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運命の日~小学生~ 3

 そしてあの日――人類がピラミッドの頂点から転がり落ちた日、町には熱帯のような暑さが襲来していた。

 七月はこんな日がざらで、僕たち子どもから水分と集中力を奪っていく。


「よし、終わるぞー」


 予鈴が鳴り、それまで薄い靄がかかっていた思考が一気にクリアになる同級生たち。待ちに待った放課後になると、志穂がいつものように傍へやってきた。


「“正人”、帰りましょうか」

「うん、勇人は?」

「忘れたの? 今日は遠征で本州よ」

「ああ……」


 先日、勇人は道内の剣道大会で優勝し、全国大会行きのチケットを手に入れていた。

 それを前に、最近は武者修行と称して、師範である父に暇をみてはあちこち連れてかれているのだ。朝に父の顔を見なかったのもそれで合点がいった。


「じゃあ今日は二人だね」

「ええ、光栄に思いなさい」

「志穂はなんかいつも偉そうだよね」


 その日も特になんでもない世間話をしながら一緒に下校し、途中でエリーを飼っている公園に寄った。

 あのキツネ型のリンデクスは知能が高いようで、普段は決して人前に姿は現さないが、僕たちがやってきたときだけはあたかも最初からそこにいたかのように、ひょこっと顔を出すのだ。


「あれ? エリー?」


 だが、その日に限ってエリーは姿を現さなかった。

 いつも志穂が来れば呼ぶ前に現れ、僕と勇人にはつんとすましながらも、志穂の足へ寄っていき、頬をすりつける。「エリーには人を見る目があるわ」と小鼻を膨らませる志穂がエリーを溺愛するようになったのもその頃からか。


「エリー、今日はいないみたい。どうしたのかしら……」

「まあ動物だからね。気ままにどこかに散歩しているんじゃないかな」

「エリ―はとっても賢いわ。よっぽどのことがなければ人に見つかるような行動をする子じゃない」


 僕は正直、エリーがそこまで知性の高いのか疑問だったが、それは口に出さなかった。「じゃあ、そのよっぽどのことが起きてるのかもね。もしかしたら」


「ちょっと、不安になるようなこと言わないでよ。大体、よっぽどのことって何が起こるっていうのよ」

「そこまでは分からないけどさ、例えば――」




 ウォーーーーーーン――――――




 そのとき、突然街中にけたたましいサイレンが響き渡った。

 僕と志穂は弾かれるように上を見上げる。


「わっ、びっくりした」

「これってもしかして、緊急警報……?」


 志穂のつぶやきはサイレンの音に掻き消され僕の耳には届かなかったが、その必要はなかった。

 サイレンの音が少し小さくなり、女性が緊張を孕んだ声でアナウンスした。


『緊急避難警報です。四級地区に複数のリンデクスの侵入が確認されました。四級地区、および産休地区にいる方は、直ちに二級地区以上に避難してください。繰り返します――』


 それは、リンデクスの襲来を告げるアナウンスだった。

 別にリンデクスが四級地区外縁部に設置している波動障壁を突破してくることはそれほど珍しくなく、侵入してもすぐに軍の超人部隊によって撃退される。だからこんな風に大仰な避難警報が出るのは初めてのことだった。


「珍しいね。こんな風に避難警報が出るなんて」

「ええ、本当はエリーも探したいところなんだけど、すぐに移動した方がよさそうね」

「せめて荷物を取りに家に一度帰らないかい?」


 僕たちのいる公園は、お互いの家まで十分程度しかかからない距離にあった。


「いいえ、このまま二級地区に行きましょう。ここから最寄りの避難場所は……この中学校ね」


 スマホを持っていた志穂は手早くそれを調べると、ランドセルを背負いなおした。


「ここは三級地区の中心部だし、まだすぐには“奴ら”も来ないと思うけど」

「さっきのアナウンス、四級地区のどこから侵入してきたのかを言わなかったわ。多分、私達がパニックになるのを防ぐためだと思うけど、逆に言えば、今の状況は私達がパニックを起こしてしまう可能性があるってことよ」


 志穂は乾燥した唇を舌で舐めて言った。「おそらく、只事じゃないわ」






 その志穂の予想は当たっていた。


「なんだこれは……」


 正人の父、葉村武人(たけと)は眼下に広がる光景に言葉を失った。

 教え子である相馬勇人の引率で本州へ渡っていた武人だったが、上層部から急な召集がかかり、一人ヘリで帰還したところだった。

やがて見えてきた自分の街の外縁部、つまりは波動障壁が展開されている場所を見て出たのが先ほどの言葉だ。


「嘘だろ……」


 武人を運ぶヘリの操縦士からもそんな言葉が漏れる。

 波動障壁の一角――およそ一キロほどだろうか。その部分の障壁が見事に破壊され、そこから黒い粒が雪崩のように街に流れ込んでいた。

 間違いない、あの一つ一つが人間を遥かに超えた怪物、リンデクスなのだ。


「ッ……ここで下ろせ!」


 これまで波動障壁を運良く乗り越えてきたリンデクスもいたが、その精々が一匹や二匹。これほどの大軍が一気に街へ押し寄せることなどまずなかっただろう。一刻も早く現場に戻り、自分の部隊を指揮せねばいけないと思った。


「え……少佐!?」


 突如ヘリのドアを開けた武人に操縦士が上げた困惑の声を背に、武人は得物のみを持ってそのまま飛び降りた。

 途端に体は重力に引っ張られ、それを押し戻すかのように風が勢いよく全身を叩く。

 武人は魔力を(おこ)し、全身にそれが行き渡ると同時に空中を思い切り蹴った。


「フッ!」


 あるはずもない壁を蹴るようにして、武人は地上へと“走る”。

 超人になった者には常人には無い『魔力』という力が備わり、まず身体能力が大きく向上する。そこから一部の者が、やがて異能の力を発現することになるが、それらには当然個人差があり、

レベルにもばらつきがある。

 この緊急着陸も軍の中でも有数の超人である武人だからこそできた所業だった。


「……!」


 やがて黒い群れと相対する勢力の中から自分の部下たちを発見する。優秀な部下たちだが、流石に多勢に無勢か、押されているようだった。


「チッ……」


 落下しながら、武人は自分の得物である刀に手を掛けた。そして刀に魔力を満ちると、そのまま空中で抜刀した。


「えっ……!」


 虚空で放った剣閃は空気を裂き、離れた所で部下と睨みあっていたリンデクス数匹を両断した。

 足を下に向け、一度大きく蹴り上げて落下の勢いを殺すと武人はそのまま部下の前に降り立つ。振ってきたのが自分たちの上司であると知った部下たちが歓声を上げた。


「遅いですよ少佐!」

「うるせえ、それより状況を教えろ」

「はい。三十分ほど前、波動障壁が突如破壊され、そこからリンデクスが大量に侵入。個体はなおも増え続け、五分前に届いた情報では、侵入したリンデクスは推定千体にもおよぶとのこと」

「おいおい……洒落にならんぞ」


 見たところ、幸いLevel3を超える個体はおらず、ギリギリ通常兵器で足止めできる程度の個体しかいなかったが、この数が相手では碌に時間を稼ぐこともできないだろう。四級地区は既に手遅れ、三級地区が呑まれるのも時間の問題だろう。

 そのとき、武人の脳裏に一瞬三級地区に住む家族の顔が浮かんたが、即座にそれを振り払い、目の前の敵に意識を集中した。


「まずは穴をふさぐのが最優先だ! クルシュ・コールウェイ中尉は来てるか!」

「住民を避難させるために三級地区でリンデクスの迎撃をしているはずです!」

「チィ、正義感があるのは立派だが自分の適性を考えろってんだ……すぐに呼び戻せ! 中尉が到着次第突破された障壁まで強行するぞ!」

「どうなさるおつもりで!?」

「クルシュは広範囲の溶岩魔法が使える! それで奴らを押し流しつつ“冷やして壁にする”!」


 部下たちが驚愕の面持ちで武人を見る。自分でも破天荒な作戦だとは分かっている。しかし、今の戦力で最も早く穴をふさぐにはそれしか考えられなかった。


「ここで穴を塞がなきゃ街は滅ぶ! 気合入れろ!」

『はっ!』


 武人が号令をかければ、既に部下たちから戸惑いは消えていた。軍では上司が死ねと言えば死ぬのが道理だと教えてきた連中だ。その分、上司である自分には部下の命を無駄にしない責任が問われるのだ。


「行くぞぉ!」


 武人たちが穴を塞ぐのは、これから約二時間後のことであり、武人の想像を超える怪物が頭上を飛び越えたのはこの一時間後であった。


読んでいただきありがとうございます。

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