第三話 渡り廊下のメフィストフェレス
雨が続いてますが快適な気温です。このまま涼しい日が続けば、という思いとは裏腹に、すでに現在、雲の切れ間から太陽が差し込んで来てます。
暑さに弱い私には、もはやあれが殺人光線のように感じられます。地球侵略をもくろむエイリアンが通常の太陽光線に混じって、熱線を地球に向かって放射してるんじゃないかってくらいです。私が個人的に忠誠を誓っているファーストオーダーならば、こんな生ぬるいやり方ではなく、太陽自体を動力源にした惑星兵器を持ってくるところでしょう。ファーストオーダー万歳!スプリームリーダー万歳!でもマークが銀河帝国よりださいぞ!
何が言いたいかというと、Star Warsが楽しみということ。後、パイレーツオブカリビアン!リアルでぐだぐだな離婚劇を演じた、デップは果たしてキャプテン・ジャック・スパロウを演じきれているのか。4の時点でちょっと動きのキレが悪かったぞ!
第三話「渡り廊下のメフィストフェレス」
アメフト部、テニス部、創作同好会、漫画研究部、模型同好会、ロボット研究部、軽音部、執行委員会、チアリーディング部、応援団、放送委員会、文化祭実行委員会etc。
夕日に照らされながら、様々な部、同好会、団体、委員会の勧誘ポスターが自分の存在を廊下を通る学生に喧伝している。
と、いってもそれらのポスターを見ている人間は、今のところ僕だけ。
昼間の輩共に負けず劣らずの変人であった彼女、天野。
彼女によって心に深い傷を負った僕はバスまでの時間を稼ぎながら、一人寂しく勧誘ポスターを鑑賞していた。
手慰みに、天野から渡されたカードを歩きながら弄る。
妙にしっかりした造りで、感触から察するに文字のようなものがパンチされているようだ。
読もうと目を凝らすが、筆記体のような英文のため、よく分からない。"la"という綴りが見られるため、恐らく仏文と思われるのだが。
カードの文字を読むのを諦め、再度ポスターに目を向ける。
各団体ごとに趣向を凝らしたデザインは中々に見応えがある。
まず目に入ったのは漫画研究部のポスターだ。
ハーフパンツ、コート、リボンが巻かれた豪奢なシルクハットという、一風変わった姿の黒髪青眼の少年のイラストが描かれているる。
全体的にゴシック的な要素がふんだんに盛り込まれた意匠であり、衣装の所々に見られる金糸の刺繍やフリル、アクセサリー類の数々に作者のこだわりが見られる。。
少年らしい活発さと耽美的なゴシック要素という両極端に位置する要素を同居させた、キャラクターのデザインは見事の一言だ。
しかし、マニキュア、ピアス、膝の光沢と隅々まで手抜きなく描き込まれたその描き込み様には、作者の執念とフェティシズムが感じられる。
勧誘というより、自身の趣向を極限まで表現することに重きを置いているように感じられなくもない。
この作者も執行委員会に反抗しているのだろうか。
つづいて、文化祭実行委員会のポスターだ。
特に言うことはない。
飲み会をしている男女、肩組みをしている男女、河原でBBQをしている男女の写真が延々と続いているだけのつまらない面白味の無いポスターだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ポスターの前を通り過ぎる。
最後は執行委員会のポスターである。廊下の端一帯を赤々としたポスター群が占拠していた。
一際目を引くのはラミネート、フルカラー、A0サイズのデカデカとしたポスターである。 その存在感には、如何なる人の眼も向かざるをえないだろう。他の団体とは金のかけ方が違う。
デカいメインのポスターを中心に、幾つかのバリエーション豊かな小さいポスターが規則正しく配置されている。
これらのポスター群を見れば、事情を知らない人でも、この団体が資金と権力を持っていることが容易に理解できるだろう。
気になる内容はというと、大きい方のポスターは、真っ赤に塗られた拳が、ならず者といった風体の人間達を上から押さえつけているといったものだ。
シンプルだからこそ配色と構成にセンスを求められる、インパクトのあるデザインである。中々素敵だ。
小さい方のポスターには、力強い文字フォントで、
”全ての権力を執行委員会に!”
”他のサークルでは貴方が入部を決める!執行委員会では委員会が貴方の入会を決める!”
”正しい規律、正しい刑罰、正しい執行”
といったスローガンようなものが掲載されている。
この団体もまともじゃないなと思いながら真っ赤なポスター達を横目に階段へと向かう。
スマホを見ると、バスの出発まで後十分だ二階のポスターを見たら帰ろう。
階段を上り、二階にたどり着く。
廊下には腕を組んだ男が、夕日に照らされながら、ポスターがベタベタ張られた壁に向かって立ち尽くしていた。
男の足元にはポスターが束になって置かれている。
不穏な空気を感じ、そっと男の視界外から近づく。
見ると、男が立ち向かっている壁は一階とは比べ物にならないの量のポスターで埋め尽くされている。
ポスターが下に埋まっているもの程、荒れていることから察するに、地層のように段々と年代順になっているのだろう。
横着者が去年のものを剥がさずに新しいものを上から貼っていった結果こうなったに違いない。
男はこちらに気づいていないようだ。そのまま男の様子をうかがう。
履きつぶされたスニーカーに、くたびれた生地のジーンズ、Tシャツだけが妙に新しいようだ。
窓から差し込む、黄金のような夕日の光も相まって、男は燃えるような色に染めあがっていた。
よれよれの生地が生み出す衣服の影が、光に染まった部分と絶妙なコントラストを生み出し、男にアンバランスな存在感を与えている。
何をしているのだろうか。ポスター貼り?
しかし、目の前の壁には、もはや新たなポスターを貼るスペースは見当たらない。
新しいポスターの上から貼ってしまうというのなら、話は別だが。しかし、そんな非常識なことはしないだろう。
等と考えていると男は、考えの斜め上どころか、まるっきり僕から見て明後日の方向を向くとんでもない行動をしだした。
新旧ポスターが幾層にも重なった部分に指を押し入れた男は、そのまま数枚のポスターを掴み、思いっきりびりりと小気味よい音と共に縦に引裂いた。
そこら中に光をまきちらしながら、ひらひらと舞い落ちる紙片。だらんと垂れ下がるポスターを掴んだ男の片腕。
「へっ?」予想外の行動に思わず声を出してしまう。
と、同時に片手に切れ切れのポスターを掴んだまま、男がゆらりと首をこちらに向ける。
しまった、気づかれた。
たった一日、この学校に身を置いただけで、恐らく目の前の男もまともじゃないのだろうと勘付けるまでに成長した僕の頭は、防犯ブザーのようにけたましい警告音を発していた。
人気のない廊下で、相対する僕と目の前の男。男は太いフレームの眼鏡越しに、興味深そうにこちらをじろじろと見ている。
負けじとこちらも男を見返す。受け身に入ったら更に厄介になる。
本来だったらさっさ逃げ出すのが吉だろうが、何もせずに逃げるのは性に合わないし、この男が何をしているのか気になるという自分もいる。
口角を少しだけ釣り上げ、今にも何かを言い出しそうに少しだけ開いた男の口は、気安い、人好きのする印象を持たせる。
が、ねめつけるようにニタニタと歪む眼がその印象をすぐさま打ち消している。
およそ、一つの顔に同居出来るとは思えないような二つの表情を持ちあわせた、この男の印象は”矛盾”、”アンビバレント”、”陰陽”といったところだろうか。
食えない奴といった感じだ。
「それで」こちらの眼を見たまま瞬きもせずに男が言葉を発する。不気味だ。
レンズ越しの茶色がかった眼が、窓からの夕日と混ざり緑色のようになっている。全く瞬きする様子が無いが、日を背にしてるこちらを見て眩しくないのだろうか。
「それで?」オウム返しに言葉を返す僕。
阿呆のようだが、意を掴めないから仕方がない。
「僕がこうして、よそ様のポスターを破いていることに関して思うところは無い?」
彼が破いていたポスターはやはり、他の部のポスターらしい。
普通なら、注意してしかるべきだろうが今日の出来事で感覚が麻痺しているのか。それを見ても何も思うところは無い。
「特に無いです」
「うん。順調に毒されているな。結構」
天野が目をつけるのもうなずけるな、と言いながら頷く男。
「僕が、天野先輩のことご存じなのですか?」
僕の疑問を聞いた男は、一瞬考え込むような表情をしたかと思うと、今度は悪巧みをする悪魔のような顔の笑みを浮かべ始めた。
表情がくるくると変わる人だ。
「勿論だ。それどころか、君のそのさえない風体を見れば、今日何が君に起こったかも一目瞭然だよ」
一言余計だ。
「そうなんですか」
「そうなんだ。ええと、そうだな。君は入学式を終え、外に出た所で執行委員会とクラブハウスの連中のいざこざに巻き込まれた。そして、ほうぼうの体で校舎に逃げてきた君は、追いかけてきた天野から、諸々の事情の説明と勧誘を受けた。そうだろう?」
凄い。ぴたりと一致している。
「見てたんですか?」
僕の言葉を聞いたとたんに、男はオーバーに両手を前にだし、バイバイするような動きで否定の意を示す。
「いやいやいや。純粋な想像力と観察力による推理の結果だよ。ワトソン君」
人差し指を立て、横に振らす男。そのまま推理を続ける。
「君が、TRPGの勧誘を受けたのは、ポケットから覗いているそのチラシを見れば明らかだ。そして、今日勧誘に出かける時のTRPGの部員、岩崎のふざけた格好を思い出せば、奴が執行に目をつけられるのは当然だね。しかし、奴は奇矯な男だが馬鹿ではない。何の意味もなくそんなことはしないね」
じろっとこちらに顔を向ける男。窓からの反射光で眼鏡のレンズが真っ白に光っている。
「で、あれば。あの行動には何かしら目的があったと見ていいだろう。その目的とは?決まっている。執行のファシスト共との闘争だ。あの馬鹿げた格好で連中を挑発。更に確実に釣り上げるために君を餌にした。そんなとこかい?挑発の理由は、新年度からの奴らの出方を伺うためだろうな」
違うかい?と目線で問いかけてくる男。
大体合ってます、と答える僕。
「君にチラシを渡した岩崎は何か一芝居打ったはずだ。執行に目をつけられるために。で、執行が駆けつけて、クラブハウスの連中はその対応を伺う。…ふむ、岩崎一人で相手取れるとは思えないな。天野か渡辺、伊藤辺りが手を貸したのか?君、あの場に、他に誰かいたかい?」
「渡辺って人がいました」
「ふんふん。じゃあ他のメンツは撮影とフォローに入ってたんだな。で、何だか良くわからないことに巻き込まれた君は、校舎に逃げ込んで、一休み。追いかけてきた天野から……、そう君を巻き込んだ理由を説明されたはずだ。そして、こちら側に引きずりこむためにカードを渡された。その右手に持ってるカードをね。こんなところだろう」
トークを終えた司会者のように肩を竦めてニヤリと笑う男。
感心した僕は思わず、ぱちぱちぱちと軽く拍手をしてしまう。
「凄いですね。まるでホームズだ」
「そうだろう、そうだろう。まあ、実を言えば、クラブハウスからカメラを通して、今日の様子を全部見ていただけなんだけどね」
今のは結論ありきの推理さ、と軽く流す男。
肩の力が抜け、唖然とする僕。この学校の奴らはペテン師ばかりなのか。
「バスの時間があるので、帰ります」
「まあまあ、ちょっと待ちたまえよ」
呆れて、背を向けようとする僕の行く手を遮るように、ぬるりと回り込む男。その挙動は変態じみている。
「何ですか」おざなりに聞く僕。
「一つ聞きたいことがあってね。天野の奴、君にそのカードを渡した時、何か言ってた?」
「新入生歓迎会がどうのこうのって言ってました。ええと来週の水曜日です」
それが何か、と聞くがすでに、男の眼中に僕の姿はないようだ。眉をしかめ考え込んでいるように見える。
心の中で男に向かって中指を突き立て、思考にふけっている男の横から通り抜けようとする。
しかし、男は線路遮断機のような無機質さで、両手を下に振り下ろし、またしても僕の通行を妨げた。
男の足元から廊下に、案山子の腕を下に傾けたような、間抜けな影が伸びる。
「……怒りますよ」
「君、入部する団体はもう決めたか?」
こちらの発言を無下にする男。ちょっと位会話をつなげようとしろよ。。
「どういう意味ですか?」
「うちの研究部に入らない?」
逃がさん、という意思を身体で表現するように両手両足を広げ廊下を通せんぼする男。
その構えは、どんな方向からの攻撃にも対応するというオーガの構えを思わせる。
「貴方の所がどんな部活かは知りませんがもう何処にも入んなくていいんじゃないか、と思い始めています」碌なことなさそうだし、と語尾に付け足す。
嫌な予感を感じ、話を切り上げようとするが、男は無駄なハイテンションで食い下がってくる。
「それはいけない!部活、サークルは大学の華!青春まっさかりの時に何の活動にも加わらないなんて、全く!君はまだ若いくせにそんな受け身な考えでどうするんだ!恥を知れ!恥を!」
突如としてこちらを罵倒してくる男。
ポスターをびりびり剥がしていたような、ましてや新入生を餌にするような奴らの仲間に言われたくない。
こんな奴らばかりだからどこかに入部する気が失せるのではないか。
こいつらの所業を知るまでの、キャンパスライフへのワクワク感を返してほしい位だ。
と、ここで、疑問が湧いてくる。今更なんだが、目の前のこの男は何者なのだろうか。クラブハウスの関係者であることは確かそうだが。
貴方は何者ですか?と質問してみる。
男は、おおその意気だ悩める若人よ!と叫び、遅すぎる自己紹介を始めた。
「パソコン研究部の主将兼副主将兼会計を務める岡田だ。ちなみに三回生だから、今年で引退する予定だ。どうだ?入部すればそこそこ高性能なPCを弄り放題だし、すぐさま副主将に昇進出来るぞ」
こいつが、天野が言っていたパソコン研究部か!
「さようなら!」
別れの言葉と同時に、左肩を正面に、重心を前方に傾け、タックルでの突破をしかける。
しかしオーガの構えを解いた岡田の瞬発的なホールディングにより、即座に動きを止められる。
金色の夕日に照らされた廊下で、男が二人、人知れずに無意味な争いをしていた。
「おいおいおい!何を嫌がることがある!君がうちに入ればすぐさまNO.2だ。しかも来年には僕は引退だから今度はNO.1だぞ?泣いて喜びたまえよ!」
「主将と副主将と会計が兼任されてるなんて、ただの人手不足以外の何ものでもない!どうせ、あんたの他に部員いないんでしょう!?部員二人でNO.2?そんなの、ただの下っ端じゃないですか!?」
身体を思いっきり回転させ、無理矢理ホールディングを引き剥がす。岡田の姿勢が崩れたのを感じ取り、押しのけて一気に駆けようとする。
しかし、踏みしめ、地面を離れようとした靴が何かに引っかけられ、途端に重心をささえきれず、僕は、びたんと倒れる。
振り向くと、岡田が倒れたまま、不敵な笑みを浮かべ、僕の靴と足首の隙間に指を引っかけて笑っている。
「逃がさんぞ!」
「うおおおお!」
叫び声を上げ、バタフライのように腕を回して廊下を這いずり回ろうとする。
あの場所だ!あの場所へ……バス停へ行かなければ!畜生!こんなことなら二階にまで来るんじゃなかった!せめて一階だったら声も届いたろうに!
しかし、がむしゃらな抵抗も虚しく足首を掴まれ両手で掴まれ、完全に進みを止められる。
陸上に打ち上げられた魚のように、もがき、雄叫びをあげていると、岡田はパソコン研究部に入部することについてのメリットを語り始めた。
「さっきも言った通りだね、パソコン研究部に入ればそこそこ高性能なPCを弄り放題!しかも部費で、色々なパーツを書い足せる!
」
「うおおおお!」
「しかも、君の言う通り人数は少ないから意見も通り放題だぞ!君の天下だ!」
「うおおおお!」
「まあさすがに、研究室にあるようなパソコンには敵わないが、ゲームをやるには十分だ。君はゲームとかやる?」
「うおおおお!」
「これは、とんでもない秘密なんだが、君はクラブハウスに入ることは、ほぼ確定だろうし教えてあげよう。実はクラブハウスには学校とは別に、有志によって設置された秘密のネット回線が入っていてね。ネットが使い放題なんだ!」
「おおおっ、お?」
腹ペコの魚のように、魅力的な餌の数々をちらつかせられ、思わず反応してしまう。
動きが止まり、話を聞こうと、うつ伏せの姿勢で押し黙る僕。
自分のこの単純さが恨めしくなってきた。
「よし!ちょっと興味が湧いたな!?この正直者め!想像したまえ。ちょっとうちの部活に入ってくれるだけで、君は四年間充実したパソコンライフを送ることが出来るんだ!君は工学部か?」
顔を伏せたまま、こくん、とうなずく。
「ベネ!ディッモーーーッルト!ベネだ!僕も工学部だ。パソ研には歴代の先輩方が残された専門書がたくさん残っている。これらとネット環境、パソコンが学業面に及ぼす影響は計り知れないぞ!君は単位が欲しくないのか!?欲しいと言え!」
「…ほっ、欲しいです」
一回でも大学生活について、調べたことがある者で、単位についての恐ろしさと有難さを知らないものはいないだろう。
噂では、この学校の生協では”単位おにぎり”というものが販売されているそうな。そして単位が足りない哀れな学生は、単位おにぎりのレシートに表記された”単位 98円”という表記を見て、「俺、単位買っちゃったよ!」等とほざき、ぼろぼろの学生生活の慰めとするそうな。
「来た!決まりだ。君はパソコン研究部に入るべき男だ!安心したまえ、経験豊富な先達として、持たざる後輩を指導するのは当然のことだ!」
高貴なる者の義務というやつだね、としみじみと笑う岡田。この人も自分に酔うたちだな。
「でも、僕天野先輩にも誘われているんですが」
「彼女は、クラブハウス側についてくれれば文句無いはずだ。どこの団体かは気にしないよ」
言われてみると、新聞部に誘われた記憶は無い。
「それにだね」
声を落とし、噂好きの主婦のように口元で掌を裏返し、耳元に話しかけてくる岡田。正直うっとおしい。
「うちの研究部には、女子がいる」
「えっ!本当ですか!」
思わず岡田の方を振り返る僕。
その一言で、白黒写真に色が通ったかのように、目の前の世界が鮮やかに映りだす。
女子、それは男子高校に通った人間にとって憧れの象徴。汗臭さと思春期男子特有の悶々とした情念に包まれた教室で、青春を過ごした仲間達と共有した幻想の産物。まさに青春のオアシス。
塹壕で兵士が兵隊文庫やトランプ、煙草に心の慰めを見出したように、男子校で過ごした我々も女子について語ることを生きる慰めとしていた。
駅のホームで、塾で、帰り道で、コンビニで様々な所で目撃した女子について、輪を囲んで話しつくしたものだ。
にや、と笑い足首を放して立ち上がる岡田。
つられて、僕も立ち上がる。
「どうだ、入りたくなったか」
「ま、まあ女子部員に興味があるわけでは無いですけど?工学部だし?後学のために入ってもいいかなーと」
目線をそこら中に彷徨わせ、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、逡巡するそぶりを見せ僕。しかし、既に心は決まっている。
次に誘われたら即決する所存だ。
「別に迷っているなら入らなくてもいい」
僕の思惑を見透かしたように真顔になり、いきなりドライな対応を取ってくる岡田。思わず、あっけに取られる。
人が乗り気になった所で引いてきやがった!詐欺師の手口か!
「ちなみに、うちはあんまり人を取らないから、次に会うときには名簿が埋まっているかもしれないな。ああ、残念だな。今なら即決まるのになあ」
ネチネチと追い打ちをかけてくる岡田。
腹を決め、頭を下げる。
「入部させてください」
「言質は取ったぞ」
最初からそう言えばいいものを手間をかけさせる、と嘆息する岡田。
窓から差し込む光が、弱まり始める。外を見ると黄金色だった空に紫色が混ざり始め、その中に銀色の星々が輝き始めた。
もう少し経てば、暗くなるだろう。
「さて」
僕の思考を打ち切るように、声をあげて話始めようとする岡田。両手の人差し指をくるくると回し、少し真面目くさった顔をする。身振り手振りがいちいち大げさなのは、性格ゆえか。
「君が入部してくれて、正直助かった。さっきも言ったように僕も引退が迫っているからね。後継者を育てておかなければ。僕の代で部をつぶすようなことがあったら、OB共に殺されてしまう」
目の前の男の生死より、僕としては女子のことが気になる。さすがにここで、しつこく追求はしないが。もし嘘とか言われたらどうしてくれようか。
「入部って口約束だけでいいんですか?」
「いや、後で書類を書いてもらう。確か君らが新入生懇親キャンプに行っている時位に配られるはずだ」
新入生懇親キャンプとは、来週の日曜日から火曜日までの2泊3日、入学したての一年生だけで行く、要は宿泊学習のことだ。
キャンプをしながら、学校の理念やガイダンスを行い、新入生間のコミュニケーションを円滑化することを目的としたイベントらしい。
入学したばかりで、よく知らない、気の知れない同級生と寝食を共にすると聞いた時点で僕のストレスはマッハだった。二日間一人も友達が出来なかったらどうしよう。
嫌なことを思い出し、憂鬱な気分になっていると、それを察したのか岡田が声を掛けてくる。
「そう、心配しなくてもいい。あの困難を乗り越えれば、どんな人間とも打ち解けるよ」
菩薩のような顔で後輩の緊張をほぐそうとしてくる岡田。しかし困難という言葉に疑問を感じ、質問する。
「困難って何ですか?」
「いいかい君、絶対に、キャンプにはトランプを持っていくんだ。玩具といえども苦しい現実から逃れるために、トランプは必要だ。労働時間を賭けあうことも出来るし」
「労働?」
「それと本だ。無限にも思える、一人での待機時間を過ごすには本は最高の友だ」
「待機?先輩、ちょっと」
「いいか、あそこでは英雄願望持ちと心が砕けたものから、順に脱落していく。臆病者でいるんだ。知恵を働かせろ。いいか、日の出だ、日の出を二回見るんだ。日の出を二回みれれば、そうすれば、生きて帰れるんだ!」
「お、岡田先輩!先輩!」
正気を失い始めた先輩の肩を掴み、グラグラと揺らす。先輩の口からは、スコップが、とか、そんな使い方が、とかマスク、マスクをくれ、という言葉が溢れ出している。
「御免!」と言い捨て、先輩の頬を思いっきりビンタする。はっという顔をして、正気を取り戻す。
「すまない。封印された記憶が」
「一体僕らは何処に何しに行くんですか」震えながら質問する。
考えてみると、キャンプという言葉だけでどこに行くか伝えられていない。
一応、明日説明会があるのだが、そこでも行き先を告げられない予感がするのは、気のせいだろうか。
「それは、僕の口からは言えない。一つだけ忠告をしてあげよう。督戦隊に気を付けるんだ。あいつらは容赦ってものが無いぞ」
とくせんたい、と聞いて一瞬決めポーズとダンスが大好きな陽気な宇宙人達の姿が頭に浮かぶ。
しかし、先輩が言っているのは、逃げようとする味方に対して、後ろから機関銃を撃ってくる、気の置けない同士の方だろう。そんなのまでいるのか。
「暗くなってきたな。気をつけて帰りたまえよ。生きていたら、来週、新入生歓迎会の前に部室に顔を出すんだ」
外を見て、あからさまに、話をそらす岡田先輩。正直知らされない方が良かった。
「部室は、何処にあるんですか?」
「クラブハウスの二階一番奥から一個手前の部屋だ。階段から見て右側だ。まあ、二階まで来れば、看板で分かるよ」
クラブハウス、二階、と頭に刻みこむ。
「ああ、ついでにA-TalkのIDを交換しておこう。アカはもう作っただろう?」
A-Talkとは、大学の情報科開発の簡単なテキストチャット用のアプリだ。PC、スマホ、タブレット、どんなメーカーのどんな機種でも動く中々汎用性の高いアプリらしい。
サーバーは大学に置かれているらしく、教授や研究生達が外に聞かれたくない会話をするため、わざわざ開発したそうな。
各学生は自身の学生番号のIDを渡され、大学内に籍を持つものとなら、誰とでもこれでチャット出来るらしい。
ポップなデザインのAという表記のアイコンをタッチし、A-Talkを呼び出す。青と白を基調にしたUIが爽やかな印象を与える。
と、ここで岡田先輩の画面を見ると自分のとは違い、美少女キャラクターやSFのロボットが画面の所狭しと並んだごちゃごちゃとした、にぎやかなのものになっていた。
岡田先輩の方へ眼を向けると、画面を見られたことに気が付いて少し恥ずかしそうにしている。
「このアプリはオープンソースだからね。工学部でプログラミングをやる奴はみんな自分の好きなように改造しているんだ」
後で君にも教えてあげよう、と言ってIDを聞いてくる岡田先輩。
僕のIDを伝えると素早いフリックでIDを入力する。
すると、僕の画面上に岡田先輩のものらしきアカウントがフレンドとして表示される。何気にID初交換だった。
「では、失礼します」ID交換が済んだところで、踵を返し階段へ向かう。背後からさようなら、と岡田先輩からの言葉が返される。
階段を降りる直前に振り返り、一つ質問をする。
「所で、先輩はここで何をしてたんですか?」
「決まっているだろ」
ポスターの束を片手で挙げて、ぺらぺらと揺らす岡田先輩。
「うちの宣伝ポスターだ。貼るのに邪魔だから、他の気に入らない部活のポスターを剥がしながらね、貼っていたんだ」
「気に入らない?」
「ああ、僕は男女がいちゃいちゃしているの光景を見ると虫唾が走るんだ」
ほら、とびりびりに破いたポスターをこっちに投げてよこす。
ポスターの切れ端では、数人の男女がビールジョッキを片手に楽しそうにやっている。
「ああ、ついでにうちのポスターをあげよう。載っているのは、パソ研のマスコットだ」
それ、と一枚のポスターを上手く風にのせてこちらに飛ばしてくる。
ポスターには、サイバー感漂う服装をした3Dの女の子が、ポーズを取りながら近未来的なステージセットを背景にこちらに向けてウィンクしていた。
「それは、僕が作った3Dモデルでね。自信作なんだ」
「いいセンスですね」
「そうだろう」
じゃあね、とこちらに手をふり、作業に戻る岡田先輩。どこか情念のこもった手つきでまた、ポスターを破き始めた。
びりびり、という音を背景に階段を降りていく僕。
今日は本当に色々なことがあったなと考えながら、外に出てバス停へと向かう。
上を見上げると、ひと際輝く一つの星が紫と青が入り混じった空に瞬いていた。明けの明星だ。
まだ寒い外気から逃れるように、ポケットに手を突っ込み今日の出来事に思いをはせる。
果たして、今日の僕の判断は吉か凶かどちらなんだろうか。
……まあ、それは時が来れば分かるだろう。
それよりも、僕が気にしなくてはならないのはキャンプのことだ。岡田先輩のあの反応が事実ならば、僕はスパルタもまっさおの訓練かなんかを受けさせられるのではないか。
そんなことを考えている間にバス停につく
しかし、人気が少ない。もしかして、と思いながら、スマホを見る。
時間は既に、バスが立ち去った後だった。
入学初日。僕はまだ肌寒い黄昏の道を首をひっつめ、ポケットに手を入れながら、駅まで歩いて帰ることになった。
この後僕を待ち受けている、奇妙な学生生活の予感を感じながら。
第三話 終了
ところでイタリィはタオルミーナで、G7が行われていますが七人中四人、メンバーが入れ替わっているそうな。
メンバー中、個人的に注目しているのは仏大統領のマクロン。大統領なりたてでしかもかなり若い人。
会議中、最近の若いのはとか、良くみておけ若造これが外交ってやつだ、とか、国家元首大変でしょ、みたいな先輩風を吹かせようとする人とかいないだろうか。
居酒屋で新入社員にダメ出しする先輩サラリーマンのように仏にからむ米、日、伊のおじさん首相達。それに巻き込まれまいと横目にその様子を見守る次点で若い加首相。
そして、独、英の女性首相二人がちょっと男子ー、やめなよー、と米日伊に抗議を表明する。
そのまま、何故か放課後学級裁判の体で進むG7会議。米君が、FBI長官解任しましたー、英さんがEUから離脱する気ですー、日君の家で加k(この文章は当局により削除されました)
その時廊下では、G7から追放された露君が新メンバー候補筆頭の中君を連れて虎視眈々と介入を目論んでいて……
次回も来週中に載せます。