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黄金体験  作者: Myouga-Akagami
4/8

第四話 パツキンヤンキーとドローン 前編

この間、書店をぶらぶらしていた所、僕の視界に円城塔の三文字が唐突に入ってきまた!円城塔!

雑誌はダ・ヴィンチ!写真付きで二ページにわたるインタビュー記事。むさぼるように読みましたとも。

内容に関しては割愛。しかし、久しぶりに円城塔を見てテンションが上がりました。

プログラムをやっている大学生は円城塔を読むべきであり、イケていない大学生は森見登美彦を読むべきというのが、僕の持論であり。両方を満たしている僕は勿論両方読んでいます。

森見登美彦は有頂天家族、夜は短し歩けよ乙女、四畳半神話体系と幾つかアニメ化しているので、ご存じの方も多いかもしれませんが、円城塔はどうでしょうか。

SF好きか、文芸好きじゃないと知らない人もいるんじゃないでしょうか。

個人的なおすすめはハーモニー、虐殺機関の著者:伊藤計劃から筆を引き継いで書かれた

「屍者の帝国」です。

内容は書きませんが、かなりおすすめです。ホームズネタ、ストパンネタ、海外SF、ジョジョネタ、007ネタ、経済学、ロボット工学、コンピュータ工学が一冊に書かれたものはこれくらいだと思います。勿論SFとしても最高です。間違いなく、僕はこの本を一生読むことになるでしょう。


え?話の流れが強引?なんで、円城塔と伊藤計劃の名前を前書きで出したんだって?

さて、何ででしょう?


2017/06/11 キャラの名前、セリフ変更。ロッジの女子執行委員がしゃべっている所。

第四話 パツキンヤンキーとドローン(前)


 四月十日木曜日二コマ目

授業 コンピュータサイエンス


照明が点きながらも、薄暗い講堂は物置のようなカビ臭さと化学薬品が入り混じったような、人工的な異臭が感じられる。


ふと、小学校の音楽室を思い出す。


 理由は簡単だ。今僕が座るテーブルと真新しい絨毯の様子を見ればすぐに分かる。新品特有の匂いがまだ取れていないのだ。


八角形の講堂の中心には、教壇が置かれ、教授が睨み付けるように全方位の生徒に目を向けながら講義をしている。そのそばにはキャンバス地の白布に包まれた縦長の物体が設置されている。


 そして教壇を見守る守護天使のように、上方には、八つの巨大スクリーンがそれぞれ八方位に生徒に向けて設置されている。


 スクリーンは、講義の進行具合に応じて講義用の資料…米国某企業のプレゼンテーション用ソフトウェアによって制作された電子資料をスライドさせながら映し出している。


講堂は中心から、外側に向かうたび一段一段、階段のように高くなっているため、中心にいる教授からは、周りを取り囲むように席に座る生徒達の様子は丸見えである。


その構造はパノプティコンに似ていなくもない。教授を監視者、生徒を囚人と見た場合だが。


そんな構造にも関わらず、間抜けな男が一人こちらに向かって話しかけてくる。


「しっかし俺ら、良く帰ってこれたよな。あのキャンプ、一人も脱落者いなかったらしいぜ?信じられるか?」


 染めあがった短い金髪を整髪料で固めた男がひそひそ声で右隣から話しかけてくる。


授業中だぞ、という意味を込めて横目で睨むもどこ吹く風。

男……坂本は頭の空っぽそうな顔でニヤニヤと笑いながら、相変わらず話しかけてくる。


 「そこの金髪!静かにせんか!」


外見の派手さに見合わず、何処か小心な所があるこの親愛なる友人は教授による、その一喝で子兎のように縮こまった。


まったく、僕まで目をつけられたらどうするつもりだ。このパツキンヤンキーモドキは。一応、授業評価評価”優”を狙っている以上、教授の心証を悪くはしたくないのだ。


 と、ピコピコ音がしたのに気づいて、左下を見る。

左隣の机の上には、チューブ型のカメラ、胃カメラみたいなものだ、を教授に向けたドローンが上部のアームに備え付けられたディスプレイに何事かを表示して、こちらに向けていた。


「隣の金髪うるさい(-3-)」


ディスプレイには、力の抜ける顔文字と一緒に坂本への文句が記されていた。全面的に同意だ。

僕と同様に電子音に気づいた坂本はディスプレイを右から覗き込んで、しかめっ面をする。


「ったく、ドローンに注意されるなんて、何処の時代だよ。ここだけ二十二世紀か?」


「一応、うちの学生らしいから、奥にいるのは人間のはずだぞ」


「実際に見たのか?」


「いいや」


「ほら見ろ。どんなのが操っているか分かったもんじゃないぜ。巨大サーバで構成された人工知能とか、培養液にひたされた脳みそとか」


坂本とくだらない話をひそひそ声で繰り広げる。しかし、顔を寄せ合って話をしている所は見られていたようで。


「そこの二人!」


教授の二回目の一喝に凍りつく僕と坂本。


「言いたいことがあるなら、挙手して発言しろ!人工知能が何だと?今はコンピュータの歴史の講義中だぞ!」


「な、何でもないです。すいません!」


「ふん!」


鼻を鳴らし、授業に戻る教授。すぐさま、電子音が鳴り、ディスプレイには顔文字と共にメッセージが表示された。


「ばーかm9(゜∀゜)9m」


「こいつ、腹立つ」坂本がドローンに向かって歯を剥く。


「抑えろ。また怒られる」それを手で抑える。


教授は教壇に手を置き、コンピュータの歴史について説明している。


「まず、電子的に動く計算機という意味での最初のコンピュータはENIACである。これは弾道計算の目的で米軍による資金援助のもと、ペンシルバニア大学で開発された18000本の真空管で稼働する30トンの非常に巨大なコンピュータだ。今のスーパーコンピュータよりも重い。スペックも今の殆どのコンピュータに及ばないし、二進数では無く、十進数で動いているが、ともかくこれが最初のコンピュータだと言われている」

諸説あるがね、と付け加える教授。


スクリーンには、1946年のニューヨークタイムズの新聞記事が表示されていた。

食器棚程の大きさの機材に向かい合う男の写真が載せられている。


「その後、ジョン・フォン・ノイマン。”非ノイマン型計算機の未来”のノイマンだ。

知っとるだろ?何、知らぬ!?工学部生ならそれ位読んでおかんか!」


 近くの席の学生に尋ねたが、知らないと言われ癇癪を起す教授。

電子音が鳴り、ドローンのディスプレイが更新される。


「常識だろ(゜3゜)」


「まったく!近頃の学生ときたら!良いか、ノイマンはプログラム内蔵方式、つまり命令とデータを同一のメモリーに置く方式を提案した。これを採用したコンピュータがケンブリッジ大のEDSACとペンシルバニア大のEDVACだ。この二つは二進数で動いている。日本では東京大学で…」


 「二進数って聞いたことあるな」と懲りない坂本。


「高校の数学の教科書に少しだけ載っていたぞ」同じく懲りずに答える僕。


「マジでか?」


「ああ、確かコラムみたいな感じで……」


「そこの二人!」


またしても教授に一喝される僕と坂本。


「ちゃんと話を聞いているのか!金髪の隣の学生!1959年に東京大学が開発したコンピュータの名称を言ってみろ!」


「え!ええと」


動揺する僕。かあっと熱くなる顔とは逆に背筋と脳が、氷を入れられたようにひんやりとする。つまりはパニック状態だ。


と、電子音が鳴った。こんな時に罵倒の言葉かと思い頭を動かさず、目線だけドローンに向ける。

するとそこには、顔文字無しの、文字だけがディスプレイに表示されていた。


「TAC」


そのまま、そこに表示された文字を答える

。教授は、憮然とした様子で正解だと答え、目線をこちらから外し、講義に戻った。

 「助かったよ」ドローンに設置されたマイクに向かって言う。すぐに電子音が鳴る。


「いいってことよ(゜Д゜)」


教授が指をパチンと鳴らすと、冴えない風貌の白衣姿の学生が教授の傍の席から壇上に上がり、そばにあった物体に被さっていた布をむんず、と気だるげに取り去った。

現れたのは、見慣れない、縦長のディスプレイとキーボード、これまた見慣れない長方形のマウスを備えたコンピュータだった。


その白いボディを染める汚れから察するにそこそこ古いもののようだ。


「Alto」


教授がコンピュータを、孫に対する祖父の様な愛情あふれる手つきで撫で、溜息をつくように、その名前を告げる。


「1973年ゼロックスが開発した初のGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)搭載のコンピュータだ。GUIとは、諸君らが普段使っているような、アイコンをクリックして操作するコンピュータの操作方式のことだ。君たちの中には知らない者もいるかもしれないが、かつてはコンピュータはコマンドで操作するものだった。まあ今でもそれで操作する時もあるがね」


君たちも工学部に属する以上、それ位出来なくては話にもならん、と鼻を鳴らして告げる教授。


「建築科でもか?」坂本のささやきを無視して、Altoのことをノートに書き始める。他の生徒も書き始めたようだ。紙がすり合わされる音と、ボールペン、シャープペンシルのカチカチという音が講堂中に鳴り響く。


「このAltoこそ、現在のパーソナルコンピュータのコンセプト……専門家のみが使える、仕事道具としてではなく、一般人が直感的に扱える生活用品としてのコンピュータ……を切り開いた偉大なる先駆者パイオニアなのだ」教授は両手を何かを迎えるように上げて、恍惚をした笑みを浮かべている。


 そのまま天に召されないか心配だ。


「このAltoは」相変わらずコンピューターをなで回す教授。その顔に浮かぶ尋常でない笑みも相まって、孫を撫でる祖父というよりただの好色なスケベ爺と成り果てている。周りの生徒も若干引いている。


「私がミスカトニック大学に留学している時に当時の指導教員が所持していたものだ。これを初めて見た時の衝撃は今も、私の中に熱烈に残っている。コンピュータはこの方向に進化していくのだと!コンピュータは万民のためにあるものだと!若かった私はこの無駄のない洗練されたボディと、実に先鋭的な未来的なデバイスに魅せられたのだ!そして、米国中をネットワークでつなげることを目的としたイーサネット計画に参加していた私は、誰にもこの子を渡すまいと、あの、アーカムの薄ら暗い一室で、四六時中この子に張り付いて…」


 キーンコーンカーンコーン。


授業終了を告げるチャイムの音が鳴った。


「ぐううう!これからがいいところだというのに!貴様ら次回までにイーサネットについて予習しておけ!それからGUI方式とCUI方式についてレポートだ!テンプレートを私のフォルダに上げておくからそれを参考に書くように!以上!」


そのまま、先程布を取らせた白衣の学生にAltoを運ばせようとする教授。

渋々動いていた学生だが教授から何事か言われると機敏に動き始めた。

何を言われたのだろうか。


 しかし良いタイミングでチャイムが鳴ったものだ。あのまま進んでいたら、果たしてどんなことを聞かされていたか分かったものじゃない。


ピコピコと電子音が鳴る。ノートをカバンにしまいながら、顔をドローンに傾ける。


「対物性愛?(・∀・)ニヨニヨ」


「愛の形は人それぞれだろ」


というか決めつけるんじゃない、と言いながらドローンのカメラ部分を指で捻じ曲げてやる。

カメラは蛇のようにこちらを威嚇しながら、グネグネと身よじらせ、元の形に戻っていく。

 それと同時に電子音が鳴る。


「何するんだよー(ノД`)」


「おい、行こうぜ」バックを右肩に懸けた坂本に声を掛けられ、席を立つ。同時にプロペラを回し、浮かび上がるドローン。


「変なのに目をつけられたよな」


「慣れたよ」後ろをついてくるドローンを見ながら答える。


このドローンに目をつけられたのは、あの思い出すのも忌々しい、キャンプ二日目のことだ。


/*回想[xx:04:07:M]***************************************************************************



訓練終了後、次第に強くなる雨の中、泥にまみれながら自分のテントに戻る途中に、落ちていたこのドローンを見つけた時から話は始まる。


昨日今日と、スコップで意味もなく地面を掘りまくり、馬鹿歩きの練習をし、果物を持った殺人鬼からの護身術を学び、夜はテントで寝させられる。僕はWW1の塹壕兵のようなくたびれた様子で歩いていた。


 自分と同じように泥にまみれながら倒れ伏すこの、昆虫めいた飛行機械に対して同じ境遇ゆえの同情の念が湧いた僕は、督戦隊に見つからないよう警戒しながらロッジへと持っていった。


今回のキャンプ中は、原則的に二人用のテントで宿泊するのが決まりだが、体調が悪いもの、または女子生徒はロッジでの宿泊が許されている。


ロッジは二つあり、片方は病人用。もう片方は女子用だ。

麓との連絡のためロッジは電話やネットも通っていて、緊急時にはそれらを利用することも出来る。


上記以外の生徒によるロッジの使用は基本的に許されておらず、もし不正に利用していることが見つかった場合厳しい処分が待っているそうだ。


強くなりつつある雨の中幼子を抱えるようにドローンを抱える僕。そんなに重くはない。せいぜい4、5Kgといったところだろうか。


 三角屋根と煙突のシルエットが雷で浮かび上がった。窓からは暖炉の火だろうか、ぼんやりと赤い光がにじみ出ている。周りに督戦隊の姿は見当たらないが、中に誰かいるのかもしれない。


 窓からそっと覗いてみるがどうやら、ロッジには誰もいないようだ。


これ幸いと鍵の開いたドアから、忍び込むようにロッジに入る。


慎重に様子を伺うが誰もいない。暖炉の火が時に薪を爆ぜながら燃えているだけだ。誰かが消し忘れたのだろうか。


そろそろと歩きながら充電用の電源を探す。ドローンが動かない原因は充電切れだろう。


 部屋のすみにコンセントと、放り投げられていたアダプターとケーブルを見つける。

 調べると、ドローンの前部についている差込口と規格が同じようだ。


濡れていないか良く見てから、ケーブルを差込むと傍のランプが点滅しながらオレンジ色に光った。

次第に強くなってくる、雨の音と雷鳴を聞きながら、ぼうっとランプを見ていると、上に設置されたディスプレイが光はじめ、映像が走り始めた。


複数の企業ロゴと思われる画像とブーティングを表すと思われる緑色の英数字が次々と表示され、最後にCONNECTINGという文が出てきて映像は停止した。


すると、ドローンの左側からチューブのような物体がにょきにょきと出てきて、辺りをきょろきょろと伺いだした。


そして、こちらの存在に気づいたのか、先の穴の空いた部分をこちらに向け、ぴくっと痙攣のような動きを見せると急に動きが止まった。


 その動きからこのワームのようなぞんざいにこちらを見られているような気がして、チューブの中を覗き込むと、案の定カメラの様なレンズがあった。


恐らくこれは、胃カメラの様な仕組みのもので、これがドローンの眼なのだろうと理解できた。


屋根を打つどしゃ降りの雨の音の中、見つめ合うドローンと僕。


話しかけようとも思うのだが、このドローンにマイクが搭載されていない場合、間抜けな絵面になることは間違いないので、どうにも気が引ける。


そもそもこのドローンは何のか、完全に自動に動いているのか、それとも誰かが操縦しているのか。


CONNECTINGというディスプレイの表記から察するに、何処かと繋がっているようだが。


ピコピコ。


昔のゲームのような電子音が鳴るのと同時にディスプレイに新たな文字が表示される。


「お前が助けてくれたのか(?_?)」

 

 表示されたメッセージに皮肉を混ぜて答える。

「助けてくれた相手にお前はないんじゃないか」


「つまり肯定ということだな」


こちらの声が通っているということは、マイクが搭載されているということだろう。


そして、会話が成立していることから十中八九相手が人間であることが分かる。

まあ、もの凄い高性能なAIだったら話は別だが。


またしても電子音が鳴る。


「当ててやろうか。私が人間かコンピュータか決めかねているんだろう(・∀・)」


 「分かるのか?」


「顔に書いてあるからな。ふむ、何となくチューリングテストを思い出すな」


「チューリングテスト?」


「まあ、人間とコンピュータ両方と会話をしてどちらが人間とコンピュータか確実に見極めるというテストだ」


「この状況とはちょっと違うんじゃないか?」


「思い出したと言っただけだ。別に今の状況と同じだと言った覚えは無い(-3-)」


やれやれ、といった様子でチューブがくねる。その挙動に少しムカつく。


「で、お前は人間なのか?」


「どっちだと思う(?_?)」


質問に質問で返すのはどうなんだ、と思いながらも、人間だと思う、と答える。

しばし沈黙。地面を打つ雨の音がロッジに響く。


すると、突然こちらを向いていたチューブが天をさすようにピンと立ったかと思うと、本体のどこからか、警告音を発し始めた。


「何だエラーでも起こしたか?」


「違う。督戦隊だ。ロッジに戻ってくるぞ( ゜Д゜;)」


その突然の報告に反射的に腰を浮かせる。


 「何?何で分かるんだ」


「うるさい!信じろ!幸いお前が来ていることには気づいていないようだ!裏ぐちから出て、そこに身をw潜めていろ。奴らがぜn員ロッジに入ったら連絡sるから、そしたら走って自分のテントに戻れ!」


余程慌てているのか、顔文字は無いし、メッセージにも乱れが見られる。


「お前はどうすればいいいんだ?」


「置いてけ」


「いいのか?」


「くどい!あいつらに見つかったら明日は地獄だぞ」


「分かった。感謝する!」


後ろでピコピコと鳴るドローンを尻目に、裏口のある方へ駆けだす。


一瞬、どうやって連絡してくるのか、という疑問が頭に浮かぶが外からの物音を聞き取り、すぐに頭から消える。


 窓を見ると、督戦隊と思われるヘルメットと旗を持った影が複数蠢いていた。


しかし、妙だ。今日僕らに向けてメガホンで怒鳴っていた、あのゴリラのような奴らと比べて、あまりにも体系が華奢なような。


そこまで、考えた所で自分がとんでもない場所に忍び込んでいたことに気が付く。

入ってきたドアがギギギと音をたてて開く音が聞こえる。心理的動揺と相まって、その音が地獄の釜の蓋が開く音に聞こえる。一刻も早くここから出なくては。


「あれードアが開いてるよー」


「弥子、貴方、外に出るときにちゃんと鍵閉めたのですか」


「うーん。忘れちゃった♪」


「いいから、早く入りなさいよ!濡れちゃうじゃない!」


ほわわんとした能天気な声とぴしっとした怜悧な声、せっかちそうな棘のある声が雨音に紛れて聞こえてくる。


そして、その声が自分の考えを裏付けたことを理解する。


ここは女子のロッジだ。そして、あの督戦隊の女子達は、訓練に参加した同級生の女子たちをロッジに連れてきているに違いない。


その証拠に窓には、ヘルメットをしていない普通の格好をした女子の影もちらほらと映り始めている。



まずい、ここで見つかることがあったら、明日の訓練どころでは無い。学生生活四年間を棒に振ってしまう。誰にも見つからず、かつ速やかに脱出せねば。


周りを見回し、使えるものはないか、と探す。すると、みかん書かれた段ボール箱を発見した!これでいける!


段ボール箱を被り中腰のまま、小走りで裏口へと向かう。


伝説の傭兵、もしくは箱男。


世に隠れて生きた、偉大なる先人たちのミームを今、自分が受け継いだことを感じ、しばし誉れ高い気持ちになる。


 キッチンを抜け廊下に出る。


薄暗い廊下の奥に、曇りガラスが埋め込まれたドアが外の光を取り込んで、ぼんやりと浮かび上がるのが見える。よし、このまま脱出だ。


すると、突然ドアのガラスに人影が写り込んだ。不味い!戦士としての直感が、すぐさま隠れることを要求する。土下座のような姿勢でカメのようにダンボールを被る僕。


これなら、存在がばれて段ボールを取られても、そのまま謝罪へと移ることが出来る。


果たして許されるかどうかは分からないが


かちゃり、とドアの開く音が聞こえる、と同時にぎしぎしと床を鳴らしながら近づいてくる足音。


背後からも、がやがやと入口から入ってきた女子達の声が聞こえてくる。


ここでばれたら、一巻の終わりだ。


震えながら両手を組み土下座の姿勢で身をひそめる。外から見れば、神に祈りを捧げる哀れな信者か、はたまた年貢の納期の延期を頼む農民か。ともかく、非常に情けないものに見えるだろう。


裏口から入ってきた何者かが、段ボールの傍で立ち止まる。立ち止まらないで早く行ってくれと願うが、何故かその場に立ちつくしている。


しかし、数秒すると何者かは床を鳴らしながら離れていった。ほっと一安心する僕。


その時、ポケットに入れて置いたスマホが振動したことに気が付く。背筋に冷たいものが走る。マナーモードにしていなかったら、危なかった。


 この振動のパターンは、A-Talkだ。


液晶の光を気にしながら、アプリを開くと見知らぬアカウントからのメッセージが来ていた。


アカウント名は”krk”となっている。メッセージ文には、2501とだけ書いてある。


文の意味は分からないが、これが連絡かと理解し、段ボールを頭に被り、周りをうかがいながら、ドアへと駆ける。


曇りガラスから、外に誰もいないのを確認し、ゆっくりドアを開ける。


少し開けたドアから顔だけを外に出し、再度誰もいないのを確認。

そのまま、ゆっくりとドアを閉めて、慎重に走り出す。いつの間にか雨は弱まってきている。段ボールはその場に捨てる。さらば戦友。


しばらく、走った所でまたしてもスマホが振動しているのに気付き、歩きながらA-Talkを開く。”krk”から新着メッセージだ。


 「脱出出来たようだな(-△-;)」


画面に指を這わせ、返信を返す。

「お前はさっきのドローンを操作していた奴か?一体何者なんだ?」


「守護天使といったところだな。キルゾーンに踏み込む間抜けを救済する(-3-)貸しが出来たな」


「ドローンを拾ってきたのでチャラだろ」


「いいや、それじゃこの二、三分間の私の労力には見合わないね。全くこんなに動いたのは入学式以来だ(;_;)」


「じゃあやっぱり、お前はうちの生徒なのか?同級生か?」


「そ・れ・は・秘密だ(ー_ー)さて、この貸しの件だが」


「言うだけ言ってみろ」


「授業中に、このドローンの面倒を見てくれないか?」


「面倒?」


「うむ(-_-)充電とか、場所取りとか。後、配られたプリント類を下の書類入れに入れて欲しい」


生身で出てくればいいだろ、とスマホに打ちかけて、考える。


もしかしたら、この会話の相手は病気か怪我で学校に来れない身なのかもしれない。


それだったら、学生生活の合間のちょっとの手間位はしてあげても良いのではないか?


ドローンを拾ったとは言っても、女子用のロッジにむざむざと入っていったのは、自分の過失だ。

このドローンはそこから助けてくれたのだ。

 メッセージが更新される。


 「勿論タダとは言わない。自慢ではないが私は割と優秀なんだ。こうしてドローンで授業や学業行事に参加することが許される位にはな。学習面で助けてやらなくもないぞ(*゜Д゜)」


 続けて更新される。

「ただし、カンニングとかは許さんがな(゜皿゜;)」


 ふーむ。中々どうして悪くない。


まあ、記念すべき二人目の奇妙な友人が出来た位に考えてもいいだろう。


よし、了承だ。


「OKだ」了承の旨を送る。


「おお!サンキューベリーマッチ!(゜▽゜)」


「では、気が変わらない内にサラダバー(゜▽゜)ノシ 」


 会話が終わったようなので、電源ボタンを押し、スマホをポケットに入れる。


顔をあげると、身を寄せ合うように設営された数十個程のテントが見えてきた。


雲の切れ間から差し込む青白い月光が、赤と黒の二色で彩られた、刺激的な配色のテントを穏やかに照らし、遠くから見ると遠近感の関係で、小人や妖精達の住処の様にも思われる。


まあ、あの中にはむさくるしい男共しか存在しないのだが。


 近づくと、テント村は誰もいないかのようにひっそりとしている。


昨日の訓練後は、督戦隊に何人か連れて行かれる位騒がしかったが、疲れて皆寝ているのだろうか。

そのまま寝ていてくれれば、夕食の取り分が増える。


 テントにとりつけてある名札をスマホのライトで照らしながら、自分のテントを探す。


二三個のテントを通り過ぎ、自分と同居者の名札が貼ってあるテントを見つける。


「ただいま」周りを憚り、小さな声を出しながら、テントの入口の垂れ布を上げる。


「おかえり」明らかに同居者のものではない、猪のように野太い声が出迎えてくる。


不審に思いながらテントに入る。そこにいるのは


正座しながら、養豚場の豚を見るような、これから死にゆくものへの憐みを含んだ、生温かな視線を投げかけてくる同居者…坂本。 

 それに相対するように胡坐をかきながら、腕を組み地獄の看守のような面持ち窮屈そうにテント内で待ち構えているスキンヘッドの督戦隊の隊員……僕の記憶が正しければ隊長、だった。


「点呼を取りにきたのだが、一人しかいなくてな。こやつに問い詰めても知らんというので待たせてもらった」


でかい。訓練中にメガホンで怒鳴っている様子を遠くから見た時も、その人間離れした、首の太さと岩壁のような体格が見て取れたが、こうして近くで見ると更に際立つ。


 身長も二メートルは確実に越えているだろう。触れただけでこちらがはじけ飛びそうだ。


坂本は、眼を瞑りながら、こちらに向けて十字を切っている。僕が死ぬことは前提のようだ。縁起でもないから止めてくれないか。


スキンヘッドは肉食獣のような壮絶な笑みを浮かべている。


 「さて、小僧。貴様が何処で何をしていたのか、きりきりと吐いてもらおうか」


ぱん、とその大きな手を打ち鳴らすスキンヘッドの隊長。


それ、と同時に四方八方から、督戦隊が雄叫びを上げながら、テントになだれ込む。


「ヒイイイヤッホォォォオオー!違反者が出たぞー!」

 「火あぶりか?それとも、水攻めか?」

 「裁判だ!裁判にかけろ!」

「Witness Me!Witness Me!」

「新鮮な肉だー!」


それぞれ思い思いの言葉を発しながら濁流のように流れ込んでくる督戦隊。


そのまま、手と足を押さえつけられ、神輿の様に何処かへと連れて行かれようとする。

手足をじたばたとさせ、抵抗しながら


「ちょっと、僕は何処に連れて行かれるんですか!」傍らに立つスキンヘッドに向かって叫ぶ。


スキンヘッドは笑いながら

「安心せい。死にはせん」と楽しそうに答えた。


助けを乞う様に坂本の方を見る。


坂本は、様子を見に来た他の同級生に紛れ込み、こちらに向けて合掌している。

祈りを統一しろよ。極楽浄土に行くか天国に行くか分からなくなるだろ。


 督戦隊に運ばれ、坂本や他の同級生の姿が遠ざかっていく。


誰一人として追いかけてこようとはしない。白状な奴らめ。


今日の昼、馬鹿歩きをしながら、何があっても一人欠けることなく皆で帰ろうと誓ったのは嘘だったのか!この偽善者共め!


 「末代まで祟ってやるぞ!」


後ろに向かって呪詛を吐きつける。残念ながら督戦隊の姿に阻まれ、同級生達の姿は見えない。僕の呪いは彼らに通じただろうか。


 督戦隊の熱狂はいよいよ盛り上がっていて、たいまつを掲げ、旗を掲げ、相変わらず何事か叫んでいる。


 その行き先は……ロッジだ!それも僕が侵入した方ではなく、もう片方のほうだ!


女子の方とは異なり、こちらは城壁のようなもので囲まれている。壁に設置されたたいまつがそのひびの入った石壁を照らし、不吉さを強調する。

 過去にここで魔女裁判やってましたと、言われても容易に信じられそうな不気味さだ。


「開門!」


門が音を立てて開いていく。


そこから姿を現したロッジは、山小屋というよりは病院、学校といった形のもので、コンクリートで作られたこちらを囲むように作られた、コンクリート製の凹型の建物だった。


 垂れ下がる植物や、割れたままの窓ガラス。規則的な感覚で窓ガラス越しに光を発する赤いランプや、非常口の緑色の電光看板が、非常に恐ろしく見える。



「101号室に連れて行け!」

 スキンヘッドが片手を上げて叫んだ。

 「Ураааааааа!!」

 獣のような督戦隊による雄たけびを聞いたところで視界が暗転した。


回想終了***********************************************************************************/


そこから先の記憶が無い。


坂本によれば、次の日の朝には、僕はテントに戻っていたそうだ。


何か怪我をしているわけでも、言動に不審な所が見られるでもなく、昨夜のことに一言も触れず、普通に接してくる僕が、坂本は非常に恐ろしかったらしい。


僕は、というと101号室という言葉を聞いてから、帰りのバスに乗るまでの記憶が無い。


ただ、目の前に出された何者かの手と、そこに立っている指の本数を執拗に聞かれたような記憶がある。


それが何を意味するのかは分からないが、あまり憶えていてよいものだとは思えないため、出来る限り忘れようと思っている。


後ろを飛んでいるドローンは、本格的に授業が始まった昨日から、行動を共にしている。


 どうも、工学部の生徒らしく授業カリキュラムが今のところ、僕と一致している。


先程のように、度々助けてくれるので、まあ良い取引だったとは考えている。


「おい、お昼売り切れちゃうぞ」


坂本が声を掛けてくる。


「うん?ああ」

考え事を止め、坂本についていく。


後ろからは、相変わらずドローンの羽音が聞こえてくる。

中途半端な終わり方ですが、後編があるのでご勘弁。

二話で、水曜日に新入生歓迎会をやる、と言っていましたがハードなキャンプがあった次の日に、イベントというのは、無理があるので延期して木曜日に行うことにします。

一応、作品中でその事について触れるシーンを足します。

小説についてはここまで。


話は変わりますが、昨日ジョン・ウィックをDVDで見ました。キアヌ・リーブス主演の映画です。

復讐劇と聞いていたので、もっと暗いと思っていましたが、見てびっくり。序盤の十分位で、主人公の戦いへの動機づけを終えたかと思うと、いきなり戦闘シーンに突入。

正直度肝抜かれました。

普通は、もっと観客の主人公への感情移入とかで色々シーンを挟みそうなものですが、この映画は、

主人公が戦う理由分かった?んじゃ、こっから戦闘シーン入るからよろしく、て感じで、すがすがしい位に割り切っています。びっくりです。

しかも、その戦い方も、敵の頭を確実に二回(絶対に二発撃ち込みます)撃って、生き残る余地を与えない(すごい言葉だ)とにかくストイックです。拳銃だけでなくアサルトライフルを使うシーンもありますが、ただどかどか撃つのではなく、必要な量の弾を、必要な時に敵に与えていくその戦闘スタイルは、もはやゲームのようです。

この映画に出てくる全てのオブジェクトがジョン・ウィックという殺人のプロを動かすがために、配置された要素となっています。

かといって、作中登場する要素が無味乾燥というわけではなく、所々で顔を出す、暗殺者社会のルールや男心をくすぐる舞台(ロシア教会とかハードな音楽がガンガンにかかっているクラブ)、思い思いの服装をしている、美学を持っていそうなキャラクター達が非常に魅力的です。(例えばジョンウィックは、殺人に臨むとき、必ずダークブルーのシャツと、真っ黒なスーツをぴしっと着て行きます。この着替えのシーンがめちゃくちゃ格好いいです)

七月に続編も上映されるので、興味が湧いた人は是非見に行きましょう!

上映中のガーディアンオブギャラクシー2もおすすめ。アメリカンスナイパーとハングオーバーのブラッドリー・クーパーも出てるよ!けだもの役だけど。

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