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第八話「逃避からの徒歩」

ニルヴェさんが何か喋ってる。何かマジで意味分かんないこと言ってる。

は? どういうこと?


「――であり、我らは魔族の侵攻に脅かされ続けていた。しかし、旅の最中立ち寄った彼の人、ユウキ殿は、見事にゴルボーンの使者と偽って現れた魔族の正体を看破し、完膚なきまでに叩き潰し、我らが秩序と平和の象徴たるエレナフレール女王を守ったのであるッ!!」


一瞬呆然としていた。


あー、あー。

えっと、ニルヴェさん?

キャラ変わってません? そういうキャラだったんですか。あの?


宰相――ニルヴェは拳を振り上げ、時には身振りを伴い、怒気すら感じられる勢いをもって眼下に立ち並ぶ兵士たちに演説を続けている。その姿は、私と団長の戦いを見て怯えていた情けなさは微塵も感じられない。

と言うか、完全に私の方が委縮して口も開けない有様だ。


「そして、彼女はなんと、その身に秘めた強大な力を我らラ・ダスク軍のために使ってくださると仰った!! 彼の人の力は、貴公らを率いる団長が身をもって知っている! 諸君らは、彼の人の導きに従い、剣をもって――」

「ちょちょちょちょちょっとー!?」


んなこと言っ覚えないっつーの!!

私は飛び出すように、その嘘八百を止めようと駆け寄ろうとした。


「――お願いです! ユウキ様!」


縋りつくように、駆け寄りかけた私の手をエレナが取る。


「……もう一度、お願い致します、ユウキ様。私は、私はこの国を救いたいのです」

「っ……でも、私、そんな」


真摯に見つめられるその瞳に、私は思わず目を逸らす。

待ってよ、冗談でしょ。こんなの聞いてないって。って言うか、戦争の指揮? いやいや、そんな私、ソロプで飛び回るのがやっとだって言うのに、できるわけない。


……でも、待って。ひょっとして、この展開ってエレナさんが助かろうが助かるまいがこうなってた?

それなら――これが、そもそもシナリオの範疇で、筋書き通りの展開だしとたら。

私、ひょっとしたらこの大陸で起きるビッグイベントの初体験者に……。


いやいやいや! そうであっても、既にお話書いた人(ライター)の思惑乗り越えてるのでは!?

死ぬはずの人が生きてたら辻褄とか合わなくなってるでしょ!


「すみません! わたし、その、お断りさせていただきます!」

「はっ!? え、ちょ、ちょっと!?」

「ごめんなさいっ!!」


無理だ。逃げよう。そんな義理、私にはない。

私は咄嗟にデバコマを展開すると、滅茶苦茶に増えていくXとYを横目に、祈るような気持ちを込めてランダム転移を選択した。





―――――――――――





「っああぁぁッ!? いだいっ?!」


転移直後、真っ暗闇の中でゴロンゴロン転げて硬い何かに強か体をぶつけた。


落っこちた瞬間、目と頭の中が一気に熱くなった。多分打った。

地面がそもそも優しくない。全身擦り傷だらけになるんじゃってくらいそこかしこが尖ってた気がするし、多分明かりをつけたら今の私がどんだけ酷い有様かよく分かるだろう。


「――~~っ、痛あぁ……」


頭を抑えながら、私は冷たい地面に座り込んだまま呻く。

案の定、足元はボコボコとしていて、クッション性なんかありゃしない。


「うげ、なんかヌルヌルする……」


ぶつけた頭の辺りがヌルつく。頭にスライムでも引っ掛けたのかな、と思いながら立ち上がると、私は初級魔法の『ルミネス』で辺りを照らした。無詠唱、ジョブを隔てても唱えられる便利なヤツだ。

私が今しがたぶつかった跡だろうか。光に浮かび上がった岩が真っ赤に染まっている。これ、私の血? いやいや出すぎでしょ、嘘だあ。


「つうぅ……『月の慈しみを我が手に――キュアルーン』」


傷の状態も特に見ず、とりあえず治癒魔法を唱えて回復した。

擦り傷なんかも消えていく感触がある。


「やれやれ……っと」


さて、と周りがどんな風になっているか把握しようと見回しかけた時。

ごるる、と唸り声。

聴き慣れたそれ――ではない。何となく、聴いたことがない気がする。

まあ、そんなことはどうでもいいんだ。


「……これこれ。こういうのでいいんだよ」


音源の方へ振り返りながら、自分の頬が歪んでいくのを感じる。

そう、私は――あんたらみたいなのと戦えてればそれで満足なんですよ。

自分の顔が、多分、人からは見られたくない感じに変わる。


唸りが大きな叫びへと変化した瞬間、私は身を捩ってとりあえず回避しようとする。


「う、わッ!?」


思い描いていた動き(モーション)と完全に違う展開。


――風呂を出た後からずっと着ていた礼装のドレスに足がもつれて転んでしまった。

完全に認識の外だった。普段は着慣れた軽鎧か、村人よりはちょっとマシかなくらいのファンタジー的なライトな服しか着てないから、足を引っ掛けるなんて想定外。


「ぃ、ひぎゃッ!? いたたたたた!?」


そして、物凄い重さの何かが私の上へと覆い被さってくる。

おまけに、胴の辺りに喰い込んだ爪らしい何かがズブズブと体に食い込んでくる感触。

そこまで痛みはないけど、上にのしかかってやがる誰かさんの口臭がキツイ。


リアルになると面白いことも多いが、こういう生々しい世界観の進化はよしてほしい。私は遊びたいだけなんだから。


「てか、女の子をいきなり押し倒すなんて――関心しないっ!!」


無造作に振り上げた足は、半自動体感没入型アクティブハーフ・シンクロシステムの恩恵を受けて、STRの数値分だけ強力に後押しされる。

ズドン、と。およそ蹴りの音とは思えない鈍重な効果音が響き、頭上にいたソイツはすっ飛ばされて体が楽になる。


「っう……けほっ。こりゃ、どういうことかな……」


感覚再現のじくじくとした痛み――本来、こそばゆい程度にしか感じられないはずのそれが、くすぐったい加減とほんのり痛むの合間くらいでふわふわしている。

圧迫感なんかはもうホンモノみたいだった。あのまま潰されてたら中身が出ちゃうところだ。


まさか、痛みまでリアルになって来てるの?


「日よ憧憬よ、天に開け――『ルミネス・オール』!」


その場限りの小さな明かりでは役に立たないと判断した私は、敵が襲ってくる前に詠唱(コマンド)を終わらせて洞窟内を光で満たした。


「……うわあッ!?」


降り注ぐ光に照らし出されたのは、そこいら中真っ赤に染まった洞窟内の惨状だ。

ひょっとして、さっきのは口臭なんかじゃなくてこの中で起きた虐殺の残り香……!?


ちゃんと観察する間もなく見上げると。


「……『イ・ガルヴァ』!? 何でこんな強いのが湧いてんの!?」


黒い、炎のようにも見える揺らめく毛皮で構成された、四足歩行の獣。

呼吸の度に緑の煙が口元から溢れ、紫の眼光は鋭く私のことを睨んでいる。

その身の丈は私とそこまで変わらない程度だが、凝縮された悪意の強さは見つめているだけでも伝わってくる。


コイツは、ガルヴァという魔獣に分類される種族。

そして、その中でも現実装分の最上位とされる「イ属」。

というか、普通に上位HNMとして扱われるレベルの難敵だ。この状態のソロプで倒せる相手じゃない。


「ってことは……!!」


標準UIを立ち上げ、それ(・・)を見るや否や咄嗟に私は解呪の魔法を唱えた。


「『清めよ――アンチドート!』」


HPが猛烈な勢いで減っていた。

危なかった。心臓の辺りがヒヤッとした。残りHPが20しかなかった。


そう、コイツの厄介なところは、一度ダメージを受けると即死に繋がるほどの猛毒持ちだということ。

聖職者クレリックの支援が追いつかないと、前衛職があっと言う間に倒れていく魔毒の貴族。しかも厄介なことに、2体とか3体とか連れ立って出てくるのがほとんど。


私も、ソロでコイツら3体セットを倒すのには苦労した。

大分死んだ記憶がある。


「……まだ周りにいるかはともかく、今は遊んであげられないな」


幸い、コイツらのAGI(速度)はそこまで早くない。

ただ、徒党を組む場合があるから被害が増えるというだけで、一体一体ならそこまでの脅威にはならない。だから――遊ぶ余裕は与えない。


迷いなく、殺す。


「縛りプレイはそこまで好きじゃないの。――制裁魔法おやすみ


GM魔法を唱えた瞬間、体に電流が走ったみたいにイ・ガルヴァはビクンと身を固めて硬直すると、猫が驚いたような体勢のままゴロンと地面に転がった。


――『おやすみ』は、単体を100%即死させる回避不能の制裁魔法。


大体が人間の集団相手だから個別向けのこれは滅多に使わないけど、場合が場合だから仕方ない。私だって死にたくはないし、変な意地を張って殺されるつもりもない。


というか、この場合死んだらどうなるんだろう。マイルームには戻れるのだろうか……。


「……と。ここ、どうなってるんだろう」


辺りには、下位種の『ニ・ガルヴァ』がたくさん死んでいた。

それぞれがみんな、血を吐いて死んでいる。

どれもこれも、引っかき傷みたいなのがある……ということは。


「ひょっとして、これ全部この子が殺したってこと……?」


ニ・ガルヴァは、苦悶……と言って正しいのかはわからないが、心底苦しんだんだろうな、という形相で丸まって絶命している。

ゲーム中に毒で死ぬことはあるが、当然それによる苦しみなんかはないので、敵味方問わず霧散して死ぬのが常識だった。


――ということは、今この世界で毒で死ねば、こんな風に苦しんでから死ぬ羽目になるのだろうか……。


「……冗談キツ」


口元だけを歪め、笑えていない笑みを貼り付けて呟いた。

冷や汗が頬を伝う。


見れば、近くにはイ・ガルヴァも死んでいる。

それも、二体。ということは、コイツらは喧嘩して死んだ?


「PVPならぬ、MVMってこと? 何考えてんだか……」


首を横に振ってから、はっとして顔を上げる。

イ・ガルヴァがPOP(出現)する洞窟ってことは、この場所がどこだか必然的にわかる。


カナイニライ大陸、南東の端、S-097(だった)エリア。


私は思い出し始めたダンジョン内のマップを頭の中に思い描き、駆ける。

大丈夫、ここなら迷わない。検証の時に死ぬほどやり込んだ。

文字通り、このアバター(由樹)が何百回と死ぬほどには。


数分もしない内、駆け出した先に出口を見つけた。

沈みかけの双子月が、洞窟の入口を斜めに照らしている。

外に広がる草原がザアザアと心の落ち着く風音を立てていた。


「――やーっと、知ってる場所に帰って来られたー!!」


私は万歳をして、既知の大陸に着いたことを喜んだ。


「…………が、しかし! 転移板を使うにも、行ったことのあるフラグがないから移動ができない! できにくい!」


歩くしかないのか―! と私は騒ぐ。

デバコマを開いて座標指定をしようにも、相変わらず数値は発狂したように増加の一途を辿っている。


そう、このデバコマにはひとつ不便なところ……と言うより、不親切なところがある。

座標を指定して、そこに飛ぶということしかできないのだ。


開発方針の変更で、座標が書き換わったり増えたり減ったりなどままあることだから、固定するのは避けようということでこの形になったのだ。

本来であれば、変更が為される場合お達しが来る。まあ、その辺りの連絡が雑で開発と揉めることもあるんだけど。


しかし、どの道今は座標が狂っている。

指定した座標が本当に正しい場所へ到達させてくれるかと言うと怪しいところ。

更に言うならGコマは知人やフレンド登録を行った対象間の移動しか保証してくれず、それもないこのアカウントでは全く役にも立たないのだった。


そして、何故設定しておけば戻れる可能性があるホームポイントを使用しなかったのかと言えば――


「仕事用アカウントにホームポイントの設定なんて要らないんだよね……失敗したなあ、マジで……」


作業はどっから始めても問題ないし、大体検証用座標の割り当て貰うし。

下手に街中で遊ぶと怒られちゃうからなあ、と頭を掻く。

参った。これは本当に、歩くしかないかもしれない。


あの双月が沈んで、日が昇ってくる頃には最寄りの街に到着できるだろうか……。

エリア間を歩いたことなんてないからわかんないや……。


「……しょうがない。行くか。まあ、時間ならあるし……」


私は盛大にため息をつくと、ここから一番近い街――ウィダーンの街へと向かって歩き始めるのだった。

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