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第五話「不安な成り行き」

「ご、ごめんなさい。ここまでするつもりはなかったんです……」


平謝りしながら、私は未だ絨毯にシミを作り続ける団長の死体の前でぺこぺこと謝った。


正直やり過ぎた、というか、力加減を完全に誤った。

調子に乗って周りが見えなくなると、私はその感覚に酔いしれがちだ。

楽しくなりすぎちゃうと、敵対している相手は大概こんな風になる。ただまあ、ゲームだった時はこんなグロイ有様にはならなかったので、罪悪感がすごい。


そもそも、NPCにちょっかいかけて殺したことなんて今までなかったし……。

模擬戦みたいなのでやっつけるイベントはあったけどさ。


「ま、まさか、これほどまで、とは……」


あからさまにドン引きした声色で、ニルヴェがそう呟く。


「す、すみません……」

「いえ……彼も覚悟の上だったはずでしょうから」


そう言って、エレナは団長の近くにひざまずき、何か唱え始める。

って言うか、この団長さん名前ないわけ? 他の人も団長ってしか呼んでないけど。


「『命の鼓動よ、彼の者に豊饒と再生の祝福を――フル・リザレクト』」


あーそれは知ってる。普通に全回復させてくれる復活魔法でしょ。

まー私ら一般人プレイヤーは全回復一歩手前のリザレクトⅢまでしか使わせてもらえないんだけど。ファXク。


「あ、あの、ユウキ様……? お顔が……」

「おっと、へへへ、なんでもないです」


いかん、顔に出とった。


エレナさんはドン引きしつつ、団長さんの治療を済ませる。

アレだ、何かで見たことある。動画を巻き戻した時みたいに、滑らかな動きで死体が起き上がって、淡い光と共に継ぎ目同士がニュルニュルと綺麗に繋がって――。


「うげええええ気持ち悪いいい!?」

「え、えぇぇ? ユウキ様、一体どうしたのですか」


当たり前のような顔で、エレナは困惑しながら私に振り返る。

どうしたも何も、今まで見た蘇生でそんな生々しい回復の経過とか見たことなかったんですけど。私知らないよそんなの。

まあとにもかくにも、人体錬成もビックリなバイオハザードって感じで、団長さんは自然と起き上がって目をゆっくりと開けた。凄い。さっきまで血みどろ解体ショーの真っ只中にいた人物とは思えない!


そして、傍で私が見ていることに気づくと、苦々しげに顔を逸らした。


「……そうか。負けたのだな、私は」

「ええ、そりゃあもう完膚なきまでに」


にっこりと、控えていたニルヴェが敗北を告げる。


何もそんなにいぢめることないんじゃないかな。

いや、ついさっき私が一刀両断したばかりだけど。物理的に。


「すまなかった、ユウキ殿。力無き者に義はない。いっそ清々しい気持ちだ。私は、貴殿に忠誠を誓おう」

「……うんうん、って、えっ? は?」


いやいや、忠誠とか要らないんですけど。

この国、そう言うの好きな設定なのかしら。


「あのように、私を完膚なきまでに切り裂いた刃は初めてだ。いかな魔族、いかな人族、龍や魔人の類であれ、この私の前に倒れてきた。しかし、それを――いや、皆まで言うまい。感謝する、ユウキ殿よ。この目の曇りを除いてくれたのは貴方が初めてだ。私は弱い」

「ははあ」


なんか、男子を引っぱたいたらもう一発くれ! って騒ぎだしたみたいな気持ち悪さ。

って言うか、負けたのに何言ってんのこの人。そういう体質?

は、もしかしてここで勝つとそういうフラグが立つとか。なるほど。


「……いやはや、見事な腕前と恐るべき覇気よ。このニルヴェ、血の凍る思いとはかようなものであるかと痛感致しましたぞ」


ニルヴェはパチパチと拍手し、朗らかな笑顔で私の勝利を祝福? している。

てか、その言い回し褒めてんのかそれ。

団長さんはうんうん頷いてるけどさ。


今更のように見回せば、明らかに兵士の皆様方は縮み上がってる。

お姫様は、割と平然とした顔してるけど……蘇生の時に顔色一つ変えなかった辺り、見た目よりは修羅場慣れしてんのかね。


「……はあ、まあ、もう十分でしょう? 私、えーと、先を急ぐので」


そう言って、広間から出ようとする。これ以上の面倒はごめんだ。

口から出任せ、特に目的地はないけど。

強いて試せるとすれば、管理区域やGМエリアなんかに行ってみるくらい。

つっても、さっきの転移先がブランクエリアだった辺り、希望は少ないな。


あれ? 私意外とこの状況やばない?


「おや、これから祝典だと言うのに主賓に去られては我々の面目丸潰れでございます。どうでしょうか、しばし国を救った英雄としてここに留まられるというのは」

「えー!? でも、私……」

「ユウキ殿。私からも頼む。先の無礼に関しては詫びよう。しばしで良い。どうか、貴方のこれまでの旅路や武勇伝の数々を語って聞かせてほしい」

「ユウキ様、私からも……お願い致します」

「うえええ……」


な、何よコレ。断れない空気じゃない。

てか、色々展開が性急すぎでは。

まあ、私としても実際特に急ぐ理由はないし……まあ、ちょっとだけ考える時間でも作るか。


「そんなに言うなら……じゃあ、はい。お世話になります」


ぱああ、とエレナの顔が輝く。

団長さんもうんうんと頷いている。


「それでは、私は祝典の準備を進めますので、旅人殿はどうぞごゆるりとお休みになってください」

「は、はあ。わかりました」


私は、急展開にただ頷くくらいしかできなかった。







フィルディナンテさんに連れられて、私は客室へ戻ってくる。


「波真珠です。こちらがあれば使用人とはいつでも連絡が取れますので、何かあればお申し付けを」

「あ、わかりました」

「それでは、ごゆっくり。しっかりと旅の疲れを癒してください」


と、それだけ言ってフィルディナンテさんは出ていった。


「……なんか、仕事でも最近使ってなかったよなあ。久々に見た気がすんぞ、これ」


私は、手にしたツヤツヤと輝く白く拳大の球を眺める。

波真珠。ギルドメンバーと連絡を取る時に渡される、仲間(ギルメン)との連絡手段だ。


具体的な設定はあんまり覚えてないけど、コレから出てる波長が別の真珠と合わせてあって、それで互いに連絡が取れるのだとか。

細かい設定まで行くと、この世界における海に生息する巨大貝が、群れを成して回遊する時にテレパシーで連絡し合うために産み出されたものらしい。妙な進化だ。


しかしこれ、NPCから渡された経験はなかった。

念のため、アイテム欄から波真珠を選択してみようとしたが、何だかこの波真珠は手持ちのアイテムとして数えられていないようだ。リストを辿っても出てこない。


「んー? っかしーなあ……」


ぶんぶん振ったり、ベッドの上に放ったり。

下手に触ると知らない人に繋がりそうで怖かったので、私はベッドの上に波真珠を放り投す。


「あ、そうだ。デバコマから付与」


指を鳴らし、私はトントンとこめかみの横を叩く。


思いついたことをそのままに、私は寝転がったまま頭上にデバコマを表示させて波真珠をアイテムリストに入れた。このままだと使えないが、デバコマとGМコマンドの組み合わせで、知らない人の連絡先さえ手に入れることができる。

まあ、基本的にはスタッフ間の連絡にしか使わないけどね。


「えーと、金田さんに小西さん、村瀬さんに平良さん……」


ほいほいほい、と右に表示させたGМコマンドから登録済の偉い人アカウントを引っ張り出してきて、左に表示させたデバコマでIDを打ち込んだ。

これで即席ギルメン連絡網の出来上がりだ。


「てるてるるー……あれ」


悲しいかな、オフライン。

やっぱりダメなようだった。それぞれの名前は薄暗く表示されていて、オンライン状態にないことを示していた。まあ、なんとなく予想はしてたけど。

ただ、名前が出てくるってことはこの世界にいる……ってことなのかな?


「てか、ここの座標を記録しとけばどこにでも行けるような。よしっ」


再度デバコマを表示させ、現在座標を参照した。


「……は?」


何だこれ。

座標の数値が物凄い勢いで増えてる。

XとYの座標が、それこそ大量のお金が手に入った時みたいにガーッて……。


「……何これ。キモ。薄ら寒くなってきた」


ぶるる、と身震いする。

……妙だな。寒さなんて感じたっけかな。


ゲーム内は、基本的に適温設定といい感じの体感温度で作られていたはず。溶岩の波が騒ぐ深い洞窟でも、あるいはジメジメベタベタそうな、キノコだらけの鬱蒼とした湿地帯の沼の中でも。


今の時期は、確かに冬。現実も冬。


まさか、現実リアル側で暖房が切られたとか? ううん、でもこのHМDを付けてる限りは外からの干渉って基本感じられないはずだし……。

ていうか、何か問題が起きたら強制排出されるセーフティが付いてるとも聞いたことがある。

一度として、それが発動する場面や騒動、不祥事にお目に掛かったことはないが。

安全性、意外としっかりしてた……と思ったんだけどな?


「つか、何か変な臭いもするような……うげっ」


見れば、鎧を脱いで薄手だった服に血のシミが残っている。

団長さんの血だろう。私は一太刀も浴びてないし。

うう、何だか色々がリアリティを持って感じられるようになってきて、気味が悪くなってきた。


「あの、すみません。おーい。おーい」


ぶんぶん、べちべち。ガンガンガン。

波真珠を叩く。いや、実はぶんぶん、の途中辺りから既に返事があった。

落ち着かなくてつい無闇にどついてた。


「わっ、うわ、は、はい。何でございましょうか」

「すみません、お風呂に入りたいんですが……」

「これは、気が利かずに申し訳ございません。今、侍女の者に行かせますゆえ」

「はーい」


なんだか、普通にくつろぎ始めちゃってるけど。

ログアウトは相変わらずできない。

連絡先も、誰一人繋がらないままだ。


「……だい、じょーぶだよね、これ?」


まあ、しばらくは「てきのわざ」無双を楽しめばいいか……。

そんな風に、この時は暢気にそう考えていた。

後悔は、きっとそんなにしていなかったと思う。多分、この時も。

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