静寂
「あんたは乙女ちゃんが僕に何を言っていたか分かるか?」
乙女はここにはいない。だからこそこの言葉は丘夏が伝えなければならない。
分からず屋のこの男に。
「乙女ちゃんは『愛して欲しい』って言っていたんだ! 近づいて欲しくないとも、ましては嫌いなんて言葉は一度も口にしてない ! 乙女ちゃんはあんたが思っている程、あんたの事を憎んでいない!」
乙女は願っていた。
『愛して欲しかった』と泣きながら。
「昔のあんたが何なんだ? 今のあんたが何だ? 過去も今も関係ないだろ! 親なら……乙女ちゃんが愛情を欲しがってるなら、愛してやれよっ! 娘を泣かせる親がどこにいるんだ!」
丘夏は叫ぶだけ叫んだ。
乙女の気持ちを少しでも伝えられたらいい、と思いを乗せながら。
「乙女は私の事を愛しているのですか……? こんな私を……?」
「疑うなら乙女ちゃんに聞けばいい」
「……愛して欲しかった、ですか。ははっ、確かにそんな言葉を娘に言わせるなんて父親失格ですね」
「……そう思うなら今すぐ会いに行ったらいいと思いますよ」
「そう、ですね」
その時だった。
部屋のドアが突如として勢いよく開いたのは。
「お、乙女ちゃん⁉︎」
ドアから現れたのは夜切によって閉じ込められたはずの乙女だった。
よく見ると体のあちこちに痣が出来ていた。
「ドアを壊して……出てきた」
そう言って、よろよろと乙女は政の前へと出る。
「……お父さん。色々言いたい事があるけど、まず一つだけ言わせて」
「……」
政は手を、体を震わせている。
その震えは自分がした事の怯えからくるものだろうか。それとも歓喜からくるものだろうか。
「今でも……お父さんは私を愛してますか?」
「……!」
政の目が見開く。
「お父さんがどうして逃げるのかは分からない。けど、それは私をもう愛してないから? ……違うなら言って」
「それは……」
政の震えが強くなる。
誰からも目に見えるその震えを政は……握って堪えた。
そして涙をこぼして乙女を抱きしめた。
「愛してる。私は今でもお前を……!」
乙女が抱き返す。
十年にも及ぶ長い親子喧嘩の終幕は静寂の中で締めくくられた。




