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超人科の授業 1

 結局、昨日は家に着いたときには日付が変わっていた。いつもより僅かに遅く覚醒した俺は、起きて、トーストを囓り、髭を剃り、ネクタイを締める頃には既に学校へ行く時間だった。今日は普段使っている黒のビジネスバックに加えて、着替えの入った鞄も持たねばならなかったため、いつもより通勤は不便だった。


「ようし、全員そろったな!?」


 その理由が三時限目に行われた超人科の授業だ。

 リンデクラウドの仕事を請けることはあるものの、それ以外では知識を身につけるための座学が多い超人科の授業だが、今日に限っては違った。


「ではっ、今日は予告してあった通り体術の訓練を行う!」


 超人科の授業のメイン教師、高遠晋作は大気を震わせるような大声で言う。

 高遠は約半世紀生きているベテラン教員だが、十年前、つまり俺が小学生の時には義勇軍に志願し、超人化手術を受けてまで最前線でリンデクスと戦ったすごい人物だ。まあ、金木から言わせれば「僕より狂ってる」という意味ですごいということだったが。

 しかし、俺個人としてはこの教師、あまり嫌いではない。彼を見ていると自分の父親を思い出すことが出来るからだ。同じ軍人気質の人間だからなのだろうが、もう一生会えないであろう父を思い出すことが出来る人物というのは俺にとって花に水をあげるのと同じように日々の生活に潤いを与えるものだった。

 それに、今回の授業も俺にとって都合が良い。


「それで、だ! 今日は俺の他に貴様らに体術の真髄がなんたるかを教えてくれる特別講師をお呼びした! お前らも知っているな、葉村正人先生だ!」


 高遠の隣に立っていた俺に突き刺さるいくつもの視線。最初に集まったとき、生徒達は疑問の視線を投げかけてきたが、高遠が俺を名指しした瞬間、そのほとんどが困惑と不審へと変わった。

 いくら周りに無頓着な俺でも、これは気まずい。


「先生、質問よろしいですか」

「ん、なんだ藤巻」


 そこで手を挙げたのは、俺を軽んじる生徒筆頭の翠だ。


「なぜ、超人でもないただの人である“彼”が、超人科である私達に指導を――――」

「口の利き方に気をつけろッッッ!!」

「ッ!」


 高遠の落雷の如き怒声に翠だけでなく他の生徒も感電したかように動けなくなった。


「藤巻、貴様が優秀なことは認める。だがな、身の程を弁えろよ? お前の一存で、俺の人選を否定する気か?」

「い、いえ……」

「なら呼び方には気をつけるんだな。“彼”ではない。“葉村先生”だ」

「はい、申し訳ありません。葉村先生……」


 屈辱を耐えるように、翠は俺に謝罪した。決してこちらに目線を合わせようとはしなかったが。

 そして俺は俺で改めて隣に立っている人物の存在感に舌を巻いた。今俺たちの前に座っている生徒達は、その誰もがLevel2を超える実力者たちであり、将来街の存亡をかけて最前線で戦うであろう優秀な生徒たちだ。

 それを一言で黙らせるあたり、流石は『豪傑』の異名を持つ超人だ。確か、公式記録では彼のレベルは4を優に超えているのだとか。


「だが、藤巻の疑問は最もではある」


 それまでの厳しい口調とは一転、高遠は静かな口調で翠の疑問の正当性を認めた。


「知っている奴もいると思うが、葉村先生は超人ではない。ではなぜ俺が先生を呼んだのか。もちろん理由はあるが、お前たちも俺の指導方針は体に理解しているな? 百聞は一見に如かず。実践あるのみ、だ。俺の真意を知りたい奴から先生に相手してもらえ! ただし、その前に前回までの基本の動きを確認する! 何度も言うが、この訓練は貴様らが戦闘中に得物を落とした際の動きの確認だ! 戦場では何が起こるか分からん、怠るなよ!」


 高遠の一喝で生徒はすぐに散り散りになる。俺へ好奇の視線を残して。


「高遠先生、あんなあからさまに生徒を挑発するのやめてもらえませんか? 彼ら、最後なんて蛙を狙う蛇みたいな顔つきになってましたよ」

「はっはっはっ! なら、先生が鷹であることを教えてやればいいんですよ」


 豪快に笑う高遠。簡単に言わないでほしいものだ。魔力を熾さずに超人の力を十分に発揮できる相手と戦うのは“慣れている”とはいえ、骨が折れることには変わりないのだから。

 すると、遠くから一人の少女がこちらに駆けてくるのが見えた。この学校では多分、一番見慣れたシルエット、篠原美咲だ。


「あの、高遠先生!」

「ん、どうした」

「あぶれてしまったので葉村先生にお相手をお願いしてよろしいでしょうか!」

「ん、そういえば今日は堀川が休みだったか。よし、許可する」

「ありがたき幸せ!」


 ははーとその場で頭を垂れる美咲。いや、高遠先生、この子絶対ふざけてますよ?


「よし、それじゃあ葉村先生、行きますよ!」

「いや、行くっていってもそもそも何をするのかも知らないのだけれど」


 腕を掴まれ、物凄い強引に連れていかれるのだが、肝心の基本の動きとやらを知らない。


「簡単です。片方が先行、もう一方が後攻になって、それぞれ攻撃と防御をするだけです」

「そりゃ基本の動きっていう割には実戦的な……」


 まあ実戦主義の高遠の好みそうな導入ではあるが、これで怪我人も出ずにウォーミングアップで各自終わらせるというのだから大したものだ。お互い、力の加減を十分にコントロールできる証拠だ。


「それじゃ先生、まずは私から先行で行きますよ~」


 その場で伸脚する美咲が意地の悪そうな笑みを浮かべる。これは普段授業で俺に課題等を出されている憂さ晴らしでもするつもりなのだろうけど。


「言っておくけど、俺けっこう強いよ」

「ふっふっふっ、ザコは決まってそういうものですよ!」

「君、いまさらっと俺のことザコって言ったよね?」


 俺の言葉も既に自分が勝つ未来しか想像していない美咲には届かない。


「お覚悟!」

「ギブギブギブ!」

「いや、早すぎだからね?」


 瞬殺だった。

 手加減はもちろんするつもりだったのだが、ほぼ確実に躱されるだろうと踏んでいた初発のカウンターで美咲はあっけなく撃沈した。

 極めていた腕を放すと、彼女は涙目でこちらを睨んだ。


「近接戦は苦手なんですよー。ていうか先生、本当に魔力を使ってないんですか」

「うん。君だって何も感じないだろ」

「そんなー! いくら私が近接戦が下手でも、こんなすぐやられるなんて納得できません!」

「じゃあもう一度やってみるといい。これじゃあサボってるみたいだ」


 話しながら俺は横目で翠を視界に収める。彼女は見たことのない男子生徒の相手をしているところだった。男性の方が女性よりも身体能力が高いことは当たり前だが、魔力素養は逆に女性の方が秀でていることが多い。お互い魔力を熾しての戦闘ならば、男女差はほとんどなく五分五分の戦いが出来るというわけだ。

 翠のジャブからのストレート。それを前拳で防いだ男子生徒は、ストレートの拳を掴み、自分の方へと引き寄せる。だが、翠はそれに慌てることなく縦肘を叩き込み、男子生徒に膝を突かせた。

 ふうん、魔力素養が高いという話だったが、案外格闘センスも悪くないな――――


「隙ありぃ!」


 正面に視線を戻すと、美咲が突貫してくるところだった。

 脚力も上がっているため、その動きは常人よりも遥かに速いがそれだけだ。俺は冷静に飛んできた美咲の手首をつかみ、勢いを利用して投げ飛ばした。


「いったぁ!?」

「まずは戦ってる最中に口を閉じる所から始めようか」


 うちの道場で、叫びながら投げ飛ばされた結果、危うく舌をかみちぎりそうになった初心者がいた。流石に自分の生徒がそんな死因になるのは忍びなかった。


「うぅ~、先生だって、さっきからよそ見ばっかりしてるじゃないですか!」

「俺はそれでも負けないからいいんだよ」

「むかつく~!」


 そこで高遠から集合の声がかかる。翠の方を見ると、既に集合地点に戻る所だった。翠は汗一つかいていない。もう少し探る必要があった。


読んでいただきありがとうございます。

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