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白月祭の魔物1

 白月祭はくげつさい

 それは、一般市民にとっては少々危険はあるけれど、年に一度の大盛り上がりするお祭りだ。しかし国の中枢や各都市の領主たちにとっては、全く違う意味合いを持つ祭事だった。




 シシリィアは、待機している修練場から西の空を見上げる。

 陽は既に沈み始めており、夕闇が暗さを深めている。


「あと少しで白月祭の始まりだね」

「はい。巡回部隊は問題なさそうですね……。本日の指揮はランティシュエーヌ殿にお願いしております。各自、問題などが発生した場合は、即時にランティシュエーヌ殿へ報告するように」

『了解っす』

『はいはーい』

「みんな相変わらずだなぁ……。ランティシュエーヌさん、よろしくお願いします」

「ええ」


 薄っすらと冷たい笑みを見せて青緑色の翅を揺らすランティシュエーヌに、シシリィアは思わず顔が引き攣る。


 今日はシシリィアやシャルを含め、竜騎士は総出で対応に当たることになる。さらに言えば、国内の状況を把握したうえで、適宜竜騎士たちの采配をしなくてはならない。

 生半な指揮官では務まらないため、特別にランティシュエーヌにお願いしているのだ。


 しかし毎年恒例とはいえ、大切な守護対象であるフィリスフィアから離れる羽目になっているランティシュエーヌは、非常に機嫌が悪い。仕事は完璧に熟す人物と知ってはいるが、やっぱりちょっと不安になる。

 小さく息を吐いて、ランティシュエーヌの前に広げられている地図を見る。


 目印となる魔道具を持った人物の位置をリアルタイムで表示する魔道具であるこの地図は、今は国内あちこちに散らばっている竜騎士たちの居場所を示している。

 シシリィアたち数人以外の竜騎士は全て、シャンフルード王国中、特に王都から離れた場所に散って巡回している。

 そして王城の修練場で待機しているシシリィアたちは、王都近辺で応援が必要になった場合に駆け付ける要員だった。


「今年は、被害ゼロを目指して頑張ろう」

『団長、目標高いっすわ~』

「目標は高い方が良いでしょう。泣き言を言わないように」

『流石副長、ドエス!』

『鬼畜!!』

「……戯言ざれごとはその程度で。間もなく日が暮れます」

「ランティシュエーヌ殿、申し訳ありません」

「いえ。竜騎士団はいつものことですからね……」


 ため息を零したランティシュエーヌが若葉色の瞳を細め、空を見据える。

 もう間もなく、完全に日が暮れる。


 白月祭は一年の終わりの日の日没少し前から、翌日の日の出まで続く。


 街では、日没前から各所で篝火かがりびが盛大に燃やされ、人々はその篝火の周りで歌ったり踊ったりする。

 国からの振舞い品として酒やジュースが無償提供されるし、人が多く集まる場所には屋台も多く出店しているから、一晩中大騒ぎだ。


 その一方で、王宮や各都市の領主館などでは、日没と共に白月祭の儀式が開始される。

 酒や特産品を供物として捧げ、一年を無事に過ごせたことと、翌年を平和に過ごせることを祈るのだ。


 そして一時間程度の儀式が終わった後は、騎士団など実働部隊を指揮する対策本部と化すのだった。

 一年で一度だけ、この日の夜の間だけ出現する、”白月祭の魔物”と呼ばれるバケモノに対応するために。


『魔物、出現し始めました!』

『今年の魔物さんは……、蟲型だなぁ』

「…………さいあく」

「シシィ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫……」


 顔色を少し悪くしながら、シシリィアは大きく深呼吸をする。


 ”白月祭の魔物”は、一年の終わりの日の日没と共に出現する。

 暗闇から染み出るように突然現れるそいつらは、影のように真っ黒な存在だ。しかし、何故か毎年形状は違う。

 去年は可愛らしい愛玩動物の形状でちょっと倒しにくかったし、その前は良く分からない紐状だった。今年は蟲型、ということで物理的攻撃力だけでなく、視覚的攻撃力も高い。


 気が滅入りそうだ。


 しかもこのバケモノは、人を取り込もうと襲い掛かって来る。

 真っ黒なソレに取り込まれた人は、どうなるかは分かっていない。しかし、戻って来ないことだけは確かだ。

 だから、各都市に配置されている騎士団は勿論のこと、手が足りなくなる場所への助っ人として竜騎士が出動するのだ。


 ただ、このバケモノは光を嫌うようで、明かりを灯していればそこにはやって来ない。

 さらに、白月祭の儀式をしっかり行い、人々が賑やかに白月祭を楽しんでいれば出現数は減るという。だから、多少危険があるかもしれないけれど、家に閉じこもるのではなく篝火を中心に盛大にお祭りを行うのだ。


 しかし、儀式をちゃんと行わなかったり、お祭りの盛り上がりがイマイチだと何故か”白月祭の魔物”は荒ぶり、猛攻を仕掛けてくるのだった。

 意味の分からなすぎる生態には、大抵の人は理解を放棄している。


 とにかく一夜を無事に乗り切るため、一般の人々は盛大に盛り上がり、騎士達はバケモノが人を襲わないように警戒を行うのだった。


「蟲が嫌なら、俺が守ってやろうか、シシィ?」

「エルスターク、居たんだ」

「居たんだ、とはシシィは冷たいな」

「エルスターク殿、貴方は単独で行動頂く予定です。シシリィア様との行動は諦めてください」

「それは酷くないか、守護妖精殿?」

「転移を使えて、単独でも強力な戦力を持っている貴方を有効活用する作戦です。異議は受け付けません」


 いつも以上に素っ気ないランティシュエーヌは、あっさりとエルスタークの言葉を切り捨てる。

 そして各所から入り始めた連絡を受け、早速指示を与えるのだった。


「エルスターク殿、ベルドルムの街へ行ってください。今すぐ」

「ベルドルムって北の国境の街か……。本当に人使いが荒いな」

「先日の無茶な依頼を忘れた、とは言わせませんよ?」

「あーはいはい、直ぐに行く。行けば良いんだろう!」


 深い赤紫色の髪を掻きむしったエルスタークは、嫌そうにため息を吐く。

 そしてシシリィアの頭を軽く撫で、ワインレッドの瞳に真剣な色を乗せて真っ直ぐ見つめてくる。


「シシィ。くれぐれも、無理をするなよ? 何かあったら呼べ」

「分かってるって。無理はしないし、みんなも居るから。エルスタークも頑張って」

「ああ……」


 エルスタークを見上げて小さく笑う。

 すると何故か、驚いたように少し目を見開かれた。そして素早く近付き、頬に軽く口付けを落とされる。


「っちょ!?」

「貴様!」

「ははは、じゃあ行ってくる」


 ひらり、と軽く手を振ってエルスタークの姿は掻き消えた。

 緊張感の消し飛んだ空気に、小さく息を吐く。


「もう。ホント、勝手なんだから……」


 ほんのりと唇の感触が残る気がする頬をゴシゴシと拭い、シシリィアは小さく笑みを零すのだった。


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