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お姉様さえ居なければ(ジル視点)

 いつになく威圧的なフィリップ様との会食。

 こんな方と結婚せねばならないという悲しみがわたくしの心を打ちのめします。

 このまま、わたくしのジル・ウェストリアの人生は悲劇のままで終わるのでしょうか……。


 ただ、時間が過ぎるのを待つだけの作業――わたくしにとって、フィリップ様との会食は感情を殺す訓練のような苦行になっておりました。


「フィリップくん、久しぶりだねぇ。君がこの店にいると聞いてちょっと挨拶に来たんだ」


「これは、これは、ベルクライン公爵ではありませんか。珍しいですね。こちらの店を利用されるなんて」


 そんなとき、わたくしたちの会食しているレストランの個室に大貴族の一人、ジェイド・ベルクライン公爵が現れました。

 年齢はまだ二十代と若くして亡くなった父親の跡を継いだという彼はその整った顔立ちと美しい黒髪が相まってエリック様と並んで女性からの人気があります。


 社交界に顔を出す程度であまり王都には来られないと聞いていましたので、わたくしもいきなり彼が現れて驚きました。


「はっはっはっ、たまには王都の味も楽しみたいと思ったまでだよ。私のような田舎者は都会の店は似合わんと言いたげだね?」


「いえ、まさか。そんなはずないではないですか。公爵殿もお人が悪い」


「あはは、すまない。つまらない冗談を言ってしまう性分なのだ。へぇ、彼女が君の婚約者か。確か君はウェストリア伯爵のところの――」


「ジル・ウェストリアですわ。一度しかご挨拶していませんのに覚えていただけて光栄です」


 なんとベルクライン公爵はわたくしの顔を覚えて下さっていました。

 大人の魅力というのでしょうか。怒ってばかりのフィリップ様と違ってとても格好良く見えてしまいます。


「美人の顔はどうしても覚えてしまうのだ。なんせ、私はまだ独身。良縁に飢えてしまっているからねぇ。いやー、フィリップくんが羨ましいよ」


「そ、そんな羨ましがられるようなこと……」


 フィリップ様、わたくしのことを貶めた手前なのか、ベルクライン公爵の言葉を飲み込めないでいるみたいですわ。

 わたくしに嫌味な態度を見せることで、愛情がないことを示しているのですね。言葉に出さなくても分かりますの……。


 ベルクライン公爵……わたくしのことを美人で結婚したいタイプだと仰って下さいましたわ。

 彼のような余裕と包容力のある方がわたくしの婚約者ならお姉様のことで気に病むこともなかったはずですのに……。


「公爵殿、ちょうど会食を終えるところなので、失礼してもよろしいでしょうか?」


「なんだ、もう食事は終わりなのか」


「はい。残念ながらこれから急ぐので」


 ベルクライン公爵の雰囲気に苦手意識があるのか、フィリップ様は早々に食事を切りあげようとします。


 わたくしとしても、彼との食事は苦痛でしたのでありがたいのですが……。


「じゃあ、済まないが。君の婚約者を少しだけ借りても良いかい? いや、もちろん変な意味じゃあない。食事の相手をしてもらうだけだ」   


 えっ? ベルクライン公爵がわたくしと食事をされたいですって?

 そんな素敵なお誘い、嬉しくて涙が出そうですわ……。


「……よろしいですよ。お好きなようにされて頂いて大丈夫です」


 フィリップ様はピクリと眉を動かされましたが、ベルクラインの申し出を受けてわたくしと彼が一緒に食事をすることを許可してくださいました。

 

 そして、個室から出ていき帰って行かれます。



「さてと、こんなに美人と二人きりで食事をするなんて久しぶり過ぎて些か緊張するよ。まずは乾杯と行こうか?」


「は、はい……」


 白い歯を見せて微笑みかけるベルクライン公爵にわたくしは思わず息を呑みます。

 こんな素敵な方がいらっしゃったなんて……。しかも独身で……。


「君のことを覚えてると言ったが、実は挨拶をしてくれたからだけじゃないんだ。魔法学で優秀な成績を残している君が聖女になれなかったことがどうしても不満でね」


「――っ!?」


「なんで当たり障りのない成績の君の姉が合格で君が不合格だったのかずっと疑問を抱えていたからなんだよ」


「べ、ベルクライン公爵……?」


「ジェイドと呼んでくれ」


 黒い瞳でジッと見つめられて、彼は立ち上がり……ゆっくりとこちらに近付かれます。

 そして、わたくしの頭を優しく撫でました。


「私は君の実力を、特に毒魔法の実力を買っていてね。教会にもコネがあるから是非とも聖女に、と君を推したかったんだが……」


「わ、わたくしを聖女に……ですか?」


「残念ながら、君のお姉様が三人目の聖女になってしまった。国のしきたりで聖女の定員は三人まで……、補充するのは聖女が引退したときか、もしくは――死ぬときだ」


 し、知らなかったです。ベルクライン公爵がまさかわたくしをそこまで買って下さっていたなんて……。

 では、お姉様さえ聖女にならなければ本当にわたくしが聖女になれたのではありませんか。

 レイアお姉様さえ、居なければ――。


「聖女レイアさえ、居なければなぁ」


「えっ……?」


「いや、独り言だ。せっかく美人と食事が出来るんだ。今日は目一杯楽しませて貰うよ」


 このあと、わたくしは夢のような時間を過ごすことが出来ました。

 ベルクライン公爵、いえ、ジェイド様……わたくし、あなたのことを好きになってしまいそうです――。


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