声にならない
その時、自分の体は勝手に動いていた。多分、感情の次に行動が来ていたら遅れていたのであろう。気づいた時には僕はセイレナを庇ってガラス片に切り刻まれていた。あの時とは違って、マントを被っていないから全身、主に腕が血と小さな刃に塗れていた。
「兄ちゃん!大丈夫!?」
後ろからレイラの叫び声が聞こえると僕はセイレナを見た。気絶している。
「俺の事はいい。早くセイレナを……。」
「で、でも…。」
「早く!俺は大丈夫だ!」
「レイラ、行こう。」
天水兄妹がセイレナを抱えて逃げていく。
僕は割れたガラスの方に目を向けた。1人は仮面とマントを身につけていてガラスを払っていたが、もう1人の様子がどうもおかしい。
「あ゛ーー!い゛て゛ーー!」
1人は苦しみ悶えて転げ回っている。ガラスの残骸の上で……。
「ちょっ、あんたバッカじゃないの!?何でマントしてないのよ!?」
「だ゛っ゛て゛ーー!わ゛た゛し゛の゛か゛ら゛だ゛ぬ゛す゛ん゛だ゛や゛つ゛の゛こ゛と゛か゛ん゛が゛え゛た゛ら゛ーー!」
「わかった、分かったわよ。」
何の茶番だ。世界中心機関に乗り込んできた奴らが?もう、訳が分からない。
「ちょっとじっとしてて!鎮痛するから!」
何か微かに、だが、何か妙な空気が漂う。ガラスに塗れた赤髪、若しかしたら血で濡れてあかくなっているのか?、の少女が立ち上がった。
「ありがとよ!お陰様でもう1人の私をぶちのめせるぜ!」
やらかした。場所が場所だ。入ってくる時にかなり厳重な手荷物検査を受けたせいで拳銃は愚か、ナイフすら持ってない。残る武器は自らの体術とこの『死』の黒血能力のみ…。だが、全身にガラスが刺さっていて思うように動けないのは分かっている。その状態で2人相手で勝てるものか。
「なあ、そこの死にかけ。」
俺よりも深い傷を負った赤髪の少女が僕に話しかけている。
「もう1人の私のこと知らない?」
何のことだ!知るか。知らない。なんなんだこいつらは……。
「し、知らない。」
「そっかー、じゃあ」
首に激痛が走る。あのガラスまみれの手で首を掴まれた。
「死のうか。」
首が急に焼けるように痛い。その手をこじ開けようと手を触れるととてつもなく熱い。こいつ、『熱』関係の黒血能力か!?
「ラース、待ちなさい。まだそいつが黒血能力だったらお母様に言いつけるわよ。」
「あ、ごめん。怒りでマミーの言いつけ忘れてた。ごめんごめん。」
私は首に手を当てた。焦げた皮膚がポロポロと落ちる。息をすること自体が苦しい。息が喉を通り抜ける度に痛みが増す。
「それじゃ、試しに一発。」
仮面の女が靴の底から針を射出し、さながらハイヒールのようにした。そして、僕を踏みつけた。腕に針が刺さる。もう痛みは最高潮に達していた。いくら殺し屋の施設で薬による痛みの耐久訓練をしたが、もう限界を迎えていた。
「あら、黒血じゃない。ラース良かったわね。危うくあんた大目玉食らうとこだったじゃない。」
僕は死にものぐるいで飛びついた。仮面の女の首をつかむ。
「な、何よ!これ!嫌、嫌だ!!!死にたくない!!!助けて!!!」
能力が聞いている。10秒、10秒だけだ。そうすれば、勝てる。
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「ラクターンさん!大丈夫ですか!」
私は食堂に飛び込んだ。大きく割れたガラス。その周りに飛び散ったガラス片。その前に首のない胴体が転がっていた。首の部分、すなわち切断された部分が黒く焦げている。私は何かの目線を感じ取り振り向いた。そこで私を見ていたのは胴体を失ったラクターンさんの首だった。




