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青春ラブコメディは、異世界転移拒否から始まる。  作者: 河津田 眞紀
第一章 よくある学園ラブコメだと思ったか? そうなら良かったんだがな……
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4.「……今の話、完全に同意……!」




 正直、自分で自分を褒めてやりたい。


 すごくね? 去年まで女子の知り合いゼロ。同性のからも嫌厭されるほどの限界根暗陰キャオタクの俺が、登校二日目にして女子(それも超絶美少女)の連絡先をゲットしたんだぞ?

 これはもう、脱陰キャを果たしたと言っても過言ではないよな?


 ……ちなみに。

 朝の通勤・通学ラッシュ回避を狙った早め登校作戦は、『昨日よりはマシ』レベルの効果を発揮したことをいちおう報告しておく。

 そんなことよりも、俺の脳裏に強く焼き付いているのは……



「明日もこの時間に乗ろっか。少しは空いているし」



 という芽縷のセリフである。

 え、それはつまり明日も一緒に登校して良いと、そういうことですか? そういうことでよろしいんですね?? ありがとうございます!!


 ああ、まじか。なんだコレ。

 高校生活、最の高じゃねーか。

 明日が来るのが、これほど楽しみだなんて……去年の俺に教えてやりたい。お前の努力と苦しみは、必ず報われるぞ、と。



 思い返せば中学時代の俺は、アニメのキャラクターが心の恋人だった。

 そもそもアニメや漫画が好きだというのもあるが……邪悪な姉たちに自尊心をズタボロにされていたため、こんな自分が現実の女子と接点持つことなんかできっこないと思い込んでいたのだ。

 それに……『女』という生き物の恐ろしさを、姉たちからこれでもかというほど学んでいたので、『三次元の女は怖い』という気持ちも少なからずあった。


 しかし、今はその姉たちもいない。

 そして、俺は変わった。


 背筋を伸ばし、自然に笑って、学校生活を送ることができる。

 男子とも女子とも、『普通に』接することができる。

 これを最高と言わずして、何と言おうか。


 ……まぁ強いて言えば、オタク友だちの一人でもこっそり作れればなぁーなんて、思っていたりしなくもないが……

 いやいや。贅沢を言うな。アニメ観賞は一人でも出来るし、オタク仲間はネットでも作れる。棲み分けが肝心だ。学校でオタク臭は、出さないようにしよう。



 ………そう、思っていたのだが。




 * * * *




 ──芽縷と登校した日の放課後。


 クラスメイトたちと教室で別れ、学校を出て駅へと向かう。


 高校生活二日目も無事に終えることができた。ひょっとして俺、高校デビューの才能があるんじゃないか?


 などと調子付く一方で、常に気を張っているせいか疲れを感じているのも事実だ。

 今日は早めに帰って、自室でゆっくりスマホゲームでも……


 と、駅前の雑踏に足を踏み入れた、その時。



「………………」



 車道を挟んだ、向こう側。

 おしゃれなカフェやファストフード店が並ぶ、その一角に。


 俺は、見つけてしまった。

 大きめのゲームセンターと、その前に掲げられた……



『魔法少女☆マジキュア プライズ大量入荷!』


 というのぼりを。



 『魔法少女☆マジキュア』とは、アニメのタイトルである。

 可愛い女の子たちが変身して悪と戦う、女児向けコンテンツ……の、大きいお友だち版。所謂(いわゆる)、深夜アニメだ。

 主人公たち魔法少女が様々な葛藤を抱え、時にぶつかり合いながらも、本当に大切なものを護るために力を合わせていく……という王道ストーリーなのだが。


 ……孤独で陰鬱とした中学時代、心の支えになっていた作品なのだ。



「……………」



 ちょっとだけ。ちょっとだけ覗いていくか。

 いやホラ、高校生が放課後ゲーセンに立ち寄るなんてフツーだし? オタクじゃなくったって遊びに行くだろ。フツーに。


 なんて、誰に対するものなのかもわからない言い訳を胸の内で並べながら、俺は足早に横断歩道を渡る。


 店の入り口に立ち、自動ドアが開くと、ガヤガヤとしたゲーセン独特のやかましさに包まれた。嗚呼、この感じ。久しぶりだな。


 同じ高校の生徒がいないかキョロキョロ見回しながら、クレーンゲームコーナーに辿り着く。


 おお、あった。マジキュアの黄色担当・黄桜ルシェル1/8スケールフィギュア!

 しかも、プライズとは思えないクオリティの高さ……造形細かっ。服のシワとかやばい。表情もルシェルの性格がよく表れていて、今にも動き出しそうだ。



 ──これは、欲しい。絶対に欲しい。



 俺は、透明な箱の中で輝く見本用のルシェルフィギュアに暫し見惚れてから、どのように攻略しようか、クレーンゲームを観察する。



 一回百円。置き方は……Dリングか。

 フィギュアの箱にプラスチック製の半円が付いており、それがゴムボールの端に際どい角度でぶら下がっている、というものだ。


 パッと見『ちょっと引っかければすぐ取れるんじゃね?』と思わせるような置き方だが、長年のゲーセン通いの経験から言わせてもらうと、この手のタイプには迷わず五百円を投入するのが吉だ。

 何故なら、リングを左右に何回も揺らし、徐々にずらして落とすしかない『ずらしゲー』だからである。

 だったら、五百円で六プレイできる制度を使った方がお得だろう。



 ……バッ! バッ!!


 と、俺はもう一度周囲を見回し、同じ高校の生徒がいないことを確認してから、五百円玉を投入する。クレジットの表示が『6』に変わった。

 手元のボタンを操作して、アームを動かす。

 真面目に受験生やっていた中三の一年分ブランクがあるが、思っていたよりも感覚は鈍っていなかった。アームの強さも悪くない。


 俺は全神経を『→』と『↑』のボタンに集中させ、少しずつ、着実にDリングをずらしてゆく。

 そして、ちょうど六回目で……フィギュアの入った箱が、ガコンと落ちた。


 くぅぅっ! この落とした時の感覚ゥ!

 脳汁が! 脳内麻薬がぶしゃああっと溢れ出る!!


 愛しのルシェルが描かれた箱を取り出し、ニヤニヤしながらそれを眺めていると……




 ──ぱちぱちぱちぱちぱち。



 背後から、拍手の音が聞こえる。

 ハッとなって振り返ると、そこには……



「……すごい。落留くん、クレーンゲーム上手なんだね」



 二つに結わえた長い黒髪。

 くっきり二重の、眠そうな瞳。

 ぼそぼそと呟くような喋り方。


 この度、縁あってクラスメイトとなった、例のぱんつの……



「れ……煉獄寺、さん……」

「……や。その節はどうも」



 右手を上げ、黒いカーディガンの裾から指先だけのぞかせる彼女。

 い、いつの間に背後に……迂闊だった。よりによってこんな、美少女フィギュアをゲットしている場面をクラスメイトに見られるだなんて……!!


 ……言い訳を。何か言い訳をしなければ。


 俺は急激に渇いた喉を潤すように唾を飲み込んでから、「こ、これにはワケが……」とテンプレみたいなセリフを口にしかける……が。



「……いいよね、『マジキュア』」



  彼女が、ぽつりと。



「……私も、ルシェル派」



 俺が手にしたフィギュアの箱をじっと眺め、そんなことを言い放った。

 ま、まさか……



「……マジキュア……知っているのか……?」



 震える声で尋ねる俺に、彼女はこくんと頷き、



「……一期のブルーレイボックス、初回限定版で持ってる」

「………!! 去年公開された劇場版は……?」



 煉獄寺は……

 ぱっ! と俺の目の前に手のひらを掲げ、



「……五回、観に行った」



 どこか誇らしげに、そう言い放った。

 まじかよ……見つけちまった。同じクラスのオタク仲間……!



「れっ、煉獄寺もルシェル推しなのか?」

「……うん。主役のキリカもいいけど、ルシェルが一番推せる」

「だよなだよな! 天真爛漫なキリカも魅力的だけど、いろんなものを背負っているルシェルの健気さにはほんと毎回泣かされるんだよ! 暗い過去がある癖に人一倍優しいから、みんなに心配かけまいと何でも一人で抱え込んで……強そうに見えて、本当は弱い。そういう奥深さが、他のキャラにはない魅力の一つで…………」



 と、そこで。

 俺は、オタク全開で喋り倒していることに気がつき、固まる。


 しまった……『マジキュア』仲間に出会えた嬉しさから、つい暴走してしまった。

 会って間もない女子に、俺は何を一方的に語っているんだ。



「あ、いや、その……悪い。キモいな、俺」

「……落留くん」



 冷や汗をかく俺に、煉獄寺は…………


 ──ぐっ! 

 と、右手の親指を突き出し、



「……今の話、完全に同意……!」

「…………同志よ!!!!」



 俺は思わず、その掲げられた右手を強く握っていた。相手が女子でなかったらソッコーでハグしていたところだ。



「……落留くん落留くん」



 感動に打ち震えている俺に、煉獄寺は手を握られたまま、



「……今、メイトで『マジキュア』関連グッズ買うと、限定ポストカードが付いてくる」

「なに?! それは本当か?!」

「……しかも、新規描き下ろしイラスト」

「行こう! 今すぐ行こう!!」



 握ったままの手を引き、アニメショップへ向かおうとする俺を、



「……待って」



 煉獄寺が引き止める。

 そしてゆっくりと、クレーンゲームの方を指さして、



「……私も、ルシェルフィギュア欲しい。落留くん、取って」



 眠そうな目を心なしか輝かせ、熱のこもった声でそう言った。





 ──すごい。やはりオタク文化は偉大だ。


 昨日出会ったばかりなはずなのに、『マジキュア』を共通言語に、俺と煉獄寺は一瞬で意気投合した。

 彼女の希望通りルシェルのフィギュアをゲットし、アニメショップで一緒にグッズを買い漁り……

 アニメのあのシーンがよかったとか、このセリフに感動したとか、とにかく語りまくった。


 これだよ、これ。

 やっぱりこれが、俺の本来の姿なんだ。

 陽キャのようにチャラくはない。しかし、根暗なわけでもない。

 そう、俺は……




「……落留くんて、『明るいオタク』だよね」



 アニメショップからの帰り道。

 隣を歩く煉獄寺が、ぼそっと呟く。


 ……あれ? 確かにいま自分でもそう思ったはずなのだが……あらためて人に言われるとあんまり嬉しくないぞ、その二つ名。


 まぁでも、初対面の人間に『明るい』と思われただけでも進歩と捉えよう。



「……じゃあ。私、こっち方面だから」



 高校の最寄り駅に着くと、煉獄寺は反対方面へ向かうホームを指さす。

 俺は軽く手を振り、



「ああ。今日はありがとう、楽しかったよ。また明日、学校でな」



 と、別れを告げたのだが、



「………………」



 じぃーっ……と、穴が開くのではないかというくらいに、煉獄寺に見つめられ。



「……な……なに…?」

「……落留くん。連絡先、交換したい」



 …………き。

 キタぁぁぁああ本日二度目の連絡先交換!

 まじか! まじっすか!!



「お、おう。そうだな。今後もアニメの情報を共有したいしな」



 とかなんとか余裕そうな口ぶりでスマホを取り出してはいるが、内心キョドりまくりである。

 すごいな、俺。すごくないか? 俺。一日で女子二人とラインヌ交換だぞ??


 アプリのお友だち登録が完了すると、煉獄寺はこちらを見上げ、



「……『マジキュア』スタンプ、第二弾買ったから……あとで送るね」



 そう言って……少しだけ、笑った。


 その不意打ちな可愛さに面食らった俺を残して、彼女は「……じゃ」と短く告げると。

 ホームへ向かう階段を、ゆっくり下りていった。



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