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鬼人と魔人

 花水晶の間から出ていくその人を追って、シャルはバルコニーから庭園へ続く階段を下る。そしてその黒い背中を追って進むと、秋の今では特に見物となる植物もない寂しい場所でその人物は立ち止まった。

 この場所であれば、舞踏会の招待客が迷い込んでくることもそうないだろう。


 迷い無くこの場へと進んで来たあたり、王宮内の位置関係を把握していそうで非常に頭が痛い。

 シャルは小さくため息を吐き、その人物と相対する。


「で、なんか用か?」

「分かっているでしょうに……。エルスターク」

「さて、何のことやら」


 惚けてみせるエルスタークに、シャルは思い切り舌打ちをする。この男は、本当に面倒くさい。

 おまけに真正面に立ってみて分かったのだが、結構長身である自身よりもさらにこの男の背は高く、なんとなくイラっとした。


 再度舌打ちをすると、エルスタークがわざとらしく身震いする。


「おお、怖い怖い。お前、冷静気取ってるけどかなり気が短いよな?」

五月蠅うるさいですよ。そんなことよりも、貴方の協力者は誰です?」

「協力者?」

「ええ。いつもいつも我々の任務先に居るどころか、先に原因を取り除いていたりする。そんなこと、何かしらの情報を得ていなければ出来ないでしょう」

「そうか? 単純に俺が優秀なだけかもしれないぞ?」


 人を小馬鹿にしたように言うエルスタークに、かなりイラっとする。しかしここで怒りを露わにしては、奴の思うつぼだろう。

 一つ大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。


「それに今日ここに居るのも、協力者が居てこそでしょう。平和な国とはいえ、ここは王宮です。警備も甘くはありません」

「まぁ、そうだな。普通にこの王宮に侵入する気は起きないな」


 肩を竦めたエルスタークは、協力者の存在は認めたのだろう。しかし、口を開く気はないようだ。

 きゅっと眉間に皺を寄せ、シャルはエルスタークを睨みつける。


「貴方がどういうつもりか分かりませんが、この国とシシィ様に害を成すようなことがあれば、許しません」

「はっ、あり得ないな」

「では、吐きなさい」

「悪いが、それは出来ない。俺にも俺の都合はある」


 そう告げるエルスタークのワインレッドの瞳は、シシリィアに見せることのない冷たいものだった。身に纏う空気もとても剣呑なものになる。


 思わず身構えると、エルスタークはふっと纏う空気を変えた。威圧するような空気は綺麗に消え去り、シャルはほっと息をつく。


 やはりこの男は、安心できる存在ではない。


「俺がこの国やシシィを害することはない。それは誓って言えることだ」

「何があっても、絶対にですか?」

「ああ。何だったら魂の誓約を交わしても良いぞ」


 魂の誓約は、何よりも重い誓約だ。誓約した事項に背けば、即座に命を落とすという代物だった。

 誓約を交わした双方に、重い責任が発生する。

 国の重大事であっても使われることはほぼないような誓約だ。


 シャルを見るエルスタークは不遜な態度ではあるが、その表情は常になく真剣なものだ。先程の言葉に偽りはないのだろう。


「……そこまでは必要ありません」

「いいのか?」

「貴方のシシィ様への執着は偽物ではないと思っています。好ましくはありませんが、裏切ることはないだろうと信じるには値します。それに、魂の誓約を負うのはこちらとしても面倒です」

「はっ、お前さんにそんなことを言われるとはな」

「不快ですが、事実でしょう」


 大きくため息を吐くと、シャルはエルスタークに背を向ける。

 そろそろ広間に戻らないと、どこぞのご令嬢によって全く身に覚えのない逢引を吹聴されかねない。


「もういいのか?」

「ええ。どうせ、貴方はもうこれ以上は何も話すつもりはないでしょう?」

「はは。よく分かってるじゃないか」


 馬鹿にするようなエルスタークの物言いには、舌打ちを返すに留める。そしてシャルが歩き出そうとした時。


「なぁ」

「……なんですか?」

「シシィとお前の服。揃えたのか……?」

「は……?」


 意外なエルスタークの質問に、思わず振り返る。

 この男であれば、例えシシリィアが誰かと婚約しようと関係なしに、掻っ攫いそうだと思っていた。それなのに、その問いを口にしたエルスタークのワインレッドの瞳は、不安や焦りのような色が浮かんでいる。


 面白い反応に、思わず笑いがこみ上げそうになった。

 そしてその笑いを綺麗に抑え込むと、わざとらしく、ニッコリと完璧な笑みを作って返してやる。


「ご想像にお任せします」

「お前っ!」


 シャルは結局のところ、結構イイ性格をしているのだ。


 何やら喚いているエルスタークを置き去りにし、さっさと舞踏会の会場へと戻るのだった。

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