を感じたのでしょう。
「うん。違和感を把握しているならそれでいい。レイアなら心配はないと思うが、気を付けてね。何ならリンシャを護衛として出そうか?」
「リンシャ、誰でもぶっ飛ばすヨ~」
「いえ、一人でも大丈夫ですから。ご心配おかけして、すみません」
エリックからの気遣いに頭を下げながら、私は義母に会いに向かいました。
しかし、本当に何があったのでしょう――。
◆ ◆ ◆
「レイア、よく来てくれましたね。先に何か飲み物を頼みますか?」
「そうですね。では、紅茶を」
待ち合わせていた飲食店で私の姿を見るとエカチェリーナは立ち上がって手招きしました。
私を気遣うというか、私に媚びるような態度に見えます。
無理やり笑顔を作っている彼女の前に私は座りました。
「コホン、あなたに相談というのは他でもありません。ジルのことです」
「ジルが何か……?」
ジルのことで私に相談?
ますます分かりません。エカチェリーナはジルを私から守っているというスタンスでしたから。
もちろん、私が何かしていたわけではないのですが……。
「あの子、浮気をしているかもしれません」
「――っ!? ま、まさか。公爵家の跡取りであるフィリップ様を差し置いて、そのようなことをするはずがありません。ジルは理想の高い子ですし」
何を言い出すのかと思えば、婚約中のジルが浮気だなんて……。
そんなことあり得るはずがありません。
第一、相手はどなたになるのです? あの子は理想が高い子です。
フィリップ様よりも家柄も身分も高い方など、それこそ王族か大貴族の――。
「相手はベルクライン公爵です……、私の雇っている密偵が教えてくれました」
「密偵……?」
「あなたが誰もいないところでジルを虐めているという証拠を掴むために、何かあったときにジルを守ることが出来るために、雇った人です。あなたが王宮に行っても金額を先払いしていましたから、護衛代わりにつけていたのですよ」
ああ、そういえばジルをこっそりと護衛している方がいましたね。
あれって、密偵だったのですか? 気配を察知できる私はすぐに気付いていましたが、まさかエカチェリーナがそんなことするとは思っていませんでした。
そんなことよりも、今、彼女は――。
「ベルクライン公爵と仰せになりましたか? あの若くして公爵家の家督を継いだという。ジェイド・ベルクライン公爵がジルとそんな関係に……?」
「夜中に家を抜け出して何度かこっそりと会っているみたいです」
「ほ、本当ですか? ジルにその……事情を聞きましたか?」
「出来るはずありませんよ……! あの子がもしもそれを肯定して、浮気が表沙汰になれば我が家はジルベルト家に合わせる顔が無くなります」
思いもよらぬ大物の名前が出てきて私は驚きました。
ベルクライン公爵といえば、確かに若い女性には人気はありますし如何にもジルが好みそうな男性ではありますが……。
「お願いします。あなたはエリック殿下とも繋がっていますし、彼に助力を頼んでジルを秘密裏にベルクライン公爵から引き離してもらえませんか? もう二度とジルに手を出さないと殿下に間を取り持って約束させて欲しいのです」
いや、浮気は一人では出来ませんから。
そんな不埒な話を正義感の強いあの方が聞けば絶対に許しませんでしょうし……。
ですが、ジルがこのままベルクライン公爵に嵌ってしまえば泥沼になることもあり得ます。
ウェストリア家の評判が落ちれば自ずと私を護衛としているエリックの名前にも傷がつく――。
困りましたね。何とかする方法を考えませんと――。