第四話「コロス」
「……ええぇぇ、マジで? めんどくっさあ……」
私は、ベッドの上でゴロゴロしながら一人で騒ぎ立てていた。
「弱いものイジメにしかなんないじゃーん」
むーん、と口を尖らせながら、私はなおもゴロゴロ。って言うか、未実装のお城のベッドで、おまけに本来入れないエリアでくつろいでるって、私コレ凄いことでは? ひゃっほう!
じゃなくて。それも確かに嬉しいけど、どうするかを考えなくちゃ。
「ふむん」
ぱっ、と手を突き出して、その先にステータスを表示させる。
私のステータスが表示される。「一般的なやり込み勢」程度のパラメータ。
「一級廃人」には及びもつかないレベルだ。貧弱一般人と言ってもいい。
NAМE:由樹
LV:75
HP:572/572 МP:176/176
STR:336 VIT:286 МGC:162
DEX:300 AGI:235 МND:156
取得職業:
・見習い戦士→MASTER!
・騎士→MASTER!
・バトルマスター→MASTER!
・パラディン→MASTER!
・ブレードダンサー→MASTER!
・武踊家→MASTER!
・戦術士→MASTER!
・etc...。
とまあ、挙げればキリがない。
物理主体のこれ以外に、魔法使いから聖職者、派生職業の数々とあるので、何もすべて挙げることはないだろう。
LVはレベル。まんまだね。
STRは筋力の数値。攻撃力に影響する。
VITは生命力と防御力の数値。高いほど、HPも上がる。
МGCは魔力。まんま。魔法攻撃のダメージに影響する。
DEXは器用さ。この数値によって、武器が装備できたりできなかったり。
AGIは素早さ。半自動体感没入型モーションの速さを左右する。
МNDは魔法への耐性。高いほど魔力依存のダメージが下がる。
これが今の私の能力になるわけだ。
TTはパラメータ設計がシンプルだ。その代わり、現実を夢のように拡張した自由度の高さがそのゲーム性のほとんどを引っ張っている。
しかし、やっぱ私の本アカウントに比べちゃうと見劣りするかなー。
現状はアタッカージョブになってるのもあるから、そこそこ筋力が高め。
ぶっちゃけ、持ってる武器も鎧も一線級のそれに比べちゃあ爪楊枝みたいなもんだし。
いや、さすがにそれは言いすぎか。
にしても、武器は限界突破も上限解放もされてない素だから、弱いことには変わんない。
ともかく、こんな武器でぶつかって勝てる相手だろうか。
いや、勝てるだろう。
「てきのわざ」があれば。
当然だ。
しかし。
「せーっかく未実装エリアに来て、そこそこ強そうな相手とぶつかるんだったら、思いっ切りガチでやってみたいよねー」
デザイン性もほとんどない、利便性第一のデバコマをスライドして武器を探す。
あれでもない、これでもない。
つか、まだ画像も入れてないわけ? スクリーンショットでもいいから、できれば画像があった方が探しやすいからいいんだけど。
「っと、あったあった」
ここの国の人に、有名な魔剣や聖剣なんかを見せると面倒臭そう。
いや、なんか雰囲気的に。
というか、ちょっと前まではどんな技使っててもNPCに驚かれたりはしなかったんだけど。
ゲームから剥離しつつあるってこと? まー、どうでもいいけど。
と言う訳で、今回のチョイスはこちら。
「よっと」
呼び出したるは、とあるモンスターの骨から創り出された幻の剣。
刀身は紫色に鈍く輝き、その根元からはじんわりとオーラみたいなものが漏れ出してる。
「幻剣リ・ビュート」。
さっき呼び出したアレの素材から作れるアイテム……らしい。
強さはともかく、知名度は低いはず。だって未実装の魔神の骨から創り出された剣なんだもの。知ってる人がいたら怖いし、知っててもそいつは魔族だろう。
その効果は、一撃一撃に尋常じゃないほどの生命力吸収を付与するもの。
何がずるいって、五回も攻撃したらこっちのHPが全回復しちゃうんだよね。HPの二割回復だから。その上、敵に直接当てないで素振りするだけでもいいの。
もうハンパないチート。実装予定はあったらしいけど、ていうかこのゲームこういう隠しデータ多すぎ。バレたらどうすんだろうね。
もちろん、私的には大歓迎ですけど! だって、私は他のプレイヤーに知られずにこういうチートが使えるんですから。
が、今回はチートはなしだ。私は「てきのわざ」フリークスでもあるが、TTフリークスでもある。素直に戦ってみたい時もあるさ。
「つーぎはー」
私は標準UIから装備の画面を呼ぶと、次から次へと防具を外した。
自殺志願? いいえ、このゲームは身軽なほどそれに応じて動きやすくなるんです。
一発喰らえばアウト。その代わり、飛躍的にAGIが上がる。
裸に盗賊、武器は両手に短剣装備だけ、なんて縛りプレイで、鬼のように強いギルドメンバーがいることを私は知っている。
ま、私の方が強いんだけど。
てかいっそのこと、本来の私を模したデータに書き換えたっていいけど、こちとらプレイヤースキルにだって自信はあるんだぜ。
つっても、どんだけ斬られようが私はすぐ回復できるがね、剣の力で。
ふふふ、蹂躙してくれよう。
あの団長のおじさん、武器とか防具とかはそこそこ強そうなのを装備してたし、何よりこの国の団長を名乗るくらいだ。そんじょそこらのNPCよりかは強いんだろう。
期待しちゃうからね? 私。
それから一時間とちょっと。
根はともかく変なところが真面目な私は、広間の前の大扉の前でウロウロしてた。
うーん、うーん。
今まではなんか、目的地を示す光のラインとか、次に誰に話しかければいいかウィンドウ的なのがNPCごとに浮かんでたりしたから、それに頼れば良かったんだけど。
転移からその先、そういった表示を一切見かけてない。
あと数日で実装ってところだったのにサボってたのかなあ。
あれ、でもそもそもこれ、イベントがおかしな方向に派生してるからそういう訳でもないのかしらん。
なんて、暢気なことを考えていたら。
「おや、入らないのですか? 旅人殿」
「あれ……えっと、宰相さん?」
「ニルヴェで良いですよ。陛下の副官をやっております」
「はあ」
「……旅人殿、本当のところ、貴方はどちらからいらしたのですか? その凄まじい力、出身はカラナクラナと言った辺りですかな」
「え、いや、えーと」
カラナクラナ、というのは、この世界における東の端にある、未開拓の大陸のことだ。
魔族が支配するとされ、常に高濃度の魔力に覆われて一歩先すら見えない。巨大な軍艦や、飛行船でさえ潰してしまう怪物が棲んでいると噂されている。
まあ、仕様のことはよく知らないんだけどね。
「ふふふ、冗談です。実際のところ、旅人殿がどれほどの力をお持ちでいらっしゃるのか、私自身見てみたいところもあるのですよ」
「へぇ?」
「まあ、私も曲がりなりには男だということです。さ、時間だ。参りましょう」
「あ、えっ、はあい」
間抜けな返事をしながら、私はニルヴェの後ろについて広間に入る。
途端、高らかに吹き鳴らされるラッパの音色。
思わず耳を押さえて見ると、広間の左右から横並びに兵士たちが隊列を組んで楽器を吹き鳴らしている。
そしてその中央では、豪華な鞘に収まった剣を赤い絨毯に突き立てた団長の姿。
てか、ここ天井たけー。お城の中って基本入れないんだけど、こんなんなってんだね。
豪奢な柱や飾られた華美な鎧、偉そうなおじさんおばさんの描かれた肖像画をおのぼりさんみたいに眺めながら、私は団長の前に歩いてきた。
ていうか団長さん、露骨にイライラしてる。余裕ないねえ。
「真剣勝負で構いませんね? 何、どのような死に方をなさっても、陛下が最高位の回復魔法を行使してくださいますので、ご安心を」
「ご安心ねえ……」
黙ってたら情け容赦なく首くらい跳ね飛ばされそう。
っていうか、これだよ。
この世界の住人は、偉い人がとんでもない回復魔法を使える連中ばかりだからか、当たり前のように血の気が多い。
だからチートじみた能力ばかりの魔族と戦えてるってのもあるんだけどね。
この世界の聖職とか王族系のNPCは、大概が戦略回復兵器と言っても過言じゃない。
団長は、私が目の前に来ると、えらそーな顔で鞘から剣を抜き払った。
剣の刃は見たこともない、黄色と緑の光を放ってる。
……見たことが、ない?
「魔の使いよ。この『聖剣ニーベルング』が力で、その正体を暴き出してくれよう。この刃に掛かれることを光栄に思うのだな」
「…………は?」
ぎらん、と私は自分の目が輝くのを感じた。
その眼光に、ぎくりと団長の背が跳ねる。しかし、怯えてはならないと思ったか、顔を軽く振って私を睨み直した。
つか、相手の態度なんかどうでもいんだよ。
いま、なんつった? こいつ。
「聖剣ニーベルング」だって?
おい、コラ。聞いてねえぞ。
そんな剣が実装されたなんて聞いてない。
ふざけんな。
「殺す」
「……旅人殿?」
「あ、いいえ? 何でもないですワ」
「は、はあ」
凝り固まった笑顔でニルヴェに返事をすると、私は虚空からリ・ビュートを引きずり出した。
おおぉ、と辺りの兵たちが怯えた声色で身を引いた。
「……なんと、禍々しい」
忌々しげな顔で、団長が吐き捨てた。
んなこたあどうでもいんだよ。
おい。
てめえは。
一体、誰の、許可を得て、未実装、武器を、装備、してんだ? アアァァ――!?
「そ、それでは、――始め!」
「コロス」
エレナの掛け声から一秒も間を置くことなく、弾丸めいて私は団長へ向けて斬りかかった。
「ぬおおッ!?」
バギイィィィン!! というド派手な音とエフェクトと衝撃を伴って、私の振るった刃は「ニーベルング」と鍔迫り合う。
ぎゃりぎゃりぎゃりと、チェーンソー同士をぶつけたみたいな火花が色鮮やかに散った。魔力同士がぶつかるからこういうエフェクトが出るんだとか。
しかし、今はんなこたあどうでもいい。
「ころすころすころすころすころすころすころす」
「な、き、貴様、やはり、魔性の類……ッ!!」
「うるせえ死ね」
打ち合った刃ごと引っ張るように、私は横薙ぎに振った剣で団長をすっ飛ばした。
吹き飛ばされ、追突した勢いで壁にヒビを入れながら団長は呻く。
「ぬぐううぅぅ」
「チッ」
盛大に舌打ちする。
私の手元からは剣がなくなっていた。
勢い余って、私の手からリ・ビュートがすっ飛んだのだ。
手からすっぽ抜ける、ということはまあ実際ゲーム中でも少なくはなかったが、壁に刺さったのは初めて見た。直線運動で、紫の光刃は壁へと根元まで深々突き刺さった。
「……っ!?」
狼狽した目で、兵士たちが頭上に突き立った刃に震えあがっている。
「コーロースー」
「……」
油断なく、団長は私を睨んでいる。
思った以上にコイツは強い。本気ではないとはいえ、私に付いて来れている。
でも、そんなのは関係ない。
「ブッコロス」
私はリ・ビュートを標準コマンドで手元へ呼び戻すと、間髪置かずに団長へ斬りかかった。
「ムッ……『我が身を護る光の壁となれ――プロテクションⅣ』!」
「はああああああああ!?」
全力の一撃か、光の壁ごと団長を切り裂いた。
――が、浅い。即死させきれず、斜めに逸れた刃がその肩口を鋭く切り込んで、団長はよろめいた。
リ・ビュートは、高らかな破砕音を立てて城の床を叩き割って地面を盛り上げた。
「むぐッ……!?」
ずるり、と剣を引き抜いて向き直る。
プロテクションⅣってなんだよ。Ⅲまでだろうが。Ⅳはまだだったはずだろ。おい。おい。
むかつく。
むかつくむかつくむかつく。
むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく。
絶対許さない。殺してやる。
「あんた、死んで」
「なっ。安い挑発など」
返事をせず、私はワンステップで団長に肉薄した。
防ぐモーションを取らせず、左の拳で掌打を顔面に入れてやった。
更に連撃。止めない。怯むまで繰り返す。
その内に、団長は堪えきれず鼻血を噴きながらよろめいた。
TTプレイヤーなら当たり前のようにできるちょっとしたコンボスキルだ。NPCと違って、スキルを同時並列的に発動させるなんて全く容易い。
そして、この高AGIなら。
「死ね」
空いた右手で、私より遥かに大きな剣を軽々と振り下ろす。
空間ごと切り裂くような一撃が、団長を真正面から叩き斬った。
「――――」
即死。
それ以外、形容のしようがないだろう。
真っ二つに割られた団長は、大量の血飛沫で赤い絨毯を更に真っ赤に染めて分割された。
「……はー。スッキリした」
「…………あっ。しょ、勝者、ユウキ殿!!」
ワンテンポ遅れて、エレナの言葉が勝利を伝えた。
はん。優遇してもらってるくせに雑魚じゃない。私の敵じゃあないわね。