episode02【初日からクライマックスだぜ!】
立て札のあった街道から矢印の方向に進み、林の中へと続く細い獣道へ入っていくこと数十分。
俺とロエルはモカの村へと到着した。
街道に建てられていた立て札こそボロボロだったものの、実際に村に入ると宿屋と思われる建物やその他数件の民家はどれも新しく、まるでちょっとしたリゾート地の様な雰囲気を醸し出していた。
「思ったよりも新しくて綺麗な村なんだな。俺の村の近くにこんな場所があったなんて」
俺は辺りを見渡すと素直な感想を述べた。
「えぇ、まさに綺麗な花には何とやら、といった所でしょうか……」
「え?」
「何でもありませんよ。さて、どうやらここが宿屋の様ですね、入りましょう」
俺はロエルの言葉の意味がよくわからないまま、後を追うように宿屋へと入って行った。
宿屋へ入ると、カウンターの奥から恰幅の良い男がいそいそと出て来て、俺たちを見るなり満面の笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ、旅のお方ですかな?」
「はい。二人ですが、お部屋は空いていますか?」
「もちろんですとも、それではお二人様で一泊10ガルドになりますがよろしいですか」
「ええ、ではこれで」
ロエルはそう言って懐に入れていた小さな袋から、数枚の銅貨を取り出した。
「はい、確かに。ではお部屋へご案内致します」
そう言うと男は太った身体を左右に揺らしながら、俺たちを客室まで案内した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「こちらでございます。では、ごゆっくり……」
客室の前に着くと、男はのそのそとした足取りでこちらを向き、先ほどと同じ満面の笑みでその場を後にした。
案内された客室は“もちろん”俺とロエルはそれぞれ別の部屋で、客室へ入ると部屋の中央に置かれた丸テーブルに置かれている小さな花瓶が目に止まった。
花瓶には赤い花が一輪活けてあり、顔を近づけるとほのかに甘い匂いが鼻先をかすめる。
その他にもベッドやイス、照明から壁紙に至るまでどれも新築の様な新しさで、宿屋で雑用をこなしていた俺からすればまさに理想とも呼べる客室だった。
「これで10ガルドだって……? そりゃリマの宿屋の客足も減る訳だ」
ぼやくようにそう呟くと、俺はそのままベッドに倒れこむように身体を投げ出した。
ホーンバッファローとの死闘や、長時間に及ぶ旅路という内容盛りだくさんな一日に疲れ切っていた俺は、そのまま夕食を食べることも忘れて沈み行く様に意識を失っていった……
✳︎ ✳︎ ✳︎
それからどれだけ眠っていたのかわからないが、俺はふと妙な物音で目を覚ました。
「──ん、ロエル?」
眠たい目をこすりながら、起き上がると隣のロエルの部屋の方から再びドスンと大きな鈍い音が聞こえた。
「おいおい、あいつこんな夜中に何やってんだよ……ったく」
俺は廊下に出て、ロエルの部屋の前まで行くとドアを蹴破る様に思いっきり開けた。
「おい、ロエル! せっかく人が寝てんだからもう少し静か──
そこには床に仰向けで横たわるロエルと、ロエルに馬乗りになっている宿屋の主人が居た。
──そして、ロエルの胸には大きな剣が深々と突き刺さっていた。
「早く、逃げ……ガハッ……」
ロエルが苦しそうな表情で、俺に向かって手を伸ばした。
「何……だよ、これ?」
俺の思考回路は一瞬にしてショートしてしまい、全身にジリジリと痺れるような感覚が襲った。
まるで夢を見ているような現実感の無い光景と、部屋に充満するリアリティのある血の臭いとが頭の中でゴチャゴチャと入り混じる。
「おやおや、見られてしまいましたか……それでは仕様がないですねェ……」
宿屋の主人は不気味な笑みを浮かべたままゆらりと立ち上がると、その姿を次第に変化させていった──
そして小刻みに身体を震わせる宿屋の主人は、やがて大きなローブに身を包んだゴブリンメイジに姿を変えた。
「フン、この姿を見せたのではもう意味はないナ。“幻惑魔法”!」
ゴブリンメイジは懐から取り出した杖を振るうと、杖の先から霧が立ち込めた。
「ごほっごほっ……?! これはっ!」
手で霧を振り払うように搔きわけると、そこには先ほどの宿屋の姿はどこにもなく、眼前には今にも崩れ落ちそうな、洋館の大広間の様な空間が広がっていた。
「まさか、全部幻覚だったのか!」
「ハッ! 今更気付くとは馬鹿な奴ダ。貴様もここで朽ち果てろォォ!」
そう言うや否やゴブリンメイジが杖を振りかぶると、杖の先に大きな火球が渦を巻いて出現した。
「焼け死ねィィィ! “炎中位魔法”!」
「くっ!!」
こちらに向かって一直線に急接近してきた火球を横っ飛びで避けたが、未だ思考と上手く噛み合わない身体はバランスを保てず、そのまま転がるように壁に激突してしまった。
「痛ッ……」
「馬鹿が! これで終わりだァァ!!」
「──シャゴル!」
再び杖を構えたゴブリンメイジの右腕に、何処からとも無く飛んできた数本の大きな氷柱が突き刺さった。
「グギャァァァォッッ!」
突如として腕を貫かれたゴブリンメイジは、握っていた杖を落とし、身悶えする様に床をのたうち回った。
「う〜ん、“早く、逃げ……ガハッ……”なんて、私の演技力も捨てたもんじゃないですねえ」
声のする方に振り向くと、そこには何事もなかったかの様に微笑をたたえるロエルの姿があった。