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タクティカル☆魔法少女  作者: イズミ イクサ
魔法少女 爆☆誕
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魔法少女 爆☆誕 みっつめ

  /3


 正直、お金を使いすぎてしまった。

 近くにあるというガンショップ――――とは言っても、エアガンの販売店なのだが、興味本位で寄ってみたら、面白いものが売っていた。


 もちろん、多くはレプリカだったが、それでも問題ないものはある。例えばバックパックとか。

 昨晩の戦いで失ったのはパソコンだけではない、それらを入れていた小さ目のバックパック、それを探していた。


 見れば実物も幾つか取り扱っておりスコープやハンドガード、マグプル社のストックもあった。少し興味もあったけれど、HCARが低い声で唸ったのでやめた。

 とにかく、バックパックとダンプポーチを買った。


「あと、これ!」


 新品のバックパックに手を潜らせ、角張ったモノを掴み、取り出す。


「じゃじゃん、密教法具〝金剛杵〟です!」

「どうせ観光客向けのレプリカだろ、なんで今さら金剛杵なんて買うんだよ」

「いいじゃない、なにかの御利益があるかもよ?」


 金剛杵、グリップのように握るアイテムで、その両端にはフォークの先端かコーカサスオオカブトのようだ。有名なところだと弘法大師空海の肖像画に描かれている。

 現代では儀礼の際に使用する事が殆どだが、古代インドではヴァジュラと呼ばれ、武器であったとされるのが金剛杵。


 実際のところナイフのような近接武器らしいけれども、神話の世界では異なる。


「インドラのようにさ」


 ぽいっと、敵に向かって投げると爆発し雷撃が落ちたという。


「投げて、使えないかな」

「それならハンドグレネードかスタングレネードでいいだろ」

「そうかなー、使えると思うんだけど」


 正直なところHCARが唸るのも分かる。はっきり言って無駄な出費だ。


「お財布、からっぽだもんね」


 さみしくなった財布を懐に、私は近場のATMを目指していた。

 話に聞けば、秋葉原で一番おおきなビルの足元にあるという。


 さんさんと照らす太陽を仰ぎながら、私は日を避けるように高架を潜る。

 半日ほど秋葉原を歩いて分かったが、とにかく観光客で犇めき合っている。アメリカ人、スペイン人、ロシア人、中国人、韓国人、タイ人……と、人種のミックスジュースだった。


 そんな場所で私といえば日本生まれの大陸育ち、やはり帰国子女なのだろうか?

 ちなみにHCARはアメリカで生まれて世界の各地で戦い、育ったという。最後は日本で師匠と出会ったらしい。なんだか似ているな、って思った。


「似るものかよ」

「また心を読んだな」


 まんざらでもないのはお互い様。


「ふふ、お金を降ろしたらごはんにしよっかなー…………」


 折角だから久しぶりにラーメンが食べたい。

 七年近くは日本を離れていた、たまにヨーロッパあたりでラーメン屋があったりするけれども、思い出の味とは少し違う。

 日本に戻って来た以上、ラーメンを食べたかった。


「あ」


 ぞくん、と身体が強張った。

 ATMの隣に見えたのは――――警察の姿だ。


 日本独特の赤いランプを掲げた交番、身の丈程もある棒を突きながら、番人のように二人の警官が話し込んでいる。


 危険だと、思った。

 先日の強襲が脳裏に走る。

 HCARは警察だと言っていたけれども――――HCARは答えない。


 黙り込んでいるのではない、HCARも警戒している。


 もし昨日の敵が、あの中にいたとしたら、私は……一体、どうすれば……。


 ここで交戦するか、いや、そんなのダメだ。


 むしろ逮捕されてしまう、なんてことも考えられる。

 どうする、逃げるか、逃げないと……。


「君、大丈夫?」


「わあああああああああああああああああああああああ!!!」


 一体なにをした。

 いきなり私の目の前に現れて肩を叩くなんて。


「わ、威勢がいいな、大丈夫かい?」


 優しそうな印象の警察官は、ゆるい笑みを見せていた。油断させるつもりなのか。


「な、なんですか! 痴漢ですか! 警察呼びますよ! あ、ああ!」

「落ち着いて、落ち着いて……その警察が僕だよ。どうしたんだい、お嬢ちゃん。そんなに慌てて」


 応援を呼ぶ様子もなく、無線を取ることもない。


 取り押さえる気配も無ければ、殺意も感じられない。


「え、ええ……? えっと、なんのよう、ですか?」

「だから、君がこっちを見てあたふたしてるからさ、大丈夫?」

「は、はい! とってもダイジョブです!」


 そうかな、と警察官は笑いながら、頬を掻いた。


「妙だな」


 突如、HCARが声を漏らした。


「え、そこ誰か入っているの?」

「入ってないです」


 入っている訳ないジャン、やだもー。


「はい、私は大丈夫です!」

「そ、そう……?」

「ハイ、サヨナラ!」


 全身全霊の会釈をすると私は脱兎の勢いで走りだした。

 信号を渡り、人ごみを抜け架線を潜り、路地の裏へ。

 スマートフォンを取り出し、会話のポーズを取る。


「な、なにしてんのさ!」

「すまねぇ、つい、な」

「ついじゃないよ!」


 馬鹿、人の事も考えて欲しい。

 私は息を荒げながら、HCARに怒鳴りつけていた。


「あー、もう死ぬかと思っていたのに」

「あの程度で死ぬとは。本当の死地なんて何度も潜り抜けたろ」

「そうだけどさ」


 人の気配が無くなり、光の射さないビルの裏に入った。

 はあ、と一息いて、そのままアスファルトの上に腰を降ろす。

 ひんやりと湿った岩肌が私の心を落ち着かせてくれた。

 額の汗を袖で拭うと、耳を流れる血流が息をひそめていく。


「それで、なにが妙なの?」

 一通り熱が冷めると、私は言葉の意味を問いかけた。


「本当に敵は警察なのかな、ってさ」


 そんな忘れかけていた話題を、HCARが平然と切り出す。


「昨晩の強襲、あれほどの装備となると特殊部隊と考えるのが妥当だろ?」

「確かに、そこらの巡査がライフルなんて持つわけないし、考えられるとしたら投入作戦だと思う。たとえば対魔術作戦に駆り出された、とか」


 私と同じように依頼を受け取って、突入する瞬間だった訳だ。


「あり得る、と考えていた」


 という事は違うのだろう。

 身体を休めるのにちょうどいいか。話に付きあってやろう。


「何故か、日本という国は世界有数の呪術大国だ。古代印度の哲学、古代中国の儒教、古代日本の神道、それが見事に習合し陰陽道として独自発展を遂げている」


 確か、師匠が言っていた話だ。

 日本という国には三つの魔術がある。


 一つは陰陽呪術、中国由来の五行思想。

 二つは仏教法術、古代インドを源流とする仏教思想。

 そして三つは神道巫術、神代より日本を保ち続けた御霊を敬う土着信仰。


 以上を統括して〝大和三術〟と呼ぶ。


「だから当然、この国は魔術の管理統制は厳格だ。魔術が非日常の存在である以上、日常に漏出させてはならない。その為の作戦行動、なんてのは当たり前だろ」


 例えばフランスの〝GIGN〟やドイツの〝GSG-9〟は魔術機関と協定を結び、対魔術訓練を行っている。


 日本やイギリスの場合は、それよりも遥かに強い関係だ。

 古代から続く王権、その身辺警護は必須なのだから。


「その気になれば私が逃げることすら出来なかった、のかな」

「その気になれば、な」


 HCARの声は吐き捨てるようで、呆れているように思えた。


「だが、違った。警官たちは顔を見ても何も思わない、それどころか心配してくる。ガキの魔術師を捕まえたいなら、捜索願でも偽造すればよかった」


「確かに。なら……犯人は警察じゃ無いっていうの?」

「そこまでは言っていないがな。だが少なくとも警察が大々的に動いてはいない、という事だ。一先ずは安心していいだろ」

「はあ……、よかった」


 私はなんだか荷物が下りたように息を吐いた。。


「だが、そうなれば敵の目的は益々わからん。神田や秋葉原でドンパチを仕掛ける意味がわからん」

「ねー、私もわかんない」


 疲れちゃったから、休ませて。


「なぜ警察だった? なぜ銃を持っていた? なぜ存在が分かった?」

「分かんないって、もういいじゃん」


 せっかくお姉さんにジュースを貰ったのに、また喉が渇いて来ちゃった。あと涼しいところで寝たい。


「あのなあ、考えろ考えろ。お前の結界は魔術師じゃなければ分からないんだぞ」

「じゃあ魔術師だったんでしょ」

「魔術師がどうして、お前を狙う。仮に同業の退魔師だとしたら、なおさら戦闘は無意味だろ」

「まあ、そうだよね。仮に私が遅れたとしても攻撃なんてしないもん」

「だろ? 魔術師同士が争う意味は殆ど無い」


 このまま逃げちゃえばいいと思うけど、HCARは違うらしい。


「警察なら御上から指示が出る、退魔師の同業殺しは無い、なら相手は何者なんだ」

「じゃーあ、敵は頭がアーパーで、野良の使い魔が人を殺すところを見て楽しんでいたとか」

「そんなら装備はどうやって説明する、民間じゃ手に入らない代物だぞ」

「うーん、じゃあ警察官なんだよ、やっぱり」


 私は袖を掴むと額の汗をぬぐった。


「なるほどね、犯人は暴走した警察官、か……んじゃあ、調べますか」

「調べるって、どうやって?」

「そりゃあネットでさ」


 えー、また面倒くさい。



       ◆



 そんな訳で私たちが向かったのはネットカフェだ。

 私はカウンターでニセの個人情報を記入すると、個室を三時間ほど借りた。

 前金を払い、鍵を受け取る。


 細い通路を進み指定された番号の扉の前に立てば、鍵を挿して個室へと入った。

 狭い牢獄めいた箱、窮屈そうに佇むソファと一台のゲーミングPC、壁には新作のMMORPGの広告が張られている。


 カッコいい男の人と、女の子が魔法の世界で戦うRPG。

 魔法に対する人々の幻想、それは私にとっては少しだけ毒だ。


「馬鹿が、無用な情念を受け取っていると腕が鈍るぞ」


 罵ったのはHCAR。

 思考を切り替えよう。


 簡単な調べものであればスマートフォンのブラウジングで済ませればいい。

 けれども、これから私が行う調べものは簡単ではない。

 警視庁のデータベースをハッキングする。


 それには大型のPCが必要だった。

 購入したネットブックも、残念ながら〝ハッキング〟に耐えられない。


 充電ついでに術式満載のスマートフォンを接続し、私は電源を押した。


「頼むよ、かーちゃん」


 かーちゃんプログラム。HCARプログラムの略。


 起動時、ウィンドウズのDOSにHCARを憑依させ、OSの段階から電子情報に潜入する。


「了解」


 HCARは人間と比較して霊体化がしやすい。

 再確認した事だけれども、彼は自分が持つ肉体そのものに大きな意味は無いのかもしれない。

 だから魂魄を分離して、電脳世界に飛び込んだとしても帰還できるのだ。


 ちなみに私がやったら二度と帰って来られない。


「オッケー、入り込んだぜ」


 その証拠に、彼の声はPCに接続されたヘッドフォンから届いていた。


「うん、こちらこそ了解。とりあえず、起動……っと」


 かーちゃんプログラム、フェイズつー。


 スマートフォンのレジストリを参照、


 その内部にあるコマンドプロンプトを起動。


 ポートを解放、IPアドレスを照会。


 ブラウザとHCARをリンクし、彼の認識領域とフォルダをリンクさせる。


 ウェブ上に侵入すれば、あとはHCARが好き放題する。


「あとは頼んだよ、私はシャワー浴びて来るから」

「は?」


 勝手に動いていたマウスのカーソルが止まった。


「いいじゃん、私は汗だくなんですけど、くさいんですけど。乙女なんですけど」

「カァー、分かった分かった」


 怒り狂ったようにメニューバーが開いたり閉じたりしている。

 お前はスパムか。



 ――――まあ、いい。



       ◆


 私はHCARを残して部屋をでると、女性用のシャワールームへと足を運んだ。

 これまた電話ボックスほどの個室で、やはり手狭。


 ともあれシャワーを浴びる事が出来るのなら、すこしでも浴びたいと私は思う。

 脱衣所に入れば床へと腰を降ろす。


 ブーツの紐をほどき、ジッパーを降ろした。

 踵を掴んでぐいと引き抜く。すこしだけ頭がクラっとした。


 丸三日は穿き続けた代物だ、移動生活が基本だから仕方ないけれど、脱臭魔術とか無いのかな。

 そのあたり師匠はヘンな匂いとかしなかった。


「私は未熟だな」


 例えば狙撃作戦。

 昨年の夏ごろ、地中海あたりで大規模な魔術テロが計画された。

 私は土地の管理者から依頼を受け、その魔術師を処分する事となる。


 全身を締め付ける灼熱、私は処分作戦の一つとして狙撃を行う事となった。

 目標が通過するであろう大通り。

 それを一望できる部屋に張り込み、一週間は動けなかった。


 手元に残した携帯食料と水分。それだけを持ちながら、私はずっとスコープを覗いていた。

 終わった時、この世のものとは思えない異臭を私は纏っていて、途方もない憎悪を抱いた。

 つまりはそういう過去がある。


 あれ以来、私は湯を浴びられる時には必ず浴びているようにしている。

 お陰でどんな細かい匂いも最近は嗅ぎ分けられるようになって、ほんと自分が犬みたい。


「犬、それも駄犬だ」


 誰に言うわけでもなく一人ごちる。

 私は黒いミリタリージャケットを脱ぎ、籠へと放り込んだ。

 髪を束ねていたバンドを外し、腰のベルトを外して、ズボンを脱いで、ソックスを脱いで……そうして最後に裸になる。


 服を無造作に投げ入れていたら、あっというまに籠が溢れて品が無い。

 怒られなくなってから、ずいぶんの時間が過ぎた。


 防水性のカーテンを潜り、シャワーを手に取れば慌てながら蛇口を捻った。

 綺麗で新鮮な湯。


 それが際限なく流れ、私の身体を清める。

 もう、シャワーだけの生活にも慣れてしまった。


「お風呂、か」


 小さいころ、私はよくお母さんとお風呂に入った。

 一緒に身体を洗って、頭をごしごし、頑張って百まで数えた。

 一秒一秒が長いように感じて、早く出たいなって思っていた。

 でも早く出ようとすると、湯冷めをしてしまうからダメだと、毎日のように怒られた。

 身体の芯まで温めなさいと言われ、ながくゆっくりと落ち着いて湯船につかる。


 そんな光景は既に過去、二度と訪れない幻想だ。

 まあ、仮に母が生きていたとして、今さら一緒にお風呂なんて望まないけれど。


 ただ私が私の日常を思い出せば、思い出す度に、それを踏みにじる悪賊の姿が目に浮かんでしまう。

 意識せずとも拳に力が篭る。



 ――――憎い、殺したい。

 彼らが恐怖に怯えながら、慈悲を乞う姿を目の当たりにしたい。

 嘆き苦しむ中、指先から電気ヤスリで削ってやりたい。



 途方もない負の感情が私の中で渦巻いた。

 これが私の力の根源だ。


「殺さなきゃ」


 髪を濡らし、ゆっくりと髪を梳る。

 顔を伝うぬるま湯が、無遠慮に素肌を撫でる。

 数えきれない古傷が刺激となって脳を叩く、私は未だ痛みを克服できなかった。

 

 銃で撃たれるのは怖い、人の殺意は怖い。

 そう、だからこそ――――こんな状況に陥れた魔術が憎い。

 

 どんな力を使ってでも魔術師を殺したい。

 自らの無力と無知を忘れ、凶行に臨むすべての邪術師をこの手で。

 

 ――――幾度と無く、誓った事だ。

 

 私は殺す。

 

 魔術師を、たとえ自分が魔術に身を窶したとしても。

 悪逆の限りを尽くす彼らを殺す、全て。

 

 その呪いこそが、私の力だ。


 昨晩、私を襲った警察官は何者だったのか。

 悩む事など無い、魔術を学んだ警官というだけの話だ。

 なにも不思議な話では無い。


 蛇口を締めると、私は髪を纏めて溜まった水を落とす。


 今夜、もう一度あの場所に行こうと――――そう、決めた。



       ◆



「気になったのは襲撃犯の装備だ」


 戻ってみれば当然のように警視庁のデータサーバーにアクセスしており、PDFからエクセル、逮捕の記録に今月の決済まで開いている。


 アナログ世代の骨董品だと思っているけれど、その実、彼もまた卓越した式神だ。式を打たれれば、目標に達し、情報を盗み取る事など造作もないのだろう。


 それに彼は陰陽師が使う式神として比較的新世代の部類に属する。

 古代の付喪神と違って彼は二十一世紀の喪神。


 生まれてからPCが存在する、言ってしまえばデジタルネイティブだ。

 PCの操作であれば容易いに違いない。


「調べて分かった事だが、警視庁が公開しているSATの装備として、30口径を半自動で発砲できる銃は64式自動小銃を除いて他にない」


 恐らくウィキペディアの情報だろう。

 ライフルスコープを装着した64式狙撃銃を装備していると、書いてあった。


「だが、相手が使っていた装飾品が気になってな」


 昨晩の襲撃で相手が装備していたアタッチメント、わたしは額を抑えながら、なんとかして思い出そうとした。


「……ええと、レーザーサイトに、サプレッサー?」

「そう、そして装飾品から考えられる事といえば、相手は閉所戦闘を視野に入れているってコトだ。普通、突入部隊が大口径を選択すると思うか?」

「確かに。使うとしたSMGか5.56ミリのアサルトライフルだよね」

「恐らくは相手は特殊な戦闘を考えていたんだろうさ。小口径では通用しない、普通ではない相手と戦う事を」


 それはつまり、魔術師と戦うという事。

 魔術師や悪魔と戦う時、拳銃弾や小口径は好ましくない。

 これは魔術師の多くが、研究の為に自信を長寿化させる事にある。


 多くは医療魔術による生命力の向上で、程度の損傷であれば瞬く間に修復できる。

 次に吸血鬼化、他者の生命力を継承する事で生き長らえる手段。

 そして肉体そのものに意味を持たない霊体型も存在しよう。


 当然、最初の二種は拳銃弾を撃ちこむ程度では倒れない。

 最後の霊体なんて弾丸そのものが意味をなさない。


 そんな事、誰よりも私が良く知っている。

 特に、悪魔だ妖怪なんて相手にするなら、より強力な火器が必要になる。


 例えば私が使用する弾丸の口径も同じ30口径だが、弾丸の重量は220グレインと通常の二倍以上に上る。

 加えてホローポイントに加工してあり、弾頭と先端に窪みがある。

 これは窪みにより、弾丸が貫通せず対象の内部で破壊力を発揮する。


 これらは本来、樋熊やグリズリーを倒すための狩猟用で、人間相手には過剰と言えるだろう。

 だが熊をも殺す火力と、数多の魔術装備が無ければ悪魔や魔術師なんて倒せない。


「あの状況、閉所戦闘で振り回せる大口径のライフルともなれば、数は少ない。ファブリックナショナル社のSCAR‐Hか、あるいはヘッケラー&コッホ社のHK417だ。これなら標準装備の12インチバレルで閉所戦闘に対応できる」


 SCARや417なら、あの状況で十分に立ち回れると私も思う。

 それに多彩なアタッチメントを使用する為のレイルも備わっている。

 秘密度の高い対魔術部隊に相応しい、理想的ラインナップだ。


「試験用とか、研究用の名目なら納入しても不思議じゃない」


 私のつぶやきにHCARが頷いた。

「つまり犯人は警察官で、なおかつ特殊小銃に接触できる管轄、加えて呪術と交流している人、か」

「えらいえらい、そういう事だぜ」


 なんだか馬鹿にされているみたいで腹が立つけど……兎にも角にも、今は襲撃者の解明だ。

 ここから一体、どうやって犯人を見つけ出すというのだろう。

 私は湿った髪を分けながら、モニタを眺めた。


「次に調べたのは、納品記録」


 カーソルが自動で動き、一つのPDFファイルが開かれる。


「なるほど公安か」


 警視庁公安部、名前だけであれば多くの人が知っている。

 危険組織を監視し、諜報活動さえ行う現代の忍。


「そ、公安。たった今、お前が上げた属性を全て内包できるとしたら公安しか無い。魔術師を監視し、越権行為さえ厭わない連中と言えば、な」

「で、どうして納品記録? 確かに公安なら納得できるけれど、銃器の必要性は無いでしょ?」

「ああ、俺も同じ意見だ。……まあ、見てみろ」


 私はマウスのホイールを回しながら、PDFに目を通した。


「ああ、なるほど」


 三ヶ月前、公安は技術援助の目的で〝HK社製7.62ミリ自働小銃〟を納入していた。


「警視庁公安部外事三課……?」

「国内で発生する国際テロリズムに対処する部署らしいが、どうも普段から銃器を扱っている部隊とは思えねえ。そもそも、実働部隊はSATのハズだ」


「そんな頭脳部署がバトルライフルを購入している、か……技術援助の目的で公安部、しかも一丁なんて変だね」

「ああ、だから気になって調べてみたが……417の姿を確認できるのは納品記録のみ。そこから先は行方知れずさ」

「なにそれ、だめじゃない」


「管理の記録も無ければ、使用した形跡も無い。ここまで来ちまうと消されていると考えるのが順当か」

「消されてる……って、417が?」


「そういう事。417なんて銃器は納品してオシマイ、そこから先は触れもしない。永遠にブラックボックスの中に閉じ込めちまう」

「シュレティンガーの猫じゃないけれど、公安が解体される未来まで417は存在し続ける……」


 記録が残っていないというのは、記録できないという事。それは存在しないという事の証明ではないだろうか。


「417は納品後、本当に警察から公安から姿を消したとか」

「ふむ、盗難か……それなら隠蔽ってコトになるが……」


 HCARは納得のいかない様子で唸っている。

 私はマウスを取りながら、彼が開いたフォルダーに目を通す。

 くるくるとホイールを回しながら、数百に昇るデータを眺めた。


「ねえ、HCAR……削除されたデータとか、見たりできる?」

「あ? 一通り目ェ通したが、417の記録は無かったぜ?」


 そう言いつつ、HCARは削除データの復元を始めた。

 かりかりとPCが悲鳴を上げる、大量のデータがCPUの限界まで駆けていた。


「それで、こいつをどうするんだ?」

「417が納入されたのは何時だっけ?」

「ええと、三ヶ月前だが……」


 三ヶ月前、となると417納入の決定は前後の日付になる。

 きっと、公安から417を求める何かしらのアクションが残っているハズだ。


「417が事件に関わっていることは間違いない。だからきっと、どこかに手がかりが残っているんだ」


 例え417が姿を消しても、それを取り巻くセカイの記録は掻き消せない。

 存在を掻き消してしまえば矛盾が生まれ、辻褄の合わない空白が浮かび上がる。それが幻想、因果の逆転。

 呪術の基礎理念の一つだ。


「……ええと、事故報告書?」


 削除データの中、一つのワードファイルが目に留まった。


「一ヶ月前――――」


 納入より時期は後だけれども、別の一点で一致する。行方不明事件の発生時期だ。

 私はダブルクリックすると、それを開く。


 間髪入れずにワープロソフトが姿を見せ、注文した通りの書類を表示してくれる。


「ええと、一ヶ月前……場所は――――」


 みれば場所は件の廃ビルだ。そこで一ヶ月前に警官の自殺があったらしい。


「ふむ、当該者は白居志保……銃口を自らの下顎部に当て、発砲。発砲音を聞いた警官が駆けつけるものの、白居志保は死亡しており……翌日、霊安室から姿を消していた、と」


 報告書を一通り読んでみたが、不思議な事に使用した銃器は書かれていない。


「たしか送られてきたメールには、一ヶ月前あたりから行方不明事件が続いていて、悪魔が根付いちゃっているから倒してくれとあったから……時期はぴったり、か」


 事件と同一の場所で発生した自殺。

 空白の銃器による警察官の自殺。

 そして行方不明の遺体。


「彼女が、犯人ってこと?」

「飛躍はしているが……、無関係とは思えない」


 目的が分からない。自殺の為に417を使ったのだろうか?


「もう少し、なにか決定的な情報が欲しい……この女は何者なんだ?」

「ええと、白居志保さん……だよね」


 そう言いつつ、私は彼女についての情報を探してみた。

 幾許の間、滝のように流れるファイルの山を見つめては、動きを止めて、気になるのがあれば開いて、それを繰り返していた。

 そうして一つの深い階層に潜りこんだ時、興味深いファイルが目に飛び込んできた。


「……国際テロ事案に対する即応部隊の必要性について、なにこれ?」

「ああ、それか? 元々は個人のPCにあった文書だぜ。一度は提出したらしいが、当然のように棄却だ」


 日付のほうといえば納入の一週間ほど前だ。


「昨今、激化するテロ活動において……即応性高いの救出部隊の設立を、具申するものである……」


 そんな風に書きだされた一ページほどの文章。

 内容のほうと言えばSATでは遅いから、FBIの人質救出部隊のような部隊を作る必要がある、という。


「また、一部ではカルト的行為に臨み、儀礼や魔術と称する大規模なテロ活動を目論んでいる事が、調査で分かった……」


 ここに記された魔術がホンモノの魔術か否かは分からない。ただ、私には記された魔術がニセモノとは思えなかった。


「断じて許されない、国家転覆を目論む集団であり、これら不特定多数の特殊思想集団に対応するべく、公安部隷下の実働部隊の可及的速やかな設立を……提唱する」


 伝わるのは怒りと、なによりも強い正義感だ。この文書を記した人間は魔術師に対して途方もない攻撃性を示している。

 誰よりも魔術師を憎む私だから分かる。この文書を書いた人間は、きっと私と同じ人間だ。


 提唱した人間は――――。


「公安部、外事三課――――白居、志保」


 示し合わせたように浮かび上がった名前に息を呑む。彼女は、この意見を提出した後に自殺した。


「ねえ、これって……」

「ああ、違いねぇ」


 彼女はテロ組織を調査する中で、魔術を使用するテロ組織にたどり着いてしまったのではないか。

 一般の調査官でありながら魔術の存在に触れてしまった彼女は、それを脅威と見たのではないか。

 この世の常識から異なる手段を用い、秩序を破壊する魔術という科学。それを使役し、世界を塗り替えようとする魔術師という集団。


「だが元より外事三課は魔術師の監視も兼ねているハズだ、今さら声高に叫んだところで笑いものに違いない。若い女だろうな、コイツ……まだ、世界の裏側を知らない養殖のニンゲンなんだろ」


 養殖のニンゲン、だなんて随分な言い方をするものだ。


「まあ、そんな事があった後に女は自殺してしまう。そして死体は行方不明に」


 あれほどの正義感を抱く彼女は何故、自殺してしまったのか。――――なんか、嫌な予感がする。


 凄惨な自殺、遺体の消失。

 残された正義、行方不明の銃器。

 現れた悪魔の意味、それを討伐する依頼。

 なぜ悪魔は一ヶ月も生きていたのか。彼女は何を思って自殺したのか。

 行き過ぎた正義感は、あらゆる法を超越する。


 正義は人を殺す題目だ。正義に溺れて人を殺す人など、嫌というほど目の当たりにしてきた。


 そう、例えば肉親を殺したテロリストを殺す為、人は魔術を会得する。


「時間が無い、か」


 私はPCの電源を落とすと立ち上がった。腕時計を見れば、もう午後の七時を過ぎている。

 同時に、HCARの魂がパソコンから抜け出して、返ってくる。ガコン、とヴァイオリンケースが揺れた。

 私はスマートフォンをバックパックに仕舞い、ジャケットを羽織る。


 古く傷んだヴァイオリンケースの紐を引っ張り、なかば強引に肩に乗せた。



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