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間話一「団長」

団長視点



――――――――



何だ、アレは。

とんでもないものが現れた、そう思った。


その「存在」は大声で騒ぎ立てたかと思えば、古の邪神が一柱と比せるほどの力を持つ、かの邪鬼姫神(じゃききしん)、この大陸には存在しないはずの魔族が用いるはずの――『魔眼』を放った。


それは、我らを蹂躙し、冥府へと誘うはずだった。

だが、そうはならなかった。


あの存在が行使した魔眼の力は我らの命を奪ったりはせず、あろうことか同種であろう魔族の命を奪ったのである。


驚愕し、戦慄した。

恥ずかしながら、酷く恐怖もした。


それが故、我が部下たちに愚かな命令を下し、いたずらに突撃を行ってしまった。

これもまた、過ちだったのだろう。

しかし、直後に。あの存在への攻撃を行うことすらできぬまま、我々は失神した。


かろうじて気を失うことのなかった兵に聞くところによれば、奴が発動させたのは伝承の中にのみ存在を記す龍が操る音魔法ではないかとのことだ。

程度の低い音魔法であれば人間にも使えよう。しかし、アレは――。

瞬間的に刈り取られた意識に腹の底から震えが走る。


何故、こうして生きているのかがわからない。そして、何故こうしてその――「あの存在」と対話しているのかがわからない。

王女や宰相、執事殿は、さも当たり前のように――少女の姿をした怪物と会話していたのだから。


「ありがとうございました、ユウキ様。お陰で、被害もほぼなく――しかし、兵士たちには指示が行き届いておらず、申し訳ございません……」

「い、いいんですよ。私も暴れちゃったし、多分凄い速さで動いてたろうし……」


地に届かんばかりの黒く長い髪に、鋭く暗き目、そして、見たこともないような魔力発露の見える、鎧。

魔石を用いているのだろうか、にしてもあのような……鈍色に輝くそれは見たことがない。

未だかつてあのような色彩を放つ装備は目にしたことがない。我らが持ついかなる攻撃手段を持ってしても、傷一つ付けることさえ叶わないのでは……そう思わせるほどの威圧感がある。


そして――、


ぎろり、とその目が私を貫く。

皮膚の泡立つような感覚に、私は悲鳴を押し殺さなければか弱い生娘の如く泣き叫んでいただろう。


あの眼だ。

幽鬼のように垂れ流されたあの黒髪の隙間から覗く、暗黒。

アレはおかしい。


何故、あのように常軌を逸した魔を操る者の目であって、一片の魔力の気配すら感じられないのか。まるで、底無しの深淵だ。それすらも奴の策なのであろう。


陛下や執事殿が当たり前のように会話を行っているのは、恐らく奴の魅了に掛かったが故。そうに違いない。


「――陛下! 何故このような……魔の者を城内に引き入れていたのですか! こんな外道の者を使うのであれば、国軍師団長たる私にも何らかの情報があって然るべきであったはずだ!」


陛下――エレナフレール・ラ・ダスク十四世。


愚かな娘だ。行き過ぎた権力闘争の結果、偶然にも生き残ったこの女は、宰相たるニルヴェ・レガトゥスにより傀儡へと仕立て上げられて、表面上この国を取り仕切っている。

だが、この大陸における最大の国、ゴルボーンの王により見初められ、今日は婚礼の儀の前準備と聞いていたが……。


エレナフレールは、私を射抜くような目で見ると強い語調で言う。


「この方は、偶然訪ねて来られた旅のお方。何より、我らを救っていただいた恩人をそのように言うなどラ・ダスクの恥です。師団長、貴方とてそれは理解できるはず」

「陛下、しかし……」

「まあまあ、陛下も、団長殿も。御客人を困らせては仕方ありますまい?」


ニルヴェがそう言い、女王の隣に座る女を見やり言う。女――ユウキとか言ったか。ユウキは剣術を初めて習いに来た尻の青い子供のように、びくりと身を強張らせている。


ふん、その所作もどうせ演技なのだろう。

狡猾な魔族のことだ、何を考えているかなどわかったものではない。


「……あの、私、お邪魔だったら帰りますんで……」

「とんでもございませんわ。国の危機を救って下さった英雄を、どうして無下にできましょうか。ニルヴェ、祝典の準備を」

「ええぇぇっ!? ちょっ、ちょっとその、私、先を急ぐんで」

「そう焦ることもありますまい、旅の方。少々ごたついております故、盛大にとは行きませぬが、せめて陛下を救って下さった礼くらいはさせてはいただけまいか」

「は、はあ……」


何やら祝典などと言う言葉まで聞こえ出した。

追い払うならともかく、何を抜かすかと思えば祝典だと?

有り得ぬ。この国の長い歴史からして、魔族が英雄として祭り上げられたことなどなかったのだ。それは恐らく、この大陸全ての国々においてもそうだろう。

この国を守る盾の長として、断固としてこのような事態は避けねばならぬ。

そうでなければ、先の襲撃にて命を落とした者たちへの弔いにすらならない。


「待て、私は――」

「団長殿。それ以上の進言は必要ないでしょう。ご理解いただけますな?」

「ぐぬ……」


ニルヴェにたしなめられ、身を乗り出しかけた私は席へと戻る。

納得がいかない。

あのような、度し難き魔力を持つ外法の者に助けられたなど。


「……ふむ。団長殿は未だ納得がいかない様子でございます。どうでしょう、陛下。ここは、祝典の出し物として、ひとつ団長と旅人殿での決闘を執り行うというのは」

「ええええぇぇぇぇ!?」

「なるほど。良い考えです。団長も、そういうことならば文句はありませんでしょう?」

「な……」


何を、言っているのか。

あろうことか、決闘だと? あの、人外じみた力を持った化物と?

喉元に汗が垂れ落ちるのを感じる。


私は、その女を見た。


ユウキ――その女は私の視線に、慌てたような素振りで目を逸らした。

まるで、直視しては私を殺してしまうからとでも言うような、完全に私を見下したその態度。気に喰わない。これでも、私はこの国を守るがために剣を握った武人だ。

例え勝算がなくとも、挑まねばならない戦いというものはある。

そしてこれが、その時なのだ。


「……いいでしょう。旅人よ。私を打ち倒し、その力に邪なるものがないかどうか、示してみせよ。見事成し遂げたならば、私は貴様を英雄と認めてやろう」

「ええぇぇ……」


その目だ。

女の目は、私のことなど全く意識の中に入れてはいない。

ただただ、面倒だと思っているのだろう。


腹立たしい。


「話はまとまったようだ。では、団長殿。そして、旅人殿よ。長旅の後でこのような戯事に付き合わせてしまい大変申し訳ございません。ですが、やはり認められぬ者がいる以上、何とかせねばならんのです。ご理解いただけますな?」

「は、はあ……」

「では、準備を執り行いますゆえ、しばらくお時間を。何、日が暮れる前には間に合わせますので、そうですな……二時間ほどいただけますか。陛下もよろしいですね?」

「当然です」

「……ふん」

「あの、私何もOKなんて言ってな」

「では後程広間にて。旅人殿、こちらへ」

「ちょっとー……」


フィルディナンテに背を押され、女は去っていく。

私は鼻を鳴らし、踵を返した。


「団長殿」

「……」

「期待していますよ」


宰相の声に、私は返事をしないまま退室した。

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