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第十四話「動乱の始まり」

「さて、『狂』いに『騒』ぐに『の』に『宴』っと……」


魔法陣上に表示された窓にキーワードを打ち込み、検索を掛ける。


「『狂騒の宴」なんて物騒な名前の割に、おかしな人はいなかったけどな……いや、一人いたか」


雰囲気だけはそこそこ爽やかなベオウルフの顔を想像している内に表示された窓には、似たような名前のギルドも二、三、表示されている。が、それらは無視して「狂騒の宴」をタップした。

展開されたデータには、現在オンラインであるメンバーの情報のみが並んでいる。


「……」


オンラインのメンバーは、三人。


・ベオウルフ

・リン

・ミヤビ


「……あっ! これあの人かな!? 大丈夫だったのかな……」


完全に忘却の彼方だった――自己紹介すらしてもらっていなかった男、ミヤビ。

カウンターで爆睡していたままだったようだけど、戦闘が始まってからはもう全員意識に入れていなかった気がする。

他の二人も、場所こそ辿れないがオンライン。ミヤビも無事ではあるということだろう。


とりあえず、かろうじて逃がすことができた二人にはフレンド登録を飛ばしておいた。


「……これで、無事なら連絡なり来るはず。……けど」


ノトーリアス。彼の名前は載っていない。

オフラインのままだ。


「……」


助けられなかった。

それどころか、自分も無様に殺された。

こうしてミズカとして生きている以上、殺された、という表現が正しいかはわからないが。


血みどろに汚れ、冷え切った彼の体温を思い出す。

ぎゅっ、と拳を握る。手には今、温度の感覚がある。ログイン時にしか感じないはずの、熱が。


「今度は、手加減抜きで……全部使って倒してやる」


あの、狂気に満ちた二人の子供。世界観どころか、この世界の法則からさえ外れたあの怪物たち。

勝つことができるのだろうか。こちらだって、どれほどズルを積み上げてでもぶん殴る。


……制裁魔法すら通じなかったアレに、他の手段が通用するとは思いにくいが。


「……弱気になっててもしゃーないよね」


鼓舞するように呟いて、小さくガッツポーズ。

魔法陣から離れようと踵を返すと、こっちを見ていたレントと目が合った。


彼女は慌てて帽子のつばを引っ掴み、杖をぎゅっと引き寄せて目元を隠した。

別に、脅かしたりするつもりはないんだけどなあ。嫌われちゃったかな。


扉の方まで戻り、彼女の前で一礼して外に出て行こうとする。


「……あ、あっ、あのっ。い、行ってらっしゃいませっ!」

「! ……ありがとう」


私は小さく笑みを浮かべて礼を言うと、表に向かっていった。




――――――――――




「さて……どうしようかな。ログアウトできない以上、目的地がないんだけど」


できることなら、意識を失う前に関わっていた彼らと合流して、せめて手助けがしたいところだが。

と、顎に手を当てて考えながら歩いていこうとすると。


「……?」

「あ、やっほ~」


エルドに連れ去られていったはずのチャルが、軒先に座り込んでひらひらと手を振っていた。

自然、声の調子とテンションがガクリとダウナーにシフトする。ぶっちゃけまた顔を合わせると思っていなくて完全に予想外だった。


「……何してるの」

「何してるのってー、ご覧の通りサボってますよー」

「サボっ……まあ、あなたはそういう人だったね……」

「よくご存知でー」


チャルの気楽そうな姿に、私は肩を落として対応する。


「……全部、エルドにお任せ?」

「そうだよー。今のとこー、そこまで戦力を割く必要もなさそうだからねー」

「……というと?」

「ふむ。ミズちゃんはあんまり事情を把握してないようだし、説明して差し上げましょー」

「……助かるよ」


そう言うとチャルは世界地図を表示させ、マーカーなんかをぽこぽこ載せながら今の状況を説明してくれた。


「はーい。昨日、午後5時くらいかなー。ログアウトができないという問題が発生しましたー。事態に気づいた武神の皆さんは緊急招集をかけ、オンライン状態にあったみんなをかき集めたわけだねー。それと同時に、オフラインの人間はいつまで経っても入ってこないということも周知されましたー。あのガムおじさんが初めてTTにログインして来なかった、記念すベき日になると言う訳でーす」


「ガム……ベリンガム? あのいつも九時頃入ってたギルチャでうるさい人か……」


「そそそー、ベリンガムのおじさーん。僕に次ぐ、武神メンバーの最古参ー」


「……それは、知ってるけど」


うんうん、と頷くチャル。

表示された地図の上、この街――ギルド武神のルームが存在する中央大陸最大の都市、ゴルボーンに、たくさんのマーカーが集まってくる。おそらく、それらはメンバーを示しているのだろう。


「と、言う訳で、普段なら45人プラス補欠メンバー、そして遊撃手のミズちゃんの全員がログインするはずが、昨日に限っては40人とちょっとしかログインしていなかったわけです。とりあえずオンラインだったみんなが集まるまでに3時間かかりました。その直後、事態は急転直下でーす」


「ま、待って。40人? 私が見た感じ、30人くらいしかインしてなかった」


ついさっき見たギルドリストでは、現状は30人ほどだったが。


「そー。40人いました。ミズちゃんもー、昨日はいなかったですよねー?」


「……それは……関係、あるの?」


「ちょっとだけかなー。ミズちゃん、昨日は別のアカウントで入ってなかった?」


「……どうしてそれを?」


「ふふふ、当たりでしたー。それがねー、どうやら今のログアウトできない状態で死んだ人は、別のアカウントで再ログインさせられてるみたいだったからなのでーす」


「……!」


意識を失い、ログアウトさせられ、ミズカとして再ログインさせられた。

思い当たりすぎる節に私は表情が変えてしまったらしく、チャルはくつくつと小生意気に笑って首を傾げた。


「ミズちゃんがー、やられる相手がいるなんてねー?」


「……次は、負けない」


「ふふふ、頑張ってほしいところだねー。でも安心しましょー、あのミルドもー、メンバーに助けられた結果生き残ってますからー」


「……そうなの?」


「うんー。彼はー、アカウント一個しか持ってないって言ってるから―、死んだらどうなってたんでしょうねー?」


「……」


あのミルド(廃人)が、アカウントを一つしか持っていないというのは想像がつかない。

確かに、あのキャラでたくさん別の人格を持っていたらシュールではあるが。

しかし、廃人と称される者は往々にして、効率などを求めてアカウントを量産する。


脳が二つあるわけではないから同時起動なんて真似はできないだろうが、何にしても別アカウントの利用方法なんかは存在するはずだし、持っていても不思議なものではない。私は由樹しか持ってないけど。


「まー、ミズちゃんが何を言いたいかはご想像にお任せするとしてー。急転直下の続きからだねー。みんながやっと全員集まったって頃にー、各ギルドで襲撃があったのー」


最大限まで拡大された地図上に、今度は黄色と青のマーカーが大量に出現する。

そうして、プレイヤーと思われる白い光点を包囲していく。


「……それって、子供の姿をした奴らが二人?」


「ごめーとー。ミズちゃんもー、その様子だとー彼らにやられたんだねー」


「……」


「しかもそれは同時並列的に起きてたんだってー。どーなってるんだろーねー? 各地から聞いた情報だとー、子供二人組にー、ボコボコにやられたとかー。まあ、ぼくは隠れてたから被害なしだけどー」


そう言ってあっけらかんと笑うチャルに、若干の苛立ちを覚える。


「あー、ごめんごめん、馬鹿にしてるとかー、そう言う訳じゃなくてー」

「……とりあえず、その喋り方、何とかしたら良いんじゃない?」

「これはクセみたいなものでしてー。知ってるでしょー?」

「……まあね。それで。他の人は? アカウントを持ってなかった人たち」


聞くと、何度か瞬きして、チャルはニッコリと笑って言った。


「――帰ってきてませんよ?」

「……は?」

「だからー、帰ってきてないとー、言ってるんですー」


その口調は間が抜けたままなのに、背筋に氷の塊が落としたかのように冷たく、何の感慨も持たない冷徹さがあった。


「予備のアカウントも持たずー、ただいたずらに死んだ人はー、誰一人として帰ってきていませーん」

「……そん、そんな」


それは、つまり、今いない40人の内、一部は戻ってきていないということ?


じゃあ、彼は――ノトーリアスは?

……別のアカウントを持っていることを祈るしかない。

いや、待って。確かに帰ってきてはいないのかもしれないけれど、死んだとは限らないじゃない。


私の表情の機微に、目敏くチャルは言葉を続ける。


「合点が行ったようですねー。そうですよー。ぼくはー死んだとはー、言ってませんよー」

「……そう言うくらいなら、最初からもう少し悲観的にするか、怖くないように話してほしい」

「でもでもだってー、その可能性もあるわけじゃないですかー」

「……」


それはそうだけど、とは返せなかった。


「ともあれー、簡単に死んでやることはできなーいとー、そういうわけですよー」

「……なるほど」


納得して頷き、――私はチャルを見た。

疑問符を浮かべた顔でチャルは見つめ返してくるが、その内無邪気にニコッと笑った。


「……ノリがブレないのは、変わらないけど。なんだかチャル、変わった?」

「とんでもなーい。ぼくはー、前からーこうでしたよー」

「……そう、かな」


そうなのだろうか。

こんな、どうにも破滅的にさえ見えるようなキャラだったろうか。

絡んでいた時期は、少なくとももう少し優しさや人間味を感じる対応をしてくれたものだが。


どうにも、今のチャルはこの状況を――楽しんでいるようにも見えたからだ。

思い違いだと信じたい。


「ともあれー、ぼくはーサボってますけどー、ぼくも替えのアカウントはないからー、実は正当な逃避理由があったんですよー? まーだ死ーにたーくなーいー」

「……あなたの技量で、万が一にでもやられるってことはないように思うけど」

「またまたミズちゃん褒めすぎでーすー」


ぷう、と頬を膨らませて怒ったように振る舞うチャル。

私は、チャルの恐ろしさを知っている。表情一つ変えずに、暴風がごとき力でこの人に解体されたモンスターが何体いるだろうか。

初めてパーティーを組んだ時に心底思ったものだ。もうコイツ一人で良いんじゃないかな、って。


同じ社員なんじゃないかと疑ったこともあるが、そもそも社内で私よりPSを持った人間はいない。

恐らくだけど。デバッガーとGМにしか知り合いもいないし……。


「とは言えー、僕がここに残っているのはー、今戦線にいるのがただの雑魚ばかりだからってことですねー」

「……やっぱり、自信あるんじゃない」

「ぼくはーパーティを組むよりー、一人で動いた方が効率が良いんですよー。邪魔しちゃ悪いのでー。ミズカちゃんだってそうでしょー?」

「……否定はしないけど」」

「でしょう? っと、……おやおやー?」


話し込んでいると、チャルのポケットの中で何かが点滅していた。

その輝きのパターンは、フレンドから連絡が来た時の波真珠の明滅だ。


「あらー、エルドですねー。ちょっとお電話出るので失礼しまーすですよー」

「うん」


私は、返事をすると腕を組んでその様子を見守る。

波真珠を耳に当て、チャルは今までに比べると比較的真面目な顔で通信に出た。


沈黙。通信が繋がるまでのラグだ。

ぼんやりと、その様子を眺める。


「もしもしー?」


ふと、思い至る。

普段、エルドがチャルに直接連絡していることはなかった気がする。そうなると、今目の前で行われているこれは――ひょっとしたら緊急のもの?

……何だかこれ、良くない予兆では?


じわじわと足元から立ち上ってくる嫌な予感の波に、私は既に若干チャルから距離を離し始めていた。


「チャルちゃんですよー。どうしましたー? ……ほほうー。それは、大変ですねー。びっくりですねー。どうしますかー? ぼくも出た方が良いですかー? 運良くここにミズちゃんもいるんですけどー」


「……ちょっと」


離れようとした足を、私の名が出てきたことで思わず止めてしまう。


「わかりましたー。仕方ないですねー。はいはいー。なるほどー。是非来てもらうようにとー? 了解ですよー。それではではではではー、連れて行きますねー」


「ちょっとちょっとちょっと……!?」


波真珠の光が収まると、チャルは私に向き直って、その裏表を感じない澄んだ笑みで私に呼びかけた。


「さあ、ミズちゃん。あなたのその力、我ら(・・)のために遺憾なーく発揮してもらいますよー?」


――嫌な予感、大当たり。

どうしようもなく、避けようのない戦いが始まる気がした。

作中内登場物紹介その1。


「ルクポ」――TTⅡのマスコットキャラ。小人をイメージしたと言われているが、どう見ても真っ白な毛玉に緑の小さな角が生えた丸い物体にしか見えない、毛色が緑の爆発する個体もおり、そちらは「カブム」と呼ばれている。TTの頃にも存在したが、同名なだけで見た目は完全にゴブリンだった。

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