第八話 BIG SISTER IS WATCHING HIM
特に無し!
第七話 BIG SISTER IS WATCHING HIM
「うわあ、こりゃすごい」
ドローンの案内のもと、大学北東、運動場のそばに存在する”動くシャーウッドの森”の中に入った僕は、やっとのことで、この目の前にある”アーカム・アサイラム”にたどり着いた。
その非現実的な存在感に、思わず足を止める。
悪趣味ではあるが、一応洋館の体を保っているように見える。二階建てで横に長く、強迫的に左右対称な、その形は、鬱蒼とした森の自然の中に、いきなり人工的な要素を登場させることで、見る者に、圧倒的な違和感を感じさせる。
しかし、よくよく見るとその形が、洋館というには非常識な、率直に言って変な形をしていることが、段々と分かってくる。
正面から見ると、一見横に長い、長方形的な形をしているように見える洋館。
だが、暗がりにかすかに見える、壁から飛び出てくるように、でこぼこした部屋を見れば、子供がブロックをそこかしこに付けたような、規則的とも乱雑とも取れる、児戯としか思えない、館の構造が見て取れるだろう。
上から見ることが出来れば、長方形の長辺に四角い部屋を、手当たり次第にくっつけたのが容易に分かるはずだ。
こうして見ると、適当に組み立てたブロックの上から、西洋的な装飾を施して、無理矢理洋館に仕立て上げたと、いうような気もする。
所々突き出た、その壁をおおうようにして伝わる、何やら知れぬ植物のツタが、時間が凍りついたような畏怖を、見る者に感じさせる。
ツタは障害物にぶつかったように、その身をたわませ、ねじらせ、垂れ下がっている。
見ると、壁には異形の魔物の彫刻のようなものが、埋め込まれるようにして、そこかしかに設置されているようだ。その姿は、館に潜む住人達を守っているようにも、逆に館から出さないように見張っているようにも見える。
四方八方から伸びるツタが、それに絡むことで、悪魔の触手のような、不気味な成長を実現している。
各文化系サークルが使用しているであろう、部屋からは、窓越しに、各々の存在を主張するように、多種多様な光源がうかがえる。
溶接の際に迸るような、青い、線香花火のような点滅している部屋。
近未来的な、部屋全体が輝いているような、眼に痛い光線をまき散らしている部屋。
ナイトクラブのように、うす暗い室内を、カーテン越しにピンクやオレンジといった魅惑的な色で瞬かせている部屋もある。
光源も無い深い森で、本来なら見えないはずの館の外観を、時々、館の窓からの洩れ出す光が浮き出させることで、ヴァージル・フィンレイの書いた、おぞましい異形共のような悪魔的な容貌と造形を、不愉快に、こちらに伝えてくる。
あれらを住処としているのは、どんな人間、どんなサークルなのだろうか。
もちろん、普通の蛍光灯を使っていると思しき部屋もある。
しかし、この異常な建造物においては、むしろ普通にしている方が、その異常さを際立たせることになっており、見る者に対して、日常に突然出現する恐怖のような、生理的に嫌な気分を想起させる。
つまり、この館の全てが見る者にとって不快であり、常識を揺さぶる、悪夢のような造形となっているといえるだろう。
まだ、外観しか見ていないが、内部もきっと気味悪いものであることは、容易に想像がつく。
「怖いか(?_?)」
「まさか」
足を止めた僕の様子を見て、からかうように飛びながら、揶揄するドローン。そして、そのまま、洋館のドアへと飛んでいく。
ドローンを追いかけようとするが、この特異な建築物の造形に目を取られ、思わず歩調が遅れてしまう。
館に近づき、その細部まで目にいれるごとに高まる期待、興奮。始めは気乗りしなかったが、ここまで非現実的な場所に来ると逆にテンションが上がってくる。
果たして、この館の内部にどんなものが待ち受けているのか。期待を禁じ得ない。
こちらを迎えるように、突き出ている両端の出っ張りを横目に歩いていき、ドアの前にたどり着く。
ドアの前にはドローンがふよふよと浮かんでいた。
「ここに入るには、IDカードが必要だ(゜3゜)持っているだろう?」
ポケットに手を入れ、入学式の日に天野から受けとった、招待状を取り出す。
ドアの横に設置されている、配線むき出しのカードリーダーに招待状を滑らせる。
安っぽい電子音が鳴ったかと思うと、ドアのロックが外れる音がした。
同時に、ドアの上部に設置されていたランプが緑色に光り出す。
すると、ドアの表面に魔方陣のような絵と、治安の悪い路地裏に書かれているような挑発的な字体のペイントアートが浮かび上がってきた。
”LeT tHe FeAst Of FOols BegIN!!”
大文字と小文字を無茶苦茶に組み合わせ、文字というよりは、絵のようなデザインの文句が蛍光塗料でドア一杯に描かれていた。
「おい、何をぼさっと立っているんだ(030)早く、開けろ」
急かすように上下に揺れるドローンに従って、そのドアを開ける。
重厚そうなイメージの装飾とは裏腹に、以外にも軽く開いたドアを抜けて中へと入る。
頂点まで高まる緊張。
しかし、そこには、外の悪趣味な光景とは大違いの、極めて期待外れな、どこでも見れそうな光景がただただ広がっていた。
学校の廊下のような弾力のある、安っぽい材質の薄汚れた床マット。
親の敵のように、打ち込まれた画鋲と、一世代昔のアニメ漫画をコラージュした、セピア色の勧誘ポスターに覆われた壁。
カップラーメン、酒瓶、ペットボトルが山のように、うず高くつまれた流し場。
それらをありありと、さらけ出す天井の蜘蛛の巣の張った蛍光灯。
先程まで目にしていた、外観とは程遠い、チープでありきたりの、野暮ったい景色が目の前に広がっていた。
バン!と後ろのドアを開け、走りだす。建物の全体が覗えるところから、僕の胸を期待で膨らましてくれた、様々な醜悪な要素を目に入れる。
悪魔の彫像、窓からの異常な発光、館を包むツタ、よし!
確認した悪趣味な造形を頭の中で反芻しながら、全速力で、再度ドアへと向かう。
”LeT tHe FeAst Of FOols BegIN!!”という文字を視界に入れながら、開きぱなっしのドアをくぐり抜ける。
しかし、目の前には、やはり先ほど見たような、チープな光景が広がっていた。足元から地面が崩れていくような、裏切られた失望に膝をつく僕。
ドローンは何を言うでも無く、ただ浮かんで、こちらを見ている。
「嘘だ!こんなの詐欺だ!あんな、外見していたら、普通中だって、それに準じたものになるだろ!?侵入者に反応して、動き出す鎧兜とか!アクロバティックなバック転しないと避けられないレーザートラップとか!僕のワクワクを返せよ!」
「いや、実際こんなものだろ(”3”)というかそんな装置、学校に置けるか」
床に両腕をぶつけながら怒りを噴き出させる僕に、冷静な突っ込みを入れるドローン。
「そんなことより、早く新入生歓迎会に行くぞ。もう始まる時間だ」
画面に時間を表示するドローン。現在時刻は16:54分だ。
「あー、やる気削がれた。あー、裏切られた。この学校は、こういう所が嫌なんだ。何て言うの?悪いことは、予想だにしない所まで、しつこいほどに色々起こる。そのくせこういう、起こってほしい、期待している、ってことは全く起こらないんだ」
入学して一週間もしない内に、床にうつぶせになりながら、ふてくされたように、学校に向かって文句を言う僕。
後から振り返っても、よくこの時点で、このことに気づいていたなという位、実はこの発言は本質を突いている。
うだるように立ち上がり、先に進もうとするドローンについていこうとした所で、あることを思い出す。
「なあ、パソコン研究部って何処にあるかか、知っているか?」
その場で回転し、こちらを向くドローン。
「パソコン研究部?二階の右側、奥から二番目の部室だ(ーoー)」
それが、どうかしたかと続けて表示するドローン。
「新入生歓迎会の前に、部室に顔を出せって言われているんだ」
「あんまり、近寄りたくないんだが……」
「顔を出さないと後が怖いんだよ。何か、呪いとかかけてきそうだし」
「しょうがないなー(O皿O)」
目の前にある階段を上り始めるドローン。何だかんだで先導してくれるらしい。それについていき、階段を上り始める。
どうでもいいことだが、壁や床といった、他の場所に負けず、劣らずこの階段も非常に汚い。うず高くつもった埃の上に足跡が残っているが、この場所に清掃員は来ないのだろうか。
階段を上りきると、薄暗い廊下を、各部室から漏れ出る光が不気味に照らしているのが見えてきた。
その様々な光の入り混じり具合は、ドリンクバーで様々なドリンクをブレンドした時の色合いに通じるものがある。非常に毒々しい。
「本当に、中身は普通なんだな」
サイケな色と音が漏れ出してくる部室のドアを眺めながら、ドローンに話しかける。
部屋の中はどうだか知らないが、こうして見ていても、ドアや廊下の雰囲気はごく普通の建物といった印象だ。
ドアの上にはメカメカしいフォントとデザインで”ロボット同好会”という看板が掲げてある。隅っこの方に小さく、メガテク・ボディ社製と書いてあるのが時代を感じる。
「この建物は、何世代にも渡って住人から改造され続けて、段々と姿を変貌させていったらしい。今では、職員ですら知らない秘密の部屋とか、ネット回線が引かれて、住人のやりたい放題だって(’o’)」
「お前、本当に詳しいな」
「これも、ネットの情報だ」
そのまま、逃げるように奥へと飛んでいくドローン。少し怪しいものを感じながらも、下手な事を口出しして、機嫌を損ねられても困るので黙ってついていく。
ドローンを追いかけながら、右側の部室の表記を見る。
”創作同好会”、”漫画研究会”、”新聞部”。
新聞部、という表記を見て、即座に天野のことを思い出す。あの、食えない笑みを見せてきた先輩は、この扉の向こうにいるのだろうか。
ドアから薄く、ディスプレイの青い光が窓越しに窺えるだけで、人の気配はしない。時間が時間だし、もう新入生歓迎会の方に行っているのだろうか。
ここで、はたと新入生歓迎会がこの建物の何処で行われるのか、自分が知らないことに気が付く。今いる廊下に面している部室からは、光や音はあっても、人の喧騒といったものは全く感じられない。と、すれば一階の何処かの部屋に、集合すると考えるのが普通だが、先程下にいる時も、特に物音は聞き取れなかった。
パソコン研究部らしきドアの前で、浮かんでいるドローンに目を向ける。
あの、ドローンは先程、僕を何処へ案内しようとしていたのだろうか。それよりも、何故、僕を何処へ連れて行くべきかを知っていたのだろうか。
ネットで知った?いやいや、今回の新入生歓迎会の目的は、執行委員会に対抗するための人材を確保すること、と天野は言っていた。そんな重要なイベントを口外する者がいるだろうか。……どこぞのテロ組織の構成員が、自分のいる場所をSNSで発信してしまって、基地ごと爆撃を食らったというニュースを思い出す。
”新聞部”と二つの部室を通り過ぎ、ドローンのもとにたどり着く。すると、電子音が鳴り、ディスプレイが更新された。
「助平め(皿゜)」
「何?」
「どうせ、天野とかいう先輩のことを思い浮かべていたんだろう。分かっているぞ」
不機嫌そうに、高さを維持したまま、こちらにカメラを向けるドローン。どうも、”新聞部”のドアの前にぼうっと立っていたことを言っているらしい。
「そんな不埒な感情など、持ち合わせていない。僕は坂本と違って、自制が出来る男だからな」
「私から見れば、二人とも同じようなものだ。全く鼻の下伸ばしやがって(`3´)」
怒っている、とでもいうように上下に動くドローン。
「ここが、パソコン研究部か?」
このまま、この話を続けるのは、よろしくないと考え、話題を逸らす。
「その通りだ( ゜_゜)」
「その、隣の部屋は……何なんだ?結構やばいぞ」
パソコン研究部の左隣の部屋を指差す。
薄汚れたドアを、”CAUTION””入るな”と書かれた黄色と黒のテープや、逆さの五芒星を使った魔法陣、テルテル坊主のように吊り下げられた手榴弾のおもちゃが、ごちゃごちゃに飾り立てていた。
「気にするな(==)お前には関係ないものだ」
「いや、あれを」
「気にするな」
目の前のドローンから、妙なプレッシャーを感じ、これ以上、このことを話題にするのを止める。
しかし、本当に入って欲しくないのならば、あそこまでの装飾は逆効果ではなかろうか。あれでは、むしろ、見る者の注意を引いて、あの部屋に興味を抱く者を増やすだけだと思うが。
あの、過剰なまでの意思表示からは、部屋の住人の迂闊さ、構ってほしさのようなものが感じ取れ、その人となりがおぼろげに掴めそうな気がする。
ごちゃごちゃとした、飾りの隙間から、”電脳遊戯研究部”という名前が読み取れる。電脳遊戯とはゲームのことだろうか。
「ほら、お前はパソコン研究部の方に用があるんだろ(`皿´)さっさと済ませろ」
せっつく様に、身体を押し当てくるドローン。プロペラがカバーに収められているとはいえ、怖いので止めてほしい。
”電脳研”への詮索を止め、目の前の”パソコン研究部”に向き直る。
この奥に、あの岡田先輩がいるはずだが、こうしてドアの前で騒いでいても一向に出てくる気配が無い。
ドアにはめ込まれた窓には、一昔前のアニメのポスターや、”パソコン研究部では同好会が君を選ぶ!”と書かれた、ソ連のパロディらしきポスターがべたべたと隙間なく貼られていて、中を覗くことが出来ない。
「岡田先輩、僕です。顔出しに来ましたよ!」
ドアをノックし、声をあげる。すると、一瞬間を置いて、ポケットのスマホが振動した。
A-Talkにメッセージが届いたようだ。
アプリを開くと、”中にいる”という素っ気ないメッセージが岡田先輩から届いていた
「何だって(??)」
「”中にいる”だそうだ。全く開けてくれても良さそうなもんだ」
ぶつくさと文句を言いながら、ドアを開けようと、ドアに触れる。
その瞬間、一時間前に僕を襲ったのと同じような衝撃が僕の全身を伝播した。
「ぎえええええ!」
振動と苦痛が、一か所から全身へと流れるこの痛み、またしても感電だ。
「あはははは!引っかかったな、パソ研特性の電気トラップに!週末アキバでマイコンとスタンガンを買ってきて作ったんだ!」
ドアが、勢いよく開いたかと思うと、メガネでよれよれのTシャツを着た男が、これまた、勢いよく飛び出してきた。
メガネの奥に浮かぶ、歪んだような狂ったような笑い。岡田先輩である。
ドアが開けられるのと同時に手が離れ、そのまま、床にへばりつく。
「はん…はんへ、ほんふぁふぉふぉふぉ」
「何で、こんなことをしたかって?いやあ、せっかく作ったものを誰かに味わって欲しくてな。他の奴らは警戒して近づきもしないし…、いやあ満足、満足」
艶々と輝くような笑みを浮かべながら、笑う岡田先輩。この人は他人の苦痛を糧にするタイプに違いない。
「うん?おいおい、これは驚いたな。お前、何でこいつと一緒にいるんだ?」
お前、と言ったところでドローンを向き、こいつ、と言ったところで僕を指差す岡田先輩。その顔は心底驚いたといった様子で珍しく、斜に構えたような、皮肉げな感情は窺えない。
「成り行きです。こいつが私がいないと新入生歓迎会に行けないというので、仕方なくついて来てあげたんです(゜_゜)」
勝手なことを言うな。
「ほうほう、それはそれは。まあ、友人が出来たようで何よりだ」
「こいつが、パソコン研究部に寄っていくと言って聞かないので、連れてきたのですが。歓迎会は、まだ始まっていませんか?」
「知らん。だが、時間を気にする連中でもないだろう。ゆっくり行けばいいさ」
床に倒れ伏している僕に手を貸し、起き上がらせる、岡田先輩。
そのまま、壁に手を押し付けたかと思うと、壁の一部が、忍者の仕掛け扉のように裏返った。配線むき出しの電卓のような装置が、設置されている。
「これが、この部室に入るためのセキュリティだ。これを解除しないと、ドアに触れた時に電流が流れる。周りに誰もいない時に使えよ」
「な、何でこんなもの作ったんですか?」
ようやく回ってきた口を動かし、質問する
「備えあれば憂いなしって奴さ」
「この回路、私がドローンに載せたのとそっくりじゃないですか?(0皿0)」
横からドローンが割り込んでくる。
「参考にしただけだ。文句は教えてくれた”矩”(さしがね)に言え」
電子音を鳴らしながら、ぶつくさと文句を表示するドローン。この二人は知り合いなのだろうか。
岡田先輩は、それを無視するように、鼻歌を歌い、キーボードをかちゃかちゃと入力している。
テンキーの隙間を赤血管のようにく発光させ、SF的な雰囲気を漂わせている、そのキーボードに使われている文字は、どう見ても地球の言語ではない。
「コードは”アスク”、”シンス”、”オスク”、”ハチ”、”ゼロ”、”ゼロ”だ。さて、分かるかな?」
岡田先輩が試すように、こちらを見てニヤリと笑う。
「ギャラクティック・ベーシックじゃないですか。こんなキーボード何処で買ってきたんです?」
呆気なくテンキーの文字を解読し、素直に質問すると岡田先輩は苦々し気な顔になった。
「可愛げの無い後輩だ。もっと初々しいのに入って欲しかったな」
叩きつけるように、エンターキーを押す岡田先輩。恐らく、初々しかったら初々しいで、即戦力が欲しかった、とかこなれている奴のが良かったとか文句を言うのだろう。
「ほれ、入れ」
「お邪魔します」
「前に同じ(00)/」
ドアを開け、中に入っていく岡田先輩に続いて部室に入る、僕とドローン。
さて、初めて入るパソコン研究部の印象は……はっきり言って良くない。
三方の壁と蛍光灯の消えた天井に、LANケーブルや他の、良く分からないケーブルが、張り巡らされ、競う様に天井の穴へと消えていっている。
穴へと消えていくケーブルの、もう一端はは、多種多様なPCへと繋がっており、意味も無くカラフルなLEDの光をイルミネーションのように瞬かせている。
PCに接続された、キーボードやマウス、ディスプレイもまた、カラフルに色を変えながら発光している。こんな環境でパソコンを弄っていたら、すぐに目を痛めそうだ。
チカチカと光るディスプレイの一つが、”BIG BROTHER IS WATCHING YOU”という文句とと共に描かれた眼光鋭い男を壁紙にしていることに気が付く。
「で、どうだ。君の所属するサークルの居心地は」
「何であんな、キラキラする部品ばっかり使っているんですか?」
誰でも抱くであろう質問をする僕。
「キラキラしていないよりは、いいだろう」良く分からない理屈で答える岡田先輩。
「電気代の無駄ですよ(3)」横から突っ込むドローン。
「ええい、うるさい!意味も無く光ったり、妙にカッコイイグラボのデザインといったものにこそ、マニアは惹かれるのだ!それが分からんのか!」
激昂し、喚き出す岡田先輩。そこには年上の先輩の威厳は全くなく、恥ずかしい秘密を見つけられて、怒り出す子供の癇癪めいたものがある。うすうす、自分でも恥ずかしいと思っているんじゃないだろうか。
「お前、どうだ。あのセンス共感できるか?」
「私はパフォーマンス重視だからな。正直”みてくれ”はどうでもいい(*_*)」
「黙れ黙れ後輩共!全く嘆かわしい!パソ研部員たるもの、こういうものに心惹かれずしてなんとするか!?誰も使っていないような変態的なモノに興奮してこそ、パソ研部員だというのに」
「私はパソ研部員じゃねーです(-△-)」
「今更なんですが、”これ”と先輩は知り合いなんですか?どうも、お互いのこと前から知っている感じなんですが」
先程、感電していて、聞けなかった疑問をぶつける。倒れていた時の会話から察するに初対面とは思えない。
ドローンは「”これ”って言うんじゃねー(`△´)」と怒っている
「ふむ、まあ便宜を図ってやっている仲だな。友人、知人の類いではないよ」顎に手をあてながら答える先輩。その視線は何故か、電脳研のある、樹海のようにケーブルが垂れ下がった、横の壁を向いてる。
ぶーん、とその視線を立ちふさぐように、壁と岡田先輩の間に浮かぶドローン。
「ああ、分かってる分かってる。これ以上のことは、言う気はないよ」
手をひらひらと振る岡田先輩。
睨むように、その場に留まるドローン。何やら不穏な雰囲気を感じる。そこまでして、このドローンは正体をさぐられたくないのだとうか。
話題を変えようと、先ほど目に留め、少し気になったことを質問する。
「所で、あのディスプレイの”ビッグブラザー”の壁紙は…」
「ああ、あれか。まあ、戒めみたいなもんだな。あれを見るたびに、中国の胆を舐めた将軍みたいに、志を忘れられずにいられるんだよ」
何処か遠くを見るような眼をして答える意味深そうな笑みを見せる岡田先輩。
そこには、僕には深刻な、重大な過去があったんだぜ、まあ言わないけどな、とでもいうような秘密的な態度と、その話聞きたいよね!聞きたかったら話すのも吝かじゃない、という、喧伝的な二つの態度が見え隠れしている。
つまらなそうな目線で僕とドローンが、沈黙していると、ムッとした様子で眉をしかめ、咳払いした。
「ごほん。あー、さて、ではそろそろ行くとするかね」わざとらしく、両手を後ろにまわしながら、部室から出ようとする岡田先輩。その背中からは、親が約束の時間に迎えに来ず、ふてくされて一人で砂場に向き合っている子供のような悲しみが感じられ、見る者に憐みの感情を湧きあがらせずにはいられない。
そんなに聞いてほしかったのだろうか。
「戒めって何ですか」
「何で”ビッグブラザー”なんですか(??)」
あまりに可哀想だという意見が以心伝心で一致し、後輩として先輩の顔を立ててやろうと、質問してやる僕とドローン。
「黙れ!もう、教えてやらん。これ以上しつこく聞いてきたら、今日から毎日、お前らのA-Talkにスクリプトで延々とお経を送ってやるぞ」
不機嫌そうに振り返り、威嚇してくる岡田先輩。後輩の気遣いは、残念ながら一蹴されてしまった。
肩を怒らせながら、ずんずんと部室から出ていこうとする岡田先輩。顔を見合わせながら、それについていく僕とドローン。
しかし、ドアの直前で、何かに気が付いたように振り向き、こちらに声を掛けてきた。
「ああそうそう、新入生歓迎会の部屋に入る時、荷物チェックがあるから、バックとかは置いていった方がいいぞ」僕が手に持っているバックを指して、ぶ然とした顔つきで言う岡田先輩。
ふむ、どうしようか。置いていきたい気持ちもあるが、帰る時にこの部室に一回戻ってくるのも、億劫だ。しかも、先程電流を浴びせられた身としては、ここのドアを開けるのには、何となく抵抗感がある。
目の前のこの男が、その辺の後輩の心情を鑑みて、ドアを開けてくるような親切心があるとも思えない。かといって忠告されたにも関わらず、持っていくのも頑固な気がして嫌だ。
そんなことを考えていると横から、ドローンが助言をしてきた。
「持っていった方がいいぞ。こんな部室に置いていったら、目の前の先輩に何されるか分からん(--)自分の荷物は自分で守るべきだ」
盗聴器とか仕込まれるぞと付け足すドローンに、そこまで非道じゃないぞ、と反論する岡田先輩。
ドローンの忠告で心は決まった。
「持っていきます」
「信用が無い…」
「信用されるようなことを、していないですからね(ー∀ー)」
本当に可愛くない、後輩共だとぶつぶつ言いながら、ドアの傍の壁を回転させ、キーボードを出す岡田先輩。どうも部室の中と外で、この回転扉は繋がっているらしい。
かちゃかちゃとキーボードを入力し、ドアを開け、外に出る岡田先輩。それに続いて外に出る僕とドローン。
「出る時も、これは必要なんですね」
「中と外を区別するような機能は付いていないからな。これを忘れて僕も二、三回感電した」
全員外に出たことを確認し、ドアを閉める岡田先輩。
「所で、新入生歓迎会は何処でやっているんですか?何か、全然人の気配を感じないんですけど」
辺りを見回して言う。
「一応、秘密会議みたいなものだからな。自分達の本拠地とはいえ、人目につく所ではやらん」
何故かニヤニヤしている岡田先輩。
秘密会議、という言葉を聞いて、今更思うのだが、A-Talkで坂本が一年生、ほぼ全員に、僕が新入生歓迎会に参加することを発言したのは、不味かったのではないだろうか。
「いやあ、きっと驚くと思うぞ。何せ工学部、体育系サークル、OB連の手を借りて作った、クラブハウス史上最高の、増築だったからな。誰かに見せたくてうずうずしていたんだ」
見るからに、うきうきしながら歩き出す岡田先輩。薄気味悪そうにそれを見ながら、ついていく僕とドローン。
しかし、機嫌は治ったようだ。
夢見るように両手を振り乱しながら、廊下を歩くその様子は、観客を前にしたピエロのようであり、狂気の実験に成功した、マッドサイエンティストのようでもある。
「執行の目をかいくぐるため、僕らはその部屋を地下に作ったんだ」
「地下!?」
「驚いているな!そういう顔を見ると、何だか胸がワクワクしてくるなあ!そして、僕らはその部屋に名前をつけたんだ。まあ、正確には、僕と二人の仲間で勝手に考案して、他のレジスタンスの意見を無理やり抑えつけ、轟轟たる非難を受け流し、やっとの思いで命名したわけだが」
「はあ」
そんなことでいがみあっているような連中が、本当に執行委員会に対抗できるのだろうか。
「聞きたいか?」
「いえ」
「別に(。。)」
「そこまで言うのなら教えてあげよう!」
人差し指をピンと立て、聞いてもいない話を始める岡田先輩。この押しの強さがあるならば、何故、先ほどの、”ビックブラザー”の時は、おとなしく部屋から出て行こうとしたのだろうか。つくづく意味の分からない男である。
後、この会話の流れ方、前にも経験したような気がする。
「学生の自由を求め、執行委員会のスターリニズムに対抗とせんとする我々の、秘密基地!その名は……!」
感激して胸が詰まったように、一呼吸ためる岡田先輩。キラキラとした目で、後輩共がどんな反応かを窺っているが、僕とドローンはそれを黙殺し、ただついていっているだけである。
「その名は……!」
ちらちらとこちらを見てくる岡田先輩。面倒くさい人だな!
「分かりましたから、早く言ってください!」
「ドイツ語で狼の巣を意味する、すなわち!ヴォルフスシャン……「うわあああ!それは、駄目です!」」
とんでもないネーミングに慌てる僕。こんな名称を他所で聞かれたら、サークル棟ごと潰されるかもしれない。
「何故だ!あのスターリン主義者共に対抗する上で、とんでもなく似合っているネーミングだろ!名は体を表すというじゃないか!」
「スターリン違いですし、結局負けてるじゃないですか!その名前は不吉ですし、ぶっちゃけタブーですよ!」
ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ僕と先輩を尻目に、すー、と廊下を滑るように飛ぶドローン。
各サークルから飛び出す光を浴びながら、ボディを極彩色に反射させ、空飛ぶ円盤のように回転する。
そして、後ろで騒ぐ二人を見て一言。
「ばかばっか」
掴み合いを始めた二人を置いていき、流星のような軌道を描きながら、ドローンは、暗い階段の奥へと消えていった。
***********************************************
執行委員会音声記録-19A_679-
「………っていった方がい……ぞ。こんな部……ていった……目の前の先輩に……されるか分から……分の荷物は自……るべきだ」
「ふう、ラッキーでしたね」
「ええ」
「雨宮は中々見どころがありそうですね。これなら、一年生のまとめ役、任せてみても良いかもしれません」
「そうね」
「妨害電波のせいで満足、とはいい難いですが、これならば、解析班に回せば全文の解析も容易でしょう。今回の本に仕込んだ盗聴器、ピョートル部門は良くやってくれましたね」
「……」
「シギント担当の矩君を”アーカム”から離したのも良かったですね。今頃は、久しぶりに”彼女”さんと水入らずの時を過ごしているのでしょう。研究室の教授に働きかけて、二人の時間を減らしてやれば、レジスタンスの会合があっても、”彼女”と過ごす方に飛びつく。さすが凛。上手いところを突きます」
「……」
「…聞いてます?」
「黙って。今、彼が後輩にからかわれている”イイ”ところなの。こんなの、なかなか聞けないわ」
「はあ。あの、録音しているんですから、別に聞き逃しても大丈夫ですよ?」
「……」
「……聞いていませんね。まあ、三年になってからは同じ授業も無くなってしまいましたから。岡田さんも凛に顔を合わせないように行動しているみたいですし。着拒された今では、こういう時でもないと声も聞けませんからね」
「……」
「………寂しい。わ、私、”シスターズ”の所に行ってますね!何かあったら呼んでください」
「忍」
「はい?」
「ご苦労だった」
「!」
「他の子たちにも、そう伝えて」
「は、はい!では、失礼します!」
執行委員会の根城、クレムリン。その最も警備の厳重なエリアの一室で、暗がりの中、一人の女性が、窓から差し込むサーチライトの光に、時折照らされながら、陶然とした表情で耳を澄ましていた。
目を瞑り、その瑞々しく、時折赤みをさした、白桃のような頬を上気させ、久しぶりに聞く、”彼”の声色に背筋を震わせながら、女性は二ヵ月程その姿を見ていない、狂おしいまでに追い求めている”彼”のその姿を脳裏に描いていた。
耳から入ってくる、声だけを頼りに、最近停滞気味の、彼についての自分の持つ情報を脳内で並べ、構築し、更新する。最後に聞いた時から、若干抑え気味に思えるその声は、彼の体重が減少し、張りのある声を出せなくなったからではないか、と女性は思った。
もしかして、私に会っていないからかしら。
都合のよい、甘美な想像に、微かな時間だけ身を任せる女性。しかし、客観的に自分を観察できる、歴史上の暴君達が以外にも持ち合わせている、その氷のようなシビアな思考が、彼女を妄想の花園から連れ戻す。
そんなわけがない。”今”のあの男は、自分を恐れてこそすれ、寂しく思うこと等ないだろう。
最後に見た、恐れを含みつつも、決して身を差出しはしない、肉食獣に追い詰められた獲物のような表情を思い出す。
と、同時に、叶わなかった、あの時の彼を嗜虐的に弄ぶ、愉悦に満ちる自分の姿を女性は思い描く。
必死に逃げ回るネズミを玩具のように、遊びのように追い回す子猫、圧倒的な力の差が生み出す、非対称的な残酷な遊戯。
どちらがネズミで、どちらが子猫かは言うまでもないだろう。
「会いたいな」
窓の向こうの、底知れない大穴のように真っ黒な森を眺めながら呟く、軍服に身を包んだ一人の女性。
耳を澄ませながら、
妄想しながら、
思いをはせながら、
星宮凛は彼を見ていた
同じく特に無し!