青春ラブコメディは、異世界転移拒否から始まる。
三人に追われながら、なんとか辿り着いた1―Aの教室。
チャイムとほぼ同時に駆け込むと……教室内が、やけに静かだった。
生徒たちは皆席に着き、黒板の方を向いている。
……なんだか既視感を覚える光景だ。
「おう、お前ら。早く席に着けー。転入生を紹介するから」
教卓の前に立つ葉軸田女史が気怠げに言う。
俺は、チェルシーたちと顔を見合わせながら席に着いた。
「それじゃあ、入ってきていいぞー」
葉軸田の呼びかけに答えるように、教室の前扉が開く。
入ってきたのは……一人の男子生徒だった。
それも、『超』が付くほどの美男子。
キラキラと輝く金髪に、澄んだ空の色をした瞳。
高い鼻。凛々しい眉。
明らかに日本人ではない、現実離れした美しさ。
そんな美少年が、にこりと完璧な微笑を浮かべながら、
「初めまして。ヴェルター・ステフ・ミストラディウスです。よろしくお願いします」
そう、自己紹介した。
瞬間、クラス中が騒めく。何故なら……
チェルシーと同じ姓を名乗ったからだ。
「チェルシー、知り合いか?」
彼女にこっそり尋ねるが、首を横に振る。
なら、こいつは一体……何者なんだ……?
ヴェルターという美少年は、訝しげに見つめる俺の視線に気がつくと……
ゆっくりと、俺の方に歩み寄ってきて、
「初めまして。若かりし日の父上。そして、母上。お会いできて嬉しいです」
と……
俺とチェルシーを交互に見つめ、そんなことを言い放った。
…………ち、
「父上?!」
「母上?!」
同時に叫ぶ俺とチェルシー。
ヴェルターは「はい」と微笑み、
「僕は正真正銘、お二人の子どもです。未来のファミルキーゼよりやってまいりました。芽縷さんのお力を借りて」
「あ、あたしの……?」
「えぇ、未来の芽縷さんです」
突然のことに、芽縷も目を点にして驚く。
この容姿といい、ファミルキーゼや芽縷を知っていることといい……たしかにこちら側の関係者のようだが、
「一体、何が目的だ……?」
自分の息子だとは俄かに信じられず、俺は警戒しながら尋ねる。
するとヴェルターは、再び教室内を歩き出し……
「僕がこちらの世界の、この時代に来た理由。それは……」
その足を、とある席の前で止め、
「……薄華さん。貴女と、"恋"をするためです」
目の前に座る煉獄寺に向かって、そう言った。
煉獄寺は「……は?」と無表情な顔を引きつらせ、同時にクラス中にどよめきが起こる。
「嗚呼、三十代の薄華さんも美しかったが、十代の薄華さんも素敵だ……なんて可愛らしい」
周りの動揺など気にする様子もなく、ヴェルターは煉獄寺の手を取り、
「あっちの時代では『年が離れすぎている』と振られてしまいましたが、ここなら同い年です。僕と"恋"をして……未来を繋ぐ子をもうけましょう」
ざわわっ。と、ますます騒つく教室内。
無理もない。突然現れた美男子転入生が、クラス一暗い女子生徒に愛の告白および子作りの申し出をしているのだから。
「これは、どういう……」
俺が大いに混乱していると……芽縷が「なるほど」と声を上げる。
「たしかに、咲真クンと薄華ちんが子作りしなくても……咲真クンとチェルちゃんの間にできた子どもと薄華ちんが結ばれれば、あたしは二人の血を受け継ぐ子孫ってことになるんじゃん!」
な……なにぃぃいいっ!?
いや、でもたしかにそれなら全ての辻褄が合う……!
「……あの、いきなりそんなこと言われても、無理なんだけど……」
握られた手を振り払いながら、煉獄寺が言う。
しかし、ヴェルターは怯むどころか「ふふん」と笑って、
「いいえ。貴女は必ず僕と恋をします。何故なら……僕こそが、貴女の前世を滅ぼす"光の勇者"なのだから」
と、煉獄寺に耳打ちするように囁いた。
彼女の眠そうな瞳が、僅かに見開かれる。
「父上の魔力と、母上の聖なる力を宿した僕は、既に魔王の魂と魔力を分断する方法を心得ています。あとは魔王が復活するその時を待つだけ……つまり、貴女がこうして生まれるか否かは、僕次第ということなんですよ。そんな僕のことを、無下に扱っていいのですか?」
……って、それはもはや脅迫だろうが! こいつ性格悪っ! こんなんが息子とか嫌すぎるんだが!!
しかし、目的のためなら手段を選ばないところはチェルシーに似ていると言えば似ている気も……
……いやいや、チェルシーとの子どもと決まったわけじゃないから。ヘンなことを想像するな、俺。
俺が一人首を振っていると、ヴェルターは芽縷に目を向け、
「……って言えば薄華さんを落とせると、未来の芽縷さんに教わりました。いかがですか? この作戦は」
そう言って微笑む。
うーん、如何にも芽縷が考えそうな手だ……こいつも自分が俺と煉獄寺の子孫として生まれるために必死だからな。
そのセリフに、芽縷は教室でのキャラを忘れて目を輝かせる。
「うっわ、未来のあたし頭良っ! 最高の作戦じゃん! あ、でもあたしの魔力ゼロ問題は……?」
「それなら、魂から引き離した魔王の魔力の一部を芽縷さんに差し上げることで解決できます。僕ならそれが可能ですから。そういう取引で、僕をこの時代に送っていただきました」
「なーるほど! これで万事解決だね! そうと決まれば薄華ちん、早いとこヴェルターくんと……」
「だぁあああっ! 言わせねぇぞ馬鹿っ!!」
芽縷のセリフを全力で搔き消す俺。
すると、痺れを切らしたクラスメイトたちが「どういうこと?!」「この転入生は何者なの?!」「説明しろよ落留!」と口々に俺に詰め寄ってくる。
「あ、あわわ……」
「どうしましょう、咲真さん……」
隣で、困ったように俺を見上げるチェルシー。
俺は、冷や汗をかきながら、
「……とりあえず、全員眠らせてくれ」
「らじゃーですっ!」
そうして、チェルシーは即座に催眠魔法を放ち……
担任とクラスメイトたちがバタバタと倒れ、一斉に眠りに就いた。
残ったのは、当事者である俺たちだけ。
「あーあ。面倒なことになっちゃったね」
「……これ、起きても記憶残ってると思うけど」
「ははは。問題を先延ばしにするのは父上の悪い癖ですね」
「って、全部お前のせいだから!!」
息子を名乗る転入生にツッコミを入れてから……
クラスメイトたちの死屍累々を眺め、俺はため息をつく。
嗚呼。俺はただ、明るく楽しい高校生活が送りたかっただけなのに……
異世界転移を拒否したことで、まさかここまで話が拗れるとは。
「うふふ。これからますます賑やかになりそうですね、咲真さん」
俺の気も知らずに、隣で無邪気に笑うチェルシー。
……まぁ、こいつが楽しそうならいいか。
と、思わず笑みを返す。
俺のドタバタ青春ラブコメディは、まだ始まったばかりのようだ。
─完─
これにて完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これまで単独ヒロインものばかりを書いてきた作者ですが、「女の子がたくさん出てきてわちゃわちゃする話が書きたい!」と思い立ち、生まれた作品です。
と言いつつ、最終的には一人のヒロインに落ち着いたわけですが……ハーレムのようでハーレムではないわちゃわちゃ感と、なかなか進まないむずむず感をお楽しみいただけていればさいわいです。
実は本作、とある新人賞に応募し、あと一歩のところで入選を逃した作品を改稿したものだったりします。
加筆・修正しながら、自らの改善点も多々見えてきましたが……このキャラクターたちのことをとても気に入っていたので、WEB掲載という形でも世に出すことができてよかったと思っています。
今後の参考にさせていただくためにも、評価(ページ下部の☆)や感想をぜひぜひお願いします。
それでは。本当にありがとうございました!




