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間話三「現実からの剥離」



村の四方で上がる悲鳴。

防衛クエストみたいなのを受けたことはある気がするけど、襲撃真っ只中のその場所を守る、なんてものは受けたことがなかった。


「火の手まで……しかも、延焼してる……?」


顔をしかめながら、足早に村の中を歩く。


炎に背を向け悲鳴を上げる村人とすれ違う。酷く血の滲む腕を抱えた人間もいた。

幼い子供が泣きながら歩いている。木の屋根から上がる火が、その横顔をてらてらと照らしていた。

置いて行かれたのか、それとも親が――自然、苛立ちが心をくすぐる。


「私を怒らせたくてこんなトコに送り込んだってんなら……あいつ、ただじゃおかない」


ミズカヘ向けた恨み言を零しながら、歩く。

早足はどんどんと駆け足に変わり、次第に前傾姿勢を取って全力に変わる。


屋根の代わりに火を噴き上げる家屋を曲がると目に入ってきたのは、白いゴブリンが、手に携えた体色と同じ色の棍棒で村人を打ちのめそうとしているシーン。


「『瞬歩』」


技能スキルを発動して即座に接敵、通常攻撃でその首を斬り落とす。


――しかし。


「……え?」


完全にった――が。揺らぐゴブリンの体が倒れ切る直前、その首が生え変わる。

目を見開く。その直後に瞬歩が解け、目で追うのすら容易い打撃が緩くリンの近くを掠める。


「っ……どういう冗談よそれは! 『篠突雨しのつくあめ』!」


その名が如く放たれた刺突が、一秒もしない間にゴブリンを穴だらけにする。

今度は体が修復されたりはせず、風通しの良くなった体はそのまま再生せずに赤い血に塗れて崩れる。


「……今、再生した? いや、それはともかく……」


悲鳴は未だ各所から聞こえてくる。

踵を返すと、村人に礼を言われる間もなく再び疾駆する。


ゴブリンを切り刻む。数匹片付けた時点で血みどろになった。

首を落としても死なないので、執拗にバラバラにして殺した。吐きそうになった。


コボルトを切り刻む。ゴブリンより弱くて助かった。首を落とすだけで死んだ。


スライムを切り刻む。血が出ない分、ゴブリンを片付けるより遥かにマシだった。

しかし、剣で斬ったり突いたりするのに耐性がある上に、属性攻撃もできないから大技を使わざるを得なかった。連発している内にどんどんクラクラしてきた。


ガルヴァを切り刻む。コボルトよりは頑丈だったが、ゴブリンほどではなかった。

毒が怖かったので神経を使って攻撃していたが、結局一発も喰らわなかった。

その代わり、倒した後の疲労感が強烈だった。


村人が家々の火を消し止める頃には、リンは村を蹂躙していた全ての魔物を片付けていた。


「…………」


ボーッとした。頭が猛烈に疲れている時の感覚。

無意識に膝から力が抜け、私は村の隅に座り込んでいた。


手元を見ると、魔物の血で真っ赤だった。美しい装飾の細剣が、血に汚れてヌルついている。

私自身は攻撃を喰らっていない。チュートリアルに出てくるような敵からダメージなんて負ったりしない。


ぼやけた頭でメニューを開くと、МPが枯渇寸前だった。

何だか、フレンド申請が飛んできている気がする。こんな非常時に?

誰か確認する気にもなれず、ぼんやりと開いたままにしていた。


「――リンちゃん!」

「……ああ、エミリー……」


ついさっきまで、間の抜けた顔で大慌てしていた彼女が、心底不安げな顔で駆け寄ってきた。

何だか私はホッとしてしまって――そのまま意識を失くして、倒れ込んでしまった。


メニューの閉じられる音がした。






―――――――――――






「……あ、目が覚めました? おはようございます」

「…………」


状況が飲み込めず、眉をひそめたまま私はその顔を見返していた。


「……あの、リンちゃん? 具合悪いですか?」

「え? あー……いや、別に……」


目元に隈が浮かんだエミリーは、それでも心配そうにリンの顔を覗き込んでいる。

つい今さっきまで村を覆う炎の色以外真っ暗だったのに、気持ちの良い日差しが自分の収まっているベッドに降り注いでいて、何が起きたのかと混乱する。


「……リンちゃん、倒れちゃったんですよ。魔物をぜーんぶ退治した後、フラフラーって。だから、私がお家に連れて帰って休ませてあげてたんです」

「は……なるほ……ど?」


目線を下げると、着たこともないようなガサついた手触りの、薄手の服を着込んでいた。

NPCが着ているそれと――と言うよりは、エミリーが着ていたものと一緒かもしれない。ちょっと大きい。袖が余ってる。


「ご、ごめんなさい。血で汚れてたので……勝手に脱がせちゃいました……」

「へっ……えっ、じゃあ、その、綺麗になってるのは……」

「ええと……それも勝手に洗わせて貰ったと言うか……」


頭を抱え、体をくの字に曲げて布団に顔を落とす。

あはは、とエミリーが苦笑いする声が聞こえる。


「あの、リンちゃんが着ていた服は洗ってあるので、後で着替えてもらえれば。それと、村長さんがお礼を言いたいと仰ってたので、後で顔を出してあげてほしいです。……あ、でも、体調は大丈夫ですか?」

「う、うん。今は平気」

「それは良かった。じゃあ、私はお昼ご飯を作るので少し待っててください」


エミリーはベッドの傍らにあった椅子から立ち上がると、玄関先に隣する流しへと向かって歩いていった。


「……何か、あの子に世話ばかり掛けちゃってる気がするわね」


体を起こす。ぱちぱちと瞬きをして、目元をこする。

埃っぽい空気が、日の光に照らされてキラキラと輝いている。どこか黴臭いような、けれど嫌な感じには思わない臭いが、エミリーの家には漂っていた。


ゲームの中で寝落ちすると、強制的にログアウトが掛かったはず。というか、とても簡単なその方法を忘れていた。設定した時間分、非操作状態が続くと強制的に蹴り出される。


が、私は未だにTT? の中にいる。

私の見た目もゲームの中そのままだ。服こそ変わっているけれど。

今はそんなに気分も悪くない。


目も冴えているし、とりあえず起きようとベッドから這い出かけた瞬間、


「いぃっ!?」


ずぎん、と全身に走る凄まじい痛み。

鋭くはないが身動きしたくないほどには強烈な、見た目には全く分からないそれ――筋肉痛だ。


「んな、何よ、これ」


ぷるぷると震えながら、腕から腹、背中に腰に、足に腿、思い当たる場所全てに走る鈍痛に、リンはしばらく硬直したまま耐えていた。


「いた、痛み、なんて、なかった、はずじゃ、は、う」


TTをプレイしていて、痛みなんか経験したことがない。


それも、これはかつてない筋肉痛だ。初めてスキーを体験した日の翌朝に匹敵する激痛。

いや、下手をすればそれ以上かもしれない。運動は嫌いじゃないが、こんなに痛くなるほど動き回った経験は現実でだってない。

ということは、昨夜の戦闘がそのまま体に反映されて痛みを発生させている?


「……」

「リンちゃん? 大丈夫ですか?」


中途半端な体勢で固まってぷるぷると震えていたら、エミリーが戻ってきた。


「ちょ、っとね、体が、痛くて、動けない」

「……筋肉痛? とかですか?」

「か、かも。落ち着くまで、待って……」

「はい」


しばらく身悶えして、痛みが静まってきた辺りで顔を上げた。


「……はー、しんど。何なのよコレ……」

「あれだけ動けば、そうもなりますよね。リンちゃん、凄かったですよ。もう、獅子奮迅の活躍! って感じで……」

「獅子奮迅、ね……」


――ミズカならば、こんな無様を晒さずに戦えるのだろうか。


同じジョブである以上、微妙に意識してしまうその相手。

死力を尽くして駆け回ったが、自分がどんな風に戦っていたのか客観的に見る術はない。


「もう少し、カッコ良く戦えたらよかったんだけど」

「カッコ良かったですよ! ほとんど目で追えませんでしたけど……あ、でも、怪我人もほとんどいなくて。やっぱり凄い冒険者さんは格が違うんですね」

「大したことないわよ。私くらいの冒険者なんて、いくらでもいるわ」

「でも、リンちゃんには助けてもらえましたから。私たちの恩人です」

「……」


エミリーは、臆面もなくストレートに礼を言ってくる。

なんだか恥ずかしくなって、リンは目を逸らして口をもごもごとさせた。何を言うべきかわからない。


「はい、そんなお疲れのリンちゃんにお昼ごはんですよ」

「お昼? 私、そんなに寝てたの?」

「ええ、ぐっすりでした。あれだけ動き回れば当然だと思いますけど」

「そう」


と、返事をすると突き出されるスプーン。

エミリーの手元には、昨日の残りらしい例のシチューがあった。


「水気がちょっと抜けたので味が濃くなったかもです。はい、あーん」


嬉しそうな顔で食べさせようとしてくるエミリーに、リンは全力で目元に皺を寄せながら、自分で食べようと皿をひったくろうとする。しかし、


「いや、自分で食べ、うぐっ!?」


びきり、と痛みが走る。

腕を伸ばし、口を半開きにしたまま、固まってしまったリンの口に、容赦なくスプーンが突っ込まれた。


「ほぶっ」

「はいはい、お疲れの方はゆっくり休むんです」

「むむもごご」

「口に入れたまま喋らない」

「うんむむむ……」


子鳥のように餌付けされて、しばらくそれが繰り返される。

逃げようもないので、リンは黙ってそれを受け入れていた。若干味が良くなった気はする。


「はい、ごちそうさまでした」

「……なんであんたが言うのよ。……ごちそうさまでした」

「村長さんには、お疲れのようなのでもう少し休んでからお顔出しますと伝えておきますね」

「ちょっ、何を勝手な」

「それとももう動けるんですか?」

「う、動け……ません。ごめんなさい」

「わかればよろしい」


押しの強いエミリーに諌められ、リンはおとなしく布団に戻された。

食べてすぐ寝ると太ると親に言われ、食後数時間は横にならないよう努めていたリンだが、ゲームの中とは言え、こうも食っちゃ寝すると気になってしまう。腹が。


「……まあ、たまにはこう言うのも良いか……」


頭の上にある窓から、日差しが入ってきてとても心地いい。

昼寝をしたくなるような陽気が、うつらうつらとする目元をくすぐってまどろみへ誘う。


「……あ、そうだ。」


横になったまま、メニューを開こうとする。

昨日、フレンド申請が来たのを思い出した。それもそうだし、仲間の全員が無事かどうかを確認もしたかったからだ。


しかし、


「……あれ? メニューが出てこない」


メニューを開く挙動――リンは、目の前の空間を撫でるような動作に設定している。

ショートカットモーションは好きに設定でき、人によっては指を鳴らしたり、ウインクしたり膝を叩いたりと、色々な設定がある。


だが、いつものように目の前を撫でてもメニューが開かれない。


「……おかしいわね」


何らかの要因で開けない時は、こめかみの横、ちょうどHМDのサイドボタンに当たる部分を叩くと良いと聞いたことがある。

今までプレイした中で開けなくなった時なんて経験はなかったが、試してみる価値はあるかもしれない。


「……」


とんとん、とこめかみの横、ボタンがある辺りを意識して指を動かす。

すると、ウィンドウが開かれた。警告を示すような赤い窓枠の、見たこともないものが。

違和感に首を傾げて見れば、記載された明滅するメッセージにはこうあった。







『――HМDが取り外されました。正しく装着されているかどうかを確認してください』




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