第六話 ア・シリアス・ハウス・オン・シリアス・アース
-サイド3にて-
「閣下、オデッサを足掛かりに、我軍は、北米、旧ヨーロッパ、ロシア、インドを除いたユーラシア、更にアフリカを勢力下に収めることに成功しました」
「うむ」
「オデッサの指揮は、地球侵攻部隊総司令官マ・クベ中将。北米大陸はガルマ様、アフリカ大陸は、ドズル様が担当なさっております」
「うむ、で投入した地上用MSの活躍はどのようになっている」
「全く活躍しておりません」
「何だと!我が優秀なるジオン公国のMSが活躍していないというのか!」
「はい。正直な所、わが軍の戦果のほとんどがドダイとドップとマゼラアタックによるものです。特にガルマ様を中心に構築される、MA部隊の戦果は凄まじいです。三国志みたいな陣形組んで戦ってます。マ・クベ様の方は、中佐なので指揮範囲が狭いし、美術品を略奪しまくっているのでダメです。ユーラシア全土でゲーリングみたいなことしてます。」
「貴様、先ほどマ・クベは中将といってなかったか」
「気のせいであります。後、ギャンは一機だけ制作すればいいとか言っております」
「ふざけるな!ギャンキャノンにギャン・M、高機動型ギャンにギャンスロットを作るのがギレンの野望の醍醐味なんだよ!ライデン専用ギャンにマツナガ専用ギャン。果てにはギャン子・クローンを十二人創ってZZ時代を乗り切ってやるからな!覚悟しろよ!……ドズルはどうした」
「ダカールのジオンシンパにものすごい入れ込んでいます。何でも将来、ミネバ様を奪いにくる不埒な輩を撃滅するためだそうで。ビグ・ザム十機、後、登録にないシャンブロとかいうMAをよこせといっております」
「縛りあげて宇宙に打ち上げてしまえ!……ガルマは、どうしている。北米を制圧したのならば、一旦戻ってくれば、父上も喜ぶというのに」
「は、ガルマ様は、現在MS不要論を唱え、地上のMSを全て廃棄し次々とマゼラアタックを量産しているご様子。指揮官用ザク一機でマゼラ十機、を合言葉に軍内部でも一定のシンパを獲得している模様です」
「止めさせろ‼待てシンパといったか?」
「はい、お父上で、ガルマ様を溺愛しておられるデギン公王を始め、ガルマ様を溺愛し、巨大MA量産計画に買収されたドズル様、それと同じくガルマ様を溺愛し、ギレン様に反感を持っているキシリア。その他にも、ラル大尉、黒い三連星、ニュータイプ部隊、ジオンMA同好会が、ガルマ様率いる新生ジオン軍に加入を」
「クーデターじゃねえか!待て私の味方は?」
「ガトー大尉とデラーズ大佐だけです」
「畜生!」
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先週から引き続きジオンの系譜プレイ中です。
地上の半分を制圧した我がジオン軍ですが、連邦も遂にV作戦を発動しました。
陸ガンとか、プロガン、ガンキャノンにガンタンク出始めてます。怖いです。エリアに侵入したときにガンダムタイプのシルエットがあるたびに、震えあがります。
MSだけでなく、連邦は人事面もやばいです。ルウムでカトンボのごとく、戦艦を落としてやったからか、将官クラスの人間が、潜水艦とか、コアブースターにのってやってきます。
名前は忘れましたが、アルビオンの艦長が、戦闘機に乗っているのを見たときは涙が出そうでした。あの齢で戦闘機のパイロットはあまりに不憫です。
しっかし、MAは強いですね。我がジオン軍の基本戦術は、MS乗せたファットアンクルを囮にしてのおびき寄せ、からのMA軍団による、包囲、分断、各個撃破です。やっぱり戦いは数だよ兄貴。
果たしてこの戦術はいつまで続けられるのか。ZZ時代まで続けられるといいな。
第六話です!
第六話 「ア・シリアス・ハウス・オン・シリアス・アース」
「まず”アーカム”の前にこの学校の建造物について話さねーとな」
昼休みに入って三十分程経ち、早めに食事を始めていた層は、席を立ち始めた。
食器どうしが、かちゃかちゃと振れる金属の音、席を共にする者どうしの、ぺちゃくちゃという会話の声、天井から吊るされた、巨大ディスプレイからの電子音、その他様々な食事時特有の騒音が静まり始め、食堂はその広い空間には不釣り合いなほどの静寂に包まれる。
坂本と僕が座るテーブルの周りからも、人がいなくなり始め、話すには絶好のチャンスのように思える。
「まずA館。言わずと知れた、この学校の心臓部だ。学生支援課、教務課、会計課、管財課、就職課、広報課、学長etc……。この学校の運営に関わる部署は殆どここに集中している。地下一階を含めて十階建てで、共通過程の先公達の部屋もあるらしいぜ」
先公は古いんじゃないか、と坂本に言う。
坂本は、肩を竦めてニヤリと笑うと話を続け始めた。
「続いてB館。さっき大講堂から出る時に通った、古臭いコンクリートの建物だ。理系文系問わず、特別な道具を使わない、所謂”普通”の授業を受ける時に使われる場所だ。四階建て。ネット回線なし。何人かの文系の先公達の研究室がある」
B館についての説明を言い終えた所で、白目を剥いて無意識的に、その不味そうなパンを一口かじる坂本。
食べながらしゃべろうとしないのは、好感が持てるのだが、もう少しやりようがないものか。
「続いてC館。所謂講堂。今年大掛かりな改装を終えたため、学内で一番新しそうに見える建物であり、生徒の座る方向に向けられた八つの巨大ディスプレイが特徴的。設計は八本の柱に支えられた、八角形の建物で、入るには、両隣に立っているA館、B館の三階から接続された通路を利用することが必要。その構造の特異さから、A館、大講堂を差し置いて本学の”顔”として有名。外来から講師を呼ぶ際には講演は、ここで行われる」
「お前、よくそんなに知っているな」
友人の思わぬ一面に感心し、柄にもなく褒める。
「まあ、これでも建築科だからな」
意味ありげにニヤリと、笑う坂本。何かが引っかかる笑みだ。
「続いてD館。ランボルギーニより高い実験器具が満載の、三階建ての実験棟。この学校でもトップレベルのセキュリティを誇り、誰であっても許可なしに入ることは出来ないらしい。ここまでの建物がこの大学の創立直後からある、伝統ある建物達、所謂ビッグ・フォーだ。先の三つは、横一列に並んでいるが、この建物は、実験棟であることもあり、少し離れた位置にある」
「ふむ」
目の前で訥々と語る友人には悪いのだが、少し飽きてきた。建築科だからだろうか、この学校の建物について語る、その姿は妙にイキイキとしている。
まだ残っているパンを一噛み。不味い。
「続いて、E棟と行きたいとこだが…」
ずい、と机ごしにこちらに顔を寄せてくる坂本。パン屑が口の周りについている。
「お前飽きてきてんだろ」
「うん」
はあー、とこれ見よがしに溜息をつく坂本
「まさか、その建物についての講義を大学内の建造物、全て説明するまで続ける気か?お前と違って、建物フェチの無い僕には相当退屈だし、話し続ける内に昼休み終わるぞ」
「あー、まあ、ここまで説明すりゃあ、クラブハウスの説明に入っても良いんだけど」
何か中途半端でスッキリしねえ、と言って片腕で髪をくしゃくしゃにする坂本。
建物フェチは否定しないのか。
その様子を見ながら、やっと、残り少なくなってきたパンを一口。嗚呼不味い。
「しょうがねえなあ、クラブハウスの話に入るか。お前クラブハウスについて、どれくらい知ってる?」
「入るのに、カードが必要なのと、変な人達がいっぱいいること。執行委員会と仲が悪い」
天野から貰った、あの赤と黒の混じったプラスチック製のカードを頭に浮かべる。
ドローンに見せた所、カードの表面に書いてある筆記体の言葉は、Viva La Resistance、つまりレジスタンス万歳だそうだ。
スターリンと執行委員会を敵に回しているのなら、レジスタンスより、”メンシェビキ”の方が相応しい気もするが、その辺は適当なのだろう。
何となく、天野や岡田先輩、その他のまだ見ぬクラブハウスの先輩方が、執行委員会に逆らう自分達に酔いながら、薄暗いクラブハウスの一室で、ホワイトボードに幾つもの名称を挙げながら、組織名を決めかねている場面が頭に浮かぶ。
そして、誰かがレジスタンス、という案を挙げ、ホワイトボードに書きだされたそれに、カッコいいぞ、と拍手喝采を上げる、クラブハウスの住人達。
妄想だが、あながち間違っていない気がする。
「この学校にはな、所謂クラブハウスと呼ばれる建物は、三つあるんだよ」
坂本が、指を三本立て、強調するようにこちらに向けて押し出す。
「文化系サークルのA館。体育系サークルのB館。執行委員会を始めとする各種委員会、団体つまりは自治会のことだ、が集まったC館。設立順もこの順番に古い」
A館、B館、C館と聞き、あることに気がつく。
「それって、さっきの建物と呼び方が被っていないか?」
僕の疑問を聞き、我が意を得たりといった様子で指を鳴らす坂本。
「良いところに気が付いたな。で、だ。クラブハウスの三つの館は他の館と被って、ややこしいし、かといってクラブハウスA、B、Cでは長い。それで職員や生徒、教授達からは別の呼び方をされるようになった。それがA2館、B2館、C2館だ」
「それが、何でアーカムなんてけったいな名前につながるんだ?アーカムってステイツ(アメリカ)の土地かなんかの名前だろ」
まあまあ落ち着け、といった様子で片方の掌をこっちに向ける坂本。
「こっからは、噂話の域になる。本当かどうかは知らんが、一応この大学の関係者の間ではこういうことになっている。この話は、この学校の歴史の暗部の一つらしいから誰にも話すなよ」
キャラに似合わない深刻な顔で前置きする坂本。
辺りをきょろきょろと見回し、聞き耳を立てているものがいないか確認する。
食堂は、配膳室のおばちゃん達が、暇そうにお茶しているのみで、生徒の姿は殆ど無い。
何を話す気かは、知らないが、聞かれて都合の悪い話をするならば、絶好の機会だろう。
「数十年前のある夏季休暇の時のことだ。ある捜査のため、A2館に潜り込んだ公安の人間と同行した二人の執行委員が、A2館の住人達に摘発されて拘束された事件があった。何でもA2館の住民の中に反体制的なデモの中心人物になった奴がいたそうで、当時は職員側と仲が良かった執行委員会が、企業への学内推薦を餌に職員から依頼されて、カモフラージュとして、公安の人間と共にA2館に忍び込んだんだそうだ」
「何だか穏やかな話じゃないな」
この学校は昔から物騒らしい。
「捕まったスパイ達を拘束した住民達はA2館に立てこもった。大学内の自治を叫んでな。実際はそんな大層なことは全く考えていなくて、騒げるネタが見つかった位に思っていたそうだが。だが、慌てたのは職員達だ。学生側に立つべき人間が外部の、それも公安の人間を学内に手引きして、しかもそれを自治会組織である執行委員会の人間に手伝わせたんだからな。実際この事件の後、激怒した教授連と学長の要求で何人か職員の首が飛んだらしい」
「まあ、そうなるだろうな」
学内に公安や警察関係者が、無断に侵入するというのは、非常にデリケートな問題だ。
WW2の時代、軍国主義、全体主義を当時の指導者層から強要された学生達が、反動的に学生による民主主義、平和主義を目指して全国の学校で設立したのが学生自治会という組織だ。
火炎瓶と角材で武装しているような、過激な思想の奴らは別として、学問の自由を尊び、健全な活動を行っているのならば、学生が無許可で監視、スパイされるような真似は許されないし、自治会組織は、そんな情報を掴んだ時点で断固とした対応を取らなければならない。
にも関わらず、この事件では職員、執行委員会、公安という三つの勢力が、理由があったとはいえ、極秘裏にそれを反故にする行動に出てしまった。
世が世なら、そのまま暴動に発展しそうなとんでもない案件だ。
しかし、こんなスキャンダラスな出来事なら、物凄いニュースになったと思うのだが。
「それ、ニュースになんなかったのか?」
坂本に問いかける。
「それなんだが、A2館の住人も、公安も、職員達もこの事件が世間にばれる様なことがあったら、大変な騒ぎになることは分かっていたそうだ。まあ当然だろうな。人間を三人も拘束、ぶっちゃけ監禁しているんだからな。しかも一人は学外の人間で、警察沙汰になっておかしくない案件だ。だから、交渉の初期段階でこのことを穏便にするというのが、両者間で締結されたそうだ」
食堂内に備え付けられた時計に目を向ける。12時43分。55分にはここを出ないと、次の授業に間に合わない。
「坂本、手短に頼む」
時計を指差す。時計を見て顔をしかめる坂本。
「ああ、くそ。まだまだ続きがあんのに!んじゃ、ちょっと場面が飛ぶけど、A2館がアーカムって呼ばれるようになったきっかけについてだ。度重なる交渉の後、公安といっしょに釈放された執行委員の二人なんだが、そのうちの一人が、文学部で心理学を専攻していてな、指導教官だったある教授に、この体験についての心理学的な面から見たレポートを提出したんだ」
「案外たくましい奴だな」
「ちなみに、その執行委員は監禁されてる間にA2側の女子と恋仲になったんだそうだが、そのことをストックホルム症候群ゆえだろう、とレポートに書いて、恋人になった女子に引っ叩かれたそうだ」
ストックホルム症候群とは誘拐犯に対して、被害者側が親愛の情や同情を持つことをいう精神医学の言葉だ。
まあ、自分達の恋愛をそんな無粋な言葉で分析されたら掌の一発も飛ぶだろう。乙女心の理解できない無粋な奴と言うほかない。
「んで、その生徒はレポートを留学生と協力して、英文に翻訳したんだがそれが教授連の気を引いて、学内で回し読みされたんだそうだ。そのレポートにこういう一節があった。恐るべき地の恐るべき館(ア・シリアス・ハウス・オン・シリアス・アース)で我々は異常な思考形態を持った人間達と、悪夢のような二日を共に過ごした、と」
「詩的だな」
「そうだな」
坂本が残り少なったパンにかぶりつく、その長さからして、後一口で終わるだろう。
長かった彼の戦いにも、ついに終わりが見えてきたようだ。
「そのレポートは、評判を呼んで他学部の教授にも読まれた。その中の工学部のある教授が読み終わった後に、A2館の表記の上に、ある書き込みをした」
不吉げに笑う坂本。
天窓から差し込む昼時の日光を顔に受け、その左半分を影に沈めた坂本の姿は、恐ろしい予言を告げようとするまじない師のように思える。
「ArkhamAsylum」
「……A2で二つのAってことか」
うーむ、と頭を抱える。
アーカム・アサイラム、その言葉の意味することは”恐怖”、”狂気”、”異常”、”異端”等、普通のクラブハウスには似つかわしくないことばかりだ。
彼らは、それほどに恐ろしい事をAA館で体験したのだろうか?
「お前、アーカム・アサイラムのことどの位、知ってる?」
「人並みには」
アーカム・アサイラム、アメリカンコミック、特に”自らの恐怖に身を包んだ黒の騎士”を愛好する者にとって、その名は計り知れない、特別な意味を持つ。
狂気と恐怖を常に供給し、この場所があるからこそ、街に束の間の平穏が訪れ、この場所があるからこそ、ヴィランは街に常に脅威としてありつづける。
アメリカンコミックが生んだ魅力的で使い勝手の良い、作品の根幹を成す最高の舞台設定の一つだ。
それは、狂気にとりつかれた、哀れなアマデウスが生み出した、狂人達のための聖域。
狂気故に法で裁かれることのない、ヴィラン達を閉じ込めておける隔離所であり、ヴィラン達が処刑を免れ、力を蓄えるための避難所でもある。
つまり、これが名づけられたということが意味するのは。
「要は、その当時のA2館の住民がとんでもない奴らばかりだったってことか」
「どうもそのようだぜ。実際公安の人間は釈放された後、精神的な疲弊を理由に辞職したらしい。執行委員の方は耐性があったからか、幾らかぴんとしていたそうだが、レポートにあんなことを書くくらいだ。それなりに動揺はしたんだろうさ」
内部で一体何があったんだろうな、坂本が呟くと同時に辺りがしん、と静まり返る。静寂が耳につく。
「………」
「………」
周りを見回す。生徒は見当たらない。ニュースを提供しているディスプレイも、昼休みが終わりかけているからか、その巨大な画面に何も映さない。
一体何でこんな空気になっているのか。時間のせいか、場所のせいか、それとも”アーカム”という話題のせいか。
コミックから、溢れ出す瘴気のような不気味さは現実世界にも影響を与えるらしい。
厄介なのは、その不吉な名を冠する建物に今日、放課後向かわなくてはならないことだ。
さぼっては後が怖い。今となっては、執行委員会に反抗する奇妙な先輩方という印象から、公安に楯突き、一人を狂わせた悪魔の館の住民、にランクアップした両名の先輩との約束を反故にするのは、愚行以外の何物でもないだろう。
黒いローブに身を包んだクラブハウスの住民に、何やら怪しげな儀式の供物に捧げられる、約束を破った自分を想像する。
頭の中では、新入生歓迎会のイメージが横暴な権力の打倒を目指す、血のたぎったレジスタンスといった想像から、良く分からない儀式を執り行う、サバトといったものになっている。
もしかしたら、僕はとんでもない領域に入り込もうとしていないか。
静寂と恐ろしい妄想に耐えかね、時計を見る。12時48分。少し早いが、この寂れた空気から逃げる為にも、次の授業に向かった方がいいか。
「そ、そろそろ行くか?」
「お、おう。行こうぜ。あ、あははははは」
意味もなく、笑う坂本。怖くなってきたのは、こいつも同じらしい。
「なあ、坂本。一つ頼みが…」
「ヤだよ」
「最後まで聞けよ!」
「放課後ついて来いってんだろ!自分から危険に飛び込む馬鹿がどこにいるんだよ!」
「今、危険って言った!危険って!まだ分からないだろ!もしかしたら、ほのぼのとしたサークルばかりの、アットホームな歓迎会が…」
「それはねえよ。お前の話を聞く限り、まともな奴が出てこないし。他の勧誘された同級生も、あそこの住人は頭のおかしい奴らばかりだったて言ってたからな」
”他の同級生”という言葉にハッとする。
「そうだ!何も僕だけってわけじゃない!向こうには他の同級生もいるんじゃないか!はははは!あばよ、金髪!僕は一人で行くぞ!」
現実逃避からか、急にハイテンションになり、思いっきり、坂本に失礼な言葉を投げつける僕。
しかし、坂本の次の発言によって、急上昇した勢いは、一気に消沈される。
「ちなみに、A-Talkで聞いた所だと、新入生でお前以外に参加するって奴はいないぞ」
取り出したスマホを弄りながら、死刑宣告めいた言葉を吐く坂本。
首を落とされたかのように、ばっさりと勢いを削がれる僕。パンをつぶし、机に両手をついて思わず叫ぶ。
「嘘だ!」
「いやマジマジ。一年生がほぼ全員参加しているグループで聞いたけど誰も、参加するって言わねえもん。質問したら、参加する奴がいるのかって逆に聞かれたし」
ほれ、と坂本がA-Talk起動中のスマホ画面を見せてくる。”ピカピカ一年生集合!”というふざけたグループ名のトーク場に坂本の質問と他の同級生からと思われる書き込みがひしめいている。
「…何で僕はこれに誘われていないんだ?」
「お前、キャンプ帰りのバスで寝ていただろ。あんときに他の奴らと、このグループを作ったんだ」
情報を共有することで、これからの大学生活、生存率を上げようと思ってな、とかすかな笑みを浮かべる坂本。
そこには、あの地獄のキャンプを生き延びたもの特有の諦めと、忍耐の入り混じった複雑な感情が同居している。
「お前が歓迎会に参加することを他のメンバーに言ったら、先遣隊として、クラブハウスの様子を見てきてもらおうって話になってな。目論見がばれないよう今まで、お前をグループに勧誘するのは、止めてたんだ」
悪い、と爽やかな笑顔で親指を立てながら謝る坂本。
先遣隊と聞こえのいい言葉を使っているが、要は人身御供。こいつらは、僕を捨て馬扱いしてやがる。
キャンプを共にした仲間たちに裏切られたことに、ふつふつと怒りを感じていると、坂本はカバンから一冊の手作りめいたハンドブックを取り出した。
「何だそれ」
へへへ、と笑う坂本。何がへへへだ。
「この本はな、情報無しに敵陣へ飛び込むお前を、哀れに思った有志がどこからか手に入れてきた、この学校の裏の情報について書かれたハンドブックだ」
その有志には感謝するが、こんな本よりも一人の道連れが欲しかった。
ハンドブックを手に取る。ホッチキスで留められた、安っぽい紙質。表紙には、マスコットキャラクターだろうか。黄色いラインの入った、青いボディースーツを着た三頭身の人物がデフォルメされた手でこちらに向かって親指を立てている。
金髪のリーゼントに感情を感じさせない点のような黒目、ヘラヘラとした口元の笑みが見る者に妙な不快感を与える。
表紙の上部には、ゆにばーしてぃさばいばるがいど、という気の抜けた、ひらがなで書かれたタイトルが載っている。
下部には、この本の制作に携わったと思われる者達の名前。それも個性的なペンネームらしき名前が長々と記載されている。
イラスト:桃黒天戸、情報提供:101からの生還者、バベルの魔女、通りすがりのトレッカー、学園パパラッチ、瀞月玲子、仏教系RB等々。
一人フルネームらしき人物がいるが何故だろうか。というか、何処かで聞いたような名前の気が。
「ちなみに、今まで俺がお前に喋っていたこの学校についての薀蓄は、全てこの本から得たものだ。それ以外にもこの学校の有名人、危険人物、組織についての情報も載っている」
「ほうほう」
「ついでに言うと、この本は昨日の時点で渡せと言われて、持ってたんだが、内容が中々面白かったんで、持ち帰って徹夜で読んだ。それで渡すのが遅れた」
「はあ!?」
「げに恐ろしきは、人の知恵への欲求というやつだな。いやーわりい、わりい」
言葉に反し、全く悪びれていない様子の坂本。その顔には罪悪感の欠片の一欠けらも感じられない。
「まあ、午後の授業中にでも頑張って読めよ。よっし、次授業に行こうぜ」
最後のパンの、一欠けらを口に放り込み、唐突に話を畳み掛ける坂本。カバンを肩にかけ、立ち上がる。
「おい、午後の授業は電子工学の実習なんだぞ!こんな本をいつ読む暇があるんだ!」
「読まなければお前は死ぬことになる!」
「開き直ってんじゃない!おい、ちょっと待て!」
椅子を蹴散らかし、そのままダッシュして階段へと向かう坂本。カレーあんパンを口に突っ込み、机の上の本をバックに入れて、転びそうになりながら、追いかける。
「ふぉい!ふぉふぇふぉふぉいふぇふふぁ!」
「口にパンが入ってて聞こえねえよ。呑み込んでから話せ」
んぐ、とカレーあんパンを飲み込む。良く噛まないので体には、悪いかもしれないが、あんの味が口に残らないため、先程より、スムーズに飲み込めた。
競うように階段を降りる、僕と坂本。手加減…足加減?してくれているのか、最初の大幅な坂本のリードにも関わらず、すぐに肩が並ぶ。
「ちなみにあの本な、この学校だと、禁書扱いだから、気を付けろ。他の生徒に見つかったら通報されるし、執行委員会に見つかったら、本は没収の上、焚書。人間は連行だって」
とんでもない情報を寄越す坂本。
「いちいち、ワンテンポ、遅いんだよ!今、言われて、どうすればいいんだよ!」
「対、出来なければ、お前は死ぬことになる!」
「それは、もういいよ!」
疾風のように階段を駆け下る、二人の大学生。そのまま、先程二人の執行委員と出くわした、自動ドアの入口へと向かう。
現在時刻12時54分、結構ギリギリかもしれない。
と、ここで自動ドアの前に人影が映ったことに気がつく。
そのシルエットが、妙にぴっちりとした上下の服に、制帽のような帽子、ロングブーツであったことから、即座に執行委員であると判断。
草原を掛けるチーターのような、前に傾く速度を優先する走りの姿勢から、類人猿のように、背筋を伸ばし、母なる大地からの重力に反抗する、歩きの姿勢へと即座に映る。
横を見ると坂本も同じように歩きの姿勢に変わっている。
走っている所を見られて、連行されればよかったのに。
自動ドアが開く。そこには、獣の尻尾を両側につけたような、ファンシーな髪型の小学生のような体型の少女が天真爛漫、といった様子で立っていた。
本人のその幼げな顔立ち、髪型、肢体にも関わらず、その身を包むのは、執行委員会の特徴である冷たい軍服である。
アンバランスな、雰囲気に呑まれ、思わず道を譲る坂本と僕。
少女は、小動物めいた、くりっとしたどんぐりのような眼をぱちりと瞬きし、続いてにこやかな笑みを浮かべる。
「ありがとう♪」
帽子を少しだけ上げ、綿菓子のような甘ったるい声でお礼を言う少女。
そのまま、その容姿にふさわしい夢見る少女といった空を歩く天使といった足取りで、階段へと向かっていく。
しかし、そんな感想も、少女の和やかな足が、地面を踏み抜くごとに打ち鳴らされるブーツの音が、少女もまた執行委員であるという現実に連れ戻す。天使と悪魔が同居しているような存在だ。
……あの声も何処かで聞き覚えがある。
度重なる既視感について話そうと、坂本の方を向くが、鼻を伸ばして少女の後ろ姿を眺めているだけで、何の反応も望めそうにない。
見境無しだな、こいつ。
肩を叩くと坂本はびくん、と痙攣したかと思うと、真面目くさった顔をこちらに向けてくる。
「何をぼさっとつっ立っているんだ。早く授業に行こうじゃないか」
賢者タイムという奴だろうか。
一時の絶頂なる興奮に身を任せたものが、反動で悟りを開いたような静寂状態に陥るという。
この男は、可愛らしいとはいえ、単なる少女を見ただけで、この一瞬で、ウラル山脈よりも高い、天井の興奮へと至り、そしてバイカル湖よりも深い、深淵の鎮静へとたどり着いたのか。
つくづく、下劣な奴だ。
自動ドアを通り食堂から外へと出る。
春の陽気が満ち溢れた構内は、すぐさま広場に駆け出して、昼寝をしたいくらい魅力的だ。
しかし、授業がある身としては、そうはいかない。
次の授業は、まだお試し期間とはいえ、工学部必修の授業。むやみに欠席などして、単位を落とすわけにはいかないのだ。
ちなみに、正式に授業の日程を決めるのは、来週の金曜日だ。大学生なので、自分の好きな授業を好きなように選ぶことが出来る。
このシステムは、小中高には無かったものだ。
それまでは、一応授業はあまり進行させず、今期の予定を説明するだけということになっている。
教授達は、そんなことお構いなしに初っ端から本格的に授業を開始しているが。
そんなことを考えていると、食堂に入るまでとは異なる、構内の様子にふと気が付く。
負のオーラのようなものを身にまとった、くされ大学生とでも言うべき風体の学生が、ちらほらと散見される以外は、ここに来るまでの賑わいが嘘のように構内は静まり返っている。
あの、構内をぶらついている学生は、次の授業が無いのだろうか。それとも単なるサボりか。
どちらにしても、重要な授業が、詰め込まれまくった時間割に生きる一年生の僕らからすれば、羨ましい存在だ。
ふと、バス停の方を見ると午前中で授業が終わりなのだろうか、決して少なくない人数の学生達が、気だるげにバスを待っている。
バイトか、遊びか、昼寝か。とにもかくにも自由な時間があって羨ましい。
「おい、早く行くぞ」
走る坂本。次の授業は特殊な機材を利用するため、D館、実験棟で行われる。
果たして噂のセキュリティとはどんなものなのか。
走りながら、もう一度、負のオーラを漂わせる学生を見る。僕も、この学校にいるうちにあんな感じになっていくのだろうか。
それはそれで楽しそうだな、なんて考えながら走っていると、風と花と土の匂いが入り混じった、春に特有の、複雑な生命の奔流のような、生んだ匂いを感じる。
すると、何故か、本当に自分は大学生になったんだなという、当たり前だが、新鮮な感情が頭の奥から湧き上がってきた。
前を走る、坂本に追いつこうと、地面を踏みしめる足に力を込める。
今日の放課後には、新入生歓迎会という、またよく分からない出来事に巻き込まれそうな、厄介そうなイベントがある。
しかし、そこには、僕の知らない、新しい世界が待ち受けているように思える。
岡田先輩と天野先輩の様子を見れば、二人とつるんでいる、他のクラブハウス…アーカムの住民も、一癖ある奇妙な人物たちであることは確かだろう。
坂本経由で、ハンドブックを渡してくれた、親切な同級生には悪いが、中の情報には目を通さずに歓迎会に挑もうと思う。
事前に何が起きるか分かっているゲーム程、つまらないものは無い。
で、あれば放課後のイベントを最大限楽しむためにも、事前に情報を頭に入れるのは、
止めて置くのが当然だろう。
迫る歓迎会に、根拠の無い期待を寄せながら、僕は、D館へと坂本と共に走って行った
ちなみに、授業には三分程遅れたが、先生も十五分、遅刻してきたので不問となった。
この辺の大らかさも大学ゆえだろうか。
既に着席…着地?していたドローンからは、遅れてきたことに対して、過剰すぎる程の罵倒をぶつけられた。
しょんぼりとしていると、やりすぎたと思ったのか、LEDのはんだ付けを親切な態度で教えてくれた
ロボットアームを利用した、繊細ながらも、大胆なはんだ付けは、見事の一言だったと付け足しておこう。
見に来た教授も、ドローンに対して、興味心伸のようだった。しかし、どの先生もドローンが授業に参加していることに何も言わないのは、どういうことなのだろうか。
そして時は、あの忌まわしい、新入生歓迎会の夜へと移る。
知っている人ならば、サブタイを見ただけで、ああバットマンネタねと分かるであろう今回。ある意味ではラブクラフトネタも入っている!でも、パクリじゃないよ!
未来的なガジェットに身を包んだ、華麗に動く、武闘派バットマンもいいけど、アーカムアサイラムのような、幻想的なバットマンも好きだったり。最近の、アメコミにはメルヘン成分が足りないよね。
まだ、話には出てきませんがA2館以外にもB2、C2館にもあだ名があります。こういう、何というか
ルビをふったり、異名をつけたりするのが大好き、というのは何ていうのでしょうか。
中○病?
現在、「MI6対KGB 英ロインテリジェンス抗争秘史」という本を読んでいるのですが、このKGB出身の作者も異名や、業界人にのみ、分かる通り名といったものが好きな様子。
ブリテンのことを”霧の向こうのアルビオン”と呼んでみたり、スパイの事を”マントと短剣を身に着けた男たち”と言ってみたり、とかく言い回しがカッコいい。
これくらい、カッコいい言葉を使う所で、一回働いてみたいものです。
次回も来週。