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温度差

 週末、喫茶店で美咲に会った。


「あ、先生じゃないですか」


 本に目を落としていた俺が顔を上げると、彼女は少し大きめのボーダーのシャツにロングスカートを履いていた。まだ一年生の美咲だが、学校以外の場で、こういう恰好をしているのを見ると、自分が未来にタイムスリップしてきたような気持ちになる。


「休日にカフェで読書なんて先生の割にはおしゃれなことしてますねー……げ」


 本を覗き込んだ美咲はそこで下品な声をあげた。

 教師必見、嫌われてる生徒とはこう付き合え。

 それが俺の読んでいた本のタイトルだった。


「うわぁ……こういう大人がリアルに悩んでるみたいなところ見るのってけっこう心にきますね」

「勝手に見たのは君だろう。それより、君こそどうしたんだい。テニス部の練習は午後からだろうに」


 時刻は既に一時を半分過ぎている。


「昼前から雨が降ったから中止になったんですよ。最近練習も多かったですし」


 外を見ると、確かに窓には滴が張り付き、路面は露に濡れて銀色に輝いていた。雲の隙間から薄く光が漏れているため明るさは晴れのときと変わらなかったため気が付かなかったのだ。


「なるほど。それで君は一人寂しく午後のティータイムというわけか」

「先生と一緒にしないでください! 私はちゃんと待ち合わせの相手がいますから」


 そういうと、「それじゃ!」と早足で別のテーブル席へと去っていった。「やれやれ」と小さくつぶやき、しばらくはそのまま読書を再開した。

 コーヒーをお代わりして、トイレに行き、帰ってきたときには美咲の席には既に来客がいた。あれは……高梨あずさと清田総悟か。自分の席から彼女たちが見えることもあり、そのまま本を読むともなしに生徒たちを観察する。


「でさ、どうなの実際」

「なにが?」

「超人科の授業だよ。一年生で入ってる子なんて全然いないし、美咲は大丈夫なのかなーって」

「あー」


 あずさに尋ねられた美咲は答えづらそうに間を置いた。


「正直、めっちゃきつい」

「だよねー。だって、藤巻さんとか結城さんって確かLevel3でしょ? 超人だっていう時点でもうすごいけど、それに加えてレベルも高いってなると、もう才能の違いを感じちゃうなぁ。総悟もそうじゃない?」


 あずさに話を振られた総悟が首を振った。総悟は美咲と同じく超人科であり、あずさだけは普通科だ。


「確かに、藤巻たちは別格だけどさ……」

「? どういうこと?」


 そこで総悟が不自然に言葉を止めたので美咲が首をかしげる。

 総悟は少し言いづらそうにしたが、やがてこう口にした。


「藤巻や結城がすごいのは分かるよ。認める。けどさ、それと一緒にいるからってだけで自分もすごいって勘違いしている奴を見ると、ムカつくんだよ、最近」

「それって平岸さんのこと?」

「んー、まあ……ああくそ、めんどうくせえ。そうだよ、平岸のことだよ」


 隠そうとしたらしいが、うまい言い訳も見つからなかったのだろう。総悟は観念したように打ち明けた。


「この前俺の部活の仲間がさ、平岸たちに笑われたらしいんだよ。魔力もないのに必死にがんばって可哀想、だって。そのときは藤巻や結城じゃなくて、他の友達といたらしんだ。まあそうだよな、藤巻はそういう理不尽っていうか、差別みたいなのを嫌う所があるからな」

「あはは、まあ例外もいるけどね……」


 乾いた笑いを漏らす美咲が、一瞬俺の方を見たのが分かった。

 幸い、それに気づかずあずさは「要するに」と今の話をまとめた。


「総悟は自分の友達がすごいだけで自分がすごいと勘違いしている平岸さんが嫌いで気に入らないってわけね?」

「そ、そこまでは言ってねえし!」

「まあ近からずも遠からずってところね」

「お、俺だけじゃなくて、他にもそういう反感を持っている男子は一年にけっこういるんだぜ?」


 あずさが小さく溜息を吐いた。散らかった息子の部屋を見た母親のような溜息だった。「でも、だからって私たちでどうにかできる話でもないでしょうに」


「それも分かってるから言いたくなかったんだよ!」

「はいはい、痴話喧嘩は私が帰ってからやってね」

「「痴話喧嘩じゃない!」」


 そういえば、あの二人は中学から仲が良いのだとか一年部会の先生から聞いたことがあるが、あの様子だともしかしたら付き合ってるのかもしれないな。特に興味はないのだが。

 しかし今の話。翠は直接は関係していないが、俺の問題を解決する何かヒントにはなりえないだろうか。翠は結城葵と平岸萌とは同じクラスで仲が良いが、その中で平岸だけは超人科の中でもビリに近い成績にも関わらず、普通科の生徒を下に見るきらいがある。そして今の総悟の口ぶりから彼女は一年の生徒、特に男子の中では反感を覚えている生徒が多いと。

 俺はぬるくなったコーヒーを一口啜る。生温かい以外は特に味もしない液体が喉を通り胃に落ちていく。頭の中では今聞いた話が高速で飛び交い、何かを作り出そうとしている。

 何かが繋がりそうだ。もう少しでパズルが完成する。そんな確信に近い予感を感じていた。


読んでいただきありがとうございます。

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