prologue02【出会い】
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三日前──
俺の住むリマという村に一人の男がやって来た。
いや、正確には“やって来た”では無く“行き倒れていた”と言った方がいいのか。
その男は、人族にしては珍しい長い銀髪で、一目見ても分かる程全身におびただしい傷を負っていた。
「とにかく、彼を運ぼう。さあ早く」
村長はそう言って、男を村の宿屋へと運び入れた。
意識を失っていた男は、それから二日後に目を覚ました。
男はロエルと名乗り、世界を巡る旅をしていたが、最近この辺りを荒らす魔物に襲われ傷を負ったと村長に説明した。
そして、男は命を救ってくれたお礼として荷物から大量の金貨を村長へ手渡した。
「いやいや、待って下さい。お気持ちは嬉しいですが、我々は当然の事をしたまでです。こんな大金を受け取る訳にはいきませぬ」
「そうですか。では、こうしましょう。このお金とこの村の“もの”とを交換させて下さい」
男の言葉に村長は少したじろいだ表情を浮かべた。
「交換ですか。その……お言葉ですが、何しろこの村は山間にあるへんぴな村です。あなたの役に立ちそうな“物”は──」
村長がそこまで話すと男は手をすっと挙げ、宿屋で下働きしていた俺を指差した。
「私は、この村の“者”を弟子として連れて行きたいと考えているのですが、いかがでしょう?」
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「さて、そろそろ起きて下さい」
男の言葉に我に返ると、俺は呼吸を整えながらゆっくりと起き上がった。
「はぁ……何すんだよ、ロエル。急にホーンバッファローの群れを挑発するなんて」
「ウィル、私のことは“ロエル”ではなく“師匠”と呼びなさいと先ほども言ったでしょう」
ロエルは人差し指をピンと立て、諭すように言った。
「ってか、だいたい弟子って何なんだよ。普通弟子って自分からなりたくてなるもんだろ? 何が悲しくて見ず知らずの人の弟子にならなくちゃなんないんだよ。それも金の力で強引に……」
「おや、それは聞き捨てならない言葉ですね。あなただってあの時、私の弟子となって旅をする事に納得していたと思いますが?」
「そりゃあ、生まれてから十五年間リマの村しか知らなかったから一度はこの目で世界を見て周りたい気持ちもあったし、厄介者を追い払ったみたいに嬉しそうに金を受け取った村長にもムカついたのは事実だけどさぁ。だからって、いきなりこんなことしてたら命がいくらあったって……」
俺はそこまで言うと大きく溜息をついた。
「そこまで言うなら確認してみたらどうです?」
「……は?」
ロエルの言っている意味がわからず、俺は首を傾げた。
「ステータスですよ、ステータス」
ようやくロエルの言葉を理解した俺は心の中で念じると、視界の隅にステータス画面が現れた。もちろんこの画面は俺にしか見ることは出来ない。
(えーと、なになに……)
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名前:ウィル
クラス:なし
性別:男
レベル:3
HP:21/21
MP:0/0
腕力:7
魔力:6
体力:5(+1)
耐久力:4
俊敏:6(+1)
器用さ:5
運:8
所有スキル:なし
固有スキル:なし
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「ん……プラス?」
見慣れない表示に思わず声が漏れた。
「その通り、たったあれだけのトレーニングでウィルのステータスは上がっているのです」
(あれだけって……)
得意げな顔を向けてくるロエルに若干のイラつきを覚えながらも、俺は自分の苦労が少しでも報われていた事に妙な達成感を感じていた。
「でも、レベルは上がってないぜ?」
俺はかつて村を魔物に襲撃され、村人たちと協力してそれらを撃退したことを思い出した。
あの時は確か、レベルアップの通知があった後、各ステータスが上昇した画面が出ていたのだが、今回はそういった様子は全くなかった。
「レベルはあくまで、能力の上限値が上がるだけに過ぎません」
「能力の上限値……?」
「そうです。例えば同じレベル同士でも、日々鍛錬しているものとそうでないものとに差があるように、能力には経験値を得てレベルを上げていく方法と、鍛錬を積んで基礎能力を上げる方法があります。その差がどのくらいかと言──
と。ここから小一時間ほどロエル先生のありがたい講義が始まったのだが、簡潔にまとめると
●レベルを上げなくても、ある一定までは能力は上げられる。
(限界まで能力を上げればレベル3でも、無鍛錬レベル6相当までは上がるとか)
●基礎能力は心身を追い込む程の鍛錬をしないと上げることはできない。
●鍛錬の内容によっては、呪文やスキルを覚えることもある。
●特殊な例として、とある木の実を食べても能力は上げられる。
……ってことらしい。
「──と、ステータスについては大体こんな所でしょうか。ちゃんと聞いていましたか?」
「オーケーオーケー、まぁ、要するに何だ。これから俺は何度もこんな目に遭いながら旅をするってことだろ?」
俺がわざとらしく肩をすくめると、ロエルは口角をニヤリと上げた。
「素晴らしい。やはりウィルを弟子にした私の目に狂いは無かった様ですね。ところでウィル、次に私を呼ぶ時は──
「──って納得できるかぁぁぁぁッ!!」
──できるかぁぁぁ!
──るかぁぁ
──かぁぁ……
俺の声は遠くの山々に何度もこだまして響き渡った。
とにかく、そんな奇妙な形で俺とロエルの旅は幕を開けたのだ。
次回よりepisodeになります。