第二王子
エリック・エルシャイド王太子殿下の護衛となり、はや一ヶ月。
最初は私も人見知りな性格なので借りてきた猫のように大人しくしていたのですが、段々と護衛隊の方々とも打ち解けて話すようになりました。
ちなみにエリックの護衛隊は私を入れてたったの十人。彼が信頼に値すると決めた人物があまりに少なくて少数精鋭という感じになったそうです。
彼の身の回りの世話をする使用人たちも実は護衛の方々でヨハンという男性とリンシャという女性とはよく執務室で一緒になるので特によくお喋りをします。
「レイア殿、エリック殿下に新しい剣は明日には届くと伝えてもらえませぬか? 某、今から別件で出掛けねばならぬもので」
茶髪で長身の物腰が柔らかな男性がヨハンで、彼はエリックが剣術を学んだ道場の跡取りで兄弟弟子とも呼べる仲なので、エリックは最も信頼のおける護衛として近くに置いているみたいです。
彼と話しているときだけはエリックも少年のような表情をしているので、内心、ヨハンのことを兄のように想っているのかもしれません。
「レイア、紅茶入れ直すネ。こっちにカップを寄越すアル」
黒髪のツインテールと独特の訛りが特徴的な女性がリンシャで彼女は大陸の遥か西にある大国レン皇国の第十二皇女だったらしいのですが、跡取りをめぐる抗争に巻き込まれて亡命を余儀なくされてこの国に逃げてきたとのこと。
エリックが正義感から面倒を見ると公言して、彼女が武術の達人ということもあり自ら彼の護衛に志願したらしいです。
言葉に訛りがありますが、彼女の淹れる紅茶は絶品で今度淹れ方を教えてもらう約束をしました。
こんな感じで気兼ねなく話が出来る方々も増えて、王宮での生活に息苦しさを感じなくなったある日、私はようやくこの御方と対面しました……。
「やぁ、レイアさん。久しぶりですね。兄上の護衛になった話を聞いて驚きました。少し前にジルベルト家に嫁ぐという話を聞いていましたので」
「これは、デール様。ご無沙汰しております。申し訳ありません。私が至らないばかりに、婚約が破棄されてしまい――」
エリックの執務室に向かう途中にたまたま第二王子のデールとばったり出会ったのです。
実はエリックとお話したのはあの日が初めてですが、彼とはパーティーの席で話をしたことがありました。
エリックはパーティーに出席すれど、顔出し程度で直ぐにどこかに隠れてしまうことが不思議でしたが、今思えば暗殺対策だったのでしょう。
その点、デールは誰に対してもフレンドリーに接していて笑顔を絶やすことのない、一言で申し上げれば人畜無害を体現された方でした。
長髪ですがエリックと同じ銀髪に華奢で中性的な顔立ちも相まって女性に見紛うほど美しい容姿も、貴族たちのみならず平民からも絶大な人気を誇ります。
デールに王位を継いでほしいという待望論は彼の人気に裏打ちされているという背景がありました。
「いえ、レイアさんのような素晴らしい聖女に兄上を守って頂けるなんて、こんなに心強い話はありません。兄上はこの国に居なくてはならない存在ですから。どうか、これからもよろしくお願いします」
「はい。エリック様を命を懸けてお守りする所存です」
「命を懸けて……ですか。――それでは今度はゆっくりとお話しましょう」
ずっと笑顔だったデールは「命を懸けて」という言葉を聞いて少しだけ顔を曇らせます。
しかし、すぐに元の笑顔に戻り、そのまま私の横を通り抜けて行きました。
相変わらず、爽やかな方でしたが……あの表情は気になります。
次に話す機会があれば聞いてみましょう。とにかく、エリックの元に行かなくては――。
「へぇ、デールと会ったのか。どうだった? 何か言っていたか?」
「いえ、エリック様のことをよろしく頼むぐらいのことしか」
「そうか……」
エリックの質問に私が答えると彼は短い返事をして紅茶に口をつけます。
護衛になったときに聞きました。エリックを暗殺しようと企む者は、デールを次期国王にしたいと考えている、と。
だからこそ、彼の弟への気持ちは複雑なのでしょう。
自分が死ねば自動的に次の国王になるのは弟のデールなのですから……。
笑顔を絶やさない、無害な男だと思いたくとも、素直に信じきれない自分にもどかしさがあるのかもしれません。
「エリック様もレイア様も顔が暗いヨ! リンシャの故郷のレン皇国ではすれ違うヒト、全員ぶん殴って敵味方判断してたネ! それと比べれば、ここは天国の如く平和アル」
「リンシャさん……?」
「リンシャ、いきなり何を……?」
大真面目な顔をして、リンシャは暗殺者に狙われていて実の弟すら疑わなくてはならないエリックの状況が天国だと言いました。
なんというか……、とんでもない修羅場を乗り越えた方なのですね……。
「エリック殿下、リンシャ殿の言い様は多少突飛かもしれませぬが、殿下には某がいます。リンシャがいます。そして、レイア殿も――」
「ヨハン、皆まで言うな。僕とて何もかも疑っていては心の平穏が保てないさ。君たちには感謝している。僕にとって一番の財産は“信頼”だからね。それと比べれば、“王太子”などという肩書など路傍の石に過ぎないよ――」
突然、私たちに感謝の言葉を伝えるエリック。
“信頼”は財産ですか。
そうですよね。婚約破棄されたあの日……やはり私はフィリップに信じて欲しかった。
エリックの“信頼”出来る人間の中に私が入っていることに誇らしさを感じながら、私も彼の財産を大事にしようと思いました――。