第七話 霞たなびくクレムリンの影
-サイド3-
「閣下!地上のマゼラアタック、ドップ、ドダイ部隊が連邦のMSにより蹴散らされています!ガルマ様が搭乗しておられた専用ドップも撃墜されました!」
「ひいやぁっはーーーー!!あの甘ちゃん坊やが!戦場の主役はMSなんだよ!いくらカリスマと指揮範囲があっても、ドップは所詮ドップ!ドダイは所詮ドダイなんだよ!思い知ったか四男が!ばーか、ばーか!………それで、地上の状況はどうなっているか?」
「は、局地的には連邦のMSに敗戦しているも、特別エリア周辺は新たに開発された、グフ、ドム、ズゴックを配備しているため、防衛に成功しております。資源、資金の収入も充実してきたため、このまま全軍にMSを配備できれば、負けはしないかと。しかし、一つ問題が発生しておりまして」
「ん?何だキシリアの婚期のことか?あのパープルシスターは、サスロを除けばザビ家で唯一浮いた話が無いからな」
「い、いえそのことではありません」
「では、何だ?」
「実は、わが軍の部隊が200部隊に達すると、それを下回るまで工場が生産を止めてしまうのです」
「200…200だと!?ザク1部隊が三機だから、全部ザクにしても600機にしかならないではないか!?どういうことだ!?」
「皆目見当もつきません。正確に言えば、組み立ててはあるのですが、工場が出荷しないのです」
「ふざけるな!序盤の資金、資源不足がやっとこさ解消したってのに、何で兵器の制限受けなきゃなんねえんだ!ドイツか!ジオンがドイツをモデルにしたからか!ヴェルサイユ条約かよ!頭に来た!文句言ってやる!」
「は?ど、どこにですか?連邦ですか?」
「いいや…もっと上だ」
/*バンダイナムコ本社*************************************************************************/
「それで?ギレン君といったね?我が社が開発した、ギレンの野望-ジオンの系譜-に対して何か不満があるとか」
「はい、我がジオン公国の最大部隊配備数が200というのは、少々少なすぎやしませんか?」
「とは、言ってねえ。君はPS3でプレイしているというが、発売当初はPSだったんだよ。当時のわが社としても必死にやって、その数字だったんだがね」
「ほう」
「大体今は、新ギレンの野望とか、アクシズの脅威とかがあるんだから、そっちをやってくれないか?何で今更-ジオンの系譜-をプレイしているんだ。全く意味が分からん」
「つまり、私の要求に答える気はないと」
「今更、出来るわけがないだろう!アップデートもなかった時代だぞ?おとなしく、宇宙に帰って、刀でも研いでろ!」
「よろしい。では、私にも考えがあります」
「何だ?星の屑作戦か?そんなことをしてみろ、お前の弟そっくりの声をした、水中ゴーグルつけたオヤジと、えせ宗教家みたいなすけこましと、その二人を抑えられない老人がリーダーの組織が作られるぞ。ぶっちゃけティターンズってエゥーゴより、よっぽどジオンぽいよな」
「コーエーに”ギレンの野望”というタイトルについて、どう思っているか質問しに行きます」
「待て待て待て!早まるな!何とんでもないことしようとしてんだお前!あれだよ!?うち、割とガンダム無双とかで、コーエーさんと仲良いから!その辺は、なあなあで行こうってことで裏で話し合いついているから!」
「失礼します」
「おい、やめろ!続編でギレンハーレム陣営とか作ってあげちゃうから!若いころのハマーン様とか、プルシリーズ全員追加とかするから!あ、あれかな?君の姪っ子さんも追加しちゃおうかな?ねえ、ちょっと!誰かー!誰かあいつ止めてくれ!」
/*********************************************************************************************/
第七話開始です!
第七話 霞たなびくクレムリンの影
キーンコーンカーンコーン。
終業のチャイムが鳴り、教師の合図が無いにも関わらず、生徒の間に気の抜けた雰囲気が広がる。
「よし、今日の授業はこれで終わりだ。来週からは本格的に授業を始めるから、教科書と関数電卓を用意しておくように。今時、生協で買わなくても、ネットで中古が安く売っていいるぞ」
上からは生協で買わせろと言われているがな、ははは、と笑いながら実験室を出ていく教師。
実験室には、二コマにもわたった、はんだ付けによって生み出された鉛の匂いが毒ガスのように立ちこめている。
焼き肉屋のように、テーブルの上に備え付けられた換気扇と全開の窓をもってしても、この耐えがたい匂いは、実験室を席巻し続けている。非常に耐えがたい。
何処かの国で、毎日のようにPCパーツのはんだ付けを行っている作業員の方々に対して、思わず感嘆の念が湧き上がる。
「ああ、何で工学部必修なんだよ。建築科に電子工作は必要ねえだろ」
袖口の匂いに鼻を寄せ、机にうつ伏せになった坂本がボヤく。
「ふふん、坂本君。昨今は様々な分野に渡って、幅広い知識を持つゼネラリストが世間では求められているのだよ。であるからして、自分に関係が無いからと言って、専門外の知識の吸収を怠るような怠け者は…」
「それ、授業の始めに先公が言ってた言葉だろ。うっとおしいから止めろ」
坂本の気だるげな手の振りに肩をすくめる僕。完全にグロッキーなようだ。
「そんなに臭いのか(?_?)」
机の上に着地しているドローンが、疑問をディスプレイに表示する。視覚、聴覚は備えていても嗅覚までは無いらしい。
「ああ、鉛中毒になりそうだ。やっぱり嗅覚までは無いのか?」暢気に飛んでいるドローンに質問すると、「六根、六識、全部備えているわけじゃないんだ」という、妙に難しい答えが返ってきた。
六根?六識?、こちらの会話に注意を向けていた坂本が、机に伏せながら唸るように疑問の声を上げる。
それを無視し、ドローンにある”お願い”を要請する。
「所で、一つお願いがあるんだが」
「嫌だ( ゜Д゜)」
「まだ、何も言っていないだろ!」
「新入生歓迎会のことだろ。自分から飛び込んでいくお前が悪い。人を巻き込まず、我ら一年全員の偵察兵として人柱となれ(-人-;)」
「お前まで、そんなことを言うのか!」
ドローンにまで裏切られ、思わず激昂し、机に両拳を叩きつける。
机に伏していた坂本が、衝撃に一瞬震えたかと思うと、やめろー、と気の抜けた声で抗議してきた。
大声を上げたため、横のテーブルの同級生が一人、訝しげな視線を向けてくる。しかし、すぐさま、その隣の別の同級生が耳打ちをする。
途端に”訝しげ”から、”同情めいた”に変わる視線。
一年の殆どが今日僕が歓迎会に行くことを知っているというのは、どうも本当らしい。
ここで、ドローンの表示した偵察兵という一言に、疑問を抱く。
「なあ、もしかしてお前も”ピカピカ一年生集合!”に参加しているんじゃないか?」
ジトーっとした目でドローンのカメラ部分を睨む。すると、まるで人間が視線をそらすかのように、カメラの向きが、こちらからずれる。
ドローンのボディを両手で掴み、揺さぶる。
「この野郎!面白半分に、人を当て馬にしやがって!良心が痛まないのか!」
「あ、ba@$Ka!ゆ…揺れ・!。ru」
混乱するディスプレイの表記に構わず、怒りのままに揺らし続ける。坂本はこちらを見て、哀れな奴、と呟いている。
「普通、知り合いがぞんざいな扱いを受けていたら、止めるだろ!何でお前も坂本も、ノリノリで死地に送ろうとするんだ!」
「d698&88fyM(&hp'(f0………」
「……あ、あれ?」
意味不明な英数字を表示していたディスプレイが急に沈黙する。
さー、と血の気の引く音が聞こえてくる。
ま、まさか壊してしまったのだろうか。激情に身を任せて、この空を飛ぶ友人にとんでもないことをしてしまったのだろうか。
等と考えていると、ドローンからキュイーンという音が聞こえ出す。主電源を押した時のパソコンのような音だ。
ディスプレイを見ると、真っ黒い画面に緑色の文字が、物凄い勢いで表示されていく。キャンプの時に見たのと同じ再起動の画面だ。
「/*this was made by kuraka*/
CAST IN THE NAME OF Agata.
YE NOT GUILTY
Rebooting the K.A Engine1.05f
>1 drone.kc
>1 command.kc
>1 config.kc
>1 data.kc
>1 tcp.kc
>1 main.kc
……Are You Fuck'n Ready?」
正直あまり、よろしくない末尾だ。しかし、まるで生き返っていくかのように様々な部分を動かし始めたドローンを前に、そんな細かいこともどうでもよくなる。
動作確認なのか、プロペラ、カメラ、アーム等色々なパーツが、様々な動きを試しては停止する。
突然、顔を近づけるようにディスプレイがこちらの目前に迫り、文字を表示する。
「s_def_flag = true;
debug.log("死ぬがよい!")」
「うん?ぐええええええ!」
手に持ったドローンから、痛みと振動が混ぜ合わさったような不思議な苦痛を受ける。
体中に伝わっていく所から見て、間違いなく感電だろう。
視界に唖然とした顔でこちらを見る同級生達と坂本の顔がちらつく。助けてくれ。
二秒程、衆目にさらされながら感電しているとようやく、電流が止まる。
地面に倒れ込む僕。手から離れ、空中に浮かぶドローン。
それと同時に、更新されるディスプレイのテキスト。
「すまん。自己防衛システムが起動してしまったようだ。大丈夫か」
「だび、だびじょばばい」
答えようとするが、上手く口が回らない。生まれて始めて感電というものを味わったが、こんな風になるのか。立ち上がろうとするが、手と足がクラゲの触手のようにふにゃふにゃになってしまって、力が入らない。
「ふぁふぁふぉと~。ふぇをふぁしふぇ~」
「こいつ、何て言っているんだ?」
いつの間にか、近寄ってきてヤンキー座りでこちらを覗き込んでいる坂本。やはり僕の言葉が聞き取れ無いようだ。
「”さかもと、てをかして”だそうだぞ」
心配そうに、倒れた僕の上空を旋回しながら通訳するドローン。
「よし来た。うわ!手がクラゲみたいで気持ち悪!」
手から持ち上げるのは、無理と感じたのか胴体から持ち上げようとする坂本。
嬉しいのだが、もうちょっと優しく扱ってほしい。肩の骨が、あばらにぶつかって痛い。
さすがに、同じくらいの体系の男を持ち上げるのは、難しいのか四苦八苦する坂本。自然、あちこちに身体をぶつけられる僕。
ドローンは救助できない場所にいる、遭難者を前にした救急ヘリのように頭上を旋回している。
「手伝いましょうかぁ?」
聞き覚えの無い、女性と思われる声が背後から投げかけられる。
「ん、雨宮?ああ、そういや、お前格闘技やってたな。じゃあ、悪いけど足持ってくんねえ?」
俺、腕持つからさ、と言い僕を仰向けに、床に投げ出す坂本。
「ぐげ」
潰れたカエルのような声を思わず出す。
両腕と両足に、人間の手の感触を感じたかと思うと、ハンモックのように持ち上げられる。
上を向いた視線で、足を掴んでいるという雨宮という人物の顔を見ようとするのだが、右に左に身体が揺れるのと、感電の影響で首が回らず、よく確かめることが出来ない。
そんなこんなの内に、小学校の理科室でよく見られる、奇妙な形をした木製の椅子の上へと持ち上げられる。
前を見ると、傲慢といった言葉がよく似合いあそうな、にんまりとした笑みを浮かべた女性が、こちらを見下ろしている。この人が雨宮というらしい。
ロング丈の薄い朱色に、レースとフリルがあしらわれたスモックブラウス、少し短めのスカートにも見えるキュロットパンツが、一見柔らかな雰囲気を強調する。
しかし、こちらを見るその眼には、蛇を思わせる獰猛さと残忍さがあり、服装との印象の差も相まって、かなりやばそうな雰囲気を持ち合わせている女性である。この人が廊下の向こうから歩いて来たら、即座に道を譲る自身がある。
初対面のそれも手を貸してくれた、人間に対して抱くのは非常に失礼な感想だが、あまり人に親切にしてくれそうな人には見えない。不良にカツアゲに遭っている人間を見かけたら、不良ごとカツアゲしてきそうなタイプだ。率直に言って、非常に怖い。
「おい、大丈夫か」
顔文字も出さずに、ディスプレイを更新させたドローンが、雨宮と僕の前に、ブーンと音を立てながら、間に入る。
やっと感覚が戻ってきた口を動かし、文句を言う。
「僕も悪かったとはいえ、いくら何でもひどすぎるだろ。警告くらいしてもいんじゃないか?」
「このドローンは、ソフトもハードも特注品でな。高価だし、技術的にも貴重だから、盗難に合わないように、法に触れない程度の武装を積んでいるんだ」
やはり、顔文字を使わず、目の前に浮かびながらディスプレイを更新するドローン。何故かその様子が、過剰な悪戯をしてしまった子供のように、落ち込んでいるように見える。
「とはいっても、緊急時にそれが自動に発動するのは、危険すぎた。武装はこちらからの指示が無い限り、動かないようにプログラムを書き換えて置く。悪かった」
珍しく、神妙な態度を見せるドローン。報復が過激だったとはいえ、そうさせる行動を取った自分にも責任があるため、少しばかりの罪悪感が湧いてくる。
周りを見ると、サディスティックな笑みを浮かべたままの、雨宮を除いた、坂本と他の同級生達が、何を一方的な被害者面しているんだ。お前も頭を下げろ、といった無言の圧力をかけてくる。全くもってその通りである。申し開きも無い。
「いや、僕もやりすぎたんだ。すまなかった。でも、感電は勘弁してくれよ」
……何故か、隣でこの感動的な謝罪を聞いていた坂本が急に噴き出す。
その様子を見て、僕と同様、怪訝そうな顔をしていた他の同級生達だったが、坂本からの耳打ちが伝播していくと、同じように噴き出した。
前を見るとドローンがただただ、何の反応も返さずに浮かんでいる。どうも、放心しているようにも見える。
段々と他の同級生達にも広がっていく笑い。全く意味が分からずにいると、坂本が耳元であることを囁いた。
「”かんでん”は”かんべん”」
その、心底くだらない笑いの意図に気づき、驚き呆れるとともに、無意識の自身の所業に赤面する。
つまり、僕は先程の真面目な謝罪の最中に韻を踏んでいたのだ。”かんでん”は”かんべん”。
「ふふふ。久しぶりに笑わせてもらいましたよぉ」
気障に、腰に片手をあて、ねめつけるような笑いを浮かべながら、甘ったるく、話しかけてくる雨宮。
「あからさまな、お世辞は止めてくれ。どう見てもただの失言だったよ」
一笑いして、良い頃合いだと思ったのか、急に帰り始めた同級生達。坂本は、いまだ笑っている。
「いえいえ、あの”間”は完璧でしたよぉ。あれでは、傍目に見ている者は誰でも笑います。恥ずかしがっているようですが、むしろ貴方は誇るべきです。そこの機械との、白けたムードを立て直したんですからね。それはそうと」
雨宮がハンカチを差し出す淑女のように、右手をこちらに差し出してきた。
左手は腰の後ろに回され、こちらからは見えない。
「人文学部心理学科の雨宮。雨宮霞です。始めまして」
何処か、奇妙なものがある雨宮の態度に引っかかるものを感じながらも、握手と名乗りを返す。
「さて、平凡で地味で、ありきたりな貴方に、こうして近づいたのは、別に貴方に対して、親愛の情があるとか、興味があるとか、そういうことでは、ありません」
「初対面から、ずいぶん失礼だな」
「俺との初対面時は、金髪の野猿とか言ってきたぞ、こいつ。それよりは、ましだろ」
坂本に対しての批評を聞き、かなりの毒舌だ、と思いながら雨宮に対して質問する。
「で、ありきたりな僕に近づいた理由は何なんだ」
うふふ、と笑いながら懐から、紙を取り出す雨宮。いちいち、仕草がわざとらしい。
「さあ、これをどうぞ」
雨宮が紙を渡してくる。
持ち主の、人間性を表すように几帳面に三つ折りになった、紙を開くと、そこには様々な要望が書いてあった。
横から覗いてきた坂本が、国語の時間に音読する小学生のように内容を読み上げる。
「1.クラブハウスA館てどんなところ?、2.どんな人がいるの?3.可愛い年上のお姉さま系の先輩はいますか?4.まとめ役は誰?5.カッコイイ先輩はいますか?5.新入生歓迎会ってどんなことを話し合っているんですか?なんじゃ、こりゃあ?」
素っ頓狂な声をあげる坂本。同感である。
「何って、A-Talkで話し合って決めた、クラブハウスでの偵察事項ですよぉ。彼はA-Talkのグループに入っていないですから、こうして紙にして、渡しにきたんです。野ざ、坂本君のことですから、どうせ、この方に伝えるのを忘れていると思いまして」
あんまりな程の使いっ走り扱いに、顔を顰める僕。
野猿と呼ばれかけたことに、気づいていないのか暢気な様子の坂本は、手をポンと叩き、納得といった顔をしている。
「あーあー、思い出した。そういえば、俺がこいつに伝えるって話だったな」
「そうですよぉ。それと、一応聞いておきたいのですが、彼にあの本を渡してくれましたかぁ?」
「渡したよ。さっきな!」
良い笑顔で答える坂本。雨宮は、愚昧な民衆を憂う、ギリシャ神話の女神のように頭を抱える。
「全く、男ってこれだから……」
「ちょっと待ってくれ。あの本を僕に渡すように言ったのは、あんたなのか?」
横から話に割って入る。雨宮は、頭に手を当てながら、こちらを向く。
「ええ、そうですよぉ。さすがに何も知らさずに向かわせるのは、可哀想だと思いまして」
あまりに、手の込んだ行動に、段々と、この女性に対して、疑念がよぎり始める。見ず知らずの同級生に対して、果たしてここまでするだろうか。
クラブハウスの偵察が同級生間の共通の目的だとしても、この女性がここまでする義理は無いはずだ。あまりに熱心すぎる。
「雨宮、君はどうも怪しい。まさかと思うが…」
「何です?別に他意はありま…「僕のことが好きなんだな!」……はあ?」
一見して、何言ってんだこいつ、といった表情に変わる雨宮。しかし、僕はその芝居がかった態度と表情の裏に隠れた、秘する百合園の情熱を見抜いてしまった。
坂本は、何がおかしいのかお腹を抱えて爆笑している。ドローンは、墜落するUFOのように、姿勢を保ちながらも、斜めに下降していく。
「みなまで言うな、雨宮さん!残念ながら、僕は、君の想いに答えることは出来ない。しかし、安心してくれ。君のこのまごうことなき、僕への想いは友人からのものとして、僕の胸に記録されるだろう。うん、どうした?」
前を見ると、雨宮は下を向き、拳を両脇で握りながら、ぶるぶると震えている。何故だろうか。大気が震えるように感じる。
心配げにその様子を見守っていると、雨宮は、憤怒に染まりながらも、笑みを浮かべるという壮絶な形相を浮かべながら、顔を上げ口を開いた。
「初めてですよぉ。ここまで私をコケにしたおばかさんは」
「あ、雨宮さん?」
「先に言っておきますが、私には以前より、お慕い申し上げている方がおりますので、貴方に対してのそのような感情は皆無といっても過言ではありません。そもそも、野蛮で、不潔な、野卑た貴方たちのような、愚劣な存在に、私が一寸たりとも、好意的な感情を抱くはずがないでしょう。阿呆ですか?大学に入るまでの九年間、その空っぽの頭蓋に何を詰め込んできたのですか。このド阿呆は?私が行け、といったら貴方のような蒙昧な輩は、何も考えずに涎を垂らしながら行き、やれ、といったら、この私の判断を疑わず、獣のように吠えながらやればいいのです。分かりましたか?」
「は、はい」
膨大な悪口の奔流に流され、同意してしまう僕。坂本は、この雨宮の豹変に、何か思い当たることがあるのか、あちゃー、という顔をして、こちらに同情めいた視線を送って居る。
こちらの動揺している様子を察したのか、それとも冷静さを取り戻したのか、雨宮は、恥ずかしそうに口元をおさえると「今のは、忘れてくださいねぇ」と、殿方への恋慕を恥じらう乙女といった様子でさっきまでの豹変ぶりを覆い隠そうとした。
そして、僕はそのあまりの可憐さに、先程までの彼女の豹変ぶりを記憶の彼方に追いやろうとしていた。
「おい、騙されんなよ!どう考えたって演技に決まって…」
「…はい?」
「な、何でもないです」
坂本が外野から、彼女に対しての忠告を呼びかける。しかし、振り向いた彼女の顔を見ると、一気に勢いを失い、声をすぼめた。
「さて、無駄な会話に時間を取られましたが、本題に戻りましょう」
仕切り直し、とでもいうようにこちらに向き直り、手を広げる雨宮。
「先程言ったように、貴方にはクラブハウスの偵察をお願いします。その紙に書いてあることを、特に重点的に知らべてきてください」
「質問いいか?」
「どうぞ」
「何だってここまでするんだ?いきなり近づいて来て、本をよこして、紙に質問をまとめて渡してきたり。異常、とまでは言わないが少々不審だぞ?」
「まあそう思われるのが、普通でしょうねぇ。ですが、別段、思惑があるわけでもないんですよぉ。たまたま、貰った本を一番必要にしてそうな人に渡しただけ。気になっていたことを、効率よく確かめてもらうために情報を集めただけ。貴方が色々な情報を持ち帰ってくれれば、私たち新入生みんなが、安寧なる学園生活を送るための助けになります。これってそんなにおかしいことですかぁ?」
理屈の上では、そんなにおかしいことでもない。でも、何故だろうか。坂本からグループトークで、僕が偵察兵になったことを聞いたときは、怒りを覚えながらも面倒事として受け入れられた。
しかし、こうしてこの目の前の雨宮から、語られると急激に怪しさが増してくる。知らず知らずの内に諜報活動に巻き込まれる、旅行者の気分だ。
「そう、身構えることはないでしょう」
審判を告げる天使のような表情で笑う雨宮。
「貴方が、今日クラブハウスに行くことは既に決定事項なのでしょう?で、あれば貴方がすることは、向こうで見てきたことを、不安におびえる同級生達に伝えるだけ。簡単じゃないですかぁ?」
「…まあ」
「何か反対する理由は?」
「…ない」
「結構です」
ふふふ、と笑う雨宮。釈然としない。
「さて、新入生歓迎会は、五時からでしょう。今は、四時半。初めての場所ですし、少し早目に行った方がよろしくなくて?」
雨宮の真綿で押し潰すような、有無を言わさぬ圧力を受け、クラブハウスに行くことを考え始める。
最後に一塁の望みをかけて、坂本とドローンへと同行してくれるよう、濡れた子犬のように、懇願の視線を送る。坂本は首を横に振り、何時か見たように十字を切った。ドローンは、沈黙するようにふよふよと浮いている。
「無事に戻ってこれたら、本の裏表紙に書いてある、英数字をA-Talkに打ち込んでください。それがパスです」
ではご機嫌ようと言って、しっし、と追い払うようにジェスチャーをする雨宮。要件が終われば、僕の扱いはぞんざいだ。
我が身、一つで死地へと向かう侘しさに落胆しながら教室を出る。坂本が雨宮に何やら話しかけているのが、見えた。
所々蛍光灯が切れかかり、ホラーゲームのステージのようになっている廊下に出る。
歩きながら、窓から見える外の景色に目を向ける。
構内に点在する桜は、既に満開のピークを過ぎ去り、淡いピンクの花びらのなかに、みずみずしい緑色の若葉を内包し、春の残滓と初夏の予感を感じさせる。
新入生がまだ立ち入らない階層や建物の窓にも光が点き始め、自分のまだ知らない場所で、何らかの活動が行われていることが分かる。
薄暗くなった構内を、等間隔的に設置された街灯と人工的な配置の建物の光が、幻想的に彩り、大学全体を、ピコピコと点滅するSFのコンピュータのように見せつける。
奥に行くほど、構内は霞に沈んでいき、光だけの存在となって、輪郭を掴めなくなる。
教室側の壁に設置されたボードには、雑多な紙の数々が障子のように張り付けられている。誰かの研究内容だろうか。蛍光灯で不気味に白く照らされ非常に不気味だ。
エレベーター前にたどり着き、ボタンを押し、腕を組みながらエレベーターを待っていると、今通ってきた廊下の奥から、ブーンと羽音のような音が近づいてきた。
突然、脳裏にドグラ・マグラの最初のシーンが思い浮かぶ。ブウーーンンンという、ボンボン時計の音を聞いた主人公が精神病院で目覚めるシーン。
コンクリート製の壁と、点滅しながらも光る蛍光灯が、そんな気持ちに拍車をかけたのだろうか。見た目だけで言えば、確かにこの場所は、古い病院に見えなくもない。
不意に、先程までの教室での会話が、幻だったのではないかという、思いにとらわれる。
呆けたように、廊下の奥を見ていると、蛍光灯に照らされた黒いボディが目に入ってきた。ドローンだ。
こちらに近づいたように、身体を前方に傾けて加速するドローン。すぐに、僕の前で停止する。
それと同時に、背後でエレベーターが到着した音とドアが開く音がする。
乗るのか、と思いきやドローンは何故か動かない。こちらの対応を伺うのように、ただただ、ふよふよと浮いている。
「乗らないのか?」
「怒ってないか?」
一瞬ディスプレイに表示された、その言葉の意味を図りかねるが、すぐさまさっきの感電の事だな、と考える。
「お前、案外気にするタチなんだな。僕にも非はあったし、お互いに謝ったじゃないか。どうしてそんなに、引きずっているんだ?」
「あの、金髪馬鹿と雨宮とかいう女のせいで、どうも有耶無耶になっちゃったような気がして。それに、いくら何でも、あの感電はやりすぎたと思うんだ」
「ふむ」
どうにも、このドローンにはナイーブな所があるらしい。これが、坂本辺りだったらへらへらと流すのだろうが、性格が優しいのか生真面目なのか、こいつは、上手く受け流すことが出来ないらしい。
「よし、分かった。だったらお前、僕について来い」
自分の行いに対して、罪悪感を持っているのならば、それを消失させるには、本人に贖罪させるしかないだろう。この場合は僕の道連れだ。
「クラブハウスにか?」
「そうだ、僕と一緒に狂人達の巣窟へと道連れだ。それで全部チャラだ。これでお互い気に病むことは、無しだ。」
どうだ、と言ってドローンのカメラを見る。相変わらず昆虫のような無機質さだが、そこに表情を読み取れるようになってきた気がする。
しばし、沈黙した後、ディスプレイが更新される。それと同時にドローンの動きに、弾むような俊敏さが戻る。
「つまり、お前は私について来て貰わないと寂しくて行けないってことだな?」
「は?」
予想外の受け取り方をされた事に、あっけに取られる僕。ドローンの動きは、先程までの落ち込み様を取り戻すように宙返りにカットバックドロップターンとアグレッシブなものになっている。
「そうか、そうか!ここまで言われたんじゃあ仕方がないな!」
「おい!何言ってんだ!」
「みなまで言うな!みなまで!よしよし、この私が、ついていってやろうじゃないか!いやあ、交換条件なんて出さなくても、最初から本心を打ち明ければ良かったんだ愛い奴め!( ゜∀゜)」
ぴゅー、という効果音が聞こえそうな勢いエレベーターに突っ込んでいくドローン。
誰も乗らず、閉まり始めたドアを、九十度回転しミレニアム・ファルコンのような軌道をとることで、見事にくぐり抜ける。
ドローンが入っていった後に、ドアが閉まるがすぐさま開く。中を見ると、初めて見るロボットアームをボディから、出したドローンが器用にも、”開”のボタンを押していた。
「行くぞ!すぐ行くぞ!絶対行くぞ!ほら行くぞ!( *゜▽゜)」
急かすようにエレベーター内を飛び回るドローンを避けながら入る。1Fのボタンを押すドローン。エレベーターが下がり始め、一瞬身体にかかる重力が変化する。
ドローンから電子音が鳴り、ディスプレイの方を見ると「ありがとう」と表示されていた。しかし、次の瞬間には、そのテキストは画面から消え、ディスプレイの電源も落ちていた。
可愛いところがあるじゃないか、と考えながら前を向く。
そのまま、お互いに何も言わず、1Fに到着する。
セキュリティに学生カードを見せ、入口から出る。ドローンは画面に何やら表示して、パスしている。
二、三時間ぶりに新鮮な空気に触れ、思わず深呼吸する。
ドローンが近づいてくる。
「所で、お前クラブハウスの場所は分かっているんだろうな?私の案内が必要か?( ̄ー ̄)」
「坂本から貰った本に地図がついている。まあ、正確には雨宮さんからだったらしいが」
安っぽい作りのハンドブックを取り出し、地図のあるページを開ける。ページの所々に様々な恰好をした、半笑いのマスコットが描かれていて、妙に不快感を与えてくる。
「あった、これだ」
動くシャーウッドの森と書かれた森の中に、クラブハウスA館があるらしい。
ドローンに伝えようと思って、地図から顔をあげると、クラブハウスへと続く道の上に、LEDを点滅させながら、ドローンが旋回していた。
「遅い、早くついてこい( ̄△ ̄)」
「もしかして、お前、道知っているのか?」
「この学校の情報は、オープンになっているものは、出願時点で手に入れてあるんだ」
自慢げに宙返りするドローン。まあ、知っている奴についていった方が良いだろうと考え、先導するドローンについていく。
噴水広場を通り、少し開けた場所になった所で、霞の向こうにとんでもないものを見つけ、思わずドローンに叫ぶ。
「おい、あれ本当に大学の建造物か!?何でこんな所にあんなものが立っているんだ?」
ロシア特有の、鮮やかな色をした玉ねぎを思わせる、クーポル屋根の塔。ハリネズミのように、そびえたつその塔の中に、スターリンゴシックというのだろうか、権威的で、威圧的な、下部は横に広がるヨーロッパの宮殿のような構造ながらも、中部から上部にかけては、ニューヨークの高層ビルのように、光輝きながら威光を知らしめている建造物。
過剰なまでに、至る所に設置された光源と、空を這いまわる地上からのハイライトのせいで、正義の味方に侵入された、悪の組織の本拠地といった印象をうかがわせる、建物。
だが、遠くから見ていると、カップルが憩いの場に利用する場所に見えなくもな……。はっ、僕は何てことを考えているんだ?これでは、あの建築フェチの金髪野郎と同じレベルじゃないか!もっと高尚な感想が浮かばないのか!?
自分の俗物さに身をもだえながら、霞の向こうの建造物を見つめていると、近づいてきたドローンが説明を始めた。
「クラブハウスC2館。執行委員会とその影響下にある団体の根城だ。つまり敵の本拠地だよ」
「どんだけ、ソ連様式なんだよ!いくらなんでも限度ってものがあるだろ!ていうか、あんなものを学費で建てていいのか!?」
「執行委員会の活動費は、常にOBからの莫大な寄付で成り立っているそうだぞ。ちなみに、クラブハウスには、それぞれ別名があることは知っているか(?_?)」
「A2館がアーカム・アサイラムってことしか知らない」
「命名法則は、全部同じだ(’3’)CCで思いつく言葉が何かないか?」
うーん、と頭をひねっていると、天啓がひらめき、電流が走るように解けた快感が脳を走る。
「分かった!クレムリ「ちなみにクレムリンの頭文字はKだからな( 一一)」…わかりません」
やれやれ、といった様子でこちらにカメラを向けてくるドローン。調子に乗った自分が恥ずかしい。
「中央委員会、Central Committeeだ。まあ、でもクレムリンていうのも間違っちゃいない。実際そう呼ぶ奴もいるそうだ」
ラングレーとか、センチュリーハウスみたいなもんだな、と付け足すドローン。
「なるほど」
しっかし、妙な命名だ。この学校にはきっと、色々なものに、俗称や別名を名づけずにはいられない、名付け親番長がいるに違いない。
話は終わったとばかりに、先導を再開するドローン。呆けたように執行委員会の本拠地…クレムリンを眺めた後、小走りにそれを追いかける。
この時は、僕はまだ、すでに執行委員会の攻撃が始まっていることなど夢にも思っていなかった。
妄執にもみた執念深さと、時間も場所も手段さえも選ばない、その攻撃の苛烈さ。四年間付き合い続けることになる、彼らの謀略を始めて味わうのは、この二時間後。新入生歓迎会の時である。
ちょっと時間が無いので、こちらは後で更新。2017/06/24