第9話
「どうした、入って来ないの?」
彼は料理をしながら、私に気が付いたのか声をかけた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
キッチンの中に入るとライオンさんは振り向き、私の近くに来ると眉をひそめた。
「おはよう。ああっ、やっぱり泣きすぎたね、目が腫れている……そうだ、少し待ってて」
と、ライオンさんは火にフライパンをかけたまま、キッチンを後にしてしまった。
えっ、嘘。ライオンさん!?
「卵が焦げちゃう!」
私は慌ててフライパンに近づき、ベーコン入りスクランブルエッグが焦げないように、フライパンを振った。
当のライオンさんはバタバタと音を立て、どこかに向かっているのか、走る音が聞こえた。
その音はしばらく止んで、パタンと扉が閉まると、また走る音がした。
私は慌てん坊さんのライオンさんが、走る音を聞きながら、フライパンの中のベーコンとスクランブルエッグが焦げない様に、見張っていた。
「ふーふー」
しばらくして息を切らした、ライオンさんがキッチンに、冷やしたタオルを持って現れた。
「ごめん。これで目を冷やして……あっ、卵、ベーコン」
「ふふっ、大丈夫です。焦げないように見ていました」
隣に来てフライパンを覗くライオンさん。
「ありがとう。後は俺がやるから、これを使って目を冷やして」
「はい、ありがとうございます」
私はタオルを受け取り目を冷やした。
ライオンさんは焼き上がった、ベーコン入りスクランブルエッグをお皿に盛り、それを持ちテーブルに置いた。
「さあ。ここに座って、一緒に朝食を食べよう」
タオルを取ると、ライオンさんの優しい琥珀色の目と、目があった。
キッチンの中の4人掛けのテーブルには、出来立ての料理が並んでいた。
「どうした、座らないの?……」
「すっ、座ります」
ライオンさんの琥珀色の目が綺麗で気になってしまい、じっくりと観察をしてしまった。
じっとみちゃって、失礼だし、変に思ったかな?
「簡単な料理でごめんね。目玉焼きとベーコン入りスクランブルエッグと、トーストでいいかな?」
ううん、美味しそうな料理。
「はい」
私が食べてもいいの?
「パンには、バターかジャム」
「はい」
ふーっと、ライオンさんはため息をつく。
「そうか……君は俺が…怖いよな」
えっ?
「…怖い?」
どうしてそんなことを言うのか、わからなくて、じっと彼をまた見てしまった。
彼は少し寂しそうな目をしていた。
「やはり、怯えているのか?」
怯える?
「怯えてません。全然、違います。どうしてそんなことを聞くのかがわからなくて、どう答えたらいいか、わからなかったの…」
「でも。さっきから、おどおどしてるだろう、そわそわもしてる」
「それは……昨日ライオンさんの胸の中であんなに泣いて、ライオンさんにご迷惑をかけたのに、朝食まで用意してもらって、嬉しいけど、遠慮しただけです!」
それに下着の事もあるし…恥ずかしくもあった。
私の前に座るライオンさんの目が、まん丸になり、その後、口元が緩んだ。
「そっか、そっか…俺、君を怖がらせちゃったと思ってた…俺を見て、怖がる人は多いからさ」
どうして?それが、わからなくて首を傾げた。
「おかしい。ライオンさんはすっごく、優しいのに!」
「あっ、ああそう?さっ、食べよう」
あれっ、照れたのかな?
笑って目がなくなった。
「いただきます」
「どうぞ、食べて」
ナイフとフォークの音が響く。
何時もパンや簡単な料理で、手かフォークしか、使っていなかった…。
ライオンさんの食べ方が綺麗。
どうしよう、ポロポロ落としちゃう。
上手く使えなくて、困っているのが、わかったのかな
「マナーとか、気にしなくていいんだよ」
「はい、ライオンさん。美味しい」
「よかった。俺は獣人でレオって言うんだ。歳は25歳、君は?」
「獣人?レオさん。私は田舎者のティーラと言います、歳は18歳。ティーラでも、ティーとでもお好きに呼んでください」
「ふふっ、ティーさん田舎者のって……」
レオさんに田舎者だと言ったら笑われた。
「だって、本当のことだもの」
「…あっ、ごめん…所でティーさんはどこから来たの?」
そうか私は、ちゃんとレオさんに説明しないと…でも、私、相乗り荷車を乗り継ぎ、乗り継ぎてきてしまい。
いくつもの国境に、国や街を過ぎ、自分がいまどこにいるのかがわからなかった。
いまの私に言えることは…。
「私はマント領主のルースと言う、小さな村から来ました。相乗りの荷車を乗り継ぎ来てしまったので、ここがどこだかわかりません」
「1人で相乗り荷車を乗り継ぎしたのか、マント領主?…ルース村かこの辺では聞いた事がないな…ティーさん。女の人1人で怖くなかったの?」
怖い?
村を離れたくて、それだけで、出てきてしまった。
町まで出て、ドキドキしながら、相乗り荷車に乗ったっけ…。
「初めは少し怖くて、でも、少しわくわくしていました。初めて村の外に出て大きな国や大きな街、小さな町、村を見てきました。18歳の大人になったから、ワインを一杯とチーズを買って贅沢をしたんですよ」
「ティーさんはお酒が飲めるの?」
「ううん、全然美味しくなくて飲めなかった。一口でダメでごめんなさいと返して…その後はぶどうジュースに変えました…レオさんはお酒強そうですね」
「俺?俺もあまり強くは無いけど、お酒は嫌いじゃないかな?どちらかと言うと、甘い物の方が好きかなケーキとかクッキー」
ケーキとクッキー。
レオさんってお酒、強そうなのに弱いんだ。
「私も甘い物好きです。あの、レオさんここが何処だか聞いてもいいですか?あっ、どこの国と聞いた方がいいのかな?」
「そうだね。ここは大陸の西の国テイエラ国。ギルドのある国だ。ここはテイエラ国の東の外れの森。通称、迷いの森だよ」
テイエラ国…。
私はこれまで、自分の村から出たことがない。
初めて自分の村から出て、相乗り荷車を乗り継ぎ1週間かけて、私は西の端の国まで来たんだ。
自分には学歴もなく、田舎者過ぎて、多分北の方から?来たとしかわからない。
もう、村には帰れない…。
それでもいいと、覚悟をして、出てきたのだもの。
「レオさん。私の入ってしまった森って、迷いの森と言うのですね。私持っていたお金が尽きてしまい…森で寝るため…」
私は、そこで言葉を止め、首を振った、
ううん、違う、本当は私…。
リオン君の事を忘れたくて、2度と出てこれなくてもいいと思って、迷いの森に足を踏み入れた。
「レオさん…私」
「いいよ、ティーさん。それ以上は言わなくていい」
迷いの森でレオさんに見つけてもらわなければ、私はあのまま、あの場所で目覚めることはなかっただろう。
「ティーさん…俺は獣人で耳も鼻も人間よりもいいから、この迷いの森の管理者をしている。まあ、一応職業は冒険者だ」
「森の管理者?冒険者?」
森の管理者…ああっ。だから私を保護してくれたんだ。
それに冒険者なんて初めて聞いた。
レオさんて強そうだから、お似合いの職種かな。
「この森には他では手に入りにくい、珍しい薬草を取りに来たり、珍しい森の動物を連れて行くハンターがいるんだ。その人間達を捕まえて、ギルドに報告するのが仕事だ…ティーさんみたいに森の中で迷子になる人も、少なからずいるからね」
だとすれば、私もギルドに報告される?
ルース村に連れ戻されてしまう…それは避けたい。
「ティーさんはこの国の人ではない、森のことも知らなさそうだ。何処かで国境を越えたのか…ギルドに報告しないとな」
やはり、報告!!
私は村には帰りたく無い、あの2人を一生見るくらいなら、ここで1人でやっていく。
「レオさん報告はやめてください。図々しいお願いだってわかる。でも、私には帰りを待ってくれる両親もいません。帰るところが無いの、しばらく、ううん、1週間でいい住み込みで働ける場所を見つけるから、それまでここに置いてください」
貰ったお金も貯めていたお金も、ここに来るまでに全部、使い果たしてしまった。
住み込みで働ける場所を、探さないといけない。
「うーん。住み込みね……ティーさんはこの国の事を知らない……俺がティさんを雇うかな?ここで家政婦をするのはどう?俺の事を怖くはなさそうだから…1人で住むのにも大きな屋敷だからね」
「…いいの?」
「ああ、ティーさんさえ良ければね」
レオさんの提案は願ったり叶ったりだ。
「その言葉に甘えさせてもらいます。レオさん私を雇ってください、なんでもします」
「じゃあ、決まり。食費や雑貨費はいらない。働いてもお給料じゃなくて、お小遣いぐらいしか渡せないけど…それでもいい?」
「はい、レオさん」
私はレオさんの計らいで、家政婦さんとして、雇ってもらえることになった。