魔法少女 推☆参 ふたつめ
HCARが奪われた。
まだロクに体力も回復していないというのに、さっそくトラブルに巻き込まれてしまった。
私は額の汗を拭いながら、高架の下で足を止めた。
頭上ではJR線が忙しなく駆け抜け、凄絶な雑音が私の頭を叩く。
「くそったれ……」
思いのほか、この東京という街は魔の都であったらしい。
七年前、私が過ごしていたころも同じように殺伐としていたのかもしれない。私は日の当たる幸せな常識に守られていたに過ぎない。
私は魔術と言うモノは映画や童話の世界の出来事だと思っていた。
サンタクロースは実在しないし、かぼちゃの馬車なんて実在しない――――。
そう、思い込まされていたに違いない。
仕組みは簡単だ。
魔術を空想、理想として高い水準に持ち込む事で、現実から乖離させる。
無意識に人々は〝ありえない〟と思い込み、目の前のリスクに焦点を合わせる。
幻想はカタチを失い、融解し、夢だけが残る。
その夢こそが魔法の動力源だと、人々は忘れてしまったのだ。
だが、今の私は違う。
サンタクロースは実在するかもしれないし、かぼちゃの馬車も然り。
かぼちゃの馬車では無くても、トヨタの軽トラックがテロリストの輸送車両に変貌する程度は日常茶飯事だ。
あ、でもこれは魔法じゃないか……テヘ。
「という訳で」
私は、ガバメント一丁で、東京の街を歩く事にした。
当然、三条御雪の行方は不明。
追跡を試みたが、あの屋敷で気配は消失している。
三条御雪は発砲と同時に姿を消した、という事になる。
――――謎、だった。
魔術を使用した、という事は考える間でも無い。
だが、それだけだ。魔術とは個人が組み立てるプログラムのようなもので、その仕組みが解明できなければ、対策を講じる事も出来ない。
多くの場合、魔術は体系化されている。
今日日、DOSを使って一からOSを組み立てる事が無いように、魔術にもOSが組み込まれ、そのOSに適したアプリケーションが開発される。
そのOSこそ、我々の使役する大和三術。さながら結界はアプリケーションか。
大抵は開発された魔術である、再現構造を使う。
私の結界魔術なんかが再現構造で、カンタンだからと乱用している。
――――師匠には怒られたが。
これは私自身に、壱から魔術を組み立てる能力が無い事もあるが、時間的リスクを軽減できることが大きかった。
魔術を組み立て、完成させるという事は一筋縄ではない。
トライ・アンド・エラーの繰り返しで、相応の機関でなければ秘匿できない。
手間と時間が必要だった。
私のように放浪しながら、生活費を稼ぐ人間に開発は難しい。場所も無ければ金もない。
しかし自家製の魔術の齎すメリットは、手間と時間に叶うものだ。
私が師匠から「ストラクチャ・モデルを使うな」と怒られた事も、ここにある。
ようするに仕組みが理解できるか否か、という問題だ。。
第三者が開発、配布した魔術は誰もが使用できる。
だから手慣れの魔術師と戦闘状態に陥った時、いとも簡単に突破される。
――――昨日の公安職員のように。
しかし自家製の魔術は違う。仕組みが分からない、独自のソースコード、独自のインターフェイス。
その齎す演算結果は使役者のみが認知できる。
まるでTCGだ。
相手は自らのデッキがどのように動き、回転しているのか分かる。
しかし、カードプールに乏しい私は相手のデッキがどのように回転しているのか理解できない。
故に弱点も分からない。
――――これが、クロノと御雪の違いだった。
「ヒントは、三条……か」
私は浅草駅に戻ると、公衆電話を探した。
今じゃ公衆電話もほとんど姿を消して、駅に数台残るのみ。
陽の暑さからのがれるべく地下鉄へ。
階段を下りれば下水の匂いが鼻を突き、改札機のインターフォンが静かに木霊していた。
平日の昼間だ、そう人も多くない。
私は公衆電話を見つけると、タウンページを手に取った。
あの様子であれば、かなり名のある家筋だろう。
本家や自宅の連絡先まで把握できないにしても、その関連する企業がヒットすれば問題は無い。
そこから探りを入れるのだ。
◆
はい。
三十分。
――――見つからなかった。
「なんでさ」
残念ながら三条御雪に繋がりそうな企業は見つからなかった。
電話しても殆どが三条を知らない。暗示を引っかけてみたが、答えは得られない。
――――本当に三条御雪を知らないのだ。
魔術ファイアウォールを仕組んだ様子もない。電話に出た人間は全て一般人だ。
まるで幽霊だ。三条御雪が存在しない。
しかし、私と接したかぎりでは間違いなく人間の魔術師である。ゴーストではない。
否……違う、実体が無いのなら、それは本当にゴーストなのだ。
確かに三条御雪に実体は存在した。
しかし現存する〝三条〟に御雪は存在しない。
ならば考えられる事は二つ。
A、三条御雪が偽名であること。
B、三条御雪の〝三条〟自体が存在しないこと。
あれは三条を名乗る亡霊ではないのか――――私は、一つの確信を突いたような気がした。
――――リン。
――――リリリリリン。
ふと、目の前の公衆電話が鳴った。
分かりやすいのである。
「なに?」
『わたしのことを嗅ぎまわっているようですわね』
胡散臭い女の声だ。
三条御雪に間違いない。
『あなたの相棒は預かってますのよ』
「それで?」
『今夜零時、江東区の埠頭でお待ちしておりますの』
「へえ、どうして? ……私を殺すなら、出て来たら?」
『民間人に危害が加わるような場で発砲なんていたしませんの』
――――。
『ですから、貴女だけを確実に殺してさしあげます』
――――貴方は、今。
『この世に遍く悪鬼羅刹の嘆きを、聞かせてくださるかしら』
――――なんて。
『どうしましたの、だまって』
「ううん、なんでもない。ごめん」
『謝らなくてよろしいのですわ』
「ありがと」
どうして、なんだろう。
どうして、二度も連続して――――こんな相手と戦わなくちゃ、いけないんだ。
「ねえ、あなたは本当に三条御雪?」
『……、それはどういう意味ですの?』
「そのまま、よ」
『……私は三条御雪ですの、他の誰でも無い、紛れもない三条の末裔ですの』
「…………そっか」
分かった。
『しーゆーあげいん、それではごきげんよう』
三条御雪の電話が切れた。
/
恐らくだが〝三条御雪〟は此の世に存在しない。
彼女の実体を突き止める必要がある、そう思った。
電話が切れた後、私は駅を飛び出した。
――――必要なモノは死体だ。死体を見つける必要がある。
私は走りながら、必死に考えを絞り出そうとしていた。
死体を見つけるにはどうしたらいい?
三条御雪の正体を見極めるにはどうしたらいい?
名もなき人間の正体を見つけるには、どうしたらいい?
――――それは記録だ。
存在を証明する記録、あるいは魂の残骸。
生きた事を記し、その消滅を決定づける閻魔帳。
それは時に刑事事件の記録、裁判所の記録、あるいは住民票。
あるいは通帳、あるいは領収証、あるいは日記、つぶやき、世界の全て。
そこから三条御雪という存在を浮き彫りにしなければならない。
そうして、辿り着いたのは国立国会図書館だった。
――――っここなら、あるいは全てを閲覧できるに違いない。
◆
私は膨大な書物の中から、いくつかの本を手に取った。
まず電話帳、現在から五年ごとに三十五年前まで。
次に地図、これらを照らし合わせる為に。
そして新聞だ。
――――憶測だが、三条御雪が消滅したのはそう昔の事では無い。
彼女の魔術の能力から考えるに、戦後、何かしらの形で消滅した可能性が高い。
なぜか。
彼女が年相応の存在だと考えるなら、少なくとも生まれは二〇一〇年前後だろう。
良質な着物は持っている、しかし言葉と言えば違和感が残る。彼女のように〝御嬢様言葉〟を現実に使う人間は滅多にいない。
なら、彼女は〝御嬢様〟という言葉に執着している可能性が高いのだ。
そこから考えられるとすれば、彼女の前で三条御雪が失われた――――あるいは、消滅しつつあった。
彼女は間違いなく〝三条〟の家系だろう。
だが、その〝三条〟が問題だった。
そこで、なぜ私が戦後から現代という縛りを持ったのか、という事なのだが、これは日本の呪術史の問題である。
日本の呪術史には幾つかの転換期があり、その一つが太平洋戦争である。
この時、多くの文化が失われたように、東京に根を張っていた多くの魔術師が失われた。
この時点で、滅亡してしまった魔術系統も少なくない。
それ以前は幕末から明治維新の騒乱、そこから前は源平合戦である。
源平合戦から天下泰平まで、日本の中央集権下での呪術史は停滞している。あるいは保存されている。
呪術とは文化の発展と同時に枝を伸ばす。
文明が発展する時、これは息をひそめるのだ。
つまり魔術師の生活が安定しないと魔術師は伸びない。
――――という訳で、私は戦後から二〇一〇年まで、三条に何かあったのではないか、と憶測するに至ったのである。
「三条、三条……っと」
私は一九九〇年の電話帳をめくりながら、三条を探していた。
「ん……、これは」
かなりの数が引っかかる。
三条銀行、三条建設……云々、と途方もない数の三条というキーワードが引っかかった。
それは数ページに及ぶ。
一九八五年の電話帳と地図を取り出し、照らし合わせる。
およそ五年の間に三条は爆発的な勢いで拡大し――――そして、
一九九五年、電話帳から姿を消していた。
地図から、全て三条の名前が消えている。
――――魔術師は生活が安定しなければ存在できない。
思い当たる、節があった。