第三話「愉悦と優越と超越と」
「はー、やれやれ。どうしてこんなことになっちまったかねー」
頭を掻きながら、私はお姫様とそのお付きに案内された寝室でゴロゴロしていた。
豪奢なベッドに、とても豪華なお部屋。客室にしちゃ派手すぎるくらいだ。って言うか、いつの間に実装したんだ。私聞いてないよ。
「えーと、えーと今の実装スケジュールってどうなってたっけ……」
私は正直仕事に真面目な方ではない。
だって、そもそもの志望動機が「てきのわざ」を使いたかったからだし……。
お、待てよ? ということは今の状況なら使いたい放題? うへー、やべえな。
い、いやまあ待て。私だってゲームが全てってわけじゃない。確かにそれも楽しそうだけど、どうにか現実へ帰る方法を見つけないといけない。
むむむ、と唸りながら頭からHМDを取り外そうとする。
が、もちろん無駄。むにー、と私のアバターのほっぺとこめかみの辺りの皮がみよーんと伸びただけ。取れない。触感もばっちりあるから、現実と変わらない。
それも当然、私の意識がゲーム内に飛び込んでる状態、夢を見ているようなものだから。
つまり、どうにか外部から起こしてもらうか、ログアウトを成功させるかしか脱出手段がない。
「完全にアレだよねえ……まあ、今のとこ死ぬ心配はなさそうだけど」
確かにログアウトはできないけど、私にはチートも同然のデバコマとGコマがある。どんな敵が来たって負ける気はしない。いや、何か新しいシステムが実装されたらわかんないけど。
不意に、こんこんと外からノックの音。
「……魔王、様? 失礼、します」
「いや、だから私は魔王じゃないって」
否定しながら招き入れると、そこにいたのは先程の王女様、エレナ。
怯えた表情こそしてるけど、どちらかというとその目は尊敬している人を見てる時の印象を受ける。むしろ、一緒にくっついてきたお付きの方がよっぽど怖がってるように見えた。
皺が深く刻まれた、オールバックの老執事といった感じ。黒髪に白髪混じりで、私の存在がその白髪の数を増やしてしまってそうで忍びない。
ごめんよ、お付きの人。って言うか私、さっきやりすぎてたかも?
「では、何とお呼びすれば良いでしょうか。ユウキ様でしょうか」
「う、うーん。様付されるような立場でもないんだけど、魔王って呼ばれるよりは良いかなあ」
「でしたら、ユウキ様と……」
女王は、しずしずと私の側に寄り、見上げる。
う、上目遣い。こんな美人にされるのは同じ女でも効く。
そもそも、このゲームのアバターはみんな美男美女ばかりだから、こういう行為をされたことがなくもないんだけど、相手の向こう側に現実がないことを思うとドキドキしてしまう。
「魔王様でなければ何なのでしょうか。邪神の御使い?」
「うーん……偶然迷い込んだ旅人とでも言いますか」
「なるほど。しかし、貴方からは邪気を感じません……それどころか、魔力の気配すら。不思議です。呼び出されたあの邪神も、古の記録にすらないものだった……」
「……え?」
ああ、なるほど。実装されてないから存在してないわけね。
んんん、でも『黒牙・魔狼壁』に関しては今出てる最強の敵の幾つかも使ってくるから、それで魔王様って言われちゃったのかも。
いや、でもそうなるとエルダーオーガの反応がおかしいな。あいつは知ってる素振りだった。
「その聡明な顔付き、闇を貫くような眩い眼光、そしてその澄み切った魔力……貴方は伝承に聞き及ぶ……勇者様なのではありませんか?」
いや、褒めすぎでしょ。
確かに、私のアバターは元の私みたいに作ってはあるけどさ。色々盛ってこれだからね。
「っていうか、私が勇者? 冗談よしてください、そういうのは他の……」
「ですが、突如現れた貴方は憎き悪鬼の長……『老鬼の王』を倒したではありませんか」
「アレは成り行き上と言うか……そもそも、どうしてお姫様はアレに襲われてたんですか? ここ、えーと。ラ・ダスク城の中でしょう?」
「あの鬼は、あろうことか私の婚約者に化けていたのです……」
わああ、と顔を覆って女王様は泣き出してしまう。
お付きの人が非難がましい目で見てる。いや、その人自分で言って自分で泣き出したんだろ。
「……旅の方よ。我が主、エレナフレール妃は傷心でいらっしゃいます。ですので、失礼があるやもしれませぬ。しかし、この国について多少でもご存じなのであれば、どうか今この一時だけでも王女の支えとなってはくれませぬか」
「え、ええー!?」
そんなこと急に言われても困る。
ラ・ダスク国。
私は、実装前のその国についてスタッフ間で語られていた色々を思い出す。
確か、この人はすぐ死ぬキャラだったはず。エレナさん。の割に随分美人に作られてんなあ、とかそういうツッコミは抜きにして、実装後すぐのタイムイベントで死ぬ予定だったはずだ。
そうして、このラ・ダスク国は魔族に占領され、その住民全てが邪神復活のための贄となる……とかそんな塩梅だったような。
そう、そんでもって、それをプレイヤーが止めるのが正史だったはずだ。そしてプレイヤーは勇者と称えられる、と。
あ、オフレコだよ? この話。まだ内緒。
てか、ぶっちゃけ覚えてないのよね。私そんなことより新しく実装される「てきのわざ」の方にお熱だったし……。
しかし、そうなると私の行いでいきなり歴史が狂ったってことになる。
歴史と言うべきかどうなのかわからないけれど、そういうことのはずだ。
「フィルディナンテ殿!!」
どーん。突然、客室の扉が開いた。
「貴様、王女と客人の前であろう!」
はあ、フィルディナンテって言うのね、お付きの人。
「はっ、こ、これは大変失礼致しました! で、ですがフィルディナンテ殿……城内の近衛兵を始め、騎士団の約半数が魔族へとその姿を変えております!」
「何!?」
あー、始まったらしい。タイムイベントが。
そう言えば、リリースそろそろだっけ? でも、まだステージングチェックの最中だったような……。
ぽやぽや考え事をしていたら、青い顔をしたフィルディナンテさんが振り返る。胸の前で腕を横に構え、膝をつき――このゲーム世界における敬礼だね――私にかしずいた。
「旅の方……いえ、ユウキ殿。このような願いを聞き入れてくれとは申しません。しかし、この場において頼れるのは、その偉大なる力を持った貴方だけ……どうか、お願い申し上げます。この城を救ってはいただけませんか……!!」
「あー……」
まあ、そう来るよな。
どうしよう、と腕を組む間もなく外からは悲鳴が響き渡る。
「わかったよー! 救えばいんでしょ救えばー!!」
「おお……ありがとうございます!」
両の拳を突き合わせて、深々と礼をするフェルディナンテ。
そして、その隣で同じように両腕で身をかき抱き、礼をするエレナ。
「ユウキ様……私からもお礼を言わせて下さいまし。ありがとうございます……」
「あーはいはい。んじゃ、ぶっ飛ばしてくるけど、他の兵隊さんには私にちょっかい出さないよう指示出しといて」
「ははっ!」
……むむむ、頼られるのも意外と悪くないな。
ちょっぴり気分が良い。
どれ、魔王と呼ばれた(ほんの数分前に)この私の力、思う存分発揮させてもらおうか!
早速部屋を飛び出すと、私はGコマで無理矢理オートマッピングを呼び出した。
更にコマンドを打ち込んで、エリアの地図を完全に取得する。自分の位置のマーカーも付与して、もう迷うこともない。
視界の右端に表示された地図には、青い光点に比べるととても多く見える赤い光点が大量にある。そしてその赤は、一つ、また一つと青い光点を潰していく。
「……」
生きてるんだよな、アレも。
そう思うと涙が出そうになる。恐ろしい。全部の赤い点が集まったって私を殺せる力にはなれやしないだろうけど、青い一つ一つが今まさに殺されていると思うと体の中が冷え切る。
「できる限り、助けなきゃ」
口に出して決意をし、早速飛び出した広間で「てきのわざ」を発動する。
途端、心の踊る発動感覚に私は快楽すら覚える。
「んふ」
にまあ、と私の頬に笑みが広がるのを感じる。
愉悦。優越。超越。普通の人間とモンスター共め。お前らには使えまい。
それじゃあ今回は――新要素のあんたらが使うはずだった技を使ってあげるよ。
「すうぅぅぅ――こっち向けええ、化物共おぉ!!」
咆哮。もちろん、手元には呼び出した拡声器も添えて。
ぐわあああん、と広い空間の中に響き渡った私の声に、兵たちは、兵たちを襲っていた魔物共は、目をパチクリとさせてこちらを見た。
「あは、見た。見ちゃった。見ちゃったねえ? んふふふふ?」
サキュバスかメデューサか、その両方か。
私はもうすっかり悪役に成り切って、扇情的に笑う。そして、その両目に魔力が充填されていくのを体感する。
『此方は彼方、彼方は此方。我が目に沈み、永遠に微睡め――魔眼』
新規実装された『ロンダスメデューサ』の必殺技、魔眼。
コイツのためだけに用意された激レアドロップのステータス異常を防ぐアイテムを装備していなければ、どんなに強い冒険者でも一撃でHPを全て失うチート技。
もちろん、そんなの敵さんだって同じこと。
私の魅惑的な眼差しに射抜かれた広間のモンスターのほとんどが、私を見た瞬間即死した。
ゾクゾクと体を駆け抜ける破壊とズルの快感に、思わず私は兵士たちの方まで見てしまいそうになった。
おっと、PKモードでもない限り殺しちゃったりはしないだろうけど、気をつけとかないと。
沈黙。私の視界にいたモンスターはみんな死んだけど、兵士たちはポカーンと私の方を見てる。
しかし、その中でも派手めの偉そうな鎧を着た兵士が声を挙げた。
「て……敵の新たな首領だー!! 討ち取れー!!」
「ええええぇぇぇぇ!?」
あろうことか、私に向かって突進してくる。
そりゃそうだ。どう考えても敵にしか使えない技を目の前で使ってたら、この世界の住人であればそう思っちゃうかも。
どうしよう、と迷う間もなく私に向けて兵士たちは殺到してくる。
「……悪いけど、寝ててくれるかな。『竜の叫びを聴け――ドラグネスクライ!!』」
拡声器なんて比べものにならない咆哮が、広間を物理的に破壊するレベルで満たす。
最上位の龍種が使う音魔法。その効果は、90秒間にも渡る強スタン効果。弱スタンだと15秒しか止められないことを考えれば、この威力は理不尽にも思えるほどだ。
まあ、適切な耐性とアイテムがあれば防げるんだけど。
しかし、冒険者でもない、この世界の住人に使ったらどうなるか。
「……やべ、やり過ぎたかも」
全員が全員、動きを止めて倒れ込んだ。
しかし、みんな耳から血を噴き出している。割と洒落になってない気がする。
「……『命の灯よ、生命よ。今一度、歩み出す力を――セイント・オール』」
最高位の回復魔法を唱える。
味方NPC神官とかお姫様的なポジションの人が使う、最高級のやつだ。しかもこれ、実はМP消費ないんだぜ。ずるくない? こっちは本来使えないのに。
「っと、やばいやばい。まだ敵はいるみたいだし、先を急がなきゃ」
地図上の光点はまだ潰しきれてない。
広間に一番集まってたみたいだけど、それでも侵略を受けてるところはここだけでは済まない。
普通の冒険者ならつかない時間でサクッと駆けつけて、みんなを救わないとね。
私は「てきのわざ」を思う存分振るいながら、城の中のモンスターを虱潰しに倒し尽していった。