魔法少女 推☆参 ひとつめ
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白居志保との戦いから夜が明けて、私は半日近く歩き続けた。
現在地点は浅草、天下のアサクサである。
私は残りの少ない、なけなしの日本円を叩いて銭湯にいる。
番台のおばあちゃんが「おや、こんな時間から小学生が……」とか、余計な疑問を抱いたのでマジカル交渉術で眠ってもらった。
お金は払ったから問題は無い。
という訳で、私は昨日の働きを癒す為、湯につかるのだ!
ちなみにHCARはロッカーの上のほうに置いた。
「うふふふふ」
カーテンを閉めて、シャワーを捻る。
心なしかネットカフェよりも広く思えてしまうのは何故だろう。
こころのよゆうにちがいない!
しょうりの余裕なのだ!
「わはははは」
びしゃびしゃびしゃ。
私は汗という汗を洗い流して、鏡の前に腰を降ろした。
番台で買った小さなシャンプーを泡立てて、頭を洗う。
これが毎日続いたら幸せに違いない。
――――ん、ふと隣にヒトが座った。
「あら、いやですわ……石鹸が飛び散っておりますわ」
「あ、ごめんなさいっ……」
隣に座ったのは、ちょうど私ぐらいの女の子で、私よりも肉付きがいい。
……というか、そういう事じゃなくて、私の石鹸が飛び散っていたらしい。
「あら、よくってよ」
隣の女の子は、見るからに豪華な桃色のシャンプーを取り出して頭を流していた。
いいなあ、お金持ちなんだろうなあ。
でも、なんでお金持ちが銭湯なんかにいるんだろう?
「あら、あんまり見ないで下さります?」
「あ、ごめんなさい」
知らぬ間に凝視していたらしい。
私は慌てて髪を流し終わると、身体を洗った。
「あーっ! だからやめてくださいまし、飛び散ってますの!」
◆
私が湯船につかると件の女の子も入ってきた。
因縁でもつけられた気がする。
お湯は黒の天然ラジウム風呂、温度は集めで疲れた体を一気に癒してくれる。
クロノが黒のお風呂に浸かるのだ。
「ぷぷぷぷぷ」
「嫌ですわ、なんですか、一人で笑っておりますの」
いや、お前は関係ないだろう。
私が笑いたいから笑ってるのだ、喧嘩なら負けないぞ。
ていうか、そろそろ上がろう、
「嫌ですわ、もう上がるんですの。――――お里が知れますわ」
あー、きちゃった。
かちんときちゃった。
まけてらんないね、これは。
私は四十三度のお湯に戻った。
一分。
「まだですの」
二分。
「まだだよ……!」
三分
「まだまだですの!!」
四分。
「ま、まだ……です、の」
「ま、まける、ものか……!」
――――あ。
◆
「今回のところは引き分けということにして差し上げますの」
「ていうか誰?」
名も無き女の子は、そんな風に胸を張りながら瓶のミックスジュースを一気に飲み干した。
私はコーヒー牛乳だ。
「コーヒー牛乳なんて粗末な感性ですわ」
「だから誰なの?」
「全く、私を知らないなんて……え?」
「だから誰なの?」
女の子は目をぱちくりとさせて固まっていた。
「と、とととととんだ田舎者でございますわ。私を知らないなんて」
「しらないよ、いい加減にしてよ」
「わ、私は……三条御雪ですわ!」
「ああ、そう三条御雪さん……はじめてきいた」
なんだんだろう、この子は。
私がぼうっとしていると、三条深雪はロッカーを開けて着替え始めた。
うわ、着物だ。
どうやらお嬢様と言うのは間違いないみたいで、桃色の着物を自分で着つけている。
最後に朱色の羽織を纏って、完成……らしい。
「すごいねー」
そう言いながら私は替えをミリタリーパンツを穿いた。
昨日まで来ていた一着はバックパックに収めてある。出たらとなりのコインランドリーで洗濯しよう。
「ですわー」
そう自慢げに鼻を鳴らして、少女は〝それ〟を手に取り、腰の紐に差した。
「な――――」
二十六年式、拳銃。
「あらためまして、おはこんばんわ、ふぁっきん、ごきげんよう」
「アンタ……一体、何者」
「あら、砂臭いガンマニアは物覚えも悪いのかしら?」
「私に何のよう?」
くすり、と三条御雪は笑って、手を掲げる。
黒いヴァイオリンケースを――――掴んだ。
「あ、返せ!」
「嫌ですわー!」
逃げやがった!
私はジャケットを羽織ると、サイドアームのコルトガバメントを手に取った。
とりあえず洗濯は後回しだ。
HCARが場われた以上、その回収が先である。
「待てやー!」
敵襲だった。
◆
銭湯を抜け出せば目の前には大通りが広がっている。
車の往来は激しく、渡れる気配は無い。
だが、三条御雪は既に向い側に渡っていた。
どうやら度胸と勇気はあるらしい。
私は彼女と並走するように走り出した。
アイツは今、HCARを背負いながら走っている。
あのヴァイオリンケースの中は七キロはある。
本体と、そしてマガジンにチェストリグ。
それに私はアレを運搬する為の筋力強化を常用している。
走りなら負けない、絶対に追いつける自信があった。
十字路に入り、三条は右手に曲った。
ちなみに私は赤信号、流石に車を抜けては走れない。
「くっそー、この……」
オリンピック選手のようにスタートのポーズを取って、呼吸を整える。
三、二、一……。
青!
私は信号が変わると同時に私は走り出した。
風を切り、人を潜り抜け、三条雪乃の背中を追う。
「待てぇえええええええっ……!」
追いついた。
「ヒッ! 化物ですの!」
見れば三条御雪は息が上がっている。
当然だ、そんな物を持ちながら走れる中学生が存在する訳が無い。
「さあ、返せ!」
「嫌ですのー、あっかんべえ、この野蛮人!」
「泥棒に言われる筋合いはない!」
掴もうと手を伸ばしたら、ひょい、と避けた。
「そうは問屋が卸しませんのよ」
「っこのぉ……!」
三条御雪は小道に入った。
……っと、転びそうになりながらも私は御雪を離さない。
「なーっ! いきどまりですわ!」
「行き止まりだァ……覚悟しろ!」
目の前にはコンクリートの塀が彼女を遮っている。
私はガバメントを構えると、殺意を込めて睨みつけた。
「動くな、殺す!」
「野蛮人! 覚悟なんかしませんの!」
三条御雪は塀を登り始めた。
「ふんっ、ぬ! ぬう!」
めっちゃ頑張ってるけど、大丈夫かな。
七キロ以上あるよ。
「ンッ!」
塀の向こう側に転がり落ちた。
ドシン、グシャと――――危ない音がする。
私は強化魔術に任せて軽々と飛び越えると、真下に転がっている御雪の上へ圧し掛かった。
「いい加減、返せ」
「お断りしますわ……人の縄張りを犯しまして!」
「知らない。私は魔術師を殺すだけ、アンタも死ぬ?」
ガバメントの銃口を頬に押し付けて、ぐりぐりしてやる。
「アラー! 野蛮ですわ、これだから魔術師は嫌いですの!」
「アンタは違うっていうの?」
魔術師じゃないなら、殺す必要は――――無い。
「陰陽師! ですわ!」
そう言うと、彼女は私の顎を蹴り上げた。
「……ッ、同じじゃない!」
「違いますの! 安倍晴明様から陰陽師を教わった三条の人間として、大和三術を継承する義務がありますのん!」
「大和三術なら私だって使ってるっての!」
彼女は私の腕を振り払うと、間合いを取った。
……ったく、折角お風呂に入ったのに……!
「とにかく、この土地での乱暴は、この三条御雪が許しませんの」
御雪は二十六年式拳銃を構えると、私に向けた。
「知らない。アンタの許可なんか興味ないし、命も興味ない」
私はコルトガバメントでアイツの額を捉えている。
外す事は無い。
「まったく、愚か者ですわ」
彼女は躊躇いも無く引き金を引いた。
同時だ、私も引いていた。四十五口径の衝撃が響いて――――。
二つの弾が外れた。
私の首筋の掠めた九ミリ弾、だが四五口径は住宅の外壁に当たっている。
「そんな、うそ」
三条御雪が消えていた。