森の中に潜むもの2
暗闇に引き込まれたと同時に、温かくガッシリとした腕に抱き込まれた。そしてすぐ近くに光が灯る。
「……見えた」
「っ、何あれ……」
エルスタークはシシリィアを左腕に抱き、険しい表情で暗闇へと引きずり込んだモノの先を見据えていた。そしてエルスタークが灯した魔法の光の先に見えたソレに、シシリィアは顔を歪ませる。
それは一見美しい花を咲かせた植物だった。
しかしその美しい花の周囲には、黒いツタのようなものがウネウネと蠢いている。そしてそのツタの一部が伸び、シシリィアに巻き付いているのだ。
正直、かなり気持ち悪い。
引きずり込まれた場所は思ったよりも広い空間だが、今のところ周囲にその植物以外は居なそうだった。しかし高さがかなりあり、下手に飛び降りれば怪我は免れないだろう。
ぐんぐんと近付いてくるソレを見据え、エルスタークが小さく囁く。
「降りるぞ」
「うん。お願い」
ある程度植物の近くへと引き寄せられたタイミングを見計らい、目を眇めたエルスタークが右腕を振るった。
ズバン、という轟音と共に巻き起こる突風に乗り、植物から少し離れた場所にシシリィアを抱えたまま軽々と着地する。腰や足に巻き付いていたツタはエルスタークの一刀で切り落とされ、微妙にビチビチ動く残骸がへばり付いていた。
エルスタークの腕から離れるよりも先に、とにかくその残骸を払い落す。
「うう、気持ち悪い~」
「大丈夫か?」
「うん、体には問題ないよ」
半分涙目だったが、とりあえず体にツタの残骸がないことを確認したシシリィアは前を見据える。
折角の獲物を取り落としたからか、黒いツタはこちらに殺到しようとしていた。しかしエルスタークが結界を敷いてくれているようで、少し先の空間で体当たりするように激しく蠢いている。
これまた、とても気持ち悪い。
盛大に顔を顰めつつも、シシリィアも長槍を構える。
「あれ、何だろう……」
「闇属性らしいのは間違いないが、見たことないな」
「だよね。闇属性の植物性魔獣なんて、聞いたことない」
「ああ。……多分、こっちの世界のものじゃないな」
小さく呟くエルスタークを驚いて見上げる。
いくらエルスタークの結界があるからと油断しすぎな行動だが、あまりにも意外な言葉だったのだ。
「妖精界か精霊界産ってこと?」
「多分な。魔力が違う」
「魔力って……。魔人族は目が良いって言うけど、本当なんだね」
「まぁな。さて、どうすっかなぁ……」
そう呟きながらエルスタークが新しい結界を展開すると、すぐに先程までの結界が砕ける音が響く。さらに植物とは反対側、シシリィアたちの背後からは複数の獣が走ってくる音が聞こえてきた。
エルスタークが灯した光だけではちゃんと把握できていなかったが、ここはどうやら広間ではなく真っ直ぐに続く通路のようだった。
「ったく、団体様のご到着だな」
「さっきの魔犬より多そう……」
「でも、正体不明のヤツを相手するよりもマシだろう」
「だね」
ちらりと顔を見合わせて頷くと、くるりと身を翻す。そしてエルスタークがさらにもう一重結界を展開するのを確認し、謎の植物から離れるように走り出す。
このまま挟み撃ちにされるのだけは避ける必要があるのだ。
そしてしばらく走ると、後方から迫って来ていた魔獣と遭遇する。
ここまで別れ道もなく、途中で躱すことも出来なかったのだ。だが幸いに、数こそ多かったが相手は普通の魔犬だった。
「突っ切るぞ」
「うん! 燃えちゃえ!!」
そう言いつつ右腕を突き出し、火球の魔法を解き放つ。
十数個の小さな火の弾が降り注ぎ、数頭の魔犬を焼き払うと共に後続の魔犬たちを足止めする。魔獣とはいえ、獣であるから炎を嫌うのだ。
そしてさらに、ニヤリと笑ったエルスタークが左腕を突き出す。
「失せろ」
「うっわ……」
巻き起こる熱風から顔を庇いつつ、シシリィアは少し引いていた。
怯んでいた魔犬たちに向けて、エルスタークは極大の火球を打ち出したのだ。通路を塞ぐほど大きな火球は真っ直ぐ進み、進路上に居た魔犬を焼き滅ぼしていく。
そしてその火球が消えた時には、通路には何も残っていなかった。
「相変わらず、無茶苦茶な力……」
「…………怖いか?」
その問いを口にしたエルスタークの顔は、飄々とした笑いを浮かべている。しかし、じっとワインレッドの瞳を見上げると、そこには怯えの色が見え隠れしていた。
案外、この男は繊細なのかもしれない。
シシリィアは小さく笑うと、黒い手袋をつけているエルスタークの手を引く。
「シシィ?」
「あの植物が追い付いてくるかもしれないから、とりあえず先に進もう」
「あ、ああ……」
とりあえず早歩きで進みだすと手を離し、ちらりエルスタークを伺う。表面上はいつも通りだが、どこか困惑しているようだった。
シシリィアは肩にかかる金色の髪を軽く払い、口を開く。
「最初は怖かったよ。急に襲われるし、明らかに実力差があるし」
「……あの時は悪かった」
「うん、本当だよ。でも、最近はもう襲われないことが分かったから。だからエルスタークの力は頼もしいなって思うことはあっても、怖いなんて思うことはないよ」
にっこり笑って見上げれば、エルスタークは驚いた様子でワインレッドの瞳を見開いていた。そしてふわり、と嬉しそうな笑みを零す。
その笑みは、本心からの喜びを表すようで、とても美しかった。
不意打ちでそんな笑みを見せられたシシリィアは、パッと顔を背ける。
「……だから、とりあえず、ここを出るために、頑張ろう」
「そうだな」
「うん」
薄い通路を進んでいくシシリィアの顔は、赤く染まっていた。




