第十二話「東の魔大陸・カラナクラナ」
ベオウルフ視点
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乱暴な転移で、準備姿勢も取れないまま地面に叩きつけられた。
「づ……いっ、だだだだ」
ガチャガチャと重い音を立てて、起き上がる。
元々重剣士だから体は重いが、それとは関係なしに、妙に空気が重い感覚がある。
ミズカちゃんも一緒にいれば、まだ冗談を言う気力もあったろうに。
いや、でも緊張してダメかも。
「ここ……どこだ?」
見上げれば、空の上には真紫の雲と、その中を走る稲光の筋。
荒野だ。枯れ草や背の低い樹ばかりが生えた、だだっ広い荒れ地が延々と続いている。
「ノトーリアス……」
つい今しがた、転移直前に見たあの一方的な虐殺。
あの子供は何だったんだろうか。どうして襲ってきたんだろうか。
ゾッとする無邪気な笑み。アレは、多分、人間じゃない。そんな確信があった。
フレンドリストを開けば、ノトーリアスはオフラインになっている。
……きっと戦闘不能になったことで強制ログアウトが働いたんだ。絶対そうだ。
今は、信じるしかなかった。彼は生きていると。
あの正体不明の廃人が、いつだってあの場所にいてくれた優男が、そう簡単にやられるわけがない。
「……ミズカちゃん、無事かな」
自分を逃がして、由樹さん――あの子は、その後どうなったのだろう。
それこそ運営スタッフの一員だって言うなら、簡単にやられたりはしないだろうけど。
そもそも、彼女はあの「沈黙のミズカ」だ。負けるもんか。俺たちの、いや、彼女はこの全TTⅡユーザーのアイドルなんだから。自覚はなさそうだけど。
何にしても無事を祈ることしかできない自分の無力が、口惜しかった。
ともあれ、暗い気分になっても仕方がない。
「……ひとまず、ここがどこか確認しないと」
地図を開く。縮尺はそこまで詳しく弄れないが、自分の位置くらいは教えてくれるはず。
しかし、
「……アウトオブレンジ? どういうことだ……?」
巨大な世界地図が目の前に表示されるものの、その上には「OUT OF RANGE」の赤文字が点滅している。
六つの大陸が地図には見えているが、今のところ、実装されている地域はその中でも四つの大陸のみ。
地図左側、左上に位置する「ノルンホルン」。
この大陸の西側は、極東にして未実装大陸である「カラナクラナ」との防衛戦線が造られているが、攻められたことも攻めていったことも未だない。初心者が最初に降り立つ、比較的平和な大陸だ。
地図中央から右下付近にかけて。「カナイニライ」。
中央大陸と呼ばれている。
この大陸の南側は、二つ目の未実装大陸「ヨルベツルベ」との交易が盛んに行われているが、魔物の数も多く、中堅から上級冒険者がここに居を構えることが多い。さっきまで俺たちがいたのもここだ。
地図左下、「ドルヴァロルヴァ」。ここに人は住んでいない。
豊かな土地に、豊富な魔力。森や水場が多く、魔族の場所と言うよりは自然豊かなイメージが強い。
わかりやすく言うなら、バトル専用のクエストエリア。カナイニライから船や飛行船で移動し、魔族を倒すための場所。遺跡よりは洞窟や天然由来の舞台が多く、力試しができる場所だ。
何やらここで新規実装されるエクストリームクエストがどうのって噂も聞いたことあるけど、続報はない。ひょっとしたらミズカちゃんが知ってるかもしれないけど。
そして地図右下の大陸、「トッパーノッパー」。変な名前だ。
地図上だと、猛烈にひび割れて乾いた土地ばかりに見える。そしてそれは正しい。
実際に行ってみると、起伏の激しい土地、と言えば分かりやすいかもしれないが、ぶっちゃけアホほど高度差のある谷ばかりが満ちあふれた大陸だ。
住んでいる魔物も空中戦に特化していて、高所恐怖症の人間にはとてもじゃないがマトモに遊べないほど意地悪な作りをしている。ただ、海外でも見れないんじゃないかってくらい、幻想的な景観作りがなされているのもここ。
俺も正直高いトコはそんなに得意じゃないが、谷間に形成された村や街の不思議な構造を見ると、ああ俺今ファンタジーやってんなあ……という感慨には浸れる。
そして、これら以外の大陸に自分がいるとなると……。
「未実装……この空、どう見てもカラナクラナだよな……」
上空に広がる、雷鳴ばかりが轟く真紫の空。
あの毒々しい雲の群れは、どう見てもカラナクラナを覆っていたあの瘴気の雲だ。あんな不気味な空、地図に掛かるあの紫色の塊でしか見た記憶がない。
魔族が産み出した人工……いや魔工? 瘴気の機械によって、常に魔族に有利な環境に固定されているって設定らしい。
と言っても、それがどんな影響をもたらして、どんなペナルテイになるかまでは実装前のはずだから知らないけど。
「少なくとも、瘴気とかで動けなくなるってことはないみたいだな……さて、どっちに行ったもんか」
東西南北さえ分からないので、自分が仮にどこにいたとしても、辿り着く場所が変わらない。
ひとまず、街らしいものがあればそれを目指そう。魔族の拠点みたいな場所に、人が住めるような区域があるかは謎だが……。
ていうか、魔族の街に到達したらどうしよう。俺まだ死にたくないよ。
「み、港町くらいはあるはず……! 探してみよう!」
そう決意して、足を踏み出そうとした時。
「……あ?」
ごろごろごろ、と地響きにも似た唸り声のようなものが耳に入る。
どこだ。四方はただ続く荒野だけで、敵の姿は見当たらない。
音自体はすぐ近くからしているようなのに、その出所が掴めない。
一体、どこ――。
視線を下ろした足元の小石が、カタカタと揺れていることに気づいた。
「っ、まさか、足元!?」
瞬間飛び退いて、自分が今さっきまでいた位置に突き出してきた巨体に目を見開く。
「コイツ……グランワームか!? いや、でもこんなデカイのは知らねぇ……!!」
もうワンテンポ遅れたら、喰われていた。
土の雨と砂埃を巻き上げて滑らかに顔を出したのは、地上に出ている部分だけでさえ普通の人間の二十倍以上はありそうな、長大かつグロテスクなワーム。
瑞々しく太ったベージュの体表は真っ黒い土で汚れ、同様に土で覆われた口元は大量の粘液をばたばたと垂らしている。
ごろごろごろと、どこから出しているのか威圧的な音を立て、その危険性を誇示するような凶悪な歯並びから唾液を滴らせつつ、ベオウルフに向かって咆哮する。
「うげーばっちい!! 汚れる!! あとうるせー!!」
暢気な文句を言いながら片耳を左手で塞ぎつつ、ベオウルフは空いている右手で大剣を呼び出した。
中空から現れたそれが魔力を帯び、炎に変わった刃は飛んできた水分をことごとく蒸発させていく。
「輪切りにしてステーキにしてやらぁ! 俺はぜってー食わねーけどなこの虫野郎!」
罵声としてはかなりレベルの低い感じの叫びを上げ、地を砕きながら高らかに跳躍する。
見上げたワームが、その口を猛然と開いて迫る。
「俺もおせーけど……お前はもっとおせーよ!」
そんな単純な攻撃にはやられない。
正面から見ればそれだけで怯えてしまいそうな口でも、トロ臭いのなら話は別。
飛び降りざまに歯の何本かを垂直に叩き斬って、落下するままにおまけで横薙ぎに胴を抉った。
「――――!!」
地を割らんばかりの勢いでのた打ち回り、苦痛を露わにワームは暴れ苦しむ。
「おーおー、人並みに痛みとか感じちゃうわけ。グランワーム属は、痛みを感じず襲ってくるのが長所みたいなとこありましたけどねチミ。あーチミは別種なのかね」
小馬鹿にしながら飛び降り、そのまま走り出して無防備な胴体へ接近する。
「胴体ガラ空きィ! 『ヘヴィストライク』!」
重く、鋭い一撃を叩き込む技能。
МPの消費が少なく、かつ隙も少なく中々のダメージを与えられる安定技だ。
連続して叩き込みかけたところを、裂いた胴から緑色の毒々しい体液が噴き出して中断される。
「うわー!? 『炎神の加護』ー!!」
足元を起点に、ガスコンロいて立ち上がった火柱がドーム状にベオウルフを覆う。
数秒間展開された炎のフィールドが、振りかかる体液の全てをあっさりと蒸発させた。
バーレスクの固有技。自身に攻撃を仕掛けてきた対象に対し、炎属性攻撃で反撃を行う。
「思ったより――弱い! くたばれァ!!」
熱さに狙いが逸れたワームの首が頭上を通る瞬間、横薙ぎに振るった剣が魔力を帯びて断頭台と化す。
突き出された剣から弾けた炎が、両断されたワームの胴から破裂するように吐き出された血液の水分をことごとく奪い取り、凄まじい臭気と体感温度の上昇を引き起こした。
「……うげーひでえ臭い! つか暑ーッ! 死ぬ死ぬ死ぬー!」
ひーひー言いながら剣を振るい、叩き斬られたワームから離れて剣を虚空に戻した。
アイテムパックの原理はよくわからないが、ゲームと言ってしまえばそれまで。便利なものだ。
「やれやれ。人気者はつらいぜ」
肺の中の気持ち悪い空気を吐き出して、ワームの死体を改めた。
首と胴が分かたれた上に断面を焼かれたワームは、それ以上は血を噴き出してはいないものの、煙を上げながら青臭いんだか生臭いんだか判断のつかない強烈な異臭を放って死んでいる。
一体何を喰ったらこんなにブクブクと太るんだ、と斬られた部分を見れば、その断面からはジャラジャラと宝石のような物が大量に露出していた。
「およっ……魔石かな。しかしあんま触りたくねえなあ。価値はありそうだとはいえ……」
拾い上げるか迷い、結局今は必要な物でもないだろうし、ひとまず諦めた。
「しかし、ホントに知らないモンスターばっかだな。ま、未実装エリアだし当然なのかな。でも、この調子だとドロップアイテムも期待できんなー。普通なら勝手にアイテムパックに入ってくれんのに」
大量に飛び出した魔石はひょっとしたら何かの素材になるのかもしれないが、それを一個一個わざわざ拾っていくのは手間が大きすぎる。改めて、ゲームにおけるリアリティがない部分に随分救われていたのだなと自覚する。
まあ、必要になったら適当に狩ればいいや、と気楽に構えてワームとは反対方向に歩き出そうとする。
「……あれ。また足元から振動?」
すわワームか、と再び構えるが、感覚的に地面の下から迫るような振動と言う印象ではない。
「……ん? んん? んんんん?」
その揺れは、ゆっくりと近づいてくる。
まるで、巨大な獣が徒党を組んで、パレードでもしているかのような。
そして、そうした妄想は時に、過度なまでに想像を超えて実現してしまうということを。
それらと対峙しようとするこの瞬間、ベオウルフは思い出した。
「…………オイオイオイ、オイ。マジかよ。嘘だろ」
横になって地面に耳を当てていたベオウルフは、跳ね上がるように立ち上がって再び剣を装備した。
「嫌な予感は当たるってか」
水平線の向こうに、沸き起こる猛烈な土煙と、黒く蠢く大きな影の大群。
――目の前に膨らむその悪夢の大群は、見たこともないような種の巨獣の山だ。
決して遅くはない速度で迫りくるおぞましい光景に、全身から嫌な汗が一気に噴き出す。
「ひぃ、……うっへへえー、こっ、これ切り抜けたら、俺様マジ英雄じゃねッ?」
声が震えて、裏返る。
半分恐怖から浮かんだ笑みが、顔に固まって離れない。
それでもなお剣を握る手は緩めずに、ベオウルフは真正面からその恐怖にぶつかり合う決意をした。
「――来いよ! 勇者ベオウルフ様が、お前ら全員まとめて一刀両断してやらあ――!!」
なんだかじわじわタイトルと内容が剥離してきたのでタイトル変えました。。
こういうのが多くて申し訳ないです。