アンリの最初の物語
アンリ・ベール。これがぼくの名。
南からやって来た二十歳の青年が美の女神に憧れたってさほどふしぎじゃない。
もちろん絵はさっぱり売れなかったけれど、いつも星の口笛がぼくにはあった。
緑色の馬車に乗ったジプシーのように。
煉瓦と霧に覆われた街は選ばれた選良は豪華な食卓に、貧しきものは打ち捨てられた蜜柑の箱に乗せられた残飯に。
田舎に生まれ育ったぼくには想像もつかなかった人、そして人。ありとあらゆる装束を見にまといそれは露骨に階級を物語るタペストリー。
ぼくは石像の横で麗しい芸術の夢に浸り、そのスケッチブックに空想の扉を描く。
それは僕の憧れる街であり豊かな未来の欠片。
僕の翼は鉛筆一つでいい。いつだって羽ばたける。
飢えはどうでもいい、しかし爽快であらねばならない!
とはいってもあの三条件
勇気と
希望と
わずかの金(Some Money)
最後のやつだけが常に欠けていたので挽肉たっぷりのミートソースを乗せたスパゲティを夢に悶絶することもしばしば。
夢を見るために視えない未来に賭ける。美の女神に愛されるためになら。
名声と富と美女とあらゆるものに。
賭け金はこのささやかな生命だけ。