姫竜騎士と求婚者と竜と3
そんな出会いだったエルスタークは、その後度々シシリィアの任務先に現れては、ちょっかいを掛けてくるのだった。
何かと絡んでくるし、いつの間にか花嫁とか言い出すのだ。今回のように手助けをしてくれるのは大変助かるが、そもそもとして、竜騎士団に所属しているわけじゃないのに任務先に度々居ることが、意味分からない。
最近は、ストーカーではないか、と疑っていたりする。
シシリィアは腕を組んでエルスタークを見上げる。
「手助けしてくれるのはありがたいけど、色々怪しすぎるから」
「そうか? 俺はシシィに会いたいだけなんだがな」
艶やかに笑うエルスタークに、シシリィアは言葉を詰まらせた。
とろりと色気を溢れさせるワインレッドの瞳が、妖しく光る。
空気に飲まれてはいけない。そう思うのに、体が動かせなかった。
顔へゆっくりと伸ばされる手を呆然と見つめていたその時。その腕に向けて鋭い回し蹴りが放たれる。
「おっと……」
「シシィに汚い手で触らないでくれるかしら?」
ひらり、と蹴りを躱したエルスタークを忌々しそうに睨むのは、ハスキーな声の長身美女だった。美しい真紅の髪を項辺りで切り揃え、シシリィアと同じ白い騎士服を身に纏っている様は、まるで男装の麗人だ。
「イルヴァ!」
「シシィ。遅いから心配したわ」
「ごめん……」
しゅん、と項垂れているシシリィアの頭を撫でるイルヴァは、シシリィアの騎竜だ。
高位の火竜であり、人間の姿も取れるのだ。そして幼い時に守護契約を交わした守護竜でもある彼女は、とても過保護だ。
シシリィアとエルスタークの間に立ったイルヴァは、金色の瞳を眇めてエルスタークを睨む。
「いつまで私の愛し子に纏わりつくのかしら。下郎め」
「はっ。トカゲ風情が五月蠅いぞ」
「やっぱり、下郎は処分すべきね」
「出来るものならやってみろ」
挑発的に嗤うエルスタークに、イルヴァは鋭い貫手を繰り出す。その手には竜の鋭い爪と赤い鱗が現れており、殺意満載だ。
しかしエルスタークはあっさりと避け、反撃とばかりに数十個の氷の礫をイルヴァへ向ける。
「舐めるな!」
「ちっ、高位の竜は面倒だな……」
吠えるようなイルヴァの気迫で礫を全て弾き、目にもとまらぬ勢いでエルスタークへ攻撃を繰り返す。一方のエルスタークも魔法と剣術を交えて応戦している。
あまりにも強力な二人のぶつかり合いは、その余波だけでも周囲を傷付けていく。
下手に介入も出来ず、シシリィアはハラハラしながら二人の戦闘を見守っていた。しかし、ちらりと見えたイルヴァの顔に息を飲む。
美しい顔の至る所に紅い鱗が現れ、金色の瞳も瞳孔が縦に割れている様だった。
このままでは、街中で竜の姿に戻りそうだ。
「イルヴァ!」
「滅べ、下郎が!!」
「っと、ヤバいな……」
シシリィアの叫びと、イルヴァの突きが建物の柱に入るのは同時だった。
ミシリ、という不吉な音が響いた数瞬後。もともとボロ屋だったこの建物が崩壊を始めたのだった。
「っ……!」
「大丈夫か? シシィ」
「エルスターク。…………ありがとう」
いつの間にかエルスタークに抱えられ、建物から脱出していた。
つぶっていた目を開けると思った以上近くにワインレッドの瞳があり、少しドギマギする。とりあえずお礼を口にして下ろしてもらった。
そして完全に瓦礫の山と化したならず者たちのアジトにため息を吐く。伸したあと放置していた彼らは大丈夫だろうか……。
おまけに、イルヴァも脱出していなそうだ。
どうしたものか、と瓦礫の山に近付こうとした時だった。
バァァン! と一部の瓦礫が吹っ飛ぶ。
「……イルヴァ」
「シシィ。良かったわ、無事なのね」
「イルヴァもね……」
瓦礫を吹き飛ばして自力で脱出したイルヴァは傷一つなさそうだ。流石は頑強な竜だ。
ぎゅう、とシシリィアを抱きしめるイルヴァは、先ほどまでの怒りは忘れている様だ。顔や腕の鱗は無くなり、柔らかな手でシシリィアの頬を撫でる。
「ごめんなさいね、シシィ。危ない目に合わせてしまったわ」
「そうだね。街の中では竜になっちゃダメだよ」
「ええ、勿論。さて、そろそろ帰りましょう。きっとシャルが心配しているわ」
「う~ん。でも、多分しばらくは帰れないね」
「あら……」
近付いてくるこの街の衛兵を指し、シシリィアはため息を吐く。
流石に、建物が倒壊すれば騒ぎに気付いたのだろう。市場のおばちゃん曰く、しっかり仕事をしている衛兵だと言うのだから、この後は事情聴取などで長くなりそうだ。
「シャルに怒られそうだなぁ……」
「私も怒られそうだわ」
過保護で口喧しい副官を思い、イルヴァと2人でため息を吐く。
そしてもう1人の関係者を探して周りを見渡すが、エルスタークの姿が無くなっていた。いつの間に逃げ出したのだろうか……。
「あいつ……!!」
シシリィアの叫びは、秋の高い空に吸い込まれていった。