ぼくが、ママ
透けるように輝く金糸のような髪の毛、世界中のときめきを閉じ込めた琥珀色の瞳。
ぼくが微笑めば鳥が集まり花が咲く。そう、ぼくこそが天界一天使と謳われた美少年である。
そしてこの、隣に、いたはずの。さっきまで隣にいて、今は知らない女に囲まれてヘラヘラしているそいつの名前は浩人。
艶のある黒髪にこげ茶の瞳、やらしい目。こいつが微笑めば女が集まり道が埋まる。なんて迷惑なやつ。
「ごめん、シオン。待たせた」
「ぼくを待たせるなんてなんてやつだ」
「ごめんってば」
浩人はまたヘラヘラと人好きのする笑顔で答える。ぼくはそんな顔には騙されないぞ。
一年ほど前、天界からこちらへ遊びに来ていたぼくはカラスの群れに襲われてしまい、美しい羽に怪我を負った。
その際、きっとぼくのことを女の子と間違えて助けてくれたのがこのヘラヘラ男の浩人だ。
ぼくはとても美しいからよく女の子と間違えられる。
天使は人に恩を受けると恩返しをしなければならない。いつまでとか、そういった期限のようなものは曖昧で、いつ人間界とおさらばできるか分からない。
そのため天界に帰ることができず、また恩返しといっても何をすればいいのか分からず、途方に暮れていた。そこで浩人から提案があり、こいつの家に転がり込むことになったのだ。
感謝はしている。一応。
浩人は一人ぐらしをしている高校生だ。家のことはなんでも自分でやっている。甘やかされて育ったぼくとは何もかも違うが、浩人もぼくを甘やかす。
「今日は何が食べたいんだ?」
「んー、そうだな」
いつもの日課。
夕飯の材料を買い出している。
浩人の作る料理はすごく美味しくて、これは正直天界に帰っても食べたい。言わないけど。
浩人はこの買い物の時間が好きらしい。前に、変なことを言うんだなと言ったら「シオンと一緒に買い物しているのが、好きなんだよ」と言われた。
少しだけ、どきっとした。これも言わないけど。
買い出しが終わり、帰り道。
いつもと同じように買い物の荷物を半分ずつ持ち歩いていた。
「うわっ、なんだ!」
「シオン!」
突如、目も開けていられないほどまばゆい光がぼくに飛び込んできた。
光が、ぼくに飛び込んできたのだ。
咄嗟のことだった。浩人はぼくを庇うように抱きしめた。
が、実際にはぼくの腕の中に光が飛び込んできていて、光ごと抱きしめられただけだった。
「おい、シオン。それ」
「これ、は」
温かい。ぼくの腕の中に飛び込んできたのは、赤子だ。
まだ光が収まらず、体が光を帯びている。
「天使の赤ちゃんだ!」思わず大きな声が出る。
「天使の、赤ちゃん」
浩人は「そんなばかな」って顔をしている。きっとぼくも同じ顔をしているだろう。
「隠し子?そんな……」およよ、と目を拭う仕草を見せる浩人。騙されないぞ。
「ばか!ちがうっ」
「誰の子どもだろう。とりあえず周りに親らしき人もいないし、一旦うちに帰ろう」
「そうだな」
冷静なのかふざけてるのか分からない様子の浩人に促され、家へ帰った。
「お帰りなさいませ」
「うわ!」
玄関を開けたところで恭しく頭を下げているこの天使はぼくの教育係、アルだ。
天使のような悪魔だ。
「いいえ、悪魔のような天使でございます」
「心を読むな」
アルは「顔に書いてございます」と言うと、この家の主、浩人に頭を下げた。
「お久しぶりでございます、浩人様」
「お久しぶりです。シオンはいい子にしていますよ」
「やめろ」
浩人も慣れるんじゃない。
あ、でも良いところにきた。
「アル、この赤子なのだが」
「はい。存じ上げております」
存じ上げて、おります?
「本日はシオン様のお父上の命により、こちらへ参りました」
「父上が?一体何事だ」
父上がこちらへコンタクトを取ってくるとは余程のことなのかもしれない。
は!!まさか!!
この赤子が将来天界を滅ぼすみたいなアレか!?
「違いますよ、シオン様。そちらの天使様を3日預けますので、シオン様はその間にその子が誰の子どもなのか当ててください。これが今回の課題です」
課題。そう、ぼくは地上にいる間にも成績のために課題を課せられることがある。この成績によって、ぼくの将来の地位が定められるため疎かには出来ない。
「オレたちもついに人の親かぁ」浩人はもうノリノリだ。語尾に音符マークがつきそう。
「それでは3日間、きちんとお世話されてくださいね。それからたまには天界に遊びにいらしてください」
「行っても三時間以上滞在できないんだぞ」
「ええ、ですがお父上、お母上、それから最近婚礼を挙げられた姉上様も会いたがっていましたよ」
確かに家族にはしばらく会っていない。アルみたいにこちらに来たら良いのに。
「それでは」と、アルは姿を消した。
浩人が赤子に「いないいないばぁ」と不思議な呪文を唱えている。なんだそれは、大丈夫なのか?
ふいにこちらを見やる。
「なんだ」
「オレがパパで、シオンがママだな」浩人はにっこりと笑った。
「ぼくが、ママ……」
絶望の3日間が始まった。