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祝いの舞踏会3

 呆然としている間にダンスの輪へと連れ出され、力強い腕にリードされてワルツを踊り出していた。


 背に触れる大きな掌にぐいと引き寄せられ、いつもよりかなり近い距離から見上げる端正な顔には楽し気な笑みが浮かべられている。シシリィアの眉間に、ググっと皺が寄った。


「エルスターク、なんてことを!」

「安心しろ。あっちにはちゃんとフォローが入っている」


 くるり、とターンをするタイミングで顎で示された先を見れば、グリディオ皇子は第一王女であるフィリスフィアと踊っていた。

 慌ててさらに視線を巡らせれば、ダンスの輪のすぐ側ではランティシュエーヌが薄い笑みを浮かべつつ鋭い視線をグリディオ皇子に向け続けている。とても、機嫌が悪そうだ。


「あれって、フォローていうか……」

「まぁ、釘差しだな。お前に手を伸ばそうとしたこと自体、あれらにも許しがたいことらしいからな」

「フィリス姉さま……」


 シシリィアがグリディオ皇子に困らされていたことに、フィリスフィアたちも怒って対応しくれているらしい。姉たちにはいつも助けて貰ってばかりで、シシリィアはへにょりと眉を下げる。


 成人しても、なかなか役に立つことが出来ない。

 そう凹んでいると、踊りながらも背中に触れていた掌でポンポンと軽く叩かれる。慰められているのだろうか。


 ちらり、とワインレッドの瞳を見上げると満足そうな笑みを向けられた。

 そして僅かに身を屈め、シシリィアの耳の近くで囁く。


「折角だ。今は踊りに集中しろ」

「ちょ……!」


 さっと頬に血が上り、抗議をしようとすると、くるりと回される。ふわり、と広がるスカートへ視線を落としたエルスタークは、わざと少し体を離し、シシリィアをじっくりと見る。


 軽やかにステップを踏みながらも観察するような視線に、居心地が悪くなってきた。


「なに?」

「いや。シシィが可愛い、と思ってな」

「っ! ……もう、何なのよ」

「事実を言ったまでだ」


 艶やかに笑うエルスタークに、シシリィアは小さく息を吐く。


「お世辞を言ったって、何もないわよ?」

「本心なんだがなぁ」


 クスクスと楽しそうに笑うエルスタークを見上げる。

 いつもとは違う漆黒の前髪は右側だけ後ろに上げられて、半分だけ額を露わにしている。そして人間と同じように丸くなっている右耳には、緑と紫のバイカラーが目を引く宝石の耳飾りが飾られている。

 漆黒の礼装と相まって、なんだか色気が漂う姿だった。


 今更ながらにドギマギしそうになる内心を抑え、先ほどから気になっていたことを尋ねる。


「そういえば、その髪の毛と耳は?」

「ん? ああ、これか。擬態だな」

「擬態?」


 あまり聞きなれない表現にシシリィアは小さく首を傾げる。


 すると笑みを深めたエルスタークはくるり、とターンをするときに少し顔を傾け、握ったシシリィアの手を導いて自身の耳に触れさせる。


「あれ、尖ってる?」

「ああ。幻術の応用で、見た目だけ変えているんだ」

「そんなこと、出来るんだ……」

「魔人族特有の使い方だろうな。結構細かい調整が必要だが、興味があるなら今度教えよう。きっとシシィなら使えるだろう」

「ん~……。折角だから、よろしくお願いします。あ、でもお礼にキスとかは無しだからね!」

「先手を打たれてしまったか。仕方ないな」


 くすり、と笑いを零すエルスタークはそんなに悔しそうでもない。なんだか面白くなってシシリィアもクスクスと笑いを零していた。


 ふわり、ひらりとターンをするたびに広がる色とりどりの美しいドレスのスカートは、花水晶の間に咲く花の様だ。何組ものダンスを踊る人々は、人間だけではなくシャルやランティシュエーヌのような他の種族の者が幾人も居る。


 シャンフルード王国は、人間族以外も多く暮らし、貴族や王族でも他種族との婚姻に寛容だ。しかし、それでも魔人族らしい姿を見かけることはあまりない。

 きっと、今のエルスタークのように擬態をしているのだろう。


 初めて知った知識に嬉しくなってくる。姉たちにも教えよう、と考えてふとあることを思い出した。

 そして軽やかなステップで移動し、近くに踊る人が少なくなった場所で小さく尋ねる。


「西門の結界、何かした?」

「ん? 第二王女が対応している件か」

「知ってるの……」

「まぁな。色々伝手があるからな」


 にやり、と笑うエルスタークに頭が痛くなる。この男は本当に何なんだろうか。

 王宮にもこうやって侵入しているし、放っておいてはいけない気がしてくる。


 ググっと眉間に皺を寄せると、艶やかな笑みを落とされる。


「今日は、シシィと踊りたかっただけだ」

「……それで王宮に忍び込む?」

「ああ。とは言っても、シシィが思っているような問題のある方法は取っていないぞ? 西門の件も、俺は無関係だ。俺なら、気付かれないようにやるさ」

「まぁ、そうよね」

「ん?」


 少し悪い笑みを浮かべて言うエルスタークに、シシリィアはあっさりと頷いた。

 するとそんな反応が意外だったのか、エルスタークはワインレッドの瞳を少し見開いて首を傾げる。どこか無防備な反応に、シシリィアは自然と笑みを零していた。


「貴方の実力は知っているつもりよ」

「そう、か」

「ええ」


 頷いて見上げると、エルスタークの整った顔には喜びの色が広がっていた。そこまで喜ばれると、少し恥ずかしくなってくる。


 そうこうしているうちに、曲は終わりへと差し掛かっていた。

 最後にくるり、とターンをするとその流れでぐいと一度強く引き寄せられる。そしてエルスタークに預けていた手をそっと引かれ、右の指先に口付けを落とされる。


「一緒に踊れて、とても楽しかった。また、踊りたいものだな」

「ふふ。機会があれば、ね」

「そうか。ならば何としても機会を作らないとな」


 にやり、と笑ったエルスタークはちらりと周囲へ視線を巡らせてシシリィアの手を離す。


「さて、煩いのに掴まる前に俺は退散しよう。シシィ、良い夜を」

「っ……。良い夜を」


 さらりと離れていくエルスタークを、シシリィアは少し意外に思って見送る。もっと絡まれると思ったのだ。

 そして少し名残惜しい気分になっている自分に驚きを隠せないでいた。


 思ったよりも楽しかったダンスの時間を思い、シシリィアはそっと右手を握りこむのだった。

エルスタークの耳飾りの石は、バイカラートルマリンがイメージです。

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