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黄金体験  作者: Myouga-Akagami
2/8

第二話 橙色の邂逅

前話で次は後編としましたが、二話として扱います。思いの外長くなりすぎました。

サブタイトルをつけるのが、すごく楽しいのですがこの気持ち分かる人はいないでしょうか。

途中、シリアスっぽい所がありますが、この話にシリアスはありません。


2017/05/19 文章見やすいようにちょっと修正しました。

 





第二話 「橙色の邂逅」









何か変だ。入学初日にして異常なことに連続して出くわした僕の頭の中では、言い知れぬ違和感が生まれていた。

喧騒から離れようと、誰もいない校舎に入った僕は備え付けのベンチに座る。

目の前から伸びている廊下は、新入生募集の部活動ポスターで壁が埋め尽くされている

授業もなく、外に学生が集まっている校舎はとても静かで、日光もあたらずひんやりとしている。冷色を思わせる色合いも相まって考え事にはぴったりだ。膝に肘をつき、頬杖をついて今までの出来事に思いを巡らす


あまりにもテンポが良すぎないだろうか。あの岩崎による強引な勧誘、何者かによる通報で登場した軍服の男、議論が白熱したタイミングで颯爽と現れた渡辺氏。そして、あの戯曲の台本のような三人の掛け合い。


良くないことに巻き込まれている気がする それが何であるかは分からない。しかし、確実に自分にとって損になることだということは分かる。学生生活に暗雲が立ちこめてきたように感じ、溜息をついてしまう。


……ぴと。

「ひえええ!」首筋に冷たいものをいきなり押し付けられ、思わず飛び上がる。

振り向くと、傍らで両手に缶ジュースを持ったマリン帽の女がけらけらと笑っていた。


「あはははは!ひえええ!だって、ひえええ!ああ、おかしい!」


突如として現れた女を凝視する。

黒のパンツルックにショート丈のトレンチコート、更に頭に被ったマリン帽が、ボーイッシュさと活動的な印象を植え付ける。

しかし、活動的な服装であるがゆえに、所々で強調されるメリハリのある身体のラインが彼女が間違いなく女性であることを裏付ける。総じて殆どの男性にとって魅力的な部類に入る人といえるだろう。

女はツボに入ったのか、身体を折り曲げ、手をお腹に当てながら、笑い続けている。この女は、先程岩崎に絡まれていた僕を撮影していた女だ。


「何なんだ!一体!」恐らく先輩であるにも関わらず、人差し指を突きつけて叫ぶ。


訳の分からないことに巻き込まれのは、うんざりだった。

しかも、この静かな校舎でやっと落ち着けるなんて思っていたらこの有様だ。

言葉に気を遣ってなんていられない。


本当に怒っているのに気が付いたのか、女は口に手を当てながらも謝り始めた。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとふざけすぎたよ。悪かった悪かった」


しかし、まだ笑いが収まっていない。

腑に落ちないがこれ以上こだわるのも阿呆らしいので、何でこんなことをしたのか、と尋ねる。


「ふふふ。入学初日にこの学校の洗礼を受けた、哀れな後輩を慰めてあげようと思っ来てみたんだけど……ふふ」


 所々、まだ笑いが残っている。気になる言葉を聞き、今度は丁寧な口調で問いかける。


 「洗礼、ですか?」


 「そう、洗礼。さっきの事件の渦中に身を置いて、君何か感じなかった?」ようやく笑いが収まってきたようだ。


 事件とはあの三人による論争のことだろう。 缶ジュースの冷たさに、中断されるまで考えていた事を彼女に打ち明ける。


「何というか、セリフも間も図られたように完璧でした。あれでは、まるで劇の様です」

僕の考えを聞いた彼女は、ちぇしゃ猫のようにニンマリと笑った。


「そう、劇。実にぴったりの表現だ。どうやら君はただのボンクラでは無いようだね」


まあ飲みたまえよ、といって彼女は右手に持った缶ジュースを渡してくる。頂きます、といって受け取る。

キンキンに冷えたアルミの表面にほんのり僅かに、彼女の手の温かさが残っていて、思わず恥ずかしくなる。


 「座りたまえ」


ベンチに座った彼女が自身の隣の席をぽんぽんと叩く。衣服が接する位、近くに座る度胸は無いため、握りこぶし一つ分の隙間を開けてベンチに腰を下す。僕の思惑を知ってか知らずか彼女はニヤニヤと笑っている。


「あ、言い忘れていたけどアタシは天野。天野小百合。文学部の三回生で、新聞部主将よ。よろしくね」


突然、自己紹介を始める彼女。こちらも自己紹介を返す。天野はほおに手を当て、こちらの対応に満足したように話し始めた。


「さて、どこから話そうか。まあ、君の言う”劇”についてからかな」


居住まいを正し、天野が僕の眼を覗き込むように顔を寄せてくる。その顔に先程までの悪戯っ子のような笑みはなく、ただただ冷ややかな愚弄するような印象を残す微笑みがあるのみだ。

 自身の唇に当てていた人差し指を手の平ごと裏返し、こちらを指差した状態で天野は淡々と話し始めた。


「脚本を書いたのはアタシともう一人、出演は岩崎と渡辺君。聴衆は、あそこにいた勧誘している奴と新入生全員。君とあの執行委員は、偶然選ばれただけ。要はゲストね」


突然の告白に目を白黒させる僕。脚本?出演?聴衆?どういう意味だ?


「ああ、でも君は偶然てことでもないか。岩崎には、それなりにターゲットは選べって言っておいたし。なんかしらの選ばれた理由はあるのよね」独り言のように呟く天野。


「待ってください。先輩たちは何だってこんなことをしたんですか?あの執行委員と僕は何で巻き込まれたんですか」


「一言でいえば、相手の出方を伺うため。要は、威力偵察ね。新入生を餌にすれば、あいつらが食らいつかざるをえないのは分かり切っていたことだったし」


「い、威力偵察?」物騒な言葉に困惑する 


 「そう、現在我々は戦争中なのだよ。あの糞忌々しい執行委員会のファシスト共とね」


 「戦争!?」思いがけない用語に動揺する


「去年の夏の学生総会、執行委員会がある会則の改正を提案したの。自治会会則第十一条、総会は、全会員の三分の一以上の出席を持って成立する。これを八分の一にしようという改正案。決議の結果、案は万雷の拍手で迎えられたわ」


 幾ら何でも出席人数八分の一は少なすぎやしないだろうか。何故そんな校則が通ったのか。

訝しげな表情に気づいたのか、天野は自嘲気味に笑う。


「そう、今から考えればおかしなことだと分かる。でもあの時のアタシたちは、せいぜい面倒くさい集まりに出なくてもよくなる位にしか考えていなかったんだ。それが…」


俯く天野。そして歯ぎしりをしだし、両拳を握りしめ、いきなり立ち上がった。


「ああ、今思い出しても腹が立つ!あのスターリンの女狐と日和見主義者の会長め!」

畜生!と汚い言葉を発する天野。


「スターリンって何ですか」立ち上がった天野を見上げながら片手を挙げ、恐る恐る質問する。天野は両手を広げぶんぶんと振り回しながら、何処かやけくそな様子で答える。


「星宮凛!執行委員会の委員長!星と凛でスターリン!法学部三回生で理事長の娘一回生の後期にとんでもない手腕で権力を奪取して委員長の座についた化け物のことだ!」ハアハアと息を荒げる天野。


まだ、開けていなかった缶ジュースを開け一口に飲み始める天野。色白いのどが、ジュースが流れ込むのと同期してどくどくと動くのが艶めかしい。

段々と缶を傾け、そのまま飲み干す天野。

ぬるいわ、と一言叫び、ゴミ箱へと向かう。 缶が詰まっているいるゴミ箱に無理矢理手に持った感をねじ込み、ずんずんとした歩調でこちらに戻ってくる。


ベンチに座る天野。その表情は物憂げだった。


「あの改正が通った総会の後だった。面倒な集まりが終わって、クラブハウスで遊んでいたら、いきなり執行の奴らが来て部室から追い出された。アタシの光画部だけじゃない。他の人数が少なかったり、活動内容が乏しい部活はあの日皆、執行の訪問を受けたんだ」


「光画部?」天野は新聞部では無かったか


「光画部っていうのは、写真部の古臭いいいかたの事。アタシは去年までは光画部だったんだ。それが執行の奴らに活動を停止されて止む無く機材と一緒に、新聞部に移った。訪問を受けた他の部活も同じ。そうやって何処かと統合したり、止む無く廃部して、物凄い数の部活が消えていったんだ」


 目を閉じて思いを馳せる天野。窓から差し込む落ち始めた日差しが彼女の顔立ちを強調し、時に隠し、橙色に照らしながらとても神秘的なものに高めている。

その陰陽が入り混じる表情の裏に潜む感情は如何ばかりか。


「去年まで、文化系の部活は四十近くあった。それが今や十個しかない。それでもまだ執行は部活を減らす気でいるんだよ」


「……つまり、先輩方は執行委員会に反抗してる?そのために僕をだしにしたってことですか?」


「そういう事だよ。話が早くて助かるわ」


天野が両手を勢いよく合わせ、我が意を得たりと、僕の発言を肯定する。しかし、しぼむかのように急に肩を落とし、声の調子を下げ始める。


「悪い、とは思っている。入学したてで右も左も分からない子を巻き込んじゃって。岩崎に人を選べって言ったのは、こういう事にも動じ無さそうな子を使いたかったから。貴方を追ってここに来たのもせめて、事情を説明することが筋だと思ったからよ。本当は岩崎と渡辺君も来るべきなんだけど、全然謝るってことが頭に無いようだから一人で来ちゃった」男共はこういう時に気が利かなくて困るわ、と呟く天野。


「それで、右も左も分からない新入生を使った甲斐はあったんですか」ちくりと皮肉を混ぜ、にやりと笑って質問する。天野は苦笑混じりに答えた


「君たちと執行とのやりとりは撮影していたの。ロボット研究部がペンダントを模したカメラを用意してくれてね。あの時、至る所でアタシ達の仲間が執行の動向を監視していた。今頃は、クラブハウスでその映像を吟味しているはずよ。それで今後の対策を立てている」


 ここで、天野のボーイッシュめいた、どこか尊大な口調が、女性らしい口調に変わっていることに気づく。

 どちらが彼女の素なのだろう。彼女は何処かへと視線を彷徨わせ溜息をついて、話を続ける。


「あの日の執行による研究会、同好会、部の粛清をアタシ達は”愚者の夜”って呼んでる。戒めの意味を込めてね。最もこれを考えた子からすれば、他にも意味があるらしいんだけど」

 まあ、どうでもいいか、と呟く天野

「アタシ達は同盟を組んだ。粛清を免れた団体も執行委員会の強引さには反対的だったから。でも苦労したよ。皆、我の強い子ばかりで最初は、話し合うのも一苦労。でもアタシと渡辺君と、もう一人執行委員会をすんごい嫌っている奴がいてね。その三人で何とかまとめあげた。半年かかったけどね」


泣き笑いのような複雑な表情で話す天野。

対面時のはつらつとした印象は薄れ、日差しに溶け込み、輪郭をおぼろげにした彼女が今にも消えてしまいそうに弱弱しげに映る。

 

 気づけば、橙色から黄金のような物凄い色に変わりつつある太陽が廊下を染め始めた。夕焼けだ。四月とはいえ、まだ日は短い。もう、一時間もすれば、辺りは暗くなるだろう。


「先輩達は、これからどうするんですか」


「執行委員会に戦いを挑む。正々堂々とね

そのためには新入生の確保とあいつらの実態を新入生に行き渡らせることが必要だと私たちは考えている」

毅然と言い放つ天野。しかし、そこにはかすかに、悲壮なものが感じられた。


ふいに、脳裏に今日の岩崎氏の異常なふるまいが呼び起された。目の前の彼女は、執行を釣るためにああいった事をする脚本を書いたといった。


しかし、成人そこそこの人間が普通そこまでするだろうか。初対面はともかく執行との論争を聞く限り、岩崎氏はとても理的な印象だった。あれが彼の本性ならば、最初の振る舞いはかなり無理があるものだ。

もしかしたら、そういうことをせざるを得ないくらいに、彼女らは僕が考えている以上に、追い詰められているのではないか。


「とりあえず、アタシたちの事情はこんな所かな。聞いてくれてありがとうね」


いきなり立ち上がり、帽子を被りなおす天野。窓からの光がその顔に当たる。その時、初めて日が落ち始めたことに気づいたように、彼女は窓に目を向け、外の景色を見る。


綺麗、と一言呟く天野。しばし、陶然とした様子で穏やかな笑みを浮かべる。

そしてこちらに向き直り、深々と頭を下げた。


「今日は巻き込んじゃって本当にごめんなさい。色々言われるかもしれないけど、何かあったらクラブハウスに来て。出来る限りのことはするから」


「え、あ、あの」


突然の謝罪にびっくりする僕。何か言おうとするのだが、口が良く回らない。目上の人に頭を下げられたのは初めてだ。


「すぐに暗くなるから、気をつけて帰ってね」それじゃあ、と言いその場を立ち去ろうとする天野。その様子と今までの彼女との会話、振る舞い、事情が電撃のように脳を駆けめげり、反射的に呼び止めてしまう。


「ま、待ってください!」


 ぴく、と身体を震わせ、立ち止まる天野。

 しかし、こちらを向こうとはしない。

 一方、呼び止めたはいいものの、僕はどうすればいいのか全く分からなかった。


「何だい?」向こうを向いたまま答える天野。その声色は、震えているように聞こえた


「えっと、何か、何か僕に出来ることはありませんか」感情のままにしゃべる僕。


「君に出来ることは、一杯あるよ。君が何処かの部に入ってくれるだけで、単純に私たちに票が増える。事情を知ってくれた新入生がこの時期にこちら側に付いてくれれば、それだけで有利になる。でも」


いいの、とこちらを振り返る彼女。その表情からは感情を読み取ることは出来ない。

 本心としては勧誘したいのだろう。しかし、これ以上の迷惑をかけるのは申し訳ないという良識が、僕を誘うのを拒んでいるのだろう


「元々、何処かのサークルには入ろうと思っていたし、今日のことも事情を聞けば思うところはありません」


協力しましょう、と彼女に告げる。うつむき、肩を震わせる彼女。まさか、泣いているのだろうか。

思わぬ展開に狼狽する僕。何か傷つけるような事を言ったでもなし、普通に考えて後輩の思わぬ申し出に感激したというところだろうか。


 しかし、この状況は不味い。人目の少ない校舎で女性を泣いている、というのはどう考えても一緒にいる僕に責任があると思われる。


人とは追い詰められると、こんなにも、もろくなるものなのだろうか。

いつか読んだことのある戦記本で、相手が精神的に無防備になっているところを説得すべきだと述べている軍人がいた。

成程、こんな時に付け込まれると人とは、ころっと騙されるのに違いない。


 顔を上げてください、と天野に告げる僕。

こんな時にこそ、人間には助け合いの精神が必要なのだ。俯く天野の頭が上がり始めた。

博愛の気持ちで菩薩のように微笑む僕。


しかし、彼女の顔を見た僕の顔面は一瞬にして豹変し、仁王のような怒りの表情に変貌することになる。


顔をあげた彼女の顔に張り付いていたのは爛々とした、獲物を目にした獣の眼と、三日月のように歪められた、かくもおぞましい表情であった。


瞬間、脳内で緊急事態警報がかき鳴らされ、脳内各所による緊急対策会議が開かれる。

長くない経験と深くない知恵から構成された脳内アーカイブとそれをつかさどる頼りない各種判断機関が侃々諤々の脳内会議を繰り広げ、答えを出す。 

導き出されたのは、最初から騙されていたのでは、という身も蓋もない結論だった。


「騙したな!」同情していた相手を即座に非難出来るのは僕の数少ない長所であろう。 この変わり身の早さは誰にも真似できまい


「はっ!、小童がアタシを慰めようなんて百万年早いのだよ!ちょーっと、落ち込んだ振りをしたら、隙を作っちゃって!精神的に無防備な奴を説得するのは、この世界では常識なのだよ!明智君!」


もはや本性を隠そうともせず、煽りまで加えてくる天野。しかも、僕と同じような考えをしていることに腹が立つ。

これでは、同じ思考で一本取られたということは、彼女の方が一枚上手だということが明白ではないか。


「あははははは!今更、発言を撤回しても遅いよ!君とアタシの会話は、小型カメラで撮影しているんだ!」


勢いよく、空を切った右手でそのままゴミ箱を指差す天野。

あれは先程彼女が缶を捨てたゴミ箱だ。あの時にカメラを仕掛けたのか。

奪取しようと腰を浮かせる僕。しかし彼女はそれを右手で制す。


「おおっと!余計なことはしないのは身のためだよ。あれで撮ったデータはクラブハウスのサーバに既に上げられている。女の子を泣かしている映像を衆目の眼に晒されたいかい?」


「あんなの演技じゃないですか!仮にも新聞部が真実を捻じ曲げていいんですか!?」


「残念だけど私の心は今でも光画部と共にある。アタシはジャーナリストとして真実を追求することよりも、写真家として写真を見た人それぞれに解釈を委ねることを尊重すべきだと思っているんだ。プロフェッショナルの業ってやつだね」うっとりと自分の台詞に酔いきっている天野。ただのエゴイストだろ。


「このペテン師、詐欺師、嘘つき!」


「何とでもいうがいいさ。どうせ、君は私たちにつくしかないんだ!」両手を広げ、オ

ーバーな舞台俳優のように宣告する天野。床に映った影がまるで、蝙蝠のように見える。


「まあまあ、そんなに悪いことでもないよ君がどこのクラブに参加するかは知らないけど皆、私のような面倒見のいい人達だよ」チェシャ猫のようにニンマリと笑う天野。勿論、皮肉で言っているのだろう。


「大体何だってこんなまどろっこしい方法を取るんだ。普通に勧誘すれば良かったじゃないですか!」


「ああいうやり方で巻き込んだ時点で君を敵に渡す渡すわけには、絶対にいかないんだ。私たちのやり口を知られたってことだからね。それでこういう縛りつけるようなやり方を取ったわけ。アタシたちが君を餌にしたと後から知られて、不信感を抱かれて離脱されるのはいやだったしね」


 眼を細めて笑っている天野。そこには悪戯大成功といった感じの悪辣だが無邪気な屈託のない笑顔があった。その表情に少し毒気を抜かれてしまう。


「ねえ、君は本当に嫌だと思っている?」


唐突に問いかけてくる天野。

嫌だ、と答えようと思うのだが、自分の感知できない心の何処か深いところの図星をつかれた感じがして、言葉に出ない。


その様子を見た天野は、優しく微笑み、名刺のようなものを僕の手に握らしてくる。

廊下のようにひんやりとした彼女の手が、とても気持ちいい。


「本当に嫌だと思っている人は、こうして話に付き合ったりしない。学生支援課にでも駆け込んで苦情を申し立てて終わりだよ。……案外岩崎には、人を見る眼があるようだね」


帽子のつばを上げ、こちらをじっと見る彼女。その下の眼差しは、とても楽しげだ。


「アタシの直感だけど、君は絶対にウチに馴染めると思う。執行には似合わない。ちょっと変でも、自由な所が君には相応しい」


アタシや他の奴らみたいにね、と付け足す天野。何も言えずただ言葉を待つ僕。


「そのカードは特別な新入生歓迎会への招待状。今年は戦力になりそうな新入生を探すために各クラブ合同で歓迎会を行うの。開催は来週の水曜日放課後、クラブハウスで。そのカードが無いと入れないからね」


 じゃあね、と手を振り、立ち去る天野。

外へと出ていく彼女の姿がオレンジ色の夕焼けに溶け込んでいくように見える。


僕は、というとただただ阿呆のように呆然としていた。彼女の立ち去りの鮮やかさに指摘の鋭さに、存在感に。短時間で叩き込まれたあまりの情報量の多さに、思考がショートしてしまったようだった。握らされたカードを見る。赤と黒の刺激的な配色の模様だが、長方形の長い方の辺の片方には、白いラインが通っている。そこにはバーコードが打ち込まれていた。クラブハウスには、カードリーダーでもあるのだろうか。


「あ、そうそう」出ていったはずの天野がドアから顔だけ出す。疲れ切った僕はカードを手にしたまま、顔だけ向ける。


「忠告を一つだけ。パソコン研究部には気をつけてねってことと、うろちょろせずに早く帰りなさいってこと。忠告したからね」さらば、と顔をひっこめる天野。静寂が再び場に戻ってくる。


窓から差し込む陽光が橙色から黄金色になりつつある。とても目に眩しい。

嵐のようだな人だったな、と独り呟く。


名刺をポケットにしまい、どっかりとベンチに座る。そこで、硬くて丸いものが体に触れた感触がして、天野からもらった缶ジュースの存在を思い出す。無意識化にベンチの上に置いてしまったのだろう。


プルタブを開ける。カシュッという小気味よい音が鳴り、放出する二酸化炭素が飲み口の周りを霞のようにたなびく。春らしいな、と考えるのも束の間、無粋に無感動に果実の匂いが香る、炭酸ジュースをそのまま飲み干す。ぬるい。


 缶を捨てようと、ゴミ箱の前まで歩いた所であることに思い至る。天野は、出ていく際にカメラを回収していかなかったことに。

ゴミ箱に缶をねじ込む前に、穴の中を覗き込む。そこには、天野が捨てた缶が形を歪めて、詰まっているだけだった。

ゴミ箱の周りを見てもカメラらしいものは特に見当たらない。

ぱぱっとは、見つけられない位に小さいカメラもあるにはあるだろう。しかし、そんな小さいカメラをあの一瞬で設置できただろうか。

それとも最初から仕掛けて置いたのだろうか。いや、いくら何でも僕がここに来ることなんて予想出来ない筈だ。

それとも、何処に向かっても問題ない位、彼らはそこら中に仕掛けているのだろうか。


いや、現実から目を背けるのはよそう。僕の頭は列挙した答えよりも、もっと簡単で現実的な回答を既にはじき出している。


即ち、最初からカメラなんて無かったということだ。


乾いた笑いが口から洩れる。こんなに人に振り回されるなんて、生きていて初めてのことだ。

 彼女らは、一体何だってこんな大掛かりな事をしているのか。

答えを追求するのはよそう。どうせ、彼女はのらりくらりとするだけで、欲しい答えなんて教えてくれっこない。きっと意味なんてないのだろう。


スマホに入れてあるバスの運行予定の書いてあるpdfファイルを開く。次のバスが来るまで後、三十分はある。

で、あればだ、この構内をうろちょろとしてやろうではないか。今日の体験に毒されたのか、はたまた彼女への反発心か。 

普段なら大人しく人の言うことを聞いているところだが、あれだけ好き勝手している人達を見たのだ。何となく身体が浮ついてしまっている。


廊下には所狭しと様々な部活、同好会、サークルのポスターが貼ってある。ネットから拾ってきたのだろう、色々なアニメのパロディネタを使ったものや、自作と思われるオリジナルのキャラクターが描かれている物。

文字だけの素朴で無骨な物もあれば、見るからにチャラそうな学生達の飲み会の様子が載っている物もある。

その中には、今日見た変人達のいる部活もあるはずだ。


これらを見て余韻に浸り、近い将来の展望を思い描きながら家に帰ろう。


橙色から黄金のように染まりつつある廊下を歩き出す。騒がしいながらも楽しいそんな

生活が待ってるような気配がした。



……この直後のことであった。

二度あることは、三度あるという。変人に二度会えば三度会うということだ。

しかし、一日の上でその三度全てこなしたのは、世界広しといえど僕くらいではないだろうか。

天野先輩の言うことを素直に聞いて帰っていれば、この後三度目に出くわすことは無かっただろう。

そうすれば、僕がパソコン研究部に入部することは恐らくなく、またあの男が次週の新入生歓迎会のことを知ることも無かったはずだ。

そして、僕たちの動きがあの男を通じて、筒抜けになることもなく、学生総会もあそこまでこじれることも無い。

良いことづくめではないか。

しかし、実際は、そうはならなかった。

僕はパソコン研究部に入部したし、あの男は新入生歓迎会に押しかけたし、僕たちの動きは筒抜けになっていて、学生総会は乱れに乱れた。

果たして、この時違う行動を取っていれば僕の学生生活はどうなっていたのだろうか。



第二話終了

自分で書いておいてなんですが、天野は可愛い。長くなるのも仕方がない。自分のキャラクターで満足出来るというのは、自給自足で便利ですね。

ところで、光画部、天野と聞いてピンとくる人は果たしてどれくらいいるのでしょうか。ピンときた貴方!ずばり、あらふぉーでs/*この文章は当局によって削除されました*/。

前書きでサブタイトルのことに触れましたが、マイティ・ソーが邦題で揉めているソー(ああ、駄洒落を!)ですね。

原題と邦題が違うってことは結構あって、最近だとミニオンズとかもアメリカと日本で全然タイトルが違います。個人的にはカッコよければ何でもいいと思います。(所で、スターウォーズは何故にファントム・メナスだけ英語なんですかね。絶対”見えざる脅威”の方がカッコいい。かといって、何でも訳せばいいということでもない。”大尉亜米利加 冬の兵士”とかだとなんだか分からないし。要はセンスですね)

次回も来週。今週に比べてかなり短くなるでソー。

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