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姫竜騎士と求婚者と竜と2

 シシリィアがエルスタークと初めて会ったのは1年くらい前だ。

 あの日も、単独での任務だった。そして任務自体は問題なく終わり、その場所に希少な金色蜜林檎が生っているのを見つけたから、ついつい欲を出してしまった。

 いつも口喧しい副官が居ないからと、騎竜を宥めすかして一人森の中に入り、金色蜜林檎を収穫することにしたのだ。



 身に着けていた外套を入れ物代わりにして金色蜜林檎をポイポイと放り込み、シシリィアはニンマリと笑みを浮かべる。

 金色蜜林檎はほんのり金色がかった美しい林檎で、実を割ればとろりとした金色の蜜が溢れてくるのだ。そのまま食べても勿論美味しいし、蜜を絞って飲んでも美味しい。さらに少し痛んだ実でも、お酒に漬け込めば金色に輝く美しく、美味しい果実酒が出来上がる。


 しかしこの林檎を育てるのは難しいらしく、人の手で作る方法はまだ確立されていない。しかも、蜜をたっぷり含んでいるおかげか、痛むのが早い。

 そのせいでシシリィアの普段の拠点である王都では、滅多に手に入らないのだ。そんな希少な金色蜜林檎が沢山生っているのだから我慢なんて出来ない。


 竜騎士は竜に負担を掛けないために軽装だ。おかげで装備を脱ぐ必要もなく、愛用の長槍だけは木の根元に置いて金色蜜林檎の木に登り、どんどん実を収穫していた。


 制服である騎士服が白いから汚さないよう気を付けつつ、外套に収まらなくなるくらいまで採っていこうと次の金色蜜林檎へと手を伸ばした時。

 不意に感じた気配に、抱えていた金色蜜林檎を手放し、咄嗟に木から飛び降りた。


「っち、逃げられたか」

「誰っ……!?」


 先程までシシリィアが登っていた木の枝に、一人の男が悠然と立っていた。

 一目で、圧倒的な実力差も理解した。しかしそう安々と殺される訳もいかないのだ。


 じっと男を観察すると、こちらを鋭く見据えているワインレッドの瞳は、まるで獲物を狙う肉食獣の様だ。自然体で立つ長身の体を漆黒の衣服に包み、黒っぽい髪の毛から覗く耳は少し尖っている。

 震えそうになる喉を抑え込み、口を開く。


「……魔人族が、何か用?」

「なかなか気が強いな」


 すっ、と目を細めると共に放たれた威圧に、膝が折れそうになった。

 気力を振り絞って体を支え、シシリィアは魔人族の男に視線を据える。


 魔人族は、魔力の扱いに長けた種族だ。シシリィアも魔術は使えるし、人間の中では魔力が多い方だ。しかし、あくまでも人間の中では、というレベルであり魔人族に敵うものではない。


 しかもこの男はしっかり鍛えられた体躯をしている。通常の魔人族は魔力に頼った戦い方をするが、この男はそうではないのだろう。腰に下げられた長剣は多分、お飾りではない。


 緊張に引き攣る体を抑え睨み付けていると、不意に男が艶然とした笑みを零す。


「なかなか、楽しめそうだな」

「っ!!」


 いつの間にか距離を詰められ、ぐいとかなり強引に顎を持ち上げられた。


 小柄なシシリィアと長身の男とでは、頭一つ分以上身長に差があったようだ。シシリィアが仰け反るくらい顎を持ち上げられたうえで、覗き込むように見下ろされる。

 間近で見たことで、男の髪色が黒ではなく深い赤紫色であることに気付いた。そんなどうでもいいことを考えながら、シシリィアは浅い息を繰り返す。


 より近くで男の威圧を向けられ、呼吸をすることですら苦しかった。


 しかしシシリィアを覗き込む男のワインレッドの瞳には、この場に似つかわしくない色気が滴っている。

 そして男は、先程までとは打って変わり、低く甘い声で囁く。


「折角だ。楽しもうじゃないか」

「……っ!」


 ゆっくりと近づいてくる男の顔に、シシリィアは目を見開く。そして無我夢中で魔力を放出した。


「おっと……。まだ動けるとは……」

「っ……、冗談、じゃないっ……!!」


 肩で息をしながら、男を睨み付ける。

 男の圧力で縛られていた体は、なんとか動かせる程度ではあるが自由を取り戻した。しかし、ただ爆発させたような先程の魔力は、男に対した傷を負わせてはいないだろう。


 決して良くはなっていない状況に、それでも次の手を考える。


 そんなシシリィアを見た男は楽しそうに笑み、魔力の奔流で切れた自身の頬を軽く撫でる。そうしてあっさりと傷を治すと、身に纏う空気を一変させる。


「気に入った。お前、名は?」

「……言うと思う?」

「はは。それもそうだな。俺の名はエルスターク。エルスと呼んで良い」

「は……?」


 名前を告げる、ということは魂の一部を相手に握らせるようなものだ。

 先ほどまで敵対していた相手に名前を明かすなんてあり得ない。しかも普通、愛称で呼ぶのは家族や仲の良い友人だけだ。


 急に、態度が変わりすぎだ。


「何、考えてるの……?」

「お前を気に入った、それだけだ」

「や、なんで、気に入るの……?」


 意味が分からな過ぎて、呆然と問い掛ける。しかし、エルスタークは艶やかな笑みを浮かべるだけだった。

 そして一瞬で距離を詰め、シシリィアの頬に口付けを落とす。


「っ!?」

「では、また会おう」

「お断りよっ!!」

「ははっ! お前は本当に、なかなか気が強いな」


 再び魔力を放つが、今度はあっさりと躱されてしまう。そして楽しそうに笑いながら、エルスタークは身を翻して森の中に消えていく。

 シシリィアは口付けを落とされた頬をゴシゴシと拭いながら、その背中を見送るしかなかった。

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