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悪の種子 3

 あの組手以来初めての授業は驚くほどやりやすかった。


「前回も話した通り、超人の中でも段階があり、それをリンデクラウドの下、審査を経てランク付けされています。例えば、身体能力の向上のみならばLevel1、それ以降は異能力の数、そして強度によってLevelは徐々に上がっていき、現在確認されているLevelは――」


 教室の中に俺の声が響き渡る。誰も私語をしないことなどはこれまでと一緒だったが、生徒たちから俺を軽んじたり侮蔑するように視線や気配は霧散していた。まるで教室の酸素濃度が一気に正常に戻ったみたいだ。これまでずっと標高の高い地点から喋り続けていた俺は、意に介さなかったとはいえ、やはりどこかリラックスして授業をすることが出来る。


「そもそもこのクラスは超人科のクラスだ。それだけでも能力は十分に高い君たちだが、その中でもLevel3を超える生徒たちは高校一年生の中ではかなり上位に入る実力の持ち主だ。藤巻、結城、笹木、だから君たちは全国でもかなり上位の実力者に食い込む区分なんだよ」


 俺の言葉にも翠と葵は無反応だ。唯一男子の笹木だけは小さく会釈した。

 それでも、先週までの翠の様子を考えたらひどい変わりようだ。下手に噛みついてこないだけでも授業のスピードは段違いだ。おかげで今日だけでいつもの三割増しで授業を進めることができた。

 不気味だな。航路は順調だったが、その先に暗雲が立ち込めている。そこに向かって進まねばならないみたいだった。

  授業終了のチャイムが鳴ると、俺は無意識に小さく息を吐いていた。やれやれ。ありもしない圧迫感でストレスを感じるなんてばかばかしい話だ。

 しかし、そのときの俺には確信があった。遠くに見える暗雲は、いずれ俺の頭上までやってくる。そして雲からは酸の雨を降らし、船ごと俺を溶かすのだ。

 その前に風向きを変える必要がある。俺の頭の中に一人の少女の顔が浮かんだ。昨日からずっと考えていたが、やはり彼女を使うことが有効なように思える。

 計画に特に問題はないように思える。もちろん、実際に事が動けばどうなるかは分からないが、それでも動かしてみる価値はあると思う。俺は考えていることを実行するにあたって、リスクとリターンの釣り合いをもう一度考えた。うん、悪くない。そうと決まれば早速今日から動かしてみよう。

 





 殺人というのはレートの高い賭博をする感覚に似ている。大抵のことには動揺しない俺だが、その行為の直前というのはどうしても神経は昂り、アドレナリンが過剰に分泌されることが実感できた。

 平岸萌の行動パターンは既に把握していた。彼女が学校で翠や葵といった超人の中でも優秀な生徒たちの集団に属する反面、校外で真逆の人間とも取れるアウトローな友達と時折街へ遊びに出かけるのも調査済みだった。

 しかし、その集団というのも少し厄介な連中で、何をするにしてもまず目立つというのが問題だった。千切れた導線のような金髪、フェイスタオルを巻いたような短すぎるスカート、脱げるのかどうかも分からないタイトなシャツ。どれを取っても俺にとって全く琴線に触れるポイントはないのだが、世の中の男、特に俺より一回りか、下手をすれば二回りくらい年上の男にとってはなかなかどうしてそれなりに需要があるようだった。


 彼女たちはいわゆる援助交際をやっているらしかった。あんな派手な連中がそんなことをしていればすぐに捕まりそうなものだったが、この街の治安というのは、外側から脅威に目を向けるあまり、内側からの腐敗には耐性がないらしい。まあそんなことを言っている俺こそ彼女たちを取り締まる側の人間なのだが、俺の目的は平岸萌の排除ではない。ここで彼女の悪事を暴いたとしても、俺の目下問題となっている事項は解決するとは思えなかった。

 日付を跨ぐ前後の時間に街に現れた萌は、学校では考えられないよう服装とメイクをしており、なるほど、一目見ても彼女が平岸萌だとは分からないだろう。子どもだと思っても、なかなかどうして女子高生というのも女であるようだった。

 最初は向こうから声を掛けられるのを待つつもりだったが、(俺は髪型や服装を変えればまず俺が俺だとは思われない特技を持っていた)深夜の歓楽街で彼女たちがピンポイントに俺に声を掛けられる確率は低かったので、結局俺から声を掛けることになった。


 基本的に援交をする女は一人で突っ立っているのを目印にして、そこに男がやっていく。夜の街灯に集まる蛾のような感じだ。「五万円でどう?」と脂ぎった顔の中年が媚びるような笑みを浮かべてやってくるのをしかめ面一つせず接待するというのはなかなか過酷な仕事にも思えるが、彼女たちにとってセックスとはそんなに楽なものなのだろうか。援交を本気で止めたいのなら、生徒指導の先生はこういうところで実地調査を行った方が良いのではないだろうか。

 そんなくだらないことを考えているうちに萌の戦友たちがバラバラになった。彼女たちはそれぞれの戦場へ行き、獲物を探すのだろう。その光景はある意味で狩りを行う優秀なハンターのようにも見えた。それを見送った萌はバックから携帯を取り出し、退屈そうに画面を眺めていた。

 それを確認して俺も彼女に近づいていく。普段使わない表情筋を動かし、いつもとは違う印象を受ける形にしなければならない。粘土をこねるように、俺は色々表情を変え、やがて一つに落ち着いた。窓ガラスに映る自分は遊んでそうな大学生、という感じだった。見たことのない人懐っこそうな笑みを浮かべる青年が目の前にいた。これは誰だろう。まるで鏡の世界の全く他人のようにその男は映った。


読んでいただきありがとうございます。

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