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タクティカル☆魔法少女  作者: イズミ イクサ
魔法少女 爆☆誕
3/9

魔法少女 爆☆誕 ふたつめ


 /2


 翌朝。

 私は公園のベンチで目を覚ました。

 ちりちりと淡い木漏れ日が額を照らす。


「あー、くっそ……つかれたよぅ」


 あの後、私は必死に走り続けた。あんな奇襲、これまでに無かった訳じゃない。

 だけど、日本の警察に狙われるなんて思ってもいなかった。

 

 世界でも最上位に位置する安全な国家だ。

 シリアだソマリアでは無いのだ、銃で撃たれる事など在り得ない。

 

 噂では落とした財布が中身も残ったまま帰ってくる。

 そのくらいに安全な国だと、思っていた。それに曲がりなりにも母国という言葉が、私に懐かしさを与えていたらしい。


 だから、今までにないくらいの全力逃走をした。


「なーんで、警察に追われなきゃいけないんだ」

「そりゃ銃を撃ったからだろ」


 ヴァイオリンケースに封印したHCARは気だるそうだ。


「銃を撃ったからって、日本の警察だよ? 日本警察、それがレーザーサイトとサプレッサーを付けた銃で撃ってくる?」

「まあな。それに、お前を撃ったのは拳銃弾じゃなくてライフル弾。サンマルのNATO弾」


 サンマルとは即ち30口径、7.62ミリとも呼ばれるライフル弾だ。

 ライフル弾とは拳銃弾と違って反動が高いものの速度、威力と貫通力に優れる。

 その分、薬莢――――つまり弾頭を包む金属製の筒――――が、大きい。


 その中でも7.62ミリNATO弾は大口径に属し、その薬莢は51ミリと私たちが使うスプリングフィールド弾ほどでは無いものの、非常に大きい。


 たとえば現在アメリカ軍が使用するアサルトライフル、M4カービンが使う弾丸は22口径で5.56ミリ、薬莢の長さが45ミリで、これは小口径高速弾と呼ばれる。

 30口径の威力は高く、現代では狙撃用に使われる事が中心だ。


「じゃあ何、がちがちの軍用小銃じゃない」

「それが警察と来た訳だ」


 厄介な事態に巻き込まれてしまったと、そう思う。

 なぜって、この閉塞した環境が多い日本で大口径のアサルトライフルなんて必要としないから。

 精々、89式かM4、HK416を特殊部隊の一部が配備している程度じゃないだろうか。

 30口径を使用すると言えばセミオートの狙撃銃として、64式が思い浮かぶ。


「うーん……64式かなあ?」


 私は腹の奥底から煮え切らない思いをひねりだした。

 横になりながら、考えてみる。


「考えられるとしたら、相手も同業者だったのかな、警察官の」

「考えられない、訳じゃないな」

「対魔術突入作戦、か。ドイツあたりだと警察隷下の魔術師がいるみたいだし。そんな感じかな?」

「さて、どうだか……確実なのは相手は間違いなく、お前を狙っていた、という事だけだ」

「はぁ、そんなの百も承知なんですけど」


 あーあ、とにかく考えていてもしょうがない。

 今は壊れてしまったパソコンの代替品を手にする方が先である。


「みてよ、これ」


 私は枕代わりにしていたバックパックを取り出した。

 被弾した事により貫通しており、生地は滅茶苦茶。

 中に収納していたパソコンとか、服とか携帯食料とか、潰れたポテトチップスになっている。


「まあ大変なのは察しが付くが、俺はサイトを通さないと視えないぞ」

「まじで、そうだったの……」


 それは知らなかった。

 てっきり見えているのかと。


「あー、そんなことどうでもいいんだよ」

「どうでもいいのか?」

「いいの!」


 確かに、とケースの中から声がした。

 もう考えるのに疲れた。なんで私が警察に追われなきゃいけないのさ。

 とにかく不満は募るばかり。


「あいつ、絶対もう一度出会うと思う」


 そんな確信はあった。

 相手は奇襲を仕掛けてまで、私を殺そうとした存在だ。

 なら、きっと逃げた私を生かしてはおかない。


「私なら絶対、殺すもん」


 もし、狙った獲物である悪魔が逃げ出してしまったら? 私は絶対に殺す、それが余計な事を仕出かす前に。


 戦うとすれば、今夜、もう一度。

 アイツは現れる。


「だからパソコン買おう……れっつ、ショッピング」

「結局、それが目的だったんだろ……」

「じゃないと術式組めないでしょ、フォトショップとか再インストール、何処でしよう……」

「フリーWifi、日本は少ないもんな……」

「うん……」


 とりあえず、私は公園のゴミ箱に、ゴミと化した私物を流し込むと、秋葉原の電気街に向けて歩き出した。



      ◆



 日曜日の秋葉原。

 日本でも有数の観光名所とあって、人の姿は多い。

 騒々しいという他にない街並み、歩けど歩けど人の波。


 目に付くものといえばポルノ同然のイラストと、コスプレに身を包んだ女の人ばかりだ。

 私と言えば、邪魔臭い大型のヴァイオリンケースを持ち歩く厚着の女学生……には思えないか。


「ないない、どこの世界にそんな服をしたガキがいるんだよ」

「うるさい……うるさいっての……」


 昨日の疲れが抜けていない中、私はふらふらと歩いていた。


「目指せ……ビシバシカメラ……マルハシカメラ……大淀カメラ……かめらぁ、かめらぁ……どこだぁ……」


 なんだっけ、なにカメラだっけ。


「おいおい、ちょっと日陰に入ったらどうだ……?」

「んあー、そうする……」


 駅のほうに向かって歩いているハズの私は、人気の多い電気街からJRのほうへと角を曲がった。

 一本跨げば、それだけで人の気配は少なくなる。


 雑踏は鳴りを潜め、とたんにアンダーグラウンドな商店が並んだように思う。

 古びたラーメン屋、錆びた自動販売機、寂れたホビーショップ。まるでレトロな東京だ。

 ここだけは、時代の流れから隔絶でもされているんじゃないか。


 そう思う程に、秋葉原の裏道は異界だった。


「みず、みず……」


 そういえば昨日、汗をいっぱいかいて、そのまま寝ちゃったから……ああ、脱水だ。


「おい、前見て歩け、前!」


 ま、まえ……?


「びゃぁッ!」


「き、君……!?」


 すごく、とても柔らかいものに身体が寄りかかってしまう。


「あっ……テメあ、あ!」


 HCARが黙り込んだ。


「え、ケースが喋った……?」


 慌てている女の人の声。

 あ、やだ……私、なにを……!


「ご、ごめんなさい…………わぁっ!」


 どすん、と尻餅をついてしまう。

 馬鹿、とHCARが囁いた――――がしゃん、と崩れるような音。


「君、それは……まさか……」

「あ、ああ!」


 見ればHCARがケースから飛び出してしまっている。

 それにマガジンも、チェストリグも。捕まってしまう、警察を呼ばれたら大変だ!


「こ、ここ、これは……その……」

「もしかして、おもちゃ……かな?」


 見上げれば茶髪のお姉さんが不思議そうに私を見ている。

 白い手袋に白い肌、日焼けが怖いのか黒い日傘をさしている。そんな女の人は指先を自分の頬に当てながら、なにかを考え込んでいた。


「そ、そうです! こ、これからエアソフトに参加するとこところで……ええ、秋葉原にもフィールドがあるって、聞いてましたから!」

「エアソフト……へえ、そうなの?」

「は、はい!」


 とにかく早く集めなきゃ!

 私は散らばった装備品を両手でかき集めて、すかさずケースに押し込んでいく。


「でも、ちょっと顔色が悪そう、大丈夫?」

「だ、大丈夫です! はい……!」

「いいよ、見たところ脱水みたいだし……水でも飲んだら?」


 そう言いながら女の人は自販機に小銭を入れて、エナジードリンクを買った。


「はい、日本のはあんまり強くないから、大丈夫だよ?」

「えっ、日本って……え?」

「君、外国から来たでしょ?」


 どうして、私が外国から来た日本人だって分かるのだろう。


「帰国子女っていうのかな、それにしても日本語、上手だねー」

「ど、どうして分かったんですか?」


 私はズボンに付いた煤を払いながら、それを受け取った。

 ぱきっ、と栓を抜けばひんやりとした空気が広がって、いかにも冷たい。

 私は唇を缶の縁に添えると、そのまま一気に飲み干した。


「はは……凄い飲みっぷり、よほど喉が渇いていたんだねー。うん、それでね……エアソフトって言ったじゃない? 日本ではエアガンって呼ぶからさー、それだけ」

「へ、へえ……そうなんですか」


 知らなかった。

 というか玩具の銃なんて触った事ないんですけど。


「それにしても凄い、ベストが無い事を除けばPMCって感じだ……ふうん、エアガンね」

「は、はは……」


 私はヴァイオリンケースを背負い、服を着付けなおす。


「あ、ありがとうございました……! わ、私、買い物があるんで!」


 間髪いれずに走り出す。


「うーん、頑張ってね?」


 お姉さんは手を振りながら私を見送ってくれた。

 私も応えるように手を振った。

 目の前には大きな高架がある。ガードを潜れば、その先は噂の家電量販店だ。



  ◆



「いいお姉さんだったね!」


 私はタブレットPCを眺めながら、HCARに向けて言った。


「まあ、な」


 HCARの声は人の喧騒に紛れて目立たない。

 なんだか負けたばかりというのに心が軽くなったように思う。

 エナジードリンクが効いているのだろうか。


「とにかくパソコンだろ、パソコン、買えよ」


 予算は二十万くらい。

 いろんなモデルがあって選びたいほうだいだ。

 最近の主流はやっぱりタブレットPC、ネットブックの流れを汲む薄型PC、何よりも運びやすいところがいい。


「やっぱり色は黒がいいかな? クロだけに」

「なにいってんだか」

「なにそんなに、私がショッピングしているの、つまんない?」


 私はスマートフォンを耳に当てながら、HCARと会話する。

 こうすれば周りから見れば、声の大きな通話に見えるだろう。

 めいあんだ。


「十四のガキが秋葉原で一人前にショッピングかよ、聞いて呆れるぜ」

「な、なにそれ! 私だって、まがりなりにもプロなんですけど」

「足なんか躍らせて……はあ、やっぱガキだ」


 だっていいじゃない。


「久しぶりのショッピングだよ? これなら警察の人に感謝しないと……っ」

「自分の損失も考えろ。クラウドにデータは残しているとは言え、復旧には時間がかかる。今、使えるモノは何が残ってるんだ?」

「ええと、ハンドグレネードとスタングレネードがそれぞれ三つ、弾丸は……百十九発でしょ?」


 ヴァイオリンケースに入っているマガジンは六つ、昨日の悪魔退治で一発だけ使ったから残りは百十九発だ。


「分類しろ、分類を……」


 その内、十九発が対術式破壊弾頭、百十発が狩猟用の大重量弾だ。


「はあ……一回戦ったら終いじゃないか。全く、パソコンが無ければ術式の整備が出来ないんだぞ?」

「わ、分かってるって!」


 いつにも増してHCARの御小言がうるさい。

 せっかくのショッピングが集中できない。


「ふん、買えばいいんでしょ買えば」

「そうだよ」


 元からそのつもりですけど。


「だけどな、せめて耐久性に優れた奴にしないか?」

「やっぱり? そうだよね……流石にライフル弾を防ぐ事は出来ないと思うけど、衝撃に強いパソコンが欲しい」


 特に爆発の衝撃や砂埃、湿気には強くないと困る。

 今は日本だけど、すぐに大陸に戻って仕事をする事になると思う。そうなった時、砂漠や湿原で過ごす事も念頭に入れなければならない。


「そうそう。俺も道具だから言えるが、俺たちは基本的に脆弱だ。それこそお前の肌と同じくらいに」

「なっ……」

「しっかりと手入れをしたり、思いやりをもって使わなきゃいけない。CPUだってSSDだって、液晶だって、みんなみんな生きているんだよ」


 はじめてHCARが付喪神らしい事をいっている。


「だから、まあ、先代のパソコンが壊れちまったのは悔やまれる。いや、パソコンって連中はあまりに短命で、あまりに不器用だ。本当は馬鹿なのに、人間に応えようと一生懸命だ。そうしないと、彼らはダメなんだ」

「もしかして黄昏てる?」


「俺がライフルであると同時に付喪神である以上はさ、道具の肩ってやつを持ちたくなるのさ」


 もしかしたら、私が今こうして耳に当てているスマートフォンにも命が宿るのかもしれない。


「あのさ、HCARは……元々、BARだったじゃない? どうして付喪神でいられるの?」


 長年気になっていた疑問を口にしてみた。


「俺達、付喪神ってのはな、全体で一つの魂ではないんだよ。一つひとつのパーツが魂を構成する、肉体を構成する」

「でもそれなら、貴方は一体だれなの?」


 ほぼ全てのパーツを彼は換装しているハズだ。

 出荷状態と全く同じか否かで言えば、否であろう。


「例えば、だ。お前は服を着替えたら別の人間に変わってしまうか? 腕を変えたら? 臓器を変えたら? あるいは脳が変わってしまったら?」


 まるで機関銃のようだ。

 機関銃が機関銃のように話している。


「成長すれば性格も変わる、思想も変わる、生活も変わる。個人が個人たるモノは決して残らない。お前はさ、小さいころの自分と今の自分が別の人間だと思うのか?」


 小さいころの自分……。

 この国で暮らしていたころの自分。


 お父さんと、お母さんがいて、そんな毎日があたりまえだった。

 それを失って世界を歩き回った自分。


 師匠と一緒に呪術を学びながら、あちこちのテロリストや魔術師を退治した。

 そして今。


 HCARと二人きりであるく自分。

 今の私には、かつて持っていたものは残っていない。

 ただ積み重なる戦いと魔術の知識だけが私を埋めつくす。


「お前は別の誰かだと、そう思うか?」


 家電量販店の騒音はいつしか鳴りを潜め、私の耳から消えてしまう。


「違う……、と思う。ていうか、そう言わせたいんでしょ?」

「まあな。例え外装が変わろうが、バレルが変わろうが、俺は俺だ。お前もお前だ、積み重なる過去が俺たち付喪神を作るんだ」


 HCARが自分を馬鹿にしている。

 そんな風に聞こえたのは、気のせいかもしれない。


「それで、決まったか?」

「うん、決まってる」


 私は答えた。

 買いたいパソコンは決まっていた。ちょっと年代が落ちて、オフィスソフトが入っていないけれど、堅牢さは十分だ。


「あの!」


 私は手を振って、そばを歩くスタッフを呼んだ。

 そうすれば慌てて駆け寄ってくる。


「こちらのパソコンが欲しいんです」


 指を指せば、スタッフは少し困ったようにパソコンを一瞥する。


「こちら現品限りですが、よろしいですか?」


 もちろん、そこに出会いを感じたのだ。


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