第1話
ここは男爵クレクス・マント様が治める領地。
私が小さい頃から生まれ育った、マント領ルース村。
春には菜の花が咲き。
夏にはひまわり畑。
秋にはサツマイモに紅葉。
冬には雪景色。
大きな大陸の北の隅にある、小さな小さな村。
短い夏が終わりを告げ、9月の中頃になる頃には、朝晩は肌寒く感じるようになってきた。
その村に住む私はティーラ17歳。
早朝5時、朝の冷え込みに耐えながら、バイトに向かう為に家を出た。
「ふーっ、寒々」
破れた箇所を自分でほつった着古しのワンピースを着込み、スカーフを巻き足早に村の中を進む。
茶色の髪をおさげ、薄茶色の目、身長は159センチ。
「明日の誕生日に私は…えへへっ」
小さな頃からの夢、大好きな人のお嫁さんになる。
明日の日の為にダイエットもしたし、お肌の手入れや、お化粧の練習だって沢山した。
明日私は幼馴染のリオン君と隣町の小さな教会で、2人だけで結婚式を挙げるんだ!
2年前……その挙式の資金を貯める為に悩んでいたら、リオン君のお母さんが「リオンはいま料理学校に行ってて、なかなか会えないでしょう?ティちゃんはどうせ、うちにお嫁に来るんだから働きにおいで」と言ってくれた。
それから私は彼の両親が営むパン屋さんで、毎日色々料理を教えてもらいながら、働かせてもらっている。
リオン君の両親のパン屋さんは有名で、隣町からも沢山の人が買いに来る、人気のパン屋さん。
小走りに近づいて行くと、木造建のお店からは焼きたての香ばしいパン香りが、立ち上がっていた。
「…ううん、いい、パンの焼ける香り」
今日のお昼ご飯はもちろん、お店のパンとミルクたっぷりカフェオレにしょ!
ふわふわもちもち食パンとジャム。
あんこたっぷりのあんぱん。
クリームが滑らかクリーパン。
サクサククロワッサンにもっちりロールパン
お店の1番人気は手作りコッペパンにソーセージを挟み、たっぷりチーズのかかったホットドッグ。
シャキシャキ野菜たっぷりのサンドイッチ。
サンドイッチ使われる野菜は、彼の両親が畑で作り、採りたてをサンドイッチにしている。
ジャムも手作りで、ミリおばさんに作りかたを習ったわ。
パン屋さんの裏の入り口から中に入た。
「ヤナおじさん、ミリおばさん。おはようございます」
「ティーちゃん、おはよう」
朝の仕込みをする、ヤナおじさんとミリおばさん。
「おはよう、ティーちゃん。来て早々に悪いんだけど、裏の畑でレタスと人参2つずつ採ってきて」
「わかりました。レタスと人参ですね、行ってきます」
私もお店のエプロンを付けて、店の裏口を出て、近くの大きな畑に行く。
そこには季節ごとの新鮮な、野菜を沢山栽培している。
私も草むしりや種植えのお手伝いをして、余ったお野菜をいただいたりしていた。
私は裏の畑でミリおばさんに言われた通り、レタスと人参を収穫し、すぐ近くの水場で土を落とし店に戻った。
「ミリおばさん、レタスと人参を採ってきました」
「ありがとうティちゃん、そこに置いてあるカゴに入れておいて、いまパンが焼きあがるから、待っててね」
「はーい、わかりました」
リオン君も彼の両親も私に優しくしてくれる。
リオン君は15歳から17歳までの2年間。街の料理学校に行っていた。
卒業してから男爵家で働く料理人見習をしているけど、私と結婚をしてからは、パン屋の後を継ぐと言う。
休みの日には一緒にパン屋さんを手伝っている。
彼は甘いお菓子を作るのが得意。
クッキーにビスケット、マカロンやガトーショコラを作ってくれた。
ミリおばさんが奥のキッチンから、焼きたてのパンにを持ってホールやって来る。
「ティちゃんパン焼き上がったから、お店に並べていって…ほら、ティちゃん、ぼーっとしない」
「あっ、すみません」
「まあ、浮かれちゃうのはわかるけど、しっかりね」
「はーい」
慌ててミリおばさんからパンを受け取り、トングを握り、焼きたてのパンをカゴに並べていった。
ミリおばさんに怒られちゃった、しっかりさないと…開店前の忙しい時間。
私はどうしても、明日の結婚式を考えてしまい、浮足立っていた。
1年前の誕生日の日に、ビシッと正装をした彼は家の前で言ってくれた。
『ティー、来年の今日俺と結婚をしてください』
『はい、喜んでリオン君』
花束と指輪を用意して、私の前に跪いてプロポーズをしてくれた。喜んで受け取っていると、近くのご近所さん達も出てきて祝福をしてくれた。
3年前に貿易の仕事をしていた、両親を流行病で、相次いで亡くし、泣きじゃくって落ち込んだ、私を励まし側にいてくれたリオン君。
大好きな彼。
披露宴は「村のみんなを呼んで盛大にやろう」と言い。結婚式は2人でと、彼の両親もそれを認めてくれ、2人だけの結婚式を行う予定。
私はとても浮かれていた。
彼の仕事が終わり男爵家から帰ってくると、パン屋の前を掃き掃除する私を呼んだ。
「ティーに…話がある」
「何?もう少しでお店の片付けが終わるから、いつもの場所で待っていて」
「ああっ、わかった。いつもの所で待っている」
「うん、すぐ終わらせて行くから」
パン屋の片付けを終わらせ、小さい頃からよく待ち合わせた、村の真ん中にある橋の上に向かった。
リオン君、明日の結婚式の話かな?橋の上で私を待つ彼の名前を呼んだ。
「お疲れ様。リオン君お待たせ。余ったパン貰って来ちゃった」
「ティー…お疲れ様」
橋の上の彼に近づくと、その、表情はいつもより沈んで見えた。
なかなか言い出さない彼。どうしたのと聞こうとすると、いきなり頭を下げた。
「ティ、ごめん。明日のティーの誕生日と結婚式の日に、抜け出せない用事ができた」
結婚式に用事?
「どうして?前から町の教会を予約していたのに…2人で式を挙げようねって、約束した大切な日なのに、そんな日になんの用事があるっていうの?」
詰め寄って聞くと、彼は私から目をそらした。
「それは言えないんだ。明日の教会のキャンセルはこっちでやっておくから…ごめん」
その後はいくら訳を聞いても、彼は私と目を合わせず「ごめん」としか言わない。式を取りやめるほどの、何かとても大切な用事なんだよね。
「……もういいや。大切な用事なら仕方ないね」
「ありがとう、ごめんねティー…」
謝るだけあやまって慌てたように帰っていく、彼の背中を見送った。
夕日が沈み辺りは暗くなって来る。
いつもの彼なら「ティー、送るよ」と言ってくれのに、いつもなら、貰ったパンを奪い合いながら送ってくれた。
リオン君は何か悩んでる?
2ヶ月前のリオン君の誕生日の時に何かあったの?
最近休みになっても家に遊びに来なくなったね。
心配で話しかけて聞いても「別に、何にも無いよ」と、何も私に言ってくれない。
「ねえ、リオン君…」
どうして?
訳を聞いても教えてくれないの?
一緒に食べようと、たくさん貰ったパンの袋を下げ、私は1人で家まで帰った。