セイレナ
私は咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込んだ。目を瞑っていたが、目の前で砕け散ったガラスが無数の刃となって自分を切り刻む様子が容易に想像出来た。
───────────────────
「おい!押すな!子供がいるんだぞ。」
「うるせえ、さっさとしろよ。ここクソ暑いんだよ。」
大人達がわあわあ騒いでいる。砂漠の中を何日も歩いて、やっとここまでたどり着いたんだし、しかもお互い紛争で家族を失ってたまたま出会った見ず知らずの人達が集まったんだし、みんなイラついてる。
「どけ!ちょこまか動くんじゃねえ、じっとしてろ!」
私より小さい男の子が怖いおじさんに蹴られて頭から地面に叩きつけられた。容赦がない。男の子はフラフラ立ちながら泣き出した。そこにいる誰もがその男の子に白い目を向けた。みんなその子が蹴られたことは知っていた。でも、鬱陶しいのだ。みんな、自分を救ってほしいからだ。そうじゃない人はここにはいない。
「おい、いつになったらカルカ国の奴らは迎えに来てくれるんだよ。」
「誰かあの子を黙らせてよ。煩くて仕方ないわ。」
「ガキ、黙らねえと頭潰すぞ。」
男の子の周りに段々と人集りが出来る。醜く歪んだ人達は新しいサンドバッグを見つけたようだ。もう、この中に黒血者も獣耳者もいない。みんな彼らの遊び道具になった。あるものは死ぬまで殴られ、あるものは耳をもがれたり、砂漠の中に置いていかれたり、食糧と水を一切もらえなかったり……。私は生き残った。隠したから。獣耳者の友達みたいに見た目でバレないし、能力も人前で使ってないし、血も出して無い。
「やめて、やめてよぉ!」
「てめぇが泣くのが行けねえんだろうがよ!このクソガキが!」
「迷惑なのはそっちでしょう。私たちが悪いっての!?教育がなってないわね。」
血が飛び散る。男の子の腕にどんどんアザができていく。頭の形は変わっていき、目が出てた。元々痩せ細ってたからか骨が見えてきた。誰かが男の子の腕を掴んだ。捻って肩がもげた。叫ぶ、笑う、怒鳴る、叩きつけられる音、ちぎれる音。
私は何故か凝視していた。そんなもの見るもんじゃない。もしかして、私もこんな酷く、人のやるような所業で無いことが快感に思えてきたのだろうか。人々が男の子の内臓にしゃぶりついた。まるで飢えた野良犬に豚を与えたように貪り始めた。取り合い、殴り合い、逃げ合い……。私は部屋の隅に逃げた。うずくまってガタガタ震えていた。私は目線の先に私と全く同じような事をしている子が見えた。私はその子に寄った。その子は私よりも酷い状況だった。異臭がする。彼女の口の周りに嘔吐物がついている。彼女は嘔吐物の上に座っているのだ。私は無意識に手からラベンダーの花を出した。
「大丈夫、私がいるから。」
その後の目に希望が灯ったように見えた。その子は花を持ち、私の方を見た。口角を一瞬あげたが、すぐに元の表情に戻りすぐに立ち上がった。花を私に投げつけ、走って逃げていった。私は周りが急に静かになっていることに気づいた。
「おい、今見てたぞ。」
「手から花が………。」
私の両腕と頭を掴まれた。私は何をされるか、いや、させられるかが容易に予想が出来た。あともう少しだったのに。私の周りに今まで死んでった友達の侮蔑の目が見えた。やっと死ぬか、という声すら聞こえた。
───────────────────
何故だろう、痛みを感じない。辛すぎて、若しくはもう死んでしまったからか。でも、顔が上がる。体の、肉体の重さをこの体で感じる。目の前に人影がある。男の人だった。途端に窓の周りの壁も破壊された。やられた。これも罠だった。きっと私の前に立っている人もとても正義感の強い人だと思う。でも、死んでしまう。1人であの量を相手に出来るわけない。その人はマントを思いっきり降って、解体屋に向けてガラスの破片を飛ばした。その人はマントを私に与えた。
「大丈夫ですか?このマントを使ってください。」
何してるんだろ、この人。黒血者の私を助けるなんて……。裸だったからか、そのマントからその人の温もりを感じた。後ろにいた人々は叫び声を上げながら逃げていた。私は動けずにその場に座り込んでいた。その人に向かって5人ほど同時に飛びかかった。解体屋だから、銃を嫌うのだろう。解体したいから、刃物を使う。その人はナイフで立ち向かって行った。血飛沫が上がる。でも、それは解体屋の人物からだった。その人は軽々とナイフを避け、アキレス腱を狙って切りつけていく。
「もしもし、もうすぐ着きますか?了解です。こっちはまだ大丈夫です。」
その人は10人ほど倒した後にクルッと向きを変え、私を抱えて走り出した。よく見ると、その先にはバイクがあった。後ろから罵声が聞こえる。後ろを見ると、激昴した解体屋達が銃を取り出し、こちらに向けている。解体を快楽に思っているはずなのにそれも忘れるくらい激昴してるなんて……。絶対に死んでしまう。私はその人の膝の上に乗った。
「ごめん、これ一人乗りだから、しっかりつかまってて!」
エンジン音と共に走り出す。後ろから銃声が聞こえたが、全部バイクの後ろについているシールドで防げている。私は視線を前に移すと、前からバイクの集団が向かってくる。しまった囲まれてたのか……。でも、よく見るとこの人は手を振っている。
「ラクターン、よくやった。その子は助けた子か?」
「はい、そうです。」
「そうか、その子の様態が心配だ。ラクターンは先に戻れ。この屑共は俺たちでどうにかする。」
「了解!」
そのバイクの集団は私たちとすれ違った。再び後ろを見ると、銃撃戦になっていた。私はその後いつ間にか寝てしまっていた。目が覚めた時には私は真っ白いシーツの敷かれたベッドの上に寝ていた。どれくらい時間が経ったのかは分からない。時計を見たが、あの時が何時だったのかが分からないため、意味はなかった。私は少し部屋を探索することにした。全体的に白い部屋で清潔感の溢れる部屋だった。扉を開けると廊下が広がっていた。どこかの基地だろうか。私は自分がマントしか身につけてないことを思い出した。すぐに扉を閉めた。ベッドのそばの机に着替えが置かれていた。着替えを取ろうとした時、その上にメモ帳が置かれていることに気がついた。『ドアを出て左のすぐ隣の部屋はシャワー室です。』と書かれていた。私は着替えを持って恐る恐る廊下を覗いた。人がいないことを確認してシャワー室に入って鍵を閉めた。私はシャワーを浴びた。久々過ぎて、冷水を浴びてしまった。元からくせっ毛なのだが、もっと酷くなっていたので、多少恥ずかしかった。私は急に、あの時の事を思い出してしまった。あの時、慰め者にされた事を……。あの時解体屋が乱入してきたおかげで、はじめてを奪われなかっただけマシだったが………。私は無意識に力が入っていた。私がシャワーを浴び終わって廊下に出ると、ちょうどあの人と目が合った。
「良かった、目が覚めたんだ。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です……。」
「お腹空いてない?」
私は急にお腹がすいてきた。多分あんまり意識してなかったせいだろう。急に空腹感が襲ったせいで痛くなってきた。私はうなづいた。その人は少し待ってて、と言って走っていった。私は部屋で待っていた。数分後にあの人は戻ってきた。
「ごめんなさい、アレルギーとか食べられないものとかありますか?」
「無い……と思います。」
「良かった。コーンポタージュとパンです。少し熱いかも知れませんが、気をつけて。」
「ありがとうございます。」
久しぶりだ、湯気が出てる食べ物なんて。ココ最近、冷めてカピカピに乾いたような食べ物しか食べれなかった。良くて缶詰だった。
「いただきます。」
パンを1つ手に取った。少しちぎって口に入れた。これが、本当のパンなのかな。パンは何度か食べたことがあったが、全部ここまで美味しいものはなかった。スプーンでコーンポタージュをすくった。少し息を吹きかけて冷ましてから食べた。温かい。そして美味しい。スープなんて、今まで大人達に取られてしまっていたし、飲んだとしてもスープの元の粉にお湯とは言えない温度のぬるま湯を入れたようなものだった。私は無意識に涙を流していた。嬉しさと申し訳なさで……。その人は私にハンカチを渡してくれた。私はそれで涙を拭いた。
「僕はラクターンです。ここはケーター団という平和維持活動をしてる団体の基地です。よろしくお願いします。」
「私は、」
私は………
───────────────────
「セイレナ!!!!」
腰に痛みが走る。落ちたか落とされたか。
「セイレナ、大丈夫?」
顔を上げると天水兄妹がいた。
「ワタル?レイラ?」
2人は驚いたように目を見合わせた。
「セイレナ!私たちのこと思い出してくれたのね!」
「え?どういう事?」
私は今までの事を聞かせてもらった。どうやら私は記憶喪失になってしまっていたらしい。で、今さっき何者かが世界中心機関に襲撃してきた際に倒れてしまったから運ばれていたみたいだ。
「で、ラクターンさんは何処にいるの?」
「今、多分交戦してると思うけど。」
「こんな所でモタモタしてる場合じゃないじゃない!行くよ!」
「ラクターン兄ちゃんを助けに行くのか?」
「もちろんよ。」
「無理しちゃダメだよ。」
「無理なんてしてない!!」
私は右腕に蔦を絡ませて臨戦態勢になった。その後一本道だった廊下を遡って走っていった。愛する人を守るために!




