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タクティカル☆魔法少女  作者: イズミ イクサ
魔法少女 爆☆誕
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魔法少女 爆☆誕 よっつめ


  /4


 ――――しん、と静まり返った夜。

 満月が天蓋を覆う程に光る、真澄の夜。

 天を頂く魔城の上、眼下に広がる日本のセカイ。


 日常と非日常は隔絶され、戦争と平和は、夢と現実に墜ちる。


「やっぱり、来たんだ」


 私は祭壇の上から、下へと声を伸ばす。

 階段の入り口、大きく開け放たれた扉に、一人の女が姿を見せた。

 その表情はサングラスでよく見えない、ただ月明かりを反射しながら、整然としている。


「驚かされたよ、ほんと。日本警察がそんなモノを持ち歩いてる、なんてさ」


 女は漆黒のバトルライフル――――H&K社製、HK417を握ったまま、こちらを睨んでいる。

 スタイルは私と同じCQB。


 標準装備の12インチバレルと、ホロサイトに着脱式の拡大鏡〝マグニファイヤ〟まで装備している。

 緑のレーザーサイト、アンダーレールにはグリップとバイポッド。

 

 米軍でも見かけないほどの怪物だった。


「そんな危ない物もってさ、ねえ、お姉さんは何処に行こうっていうの?」

「――――、おまえ」


 そう、瞳を見せない怪物は呟いた。


「おまえが、魔術師――――!」


 そうして彼女が強くグリップを握りなおした先、サングラスの隙間から涙を見せた。それが頬を伝って、風に流される。


 びゅうと、いたずらな風が吹き抜けて。

 彼女の帽子と、サングラスを飛ばしてしまう。


「魔術師、って……そんな、貴方が……白居、志保?」


 初めまして、ではない。

 敵対する彼女は今朝がた、私にジュースを奢ってくれたお姉さんだった。

 それが私へ憎悪を向けている。


「へえ、ご存知でなにより。こっちも奇遇ってトコロね。もしかしてとは思ったけど、話してすぐに確信したわ」


 彼女は吐き捨てるように言った。


「この、犯罪者が」



 その感情は――――


      私が――――


      よく――――


        しって――――


           いる――――。



「惑わされるな、引き込まれるな!」


「だって、そんな……あの人は……」


「いいから引き金を引け!」


 HCARが叫ぶ、叫んでいる。


「あァ……お前たち魔術師はいつもそうだ」


 彼女が声を振る絞る。


「私たちの目を掻い潜り、光の届かない世界で人を殺す、法を犯す……。その手で何人の血肉を飲み干した、答えろ……!」

「そんな、だって、私は……」


 私は。

 私も、あなたと。

 同じ。

 なんで、そんな――――。


「ったく、同業者って奴は困ったな。いや、ほんとに魔術師殺しが犯人だとは」


 HCARが言った。

 女の人の顔が、すこしだけ驚いた。


「なるほどね、合点が行ったよ。お前さんは退魔の依頼を世界に広めて、魔術師を誘き出していた訳だ。取り立てて実力の高い、魔術師を。だが高位の魔術師ほど戦闘向きじゃない、アイツらは学者だ。巣穴に籠って緑の薬品と赤の薬品を混ぜて煮込み料理を作る連中だろうて。まあ……だから、お前さんは魔術師を殺せた訳だが」


 ああ、と頷くHCARは酷く気だるそうだ。


「んで、お前さんは魔術師達が残した道具や、術式を解析し自分自身に適用している、と。んな、か弱い女の子が装飾品まみれの長物なんて扱えるもんじゃねぇだろ?」


 彼女の腕に赤い線が入る。

 神経、血流、筋肉の増強を施す簡易的な薬品魔術だった。


「そんな怖い目で俺達を見るなって……限界なんだろ、アンタ」


 瞳が紅く光り、彼女の八重歯が鋭く伸びていた。


「獣化、それとも吸血鬼化かな? どちらにせよ、長くは持たない」


 彼女は今にも引き金を引きそうだ。

 私の身体は未だ動かない。動かなきゃ、いけないのに。


「まあ、それでも今までは上手くいっていた、だから今まで生きてこられた。魔術師を殺せたからな。だが今回は上手くいかなかった、何故か、コイツが餌の悪魔を殺しちまったから」


 HCARが、こうして間を保つのも時間の問題だと、いうのに。


「まったく、だいたい物騒なんだよ。女が長物なんて持っちゃいけねぇ、そんな顔をする必要はねぇ、そうだろ?」

「なにが分かる!」


 彼女が叫んだ。


「ああ、分からない。だが一つだけ、俺は言っておかなきゃダメな事が一つある」


 ひどく冷静で、それは温もりに満ちた声。


「コイツは人を殺しても、それは悪人だ。殺人鬼、殺戮者、テロリスト――――人を殺して悦に浸る極限の悪のみ」


 なんだかグリップは燃えたよう。


「だが、今のテメェは自分の為に人を殺している――――ああ、立派な殺人鬼だよ」


 静まり返った私のまわり。

 心臓の鼓動がゆっくり、ゆっくりと。


「だから行け、アイツは紛れもなく…………お前の敵だ!」


 そう、HCARが言った。

 彼女の指先がトリガーにかかる。

 私も同じだった、鏡合わせの虚像と実像。

 息を合わせたように、引き金を引いた。



  ◆



 一瞬の衝撃。

 発砲と同時に、身体を跳ねさせる。

 左方向に回転し、瓦礫に身を隠す。相手も同じだ。


 私は引き金を握る手とグリップを握る手を入れ替える。

 左手で引き金を握りながら、右手はフォアグリップを取った。

 ストックを左肩に当てて、左目でホロサイトを覗き込む。

 

 これをスイッチングという。

 CQB、閉所戦闘に於いて、常にライフルを利き手の側から撃つ事は好ましくない。

 丁度、今のように遮蔽物を挟んだ戦闘を行う時、利きの人間が右肩にストックを当てたまま、左側を覗きこむと上半身をまるごと曝してしまう。


 だけどもスイッチを行うことで、この状況を改善できる。

 遮蔽物から覗きこむ時、射線に曝されるのは銃口を覗く部分のみである。


「それっ、口径は同じだけど……こっちは威力で勝ってるよ!」


 私は相手の隠れているであろう遮蔽物を狙って弾丸を三発撃ち込む。

 コンクリートと鉄筋の山は狩猟用の弾丸を受けて吹き飛ぶ。文字通り、木っ端みじんに。

 出方を窺うか、あるいは飛び込むか。


「当然、飛び込む――――!」


 私はスイッチしたまま立ち上がり、敵がいる方向に向かって時計回りで進む。

 瓦礫の山から、瓦礫の山へ。

 走りながら、敵の存在するであろう場所へ向けて問答無用の制圧射撃を開始した。


「気合十分、負けてらんないね!」


 HCARが声高に叫ぶ。

 私が引き金を引くたびに、HCARは発破の衝撃、リコイルを私に容赦なく叩きつけて来る。

 どすん、どすん、と殴りつけるような、ひどく暴力的で過激な衝撃。


 こいつは昔から、そうやって制圧射撃を繰り返してきた生粋の分隊支援火器なのだから。

 調子が乗るというものだった。


「今夜は寝かさないぜ」


 なにを言っているのだか――――。


「いいや、寝るね、絶対に寝て貰うから」

「ほう、じゃあ頑張りな!」


 ああ、寝て貰う。

 あの殺人鬼だけは。


 魔術師を殺すべく、人を殺し続けた殺人鬼に明日は不要だ。

 それに、この国には専守防衛って言葉がある。


「やられたら、やり返さなきゃ!」

「弾倉交換!」

「了解!」


 ベストから満タンの弾倉を取り出し、言われるままマガジンキャッチを押す。

 空になった弾倉が落下して、すかさず新鮮な弾倉をブチ込んだ。


「いくよ」


 ボルトを押し込み、装填が完了する。


「――――それっ!」


 と、相手が隠れているであろう右手の物陰に射撃しながら飛び込んだ。

 身体を横に流しながら、私は射撃に遅れて空間を認識する。


「いない!」

「クソッたれ!」


 HCARも叫んだ。

 こいつは幽霊相手なら強いのだけど、人間相手だとほんとに喋るだけの機関銃だ。

 だから、つまるところ私がハイになっていただけという。


「まあ、いい!」


 そう思考を切り替えると、私は後ろを振りかえった。

 ――――いない。

 ともすれば――――。


「上だ!」


 先に気付いたのはHCARだ。

 私だって気付いているんだから、銃口は既に上に向いている。


「そこっ!」


 頭上、十メートルに姿を見せる。

 長い茶髪が煌めくものの、瞳は影となってよく見えない。

 見えるのは――――417のサプレッサーと、私の額を貫くレーザーサイトの光だけだ。


「くるぞ!」


 分かっている。

 相手の発砲、指を掛けてから三発。

 私は、空中に浮かんだ的に向けて引き金を三回引いた。


「なっ!」


 相手は417のリコイルに流されるまま、身体を反転。ピエロめいた動きで私の射撃を交わす。

 私のほうと言えば、その衝撃に一瞬遅れてしまった。

 二発は外れた、一発は私の腿を裂いて床を抉っている。


「――――っつう……! くそがっ!」


 貯水タンクの上から彼女が狙う。

 相手は残り十七発、くっそ相手は選抜射手向けのマースクマンライフル! 無駄撃ちはしない主義か!


「そうじゃねぇだろ!」

「ちぃ……」


 ダンッ、と私の右足が引き裂かれる。


「一撃で殺せた、でしょ……今の」

「ふふ、ははは……ははは……」


 私は見上げながら彼女を睨んだ。


「へえ、そういう趣味ですか……、変態」

「結構です、魔術師達の悲鳴ならなんど聞いても飽き足らない!」


 いよいよ己の呪術に精神が蝕まれている。

 ――――彼女は今、貯水タンクの上で高笑い。


「貯水タンク、吸血鬼……」


 私は奥歯を噛んで痛みを堪えた。

 なんとかグリップを握り、銃口で彼女を指す。


「んじゃあ、最高の悲鳴を聞かせてあげる」


 一発、一撃だけで十分だ。

 精密射撃なんてする必要は無い。

 躊躇いなく、迷いなく私は貯水タンクを貫いた。


「はっ、ばかじゃないの!」


 彼女は飛び上がる。

 吹き出す水もものともせずに、私の前に降り立った。


「へえ、そりゃどうも」


 スプリンクラーのように霧状に。

 雨のように降り注ぐ水が、私と彼女を蝕んでいく。

 ――――そう、彼女と私の魔術師としての決定的な違い。


 それを行使する。


 フラッシュバンの安全装置を外し、空へと投げる。


「なにやってんの、はは……」


 狂った彼女はもう助からない。

 フラッシュバンが天空で炸裂すると、同時、私は一つの武器を地面に突き立てた。


「……な、動け……」


 ああ、動ける筈がない。

 今しがた突き立てのは密教法具〝金剛杵〟だ。

 レプリカだと思っていたけれど、どうやら満更でも無いらしい。


 水は法具により聖水と化す。

 聖なる水を前に、吸血鬼は動けない。


「覚悟」 


 ――――これが最後だと、私は心に念ずる。

 脳裏に描くのは本邦大和に坐する、最強無敵の射撃の神。


 見ているのなら応えろ。


 聞いているのなら答えろ。


 願わくは、我が敵を一撃の元に葬らせ給え。


 これを損ずるならば、我は弓を折りて外道に墜ちよう。


 されば明日より我が信仰は無く、明日より生まれるは邪龍と思え。


 今一度、願い奉る。


 本邦に仇為す悪鬼羅刹を我が長弓を以て射させ給え。


「我が弓矢より征きて降し伏すべし」


 それは古代より全ての武門が祈る武運の神。


「南無八幡大菩薩!」


 その名の下に放たれる射撃、業魔調伏の神撃と知れ。


「や、やめ……」


 恐怖に歪む。

 絶望に涙を浮かべる。


 きっと、恐らく、私の最期も似たようなものだろう。

 人を殺し続けた人間の行く先は、おしならべて同じようなものだ。


 復讐者は復讐者によって殺される。

 魔術師は魔術師によって殺される。


 人を呪わば穴二つ。


「さようなら」


 私は目の前の怪物に向けて引き金を引いた。


 あるいは、私の未来に向けて。



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