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第二話「何が起こったの?」

 まあ、私はただのアルバイトなんだけどね。

 ただのバイトで、そろそろ修学旅行を控えた、高校二年生。

 ゲームに夢中だけど、別に成績は悪くないよ。普通だよ。友達は少ないかもしれないけど……。


 私は、検証作業の途中で後ろから声を掛けられた。


 「おい、由樹。S-096エリアのGМ行ってくれってさ。なんかイザコザが起きてるらしい」

「うへーい」

「やる気ねえなあ。クビになりたいのか?」

「そんなことないですよーう。じゃ、行ってきまーす」


今声を掛けてきたのは、チームリーダーの金田さんだ。口は悪いけど、根は優しい。お父さんの友達でもあって、この仕事を紹介してくれた恩人でもある。


ちなみに、今やってたのは敵のパラメーターテスト。クソ強い敵を、デバッグコマンドで何度もリポップさせては、「ごく平均的な廃人」のパラメーターを模した私のキャラクターで殴り続けて体感的な強さを知る、とっても簡単なお仕事です。


そして私は、GМ兼デバッガーの和嶋由樹わじまゆうき

よく名前のせいで男の子と間違えられる。「ユキ」なら良かったんだけどね。


GМとデバッガー、世の中この二つを兼業してる人は滅多にいないらしいけど、私は無理言ってやらせてもらっている。


どうしてかって? デバッグコマンドに加えて、制裁魔法(GМコマンド)まで使えるんだからそりゃそんな特権は欲しくなるでしょ。あるもんは全部使わせてもらうのが私の主義ポリシーだ。

 別に、出世したいとか偉くなりたいとかそんな欲求はほっとんどない。

と言っても、そんな特権を使うことは滅多にないんだけどさ。


あ、でも面倒なPKプレイヤーキラーPKKプレイヤーキラーキラー辺りを退治するのに制裁魔法は使うね。ドーン、って一発だけど。


「ん」


こめかみのちょっと上、目の少し前の辺り。

ちょうどVRHМDのサイドボタン辺りを指でトントンと叩く動作を取ると、GМコマンドとデバッグコマンドが出てくる。

そのまま呼ぶと長いから、ひとくくりにGコマとデバコマって呼んでる。


私は言われた通りS-096エリアの座標を指定するとそこに転移した。


さて、転移と言えば大体のみんなはローディング画面のあのフワフワしたファンタジックな画面を想像するだろう。光の波の中を進んで行くとか、目の前でクルクル光の輪が回ってるとか、そんな感じの。

けど、Gコマやデバコマは違います。

べらぼーなスペックの開発機でアクセスしてるもんだから、読み込みなんかもう一瞬が当たり前。わざと一般的な性能に制限することもあるけどね。

そもそもローカルに入ってたキャッシュのデータのお陰もあるだろうけど、まあその暴力的なスペックのお陰で、ローディングなんて悠長なもんはありません。


いやー、ラクでいいよね。我が家のパソコンにも欲しいよコレ。

とまあ、愚痴ってる内に言われたエリアに着いた。


「うへえ、なんじゃこれ?」


暗転から切り替わるなり、目の前には細長くてヒョロイ長身の怪物たちがいっぱい。

実際は雷鳴轟く暗い荒野であるはずのそこは、枯れ木のような化物たちに満ちていて、画面の向こうだと言うのにゾッとしてしまう。


そいつらはみんな顔を覆ってるんだけど、本来こいつらは一体しかポップしないはずのHNМだ。

HNМって何だって? 超強いモンスターと覚えておいてくれればいいよ。

そんな白くて細長い、傍目には強そうに見えないこいつらだけど、本来このエリアには一体しか存在しないはずのモンスター。

それがこんなに大量発生するはずはない。


ていうか何より、エリア演出がおかしくなってる。このエリアは一面曇天の、雷が鳴る空だったはずなのに、山並の向こう側が赤黒く不気味に染まってる。


「……私に連絡するよりエンジニアに相談した方が良かったんじゃないの?」


そんな独り言を呟きながらふと見れば、敵との乱戦になっているパーティーが結構いることに気づいた。


なるほど、そういうことか。

こいつら、滅多にポップしないレア敵でもあるから、騒ぎを聞きつけたギルドの連中がここに突撃してきたってわけだな。そりゃ負荷も上がりますわ。


私の役目は、この哀れな仔羊(迷惑な連中)を早急に回れ右させてお家に返すことっぽい。

私はGコマから世界観に合わない拡声器を呼び出すと、すうっと息を吸ってから叫んだ。


『はーい、GМアナウンスでーす。現在S-096エリア全域において、未知の不具合の発生が確認されていまーす。このエリアに現在いるパーティは速やかに解散し、事態の収束を待ってくださーい。繰り返しまーす……』


と、三回ほど呼びかけた。

が、反応するパーティは少ない。限りなく少数の何人かログアウトしたみたいだけど、ぶっちゃけ話を聞いてくれる連中ならこんなところに殺到しちゃいない。大抵が自分の得しか考えない迷惑な人種ばかりだ。


私はため息をついて、もう一度アナウンスを行う。


『あー、警告はしましたよー。このまま無視する場合、制裁魔法(GМコマンド)の行使により、強制退去を行いまーす。BLブラックリスト入りしたくなかったら大人しく帰りなさーい」


と、おまけの一言。

もちろん、聞くような奴らはいない。

はあ。ここの運営も緩いのよねえ。狩りしてる最中でも、ログアウトしちゃえばデータは保持されたままゲームを終了することができるんだ。

だから、こんな警告に意味なんてない。私が魔法を使う直前に、ログアウトしちゃえば良いんだもの。向こうもそれは理解している。だから逃げない。


『警告はー、しましたからねー。――……制裁魔法、発動』


目の前では、未だモンスターたちと戦闘を続ける馬鹿な冒険者たちがたくさんいる。

その傍ら、手を上げた私の頭上には世界観に似合わない幾何学的かつアブストラクトな魔法陣が威圧的に展開されていく。

この演出は、カウントダウンみたいなものだ。


5、4、3、2……。


脳内でカウントをしながら、ぼんやりと発動を待つ。

そして、魔法陣の膨張が最大限に達し――。


……あれ?


ログアウトしない。目の前の連中が。

それどころか、戦いながらも困惑したように辺りを見回しているようにも見える。

ちょ、ちょっと。どうしたのよ。何で逃げないのよ。あんたら、そのままほっといたらせっかくの経験値もアイテムもみんなパーじゃん。


どうして逃げ――


そんなことを思ってる内、無機質に振り下ろされた制裁魔法の鉄槌が冒険者たちを焼き尽くした。

 極彩色の閃光と爆炎が晴れ、辺りの様子がはっきりしてくる。


「……、っ?」


冒険者たちは、倒れ伏している。

モンスターの骸ごと、一緒になってぐちゃぐちゃだ。

真っ黒に焦げて煙を吐きながら、ぶすぶすと肉の焼ける音まで立てている。


それどころか――


「うっ」


臭う。酷い臭いがした。

一瞬それは、プラスチックが焦げたみたいなものかとも思ったけど、違った。それにしては、生々しすぎる。豚や鳥のそれに近い。


これは――完全に、人の肉が焼き尽くされて、発せられている臭気だ。


おかしい。こんなこと起こるはずない。

そもそも、臭いなんて感じられるわけない。実装されていないのに。

大体、やられた冒険者連中がこんな風になって死ぬなんておかしい。ゲーム的な演出で、そのまま倒れるか、ロビーに戻されるはずなのに。


そんな気配は少しもない。完全に……死んでいる。


「う、嘘」


私は咄嗟にフレンドリストから社内のスタッフへの連絡を取ろうとする。

しかし、どれもオフライン。ついさっきまでどこにいたか、というログも普段なら表示してくれるはずなのに、それもなし。「不明」と、所在地には無情にその語句が刻まれている。


「……っ、ログアウト!」


標準UIを引っ張り出し、ログアウトを探す。


あった。

ホッとした。どこぞのVRゲームみたいに、逃げ出すことができないわけではなかった。

が、空中に呼び出されたそのボタンを押しても反応がない。タップした時のキラキラした演出が延々と続くだけだ。場合が場合なら、S(ランク)のバグで報告してやりたい。


ってか、最早私は、報告どころか、現実に戻ることさえ叶わない……?


「か、金田さんのところに!」


ついさっきまでいたエリアの座標をデバコマから再入力し、転移。

即座に転移した先は――、


「な、何も、な」


真っ黒の空間(ブランク・エリア)だった。


しかも、即座に発生する落下の感覚。


「う、うわー?! て、転移!」


どこでもいい、このまま落ちてどこかに叩きつけられるよりはいい。

私は、半狂乱で表示されたUIに座標を打ち込む。完全に、適当に。


「っ、あ、足、ついてる。よ、良かった……」


瞬間的に切り替わった足元は、赤い絨毯が敷かれたどこかの城のようなエリア。


「へ?」


しかし、そこは――。

目の前にゆっくりと迫る、巨大な腕。

が、そんなものは関係ない。襲ってくるものなら倒せる。

私は仕事中の空き時間に構築したオートコマンドで、すぐさま迎撃体勢を取った。


『光纏いて我に仇なす者よ、その力の矮小さを知るがいい――黒牙・魔狼壁』


私の背後にゼロコンマ秒で開放された、魔獣を呼びだす闇の門が、迫り来た巨腕の攻撃を完全に弾き返す。更に、攻撃に用いられた数値ダメージをそのまま倍にして叩き返した。

襲いかかってきた勢いを上回る攻撃を叩きこまれ――、目の前の敵、エルダーオーガは玉座の方まですっ飛ばされた。


「へ、へ、へ。闇の力を思い知ったか」


つい、一人で検証してる時に口走ってしまう恥ずかしい台詞を漏らしてしまう。


「あ……あな、たは……?」

「……あ?」


振り返れば、そこに居たのは――美しい女性。

いや、私はこの人を知っている。

このエリア、ラ・ダスク王国の王女、エレナフレール・ラ・ダスク十四世。

名前が長いからスタッフからはエレナと呼ばれている、まだガワ(・・)しか実装されていないはずのNPCだ。


「あ……えっと」

「……その、恐るべき魔力は……まさか、魔王……? ですが、何故人族の私を……?」

「いや、私は」


待って、何でこの人、テキストやAI(思考回路)も用意されてないのに喋れるの?


「……気をつけて! まだ……生きてます!」


振り返る。狂乱の形相で、エルダーオーガ(確かこいつ、このイベントで初めて実装される二つ名持ちのヤツ)は私へと飛びかかってくる。

が、勿論そんなことでは動じない。再びオートコマンドが発動する。


『歪み、淀み、滅べ。冥府の淵を覗くがいい――コール・アポカリビュート』


闇魔法の一番強いヤツ。

今実装されてる邪神の中でもとびきり強いって言うか――表向きには実装されてない。多分、使ったら怒られる。でも、非常事態だし仕方ない。仕方ないんだよ。

私はヨダレを垂らしそうになりながら経過を見守った。

だって、この世界できっとまだ誰も発動してない禁忌なんですもの。うへへ。


腹の底に響く轟音を立てて、エルダーオーガが濃い紫の魔法陣に囲まれる。

エルダーオーガは困惑するように辺りを見回しているが、顕現していく邪神の姿を見るなり目の色を変え、聴き取りづらい語調で叫び散らしている。


「ナ、ナゼ、ダ。ナゼ、アナタガ、ワレニ――」


邪神の伸ばした両の手が、割れ物でも包むように優しくエルダーオーガを包んだ。

手が覆った空間の中から、幾千幾万の亡者や悪鬼が暴れ回る。生者を冥府へ飲み込もうと寄りすがる。

闇の奔流が収まると邪神の姿が魔法陣の中へと戻っていき、辺りには静寂が戻ってきた。


「……あなたは……魔王、様?」

「い、いや……私は、由樹。ただの、由樹です……」


振り返った私は、羨望か畏敬か、尊敬と恐怖の入り混じった視線で見つめられながら、そうとしか答えることができなかった。

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