竜騎士のお仕事1
シャンフルード王国竜騎士団の任務は、魔獣討伐以外にも空からの偵察や、急ぎの荷物運搬など様々ある。
勿論、かつての戦乱の時代では他国との戦争が主任務であった。しかし平和な現在、竜騎士は強大な戦力よりも、空を駆ける機動力を求められることが多いのだった。
そして本日のシシリィアは、オルフレールという辺境の街に来ていた。
「金華茸5箱、購入完了! 折角だから、金華牛食べて行かない?」
「シシィ様、任務中ですよ」
「分かってるけどさ。私たちだってなかなかオルフレールには来れないんだよ。滅多に世に出回らない金華牛が食べられる、絶好のチャンスだよ!?」
「シシィ様……」
シシリィアの力説に大きくため息を吐くのは、女性と見紛う程の美貌の男だ。
美しい白絹のような髪を腰下の辺りで緩く束ね、純白の騎士服から覗く手や顔も雪のように白い。どこまでも白く、儚げなその美貌の中でひと際目を引く紅玉の瞳は、呆れの色を滲ませながらも宝石のように美しく輝いている。
「ねぇ、シャル。金華茸が必要なのは明後日の舞踏会だし、今すぐ帰らなくても大丈夫だよ。お昼くらい、食べて行こう?」
「そうですねぇ……。シシィ様が明後日の舞踏会にサボらず出席すると約束して頂けるのなら、お昼は金華牛のステーキを食べに行きましょうか」
「う……。シャルは意地悪だ」
シシリィアは恨みがましく本日の任務のパートナーであるシャルを見上げる。
しかしシャルはシシリィアの護衛役であり、さらに言えば乳兄妹だった。小さい頃から共に過ごしており、シシリィアが王女であろうとも遠慮はない。さらりと追撃を行うだけだった。
「明後日は国王の誕生日を祝う舞踏会ですよ。お父上を悲しませるおつもりですか?」
「そういうわけじゃないけどさ。最近、婚約者とか結婚とか色々煩いから……。姉様たちもまだ婚約者決めていないんだから、放っておいて欲しいよね」
「まぁ、仕方はないでしょうね。シシィ様も成人されましたから」
苦笑するシャルに、シシリィアもため息を吐く。
現在のシャンフルード国王の子供は、シシリィアを含めた3人の王女だけだった。そして王女は3人とも未だに婚約者すら決まっていないのだ。
それぞれ事情や思惑があるのだが、普通ではありえない状況だろう。
おかげで一番王位に遠い第三王女であるシシリィアですら、普段から婚約者候補にと名乗りを上げてくる独身男性は多く、舞踏会ともなれば自由に行動が出来なくなる。そんな場所には、可能な限り行きたくないのだ。
「お父様をお祝いしたいし、舞踏会にはちゃんと出るけどさ……」
「言質は取りましたよ。当日になって逃げないでくださいね?」
「分かってるよ。でも、せめてエスコート役はシャルがやってよね」
「俺は護衛ですよ」
「でも、フィルズ侯爵家令息じゃん」
「俺は家を継ぎませんし、何よりも鬼人です。シシィ様のエスコートには向きません」
小さく肩を竦めるシャルに、シシリィアは思い切り頬を膨らませる。
シャルの言う通り、彼は鬼人族だ。
髪の毛に紛れて分かり難いが、髪の生え際には小さな白い角が2本生えている。そして鬼人族らしく、細い見た目を裏切って物凄い怪力だ。背中に背負っている身の丈を超える大刀を片手で扱うし、実は今も大きな木箱を5箱重ねて軽々と持ち上げている。
周囲を行き交う人々はシャルの美貌に見入り、そしてあまりの怪力っぷりにドン引きしていた。
「一人だけ逃げるなんてズルいよ。別に人間以外が王族の伴侶でも問題ないんだから!」
「お、それなら俺がエスコートしようか?」
「エルスターク!?」
「数日ぶりだな、花嫁殿」
唐突に声を掛けてひらひらと手を振る美丈夫に、シシリィアは大きなため息を吐く。
相変わらず神出鬼没だ。
「なんでここに居るのよ……」
「ん~? シシィに会える気がしたから?」
「今すぐ斬りましょう」
エルスタークのふざけた物言いに、即座にシャルが木箱を置いて刀へ手を掛ける。それに対してエルスタークは不敵に笑い、煽るようにシャルのことをフルネームで呼ぶのだった。
「お、やるか、シャルライアちゃん?」
その瞬間、シシリィアは盛大に何かがブチ切れるような音を聞いた気がした。