『無人島もふもふ』番外編!~If アナトーリアとバルナバが東京・銀座に異世界転移したならば!?~
祝!
伊賀海栗先生『無人島へ追放された悪役令嬢はモフモフに囲まれ悠々自適な生活を送る』
感想100件突破~!ひゅーーー!どんどんどん!
キャロモンテ王国の由緒正しい公爵家、バウド家。
その広大なお屋敷の一角を見た者は、きっと不思議に思うだろう。
夜だというのに、窓が大きく開かれている。
その窓から覗いているのは、1人の整った少女の顔。
キリッとした猫のような瞳、通った鼻筋に、茜色の薔薇の花弁のような唇。卵形の顔を、赤みがかった艶やかな髪が縁取っている。
元は白かったであろうその肌は少々日に焼けているが、それは彼女の美しさを損なうものではない。
しかし、普段は意志に満ちて輝いているであろうその瞳は、今、憂いの色を帯びて星空を見上げていた。
「はぁ……無人島の夜空が見たいわ。イフにエスト、レイ、ウティーネにゲノーマスにシル……みんな……」
無人島で知り合った優しい仲間たちを1人1人思い出していた彼女のセリフは、しかし最後まで終わることはなく、止まる。
なんとなれば。
「じゃーんっ!こんにちはにゃん!」
星空の向こうから、急に現れたのは、スク水エプロンのゆるふわ系美少女。片手にフライ返しを握っている。
「あっ、あなた誰っ!?」
当然の問いである。
本来ならば、不審者は影のメンバーがすぐに捕らえてくれるはずだ。
なのに、なぜ……?
疑問の答えは、すぐに出た。
ごとっ。
何かが落ちるような音に振り返る令嬢。
その目の前には、闇に溶けるような黒装束の男が倒れていたのである……!
「と、トリスタンっ……!」鼻血を垂らし口許をだらしなく緩めている、その顔は、普段の彼の冷酷な瞳からは想像もつかない。
「あなた一体、なにをっ!」
驚いて詰め寄れば、とぼけた表情で明後日の方を見るスク水エプロン。
「えーと1個ずつ答えるにゃん」手に持ったフライ返しを振りつつ、のんびりとした口調である。
「まず、はじめまして!妖犬サレッキーにゃん!あ、語尾は気分だから気にしないでにゃん!」
「妖犬?精霊みたいなものかしら?」
「近い!たぶん。んで、アナトーリア様、マスター・スナガの命令でお迎えに上がりましたにゃんっ!」
「そう……」アナトーリアは王妃教育を受けた者に相応しい、凛とした威厳を保ちつつ、内心では思い切り引いていた。
「それで影の者たちをどうしたの?」
「ちょっと砂礫ビームで良い夢見てもらってるだけにゃん♡」
にょほにょほと笑うサレッキーの表情には、やましさの欠片も見られないのだが。
「で、どこに連れていってくださるおつもり?」
こんな異常事態でも、落ち着いた対応をできる自分が誇らしい、とアナトーリアは思う。
そんな彼女に、サレッキーと名乗った少女は満面の笑みを向けた。
「東京の銀座にゃん!」
「東京……?銀座……?」
アナトーリアの声が震える。
二度と、帰ることのないと思っていた、転生前の世界。
まさかそこに、行けるというのだろうか。
そんな彼女の感興など全く意に介していない様子で、サレッキーと名乗った少女は能天気にフライ返しを振り回し、叫んだのだった。
「いざ!感想100件記念企画!『バルナバくんと銀座で1日デートの件』レッツ・スタートっ♡」
途端に空間がぐにゃりと歪み、アナトーリアの視界は、七色の光に覆われた。
△▼△▼△▼△▼
「店長」佐和は、スタッフの1人のヒソヒソ声に振り返った。
「あそこのお客様、どうしましょう」
スタッフが目顔で示す方向を見て、少々驚く。
ここは銀座のファッションビルの一角。
若い女の子向けの流行もの……のはずが、最近は先鋭的なデザインのものが多く、やや人を選ぶ感じになってしまっているブティックである。
人を選ぶとはいえ、都内の旗艦店だ。当然、色々なお客様がくる。
中には、近世ヨーロッパ風コスプレカップルだって、そりゃあいるだろう。
いるだろうが……ただのコスプレではない。
なんというか、本格的なのだ。
まるで『マリーアントワネットの時代のファッション展』などにありそうなドレスである。
それに中身も。明らかに日本人ではない。
気品あふれるヨーロッパのお姫様、といった様子である。
さらにその後ろに控える執事風の小柄な男も、只者でない感が漂っている。
さらにさらに。
その後ろで「あーん!二人とも腕を組んで密着しなきゃダメだにゃん!」と叫ぶスク水エプロン姿のゆるふわ系美少女からは、紛れもなく変態感が溢れでている。
スタッフが相談に来るのも、納得が行くというものだ。
「私が出るわ」
スタッフに小声で答え、佐和はその奇妙な一行の方に、笑顔を作りつつ向かった。
どんな変なスタイルであろうと、彼らは……
(カモネギ!)
優秀な販売員としての勘は、佐和にそう告げていたのであった。
△▼△▼△▼△▼
銀座の広い道を、アナトーリアはやや頬を上気させて歩く。
日本の都会は、大好きな精霊の世界からはどこよりも遠い。
けれども、やはり懐かしい、という思いも湧いてくるのだ。
今の彼女のスタイルは、わずかにグレーがかった白の七分袖ニットに七分丈ジーンズ、パールの入ったグレーのバレエシューズという、ラフでシンプルなもの。
アクセントは、繊細な金のチェーンのアンクレットとネックレスだ。所々に繋がれた小粒のダイヤが、歩調に合わせてキラリと光る。
そんなアナトーリアを眩しそうに眺めつつ従うバルナバも、メンズの売り場でコーディネートした現代日本風の服装だ。
中心部に細く黒いラインが入った白シャツに細身の黒パーカーにジーンズ。
小柄ながらスタイルが良いため『メンズモデルかっ!?』と勘違いされそうなほど際立っている。
道行く人がつい振り返らずにはいられない、スタイリッシュなカップル……しかし、スク水エプロン美少女ことサレッキーは不満げだった。
「腕!腕組もうよ、ねぇっ!」
「んなこと、できるわけねぇっすよ」
「じゃあ、これから2人きりでお茶させてあげようと思ったけど、やめとこうっと」
「……いや、んなオプション要らねぇっす」
「そーなんだー、ふーん……」どんなに断られてもめげないサレッキー。
「つまり、バルナバはアニーちゃんのことがキライなんだね?そーなんだー、へぇぇぇ」
「いっいや、そんなワケじゃっ!むしろ尊敬してるっす!」
………………というようなやりとりが繰り返された後。
なんとアナトーリアとバルナバの2人は、仲良く手をつないで歩くという本編では(未だ)あり得ない状況になったのである!
((ど、どうしよう……なんだか心臓がっ……))
トクントクンと高鳴り、足元がフワフワと浮くような心持ちに2人がなっていたかどうかは分からぬが。
1つ山を征服したならば、また次なる頂上を目指したくなるのが人情というもの。
ゆるふわ能天気な笑顔の陰で、舌なめずりするサレッキー。
「さぁ、じゃあ次はちゅーしてみようか♡」
「そんなのとても無理っすっ!」
「サレッキーさん?バルナバとはそんな関係ではないのよ?」
口々に抗議するカップルに、サレッキーが見せつけたもの!
それはなんと……
「このゴールドカードの支払い、誰がす・る・の・か・なぁ?」
セット販売2人分の支払いはウン十万に昇るものだった。
買うときは「いいのいいの♡」とシンデレラに出てくる魔法使いのおばあさんのように親切ごかしておきながら……
まさしく、悪魔のような所業である。
しかも。
「今、くち、って思ったでしょー?」もう一段階、企んでいるのが見え見えだ。
「ほっぺでいいんだよ……?ほっぺにちゅーするだけで、カードの支払いウン十万から解放されるんだよ……?」
甘い囁きに、2人はついにうなずいた。
「……わかったわ」「わかった」
王妃教育を受けてきた完璧な令嬢と、酸いも甘いも噛み分けてきた抜け目のない元コソ泥が、本来ならば、こんな手にひっかかるはずはないのだが。
何しろ日本の東京という、2人にとっては異世界も異世界、キング・オブ・ザ・異世界にきているのである……!
大いに混乱していても、仕方がないのだっっ!
サレッキーは嬉しそうに空中返りを披露した。
「ではイってみましょー!」と掛け声も華やいでいる。
そして。
少しずつ、ゆっくりと。
バルナバの唇はアナトーリアの柔らかな頬に近づいていったのだった……
△▼△▼△▼△▼
「きゃあああっ!ちょっと待って!」
自分の叫び声でアナトーリアは目を覚ました。
(ここは……)
見慣れた天井。やわらかなベッド。
バウド公爵家の自室である、と理解するのに時間はかからなかった。
(おかしな夢を見たものだわ)
前世は日本の東京で買い物をして、バルナバと手をつないで歩いて、それから……。
熱くなった頬を抑えて、イヤイヤと首を振るアナトーリア。
(そんな、バルナバとだなんて……っ!)
夢だ夢、と己自身に言い聞かせる。
(でも……夢は確か願望の現れ……えええ?まさか、そんな?……)
―――赤い顔をして悩む高貴な令嬢の枕元には、東京は銀座のとあるブティックのロゴ入り紙袋がそっと、置かれていた―――




